羽のような


「……あんまり見上げるとこけるぞ」

 親切な忠告にも関わらず、重心が後ろに傾きすぎたエイトがそのままひっくり返りそうになるのを、極自然な動作でククールが支える。こうなるだろうな、と思っていたのでもう呆れすら沸きあがらない。注意だって一応口にしただけで、聞き入れられるとは思っていなかった。倒れるだろう彼を支える動作もすぐに取れるよう身構えてすらいた。

「エイト、いい加減、口閉じろ」

 いつまで大口開けてんだ、という言葉に、呼びかけられた方は「だって」と言って再び首を上へ傾けた。

「だってこれ、すげーよ。俺、こんなん初めて見た!」

 キラキラと目を輝かせたエイトにククールは苦笑を浮かべ、「まあ確かに凄いな」と相槌を打つ。
 彼らの目の前には巨大なモミの木。これでもか、というほどにイルミネーションに飾られ、暗い夜空の中キラキラと輝くクリスマスツリーがそこにはあった。

「飾り付けるのも外すのも大変そうだなぁ」

 思わずそう零したククールに、後ろから「そういう苦労はそっとしておいてあげるものよ」とゼシカが呆れたように言う。祭りの前後を気にするなどロマンチックな雰囲気に水を差す、と言いたいのだろう。そんな彼女の隣で「アッシはああいうのより、こっちの方がいいでげすよ」と露店で買い求めた鶏肉に齧り付いていた。

 神の生誕を祝う日というが、詳しく理解している人間は少ないだろう。要は皆、何か理由をつけて浮かれ騒ぎたいのだ。もちろん四人も例外ではない。
 チキンにケーキという一般的なクリスマスのご馳走を買い求めて宿へ戻り、リーダの部屋で一先ずの宴会。もちろん聖なる夜に王や姫に寒い思いはさせられない、と奮発して馬小屋のある宿を選びそちらにもご馳走と酒を献上済みだ。

 口当たりの軽いシャンパンに始まり、結局はいつものようにカクテルやワインを織り交ぜた宴会になる。程よく温まった部屋でヤンガスが腹芸を始め、エイトは綺麗にデコレーションされたクリスマスケーキを、何故か生クリーム、スポンジ、イチゴ、上に乗ったチョコレートと分解し始める。そんなリーダを行儀が悪い、とククールが殴り、その隙にククールのグラスにゼシカがオリジナルブレンド、と適当に酒をミックスして入れてかき混ぜた。
 試しに、と一口自分で飲んでみて顔をしかめたゼシカに皆で笑い、とりあえず罰ゲーム用として四人の中心にそのグラスを置く。
 カードゲームだとククールに分があるため、ここは単純にしりとりで勝負。

「スライム」
「無職」
「熊」
「ま? まき」
「キラーモス」
「簀巻き」
「きつつき」
「き? き、き、きんかん! じゃなくて、き、きんのうでわ」
「ワンダーフール」
「流浪」
「馬」
「ま、まままま……ま、まぬけ……」
「お前のことか」
「違うわっ! いいから続き!」

 酔いが回っているはずなのにエイト以外はすらすらと言葉を続ける。しかもククールはすべてモンスタの名前、ゼシカは暗い単語、ヤンガスは生き物の名とそれぞれ自分縛りを設けていた。もちろんこれは頭の作りが少々気の毒なエイトへのハンデだ。誰かが言い出したわけでもないのに暗黙の了解でそれを作り上げているあたり、生死を共にするパーティメンバとしてはこの上なく息が合うのだろう。

「ケムンクルス」
「鮨詰め」
「めだか」
「か、か、かめれお、じゃなくて、えーっと、」
「かめ、で止めておけば良かったのに」
「あ、じゃあかめ!」
「いま私が言ったから駄目」
「えーっ! じゃあじゃあ、風のぼうし!」
「深紅の巨竜」
「……そんなモンスタ知らないでげすよ」
「そのうち会うことになる」
「鬱」
「…………ツキノワグマ」
「ま? また? ま、ま、ま、まー」

