「キミの笑顔」の続きのようなもの。 キミの悩み 最近、エイトには一つ悩みがあった。 叶わぬ恋に胸を痛め、慰めてくれた彼に心を奪われたのはついこの間のこと。傷つき、傷つけ、下手をしたらそのまますれ違っていたかもしれなかったが、幸運にも想いが通じ合った。それが奇跡のようなことだということは分かるし、だからこそその関係を大切にしたい、とも思う。 そう思うからこそ、の悩み。 エイトは自分が無知であり、人の心の動きに疎く鈍いことを自覚している。もちろん自覚しているから許されるということではないだろう。そうなくするために日々努力は怠っていないつもりでもある。しかし感情に絡む事柄は自分で考えるには限界があり、だからといって簡単に人に聞けることでもない。怒っている人間に「どうして怒っているのか」と尋ねた場合、十中八九さらに怒りをかってしまうだけなのだ。 けれど彼は違う。 たまに間違えて怒らせてしまうことも悲しませてしまうこともあったが、それでも「オレに聞け」と言ってくれる。分からなかったら聞けばいい、と。 こうして想いが通じ合い、誰かと恋人になるのはエイトにとって初めてのことだった。だからどうしていいのか分からない。どうしたらいいのかが分からない。 「つーことで、聞いてみます。ククールさん、恋人って何やったらいいんですか?」 トーポを膝の上に乗せ、チーズを切り分けて与えながらエイトは向かいのベッドに寝そべって本を読んでいたククールへそう尋ねた。 今日も一日魔物相手に道なき道を進み、ようやくたどり着いた村で一泊の宿を求める。山奥の村にしては珍しく設備の整った宿で、各部屋に風呂(しかも温泉らしい)が備え付けてあった。風呂好きのヤンガスとゼシカは大喜びであったが、汗さえ流せればいいエイトとククールにとってはわざわざ風呂に入りに部屋を出なくてもいいため楽ができると思う程度のもの。適当に入浴と夕飯を済ませ、あとは明日に備えて眠るだけという状態なのだが、こういうときでないとこんな話はできないだろう、とエイトはククールへ視線を向ける。 しばらく返答がなかったのは、おそらく目を落としていた文章のキリが悪かったから。ぺらり、とページをめくって数秒ほどで顔を上げた彼は「どうしたんだよ、いきなり」と首を傾げた。 「いや、俺よく知らないし。なんかしなきゃいけないこととかあるのかなって」 お腹が膨れて満足したのか、エイトの膝の上で伸びをしたトーポは、畳まれたバンダナの上で丸くなる。その背中を指先で撫でながらエイトはそう答えた。 「エッチ?」 「いや、だからそういうことじゃなくてね」 顔を赤くして恥ずかしがるかと思えば、エイトはあっさりとククールの言葉を流す。彼の気持ちが自分に向く前からずっと片思いをし、見つめ続けてはいたが相変わらずエイトの思考は読めない。だからこそ目が離せないのかもしれない。 しおりを挟んだ本を脇によけ、体を起こしたククールは背を壁に預けてエイトと向かい合う。 「ククールは俺の前に誰かと付き合ったことあるだろ?」 「ああ、まぁ、本気で恋人同士ってのはそんなに覚えがないけどな」 基本的に昔から来るもの拒まず去る者追わずの関係が多かった。色々な偶然が重なってただ一人の人間を決めて付き合ったこともあったが、ここまで真剣に手に入れたいと思ったのはエイトが初めてだ。そういう意味ではククールにとってこれが初恋なのかもしれない。 「なんかさ、もっとこう、恋人っぽいこととかしなくていいの?」 彼と恋人と呼べる関係になってまだほんの少ししか経っていないが、その間にそれらしき行動をした覚えがエイトにはない。確かに体を繋げはしたが、それだって、あまり褒められたことではないが恋人になる前にもやっていたことだ。恋人になったからといって互いの態度が変わったかといえばそうでもない。はっきり言ってしまえば今までとなんら変わりがないのである。唯一違う点を挙げるとすれば、宿でツインを二部屋とった場合の部屋割りが自動で決められるようになったこと。今までのようにじゃんけんで決めたりはしない。エイトとククールが当たり前のように同室になる。面倒だらからもうこれでいいだろ、というククールの言葉にヤンガスとゼシカも納得していたようだった。 ただそれだけの違いしかない。紆余曲折(というと大げさかもしれないが)を経て折角恋人になれたというのに、今までと同じでいいのだろうか、と疑問に思ったのだ。 「もっとベタベタすると思ってた?」 ククールが尋ねるとエイトは小さく唸ったあと、戸惑いながら頷きを返す。 ベタベタする、というのが具体的にどういうことを指すのかエイトには分らなかったが、それでもおそらく自分が言いたい「恋人らしいこと」はそういうことを言うのだろう。決して触れあう回数が減ったというわけではない。逆にいえば増えたということもないのである。