新年だけど


 宿屋の一室。丸い小さなテーブルを囲むようにゼシカとククールが、壁際のベッドの上にエイトが座り、ヤンガスは側の床の上にどん、と腰を下ろしている。それぞれにグラスを持ち、適度にアルコールの入った状態だ。
 つまみの並んだ皿を避けて机の上には小さな懐中時計が置かれている。ククールの私物だが、今はゼシカがその秒針をゆっくりと読み上げていた。

「5、4、3」

 このときばかりはいつも騒がしいエイトも黙って彼女の声を聞いている。

「2、1、ゼロ!」
「あけましたーっ!」
「兄貴、せめて『おめでとう』のほうを言いやしょうよ」

 ゼシカの声に重なったエイトの叫びに、ヤンガスが呆れたように苦笑を浮かべる。
 そんな彼へ「あいつに言っても仕方ねぇと思うぞ」とククールがグラスを持った手を伸ばした。ヤンガスはそれにグラスを重ねて乾杯はするものの、互いに「おめでとう」とは言わずに無言である。

「何よ、二人とも。『おめでとう』ぐらい言ったら?」

 立ち上がってエイトの側まで寄り、彼の持つグラスへカツン、と自分のグラスをぶつけてゼシカがそう言う。

「あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「おめでとう! 今年はお手柔らかによろしく!」

 普通はこういう挨拶があるでしょ、と言うゼシカへ、ククールは「オレらが改めて言うのもな。乾杯だけで十分だろ」と肩を竦める。少し照れくさいのかもしれない。

「男は言葉じゃなくて行動で意思を示すものでげすよ。背中で語るでがす」

 ヤンガスの言葉にゼシカがちらりとエイトへ視線を向ける。彼女の表情から何を読み取ったのか、「あれは規格外だ」とククールが呟いた。

「去年はめいっぱい迷惑かけました。今年もいっぱいかけるからよろしく!」

 規格外呼ばわりされているとは露知らず、エイトはにこにこと笑いながらヤンガスへ新年の挨拶をしていた。

「兄貴にかけられる迷惑は迷惑じゃねぇでげすよ。アッシこそ、今年もよろしくでげす」

 カツン、とグラスを合わせて乾杯。ゼシカ、ヤンガスと挨拶を済ませ、最後にもう一人、とエイトは嬉々としてグラスを差し出してくる。

「俺、お前いないと駄目だから、今年も超よろしく!」

 その言葉に思わず寒気がし、乾杯をしようと伸ばしたククールの手が途中で止まった。
 内容だけを聞けば可愛いことを言う、と喜べただろう。しかし残念ながらそれを言った人間は誰であろうエイトであり、しかも満面の笑みときた。去年一年彼に振り回された現実が頭の中をぐるぐると渦巻き、表情が引きつってしまうのも仕方ない。しかし、そんなククールの思いに気付きつつ無視をしているエイトは、無理矢理グラスを重ねて「はい乾杯」と満足そうに笑った。

「あー、今年もこいつのぶっ飛んだ行動に付き合わなきゃならんのか」
「今年はせめてもう二、三本頭のネジを締めてもらいたいわね」

 ため息交じりの呟きに、ゼシカの声が重なった。




 新年の挨拶を済ませると、ゼシカとヤンガスは早々に隣の部屋へ引き上げてしまった。もともと二人ともあまり酒は強くない。無事に新年を迎えたことで安心してどっと睡魔が押し寄せてきたらしい。二人が戻ってからも酒に強いククールと、その彼にザルどころかワクだ、と称されるエイトはしばらく飲んでいたが、そのうち話題も尽きてそのままそれぞれのベッドへと潜り込んだ。
 適度に温まった部屋、柔らかなベッド、アルコールの回った体はほかほかと温かい。耳を澄ませば外から風と雨の音。そういえば天気が悪かったな、と思い出す。恐らく明日、ゼシカやヤンガスは家族や親しい人へ挨拶へ行くだろう。少しでも回復すればいいが、この調子では難しいかもしれない。心なしか強くなっている風の音を子守唄にエイトが眠りへ意識を沈めようとしたところで、不意に「なあ、」と窓際のベッドから声がした。

「そっち、行っていい?」
「今日はやんねーぞ」

 彼の言葉にエイトはそう返す。即答されたことが面白かったのか、くすくすと笑いながら「大丈夫」とククールは答えた。

「お前の大丈夫はあんまり当てにならない」

 確かに、今まで何度か同じ状況で同じように大丈夫、と答え、結局大丈夫ではなかったことがあった。エイトが疑るのも仕方ないだろう。

「うん、でも今日は本当に大丈夫」
 だからそっちで寝かせて?