 上を見上げて唸って、下を見て唸って、忙しそうにしているリーダの隣でククールが無情にも「5、4、3」とカウントダウンを始めた。

「え? え? 時間制限あり? ちょ、まっ……」
「2、1、0。はい残念。エイトの負け」

 トン、と得体の知れない液体の入ったグラスをエイトの前に置くゼシカ。彼女の笑みに逆らうことなどできず、勢いのまま飲み干したエイトはそのままぱたりとベッドへと突っ伏した。「ひどいひどいおいしくない、しりとりなんか卑怯だ俺頭悪いのに、ひどいよ、いじめだ、おいしくないよぉ」と支離滅裂なことを呟き続けるエイトへ、「とりあえず不味いって事だけは分かった」とククールがしたり顔で頷く。
 縮こまって泣いているリーダをけらけらと笑い飛ばしながら、ゼシカが「これ、私からクリスマスプレゼントね」と小さな袋を三つ取り出した。中にはそれぞれ色とデザインの違う手袋。
 何も用意してない、と頭を下げるヤンガスに「いいのよ、好きでやってることだから」とゼシカが言うと、「オレは用意してるぞ」とククールが紙袋を彼女へと渡す。
 中からでてきたものはピンクとオレンジの毛糸で編みこまれた柔らかなマフラー。少し照れながらも嬉しそうにしているゼシカを見て、「俺のはないの?」とエイトがククールに尋ねた。

「ゼシカの分だけ」

 当たり前のようにそういうククールへ、ぷくぅ、と膨れるが、自分もゼシカにプレゼントを返せないことに気付き、「絶対お返しするから!」と謝った。
 一通り大騒ぎをして、それぞれが満足したところでゼシカとヤンガスは隣の部屋へと戻っていく。二人減った室内は先ほどまでの大騒ぎが嘘のように静まり返り、それでもどこか楽しそうにエイトは笑っていた。

 今日はこのまま眠ってしまおう。楽しい気分のまま眠ればさぞかしぐっすり眠れるに違いない。

 にたにたと笑いながらベッドに潜りこみ目を閉じる。頭の側でかさり、と何かが音を立てたような気がしたが、エイトはすぐに眠りの世界へと意識を落とした。





 ふ、と目を開けるとまだ室内は闇に包まれたままだった。空の明るさから言って夜明けには程遠い。
 どうしてこんな時間に目が覚めてしまったのだろうか。
 首を傾げながら寝返りを打って気付く、壁際のベッドで眠っていたはずのエイトがいない。暗闇でもそこに人の膨らみがないことが分かる。何より気配がない。

「……どこに」

 小さく呟いてククールはベッドから降りた。肌を刺す冷気に体を震わせながらコートを羽織り、音を立てないように部屋を抜け出た。
 しん、と静まり返った宿の中。耳を済ませても動いているものは自分以外には感じられない。
 足音を殺して廊下を進み、カウンタの前を通り過ぎてゆっくりと扉を開いた。外の風を頬に感じると同時に、ふわり、と視界の端を白い何かが過ぎる。

「お前は何だってこんな夜中に出歩いてんだよ」

 白いそれを追うように視線を動かすと、キラキラと輝く巨大なツリーの下で、それを見上げているエイトを発見した。ぼう、とした表情でツリーを見るエイトの両手にはゼシカが送った手袋が、首元には先ほどこっそりとククールが置いておいた真っ白いマフラーが巻かれていた。
 突然声をかけたにもかかわらず、エイトは驚いた様子も見せずに「うん、だって」と呟く。

「プレゼント、嬉しかったから」

 答えになってない答えに、ククールは小さくため息をつく。吐き出された息が白く濁ってふわり、と舞った。
 マフラーと手袋が嬉しかったから身に着けてみた、そうしたら外に行きたくなった、ということなのかもしれない。
 相変わらずよく分からない思考回路だ、と呆れるククールの視線をものともせず、エイトはただじっとツリーを見上げていた。

「ほんと、すごいなぁ、これ」
 すごい、綺麗だ。

 エイトは前と同じように見上げて感嘆の声を上げている。何がそんなに彼をひきつけるのか、こちらへ視線を向けようともしない。
 そんな彼の態度になんとなくむっときたククールは、彼の視界からツリーを遮るように上から覗き込んでやった。

「綺麗なのは分かったから帰るぞ。風邪引く」

 起きたそのままで出てきたため、結っていなかった髪の毛がさらり、とエイトの頬を撫でた。ククールの言葉を聞いているのかいないのか、エイトは手を伸ばしてその銀髪を指に絡めると「こっちもすごい綺麗」と笑った。

「…………ここで最後までしたら怒る?」

 あまりにも可愛らしいその言葉と表情に思わずエイトを抱きしめたククールは、小さく耳元でそう囁く。それにくすぐったそうに身をよじったエイトは「ちょー怒る」と笑いながら答えた。

「だから、ここまで」

 ククールの胸から顔を上げ、頬に手を添えるとつま先で立ってククールへ口付ける。
 羽のようなそのキスに、体を繋げるよりも深い想いが込められているように感じ、ククールはふわり、と微笑むと、今度は自分から触れるだけのキスを返した。




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2007.12.25
















…………まあ、クリスマスですから。
しりとり、関係ないけど。