さすがに公衆の面前で手を繋いだり抱き合ったりはしないが、頭を撫でたり腕に触れたりすることぐらいはある。しかしそれらは以前からしてたことで、恋人だから特別に、というようには思えなかった。 「エイトはしたい?」 重ねて尋ねられ、エイトは首を傾げた。考えて「ぶっちゃけていうと」と言葉を紡ぐ。 「そこまでしたい、わけじゃない、気がする」 しなくていいのだろうか、と思うことと、自分がしたい、と思うことは別のことだ。エイトはただ疑問に思っているだけで、それを欲しているわけではない。 それがまずいのではないだろうか、とエイトは思う。まずは欲するところから始めないといけないのではないだろうか。 そう尋ねようと口を開く前に「じゃあ別にする必要なくね?」とククールが言った。 視線を向けると、彼は手招いてエイトを呼ぶ。素直に従って彼のベッドに乗り上げると、エイトはその隣へと腰掛けた。同時に腰へ腕が伸びてきて、やんわりと抱きしめられる。 「もしエイトが女だったらそうしてたかもしれないけどな。とことんまで甘やかして、守り通して。でもエイトはそういうの嫌だろ?」 甘やかされるのも守られるのも嫌だとは思わない。しかし、自分が一方的にそれをされるというのは耐えがたい。それはやはりエイトが男であるからだろう。好きな相手に守られてばかりでは情けない、と思うのだ。 恋人だからといってその背に隠れてばかりいるのは違うと思う。 やはり男同士で恋人になろうという方が無理なのだろうか。 そう考えたところで、「オレだって、そういうエイトだから好きになったんだし」とククールの言葉が聞こえてきた。 「オレは触りたいときにはエイトに触るし、抱き締めるし、キスもするし。それだけじゃ駄目?」 後頭部のあたりを優しく撫でられ、顎をとらえて視線を捉えられる。柔らかな唇が額へ落ち、エイトは「駄目ってわけじゃないけどさ」とくすぐったそうに笑った。 おそらく、とククールは思う。彼は現状が不満なのではなく不安なのだろう。今までと変化のない日々で大丈夫なのだろうか、と。記憶を持たないという過去のせいか、エイトは自分が無知であると信じ込んでいる。確かに常識知らずなところや、知っていて当たり前のことを知らないこともある。だからこそ、自分の行動を信じられない。本当にこれでいいのか、と常に懐疑的なのだ。 「お前は自分がしたいようにしてたらいいよ。外で抱きつかれてもキスされてもオレは全然OK」 「……それは俺が嫌」 一応は人並み程度に羞恥心というものがあるらしい。顔をしかめてそう言ったエイトに笑みをこぼしながら、「じゃあ部屋でベタベタしたいならいくらでも付き合う」と言葉を続けた。 「ただその場合八割はエッチになだれ込むと思え」 「どんだけやりたいんだ、お前は」 「そりゃ、好きなやつとしたいと思うのは男としては当然のことだし」 エイトだってそうだろう? と尋ねられ、彼は眉間にしわを寄せたまましぶしぶと頷いた。きちんと認めるところが彼らしくて思わず笑みがこぼれる。 「オレがしてもらいたいことってのは特にはないよ。したいことがあるなら自分で動く。だからそんなに不安がるな」 ククールに言われ、エイトはようやく気が付いた。 どうやら自分は不安を覚えていたらしい。 悩むということは、その裏に不安があるから。このままで大丈夫なのだろうか、という不安。今までと同じように過ごしていて大丈夫なのだろうか、彼に飽きられないだろうか、嫌われないだろうかという不安。 「…………俺、本当にククールのこと、好きなんだなぁ」 ゆっくりと自分の心を分析していたエイトは、たどり着いた結論をしみじみと呟いた。その言葉に軽く眼を見張ったあと、ククールはふわり、と嬉しそうに笑みを浮かべる。 「オレもエイトが好きだよ」 再び落とされたキスは額だけに留まらず、そのまま唇も奪われた。何度か重ねるだけの子供のようなキスを繰り返したあと、「ああ、そうだ」とククールは口を開く。 「エイトにしてもらいたいこと、ひとつだけあった」 両頬を包み込むように手を添えられ、真正面から目を合わせたまま。 ゆっくりと言い含めるように彼は続けた。 「オレを好きでいて。これからもずっと、それこそ一生、オレが死ぬまで」 オレだけを好きでいて。 それだけでいいから、というその言葉を聞き終わる前に、エイトは口元を押さえてククールの胸へ額を預ける。上から覗き込むと耳や項のあたりまでうっすらと赤く染まっているのが分かった。 「…………お前、よくそんな恥ずかしいセリフが言えるな」 顔を上げないまま唸るように言われた言葉に、ククールはくすくすと笑いを零す。 「でも惚れ直しただろ?」 ブラウザバックでお戻りください。 2008.07.09
最近裏ばっかりだったので、健全で。 ただこれだけに一日以上かかりましたよ。 どれだけ恋人設定が苦手なんだ、小具之介。 |