 まるで子供のようにそう甘えてくるククールにいつもと違う雰囲気でも感じたのか、エイトは少しだけ間を置いて「本当に何もしないなら」と口にする。
 その答えにぎしり、とベッドが軋む音が重なった。仰向けになっていた体を横に向けてそちらを見やると、起き上がったククールが素足のまま歩み寄ってきている。

「寒い、早く入れ」

 布団を持ち上げてそう催促すると、ふわりと笑んでククールはエイトの隣へともぐりこんできた。
 ほんの少し夜気に触れただけだが、冷えたククールの腕がエイトを抱きしめる。存在を確認するかのような動作に、エイトが顔を上げて首を傾げた。

「どうかした?」

 腕を上げ、頬に触れながらそう問いかけるエイトへ、「風とか雨の音って、不安にならない?」と逆に尋ねてくる。

「オレ、あんまり得意じゃないんだよな、雨の音って」

 新年早々寝つきが悪いのは嫌だから、とククールは続ける。

「エイトの側だとそういうの、気にならないし」

 そう言って抱きしめてくる腕に力を込めた。
 鼻を擽るのは嗅ぎ慣れたといっても差し支えのないククールの匂い。少し低めの体温と、するりと肌をなでる綺麗な髪の毛。とくん、とくん、と規則正しい心臓の音。
 何となく居心地のいい空間にうっとりと目を閉じかけたところで、「せめて雪にでもなってくれれば音、気にならないんだけどな」と呟く声が聞こえた。ぼんやりとした頭で「雪はヤダ」とエイトが答える。

「ああ、お前寒いの苦手だったっけ」

 一面の銀世界が広がる土地で、エイトはやたらと眠たそうにしていた。あの国でなくとも寒さがひどい場所でのエイトの行動は、普段より二割ほど遅くなっている。体質的に寒さに弱いのかもしれない。

「寒いとよく寝れるけど、起きられない」

 その言葉に「そこまでいけば本当に冬眠だな」とククールが苦笑する。

「うん、でも、俺、こうやって、一緒に寝るときもよく寝れる、気がする」

 ぽつりぽつりと紡がれる言葉は力がなく、徐々に眠りへと足を踏み入れているのだろう。とろんとした表情のまま、ククールを見上げてくる。

「一人よりも暖かいのに、不思議だよなぁ」

 ククールの腕に抱かれていると彼の体温も感じられて、本当に暖かい。寒いわけでもないのに、寒いとき以上にぐっすりと眠れる気がする。
 そう言うエイトの髪を梳いてやると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。そのまま頬へ手を滑らせると、まるで猫のように擦り寄りながら、エイトは口を開く。

「ぐっすり寝るなら、俺、寒いのより、ククールと一緒んがいいなぁ」

 朝辛くないし、と続けられた言葉は半分かすれていてよく聞き取れなかった。
 本格的に眠りに入り始めたエイトの前髪をかきあげ、現れた額へ軽くキスを落とす。

「オレも、エイトと一緒に眠るの、好きだな」

 その言葉はエイトの耳に届いたのか、届いていないのか。寝息を立て始めた彼を抱きしめ、ククールは小さく笑みを零した。

 この調子で行けば雨は降り続けるだろう。寒さも増して雪になるかもしれない。そうすれば明日のエイトはきっとろくに動くことができないだろう。もともと休日で何の予定もない日。
 新しい一年が始まる最初の日ではあるが、だからこそ、明日はゆっくり寝て過ごそう。互いの体温を感じながら、ベッドの中でまったりと過ごそう。
 ゼシカあたりはだらしない、と怒るかもしれないが、きっとエイトは賛成してくれるに違いない。
 そんな確信めいた思いを抱きながら、ククールも這い寄る睡魔へその身を委ねた。




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2008.01.05
















あけましておめでとうございます。
ドラクエの世界に時計があるのか、
新年って概念があるのかどうか、ってあたりはスルーの方向で。
メインジャンルなのに一番の難産でした。