創作記念日 その話題が出たのは偶然だった。次の町までもうしばらく距離があるという街道で日暮れを迎えてしまい、野営を余儀なくされたその日、ヤンガスとエイトが水を汲みに出かけ、食事や寝場所の支度をククールとゼシカが受け持っていた。 集めた薪で火を起こしていたククールの側で、野菜を切っていたゼシカが「そういえば」と呟く。 「エイトの誕生日っていつか知ってる?」 唐突な話題ではあるが、彼女のなかで気になっていたことなのかもしれない。 「や、オレは知らないけど。そういうのは王さまに聞いた方がいいんじゃないのか?」 荷台を外し、草の上に優雅にその身を横たえるミーティア姫と、愛娘の鬣を丁寧に梳いてやっているトロデ王へ視線を向ける。同じように目を向けたゼシカは「それもそうね」と、親子へ声をかけた。 「誕生日? そういえば知らぬの。といっても、もともとあやつは小さい頃の記憶がないからのぅ」 トロデ王の言葉に、ゼシカとククールは「そういえば」と顔を見合わせる。 普段の言動が言動であるだけに、エイトが記憶を持っていないことを完全に忘れてしまっていた。よくよく考えればあのエイトのこと、自分の誕生日などというイベントごとを吹聴しないはずがない。今までその話題を口にしなかったのは、彼自身が誕生日を知らなかったからかもしれない。 「お姫様は? エイトの誕生日って知ってる?」 それでも一応、と思いゼシカが問いかけると、白馬は少しだけ悲しそうな顔をして首を横に振った。 「それは聞いたことがない、ってこと?」 人の言葉を話すことができない彼女の意志は、こうして問いかけなければ正確には分からない。ククールが重ねて尋ねると、ミーティア姫はもう一度首を横に振った。 「聞いたことはあるけど、エイトも知らなかったってこと?」 その言葉に今度はゆっくりと頷きを返す。 「やっぱりそうだろうな。全然覚えてないって言ってたし」 「でもそれじゃあ寂しいわよね」 眉をよせ、曇った表情のままゼシカが呟いた。 普段はあまり気にしたりしないが、エイトという少年は生い立ちのせいで人ならば当たり前に持っているはずのものを持っていない。たとえば家族であったり、たとえば感情であったり。 そのことで同情されたり、腫れものに触れるかのような態度を取られたりするのはエイトにとっても不本意であろう。また仲間たちもそれが原因でエイトを特別に扱うつもりはない。 それでも、時折こうして無性に寂しくなる。エイトが己の境遇を寂しいとそう思っていないだろうという事実が、更にそのやりきれなさを加速させる。 しんみりとしたその空気を破ったのは、ゼシカの明るい声だった。 「ねぇ、だったらこうしない?」 ** ** ゼシカの提案は至極分かりやすいものだった。誕生日が分からないなら、勝手に決めてしまえばいい、と。 「名前もエイトだし、今八月だし、ちょうどいいじゃない」 彼女の一言でサプライズパーティーを企画することになる。その場にいなかったヤンガスへも伝え、とりあえず次の休息日にどこかの町でエイトの誕生日を祝うことにした。 エイトに隠し事をするということははっきりいってしまえば、かなり容易いことだった。パーティメンバが一丸となれば更に楽になる。何か気付かれそうだと思えばゼシカがその舌で丸めこみ、ククールが別の話題を提示する。基本的に単純な作りをしているエイトの脳は、一度に二つ以上の話題を気にするなどできるわけもなく。 「……アッシは兄貴の将来が心配になってきたでげす」 「だな。いくらなんでも、あしらわれ過ぎだろ、あれは」 ゼシカに誘われて上手い具合に出かけてくれたエイトを窓から見やりながら、準備を任された男二人はそう呟いた。 しかしここでエイトの将来を心配していても仕方がない。とりあえず事前に用意していた食べ物、飲み物を小脇に抱え、町のすぐ隣を流れる河原へと向かった。トロデ王とミーティア姫も参加を表明しているため、宿の部屋という選択肢はない。 時間になればゼシカが主役を連れてやってくる。それまでにある程度の準備をしておかねば、とククールは無言のまま、手にしていた食べ物を並べ始めた。そろそろ夕方も近くなる頃合いとはいえ、まだ日も高く気温も高い。それでも川の近くであること、大木の真下であることからある程度の涼しさもある。日が落ちればもっと涼しくなるだろうし、ここならば木々の枝が邪魔をしてエイトも空を見ずにすむだろう。 「お、馬姫さま、花を摘んできたんでげすか? そりゃあいい」 慣れない手つきでバスケットを開き、皿やフォークを並べていたヤンガスが、ミーティア姫の口にあるまっ白い花を見て笑う。予備に持ってきていた小さなグラスへ川の水を汲み、その花を活けて広げられた御馳走の真ん中へと飾った。 「兄貴、喜んでくれるかなぁ」 ヤンガスはそう言いながら、人相の悪い顔をにへりと歪めた。どうやら笑っているらしいことは分かるが、何も知らない人間が見たら良からぬことを企んでいるようにしか見えないだろう。しかしそれでも、彼の言葉からは本当にエイトが好きであることがひしひしと伝わってきた。 「喜ぶだろ。っていうか、オレらがここまでやって喜ばなかったら怒る」 「それはどうかと思う」 ククールの言葉に眉をひそめながらも、「喜んでくれるといいなぁ」とヤンガスはまた笑みを浮かべる。 ちょうどその時、町の入口からきゃいきゃいと聞きなれた声が近づいてきた。ゼシカが約束通りエイトを連れてきたらしい。タイミング的にもばっちりで、さすがゼシカ、と木陰で待つメンバは顔を見合せてにんまりと笑った。 「ほら、エイト、こっち!」 そう言いながら腕を引かれたエイトが顔をあげ、ようやくククールたちに気が付いた。ひらひらと手を振ってやると、彼はきょとんとした顔で首を傾げる。 「あれ? 何やってんの、二人で。陛下や姫殿下まで……」 集まった仲間たちの前にはピクニックシートの上に広げられたさまざまな食べ物。川べりにしゃがみ込んだククールは、今まで川の水で冷やしていたのだろうシャンパンの瓶を手にしている。 「さ、エイト、早く! 今日の主役はエイトなのよ」 事態が飲み込めず目を丸くしているエイトの背を押して、ゼシカが木蔭へとやってきた。 ククールがそれぞれが手にしたグラスへシャンパンを注いで回り、全員に行きわたったところでトロデ王が口を開く。 「エイト、今日はお主の誕生日パーティじゃ。存分に飲んで騒ぐがよいぞ」 「……自分の……ですか……?」 主君にそう言われても、まだエイトは状況を理解できないらしい。補足するようにゼシカが「エイト、自分の誕生日を知らないって聞いたから」と口を開いた。彼女の言葉にエイトは「あ、うん、知らない、けど」と答える。 「だから私たちが勝手に決めたの。エイトの誕生日は今日ね。だからお祝い。ね?」 ね? と首を傾げて同意を求められても、うん、と返事をすることができない。 「や、でも、だって、俺、誕生日、」 「もしかしてもう自分で決めてたりした? 兵士仲間で祝ってたりとか?」 少しだけ心配そうなゼシカの声に、エイトは慌てて首を横に振る。 「だったらいいじゃない、エイト、あんたの誕生日は今日よ。ほら、お誕生日おめでとう」 安心したように笑ったゼシカは、そう言ってカツン、とグラスをぶつけた。それを皮切りに、他のメンバからもグラスが伸びてくる。その乾杯にたどたどしく応えながら、祝いの言葉が一通り済んだところで、ようやくエイトが口を開く。 「……俺、誕生日、あるの?」 今まで、ないものだと思っていた。いや、今現在生きているのだから生れた日があることは分かるが、こうして誰かに祝ってもらうなど、ないと思っていた。エイトだっておそらく始めは持っていたのだ、誕生日というものを。一度失くしたそれを懐かしがったり、羨んだりする気はない。持っていたという記憶すらないのだから、始めから自分にはないものだったのだと思えば良かった。 それでも、こうして皆は祝ってくれようとしてくれる。 「誕生日、祝ってもいいの?」 普段の彼からは想像もできないほど弱々しいその声に、「もちろんでがすよ!」とヤンガスが叫ぶ。 「アッシは、兄貴が生まれてきてくれて、ものすっげぇ嬉しいんでがす! その嬉しい日を祝わずに、いつを祝えって言うでげすか!」 鼻息荒く言い切られたその言葉に、どこか呆然としたままだったエイトがