「キミの笑顔」の設定です。


キミの告白


 軽いノックのあと「二人ともいる?」とパーティの紅一点、ゼシカの声が扉越しに聞こえた。ククールが「どうぞ」と答えるとゼシカが顔を出し、あとからヤンガスも続いて入ってくる。

「珍しいな、二人揃って。どうかしたか?」

 今日の行程を無事終え、たどり着いた町で求めた宿。隣接された食堂でそろって夕飯を取り、今はそれぞれの部屋に戻って明日のために休もうかという時間帯だ。こんなときに彼女たちがそろって部屋にくることはまずない。話があるなら食堂ですればいいのだから。
 何か緊急の用事でもあるのだろう、そう思い表情を険しくして尋ねたが何故だか返答がない。どうかしたのだろうか、とベッドに座り込んだまま彼女たちへ視線を向けると、微妙な顔をしたゼシカと目が合った。

「……ねぇ、この子、何してるの?」

 彼女は一瞬だけ迷った後、思い切ったようにそう尋ねる。この子、と指をさす先にいるのはもちろん、このパーティのリーダであるエイトだ。

「何って、寝てる」

 ククールはそう答えながらも、心中でほんの少しばかり焦っていた。当たり前すぎて彼女たちの顔を見るまで気づかなかったのだ。
 エイトは今、ククールの膝を枕にして眠っている。寝物語に軽く本を読んでいたククールに付き合ってさっきまで起きていたのだが、限界が来たのだろう。欠伸をするとそのままころりと横になってしまったのだ。

「ああ、うん、寝てるのは分かるんだけど……」
 どうして膝枕で?

 ゼシカの問いに、ククールは苦笑を浮かべた。
 ツインルームでベッドは二つあるのだが、基本的に彼らは一つのベッドしか使わない。一応恋人同士であるにもかかわらずそれらしいことができない、と悩んでいたエイトが出した結論が「せめて一緒に寝る」というものだったのだ。寝辛いだろうから無理をするな、と始めのうちは窘めていたのだが、毎晩ベッドにもぐりこんでくる彼を追い出すほどククールだって理性が強いわけではない。可愛い恋人を抱いたまま眠れるなら、それ以上幸せなことはないのだ。
 笑ったまま答えないククールに何を思ったのか、ゼシカは小さくため息をついて「あんたも大変ね」と呟いた。
 これこそ日頃の言動の差だろう。
 実際は膝で彼の体温と重みを感じることも幸せだとククールは思うのだが、しかしそれは二人が恋人であることが前提にある。残念ながらその関係を知らない仲間二人は、エイトのわがままにククールが付き合わされているように見えるのだと思う。

 気の毒そうな顔をしたゼシカが向かいのベッドへ腰を下ろしながら、「たまにはエイトと違う部屋にした方がいいんじゃない?」とまで言ってきた。こちらを気遣ってくれているのだろう。彼女の優しさはありがたいが、それはククールの望むところではない。
 そう口にしようとしたところで、膝の上から唸り声が聞こえた。仲間たちの声に起きてしまったらしい。目を開けてはいるがまだぼんやりとした表情のまま首を動かし、エイトはここにはいないはずの仲間を見る。「おっはー」と気の抜けるような挨拶をした後、起き上がることなくそのままククールへ視線を向け「俺、メイワク?」と尋ねた。どうやらゼシカの言葉が聞こえていたらしい。
 不安げな顔のまま見上げてくる彼の顔はいつもよりぐっと幼く見えて、ここに二人がいなければ問答無用でキスをしていただろう。
 その衝動を抑えこんで「そんなわけねぇだろ」と頭を撫でた。

「むしろエイトとひっついてられてオレは嬉しいよ」

 そう言うと、エイトは「そっか、なら良かった」と安心したように笑みを浮かべる。

「ていうか、エイト、いい機会だからこの二人に言っとくぞ?」

 ククールからすれば、二人の関係を隠すつもりは毛頭ない。そもそも、両想いになるきっかけといっても差し支えないだろうミーティア姫はおそらくエイトから二人の関係を聞いているはずだ。ならばゼシカとヤンガスに言っても問題はないだろう。
 ククールの言葉を理解しているのかいないのか、「んー、いーよー」とやはり気の抜けるような答えが返ってきた。

「言うって何を……」

 今まで黙っていたヤンガスがそう首を傾げた横で、何かに気が付いたらしいゼシカは渋い顔をして二人を見比べていた。
 さすがに女性はこういう点に関して鋭い部分がある。彼女の勘の良さに感心しながら、ククールはとりあえずエイトと恋人として関係があることを伝えておいた。

「………………………………はぁ!?」
「あぁ、やっぱりね……」

 返ってくる反応はククールの予想通りで、思わず吹きだしてしまう。ヤンガスなどはまだ理解できないままなのか、立ち上がってエイトとククールを交互に見やっていた。
 察していた分立ち直りの早いゼシカは、一度ため息をつくと「エイトはお姫様が好きなんだと思ってたわ」と口を開く。

「うん、好きだったよ」

 それに答えたのは未だククールの膝に頭を乗せた状態のエイトだった。はっきりとした口調ではあったが、起きようとは思わないらしい。横になったまま彼は「でも」と言葉を続ける。

「今はククールが好き」

 臆面もなくきっぱりと言い切ったエイトに、ゼシカはもう一度ため息をつく。

「二人がいいなら別にいいけど、外でいちゃつくのはやめてね。恥ずかしいから」

 思考の切り替えが早い彼女らしく、どうやら関係を認めてくれたようだった。隣でヤンガスも「兄貴が、そう言うなら……」と不服そうにしながらも頷いている。

「まあとりあえずそういうことだけど、だからって気を遣えとか言うつもりはないから。今までどおりでいいよ」

 そう言ったククールへ、「当たり前でしょ」とゼシカが眉を吊り上げた。

「なんで私たちがあんたたちに気を遣わなきゃなんないのよ」

 そんな彼女を見て、「ゼシカらしいなぁ」とエイトが笑う。

「それで、結局二人は何の用だったんだ?」

 そんな彼の髪を梳きながら、ククールはそう口を開いた。たまたまタイミングが良かったからカミングアウトしただけで、それが本件ではなかったはずだ。こんな時間に二人揃ってこの部屋へ来たのだから、それなりに重要なことだと思うのだが。
 彼の言葉にようやく思い出したのか、ゼシカはそうそう、と慌てたように立ち上がった。

「さっき宿の女将さんに聞いたんだけど、この先の道、がけ崩れでふさがれちゃったんだって」
「昨日までこのあたりはずっと雨が降ってたらしいでがす。土が緩んでたんでげしょうな」

 ゼシカは床の上に放置されていたエイトの鞄を手に取り、許可も取らずにそこから地図を取り出す。ククールの前にそれを広げて、「たぶんここの道のことね」と指さした。
 情報が情報だけに、エイトも体を起こし地図へと視線を向ける。
 額を突き合わせて進路に悩み、とりあえずは明日は偵察も兼ねて今までの道を行けるところまで行ってみるということに落ち着いた。そもそも次の町へ行く道はその一つしかないのだ。本当にふさがっているのなら、町の人間だって困るだろう。復旧作業に手を貸すこともできるかもしれない。

「モンスターチーム、ゴーレムメンバにしとくか。あれなら力仕事ができるだろ」
「雨降ってきたらふさいでる土砂と合体しそうだな」
「したらさらにでっかくなって一石二鳥。つか、土砂を全部吸収してどっかに持ってってもらえばいいんじゃね?」
「それ、すごい見てみたい。明日ぜひ試してみよう」

 真剣な表情でとても真面目とは思えない会話を交わすエイトとククールに、ゼシカはあきれたような溜息をつくと「ゴーレムたちに手伝ってもらうことは賛成、合体させるのは反対」と言いながら立ち上がった。

「じゃあ私たちは部屋に戻るわ」
「もしかしたら明日からまた雨が降るかもしれねぇ、みたいなことを女将が言ってたでげすから、それも覚悟しておいた方がいいと思うでがすよ」

 そう言ったヤンガスに続いて部屋を出て行く前に、立ち止まったゼシカは振り返ってベッドの上へ座る二人へ目を向ける。
 しばらく黙ったまま彼らを見やっていた彼女は、「泣かせたらメラゾーマね」と言った。

「それはどっちに対しての言葉?」

 エイトが首を傾げると、彼女は「両方に決まってるでしょ」と扉を閉める。
 二人の出て行ったドアを見ていたエイトとククールは、しばらくして顔を見合わせると肩をすくめて笑みを浮かべた。
 あの二人がエイトたちの関係に強固に反対するとは思っていなかったが、それにしてもあっさりと認めてくれたものである。

「つか、男同士だってことはどうでもいいのかな」

 ぽつりと呟かれたエイトの言葉に、ずいぶん今更なことを、と思いながらも、ククールは「たぶん、どうでもよかったんじゃね?」と答えておいた。




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2008.07.11
















ゼシカさんは部屋に帰ってしばらくして、
「っていうか、あいつら男同士じゃない!」と気づいたらしいです。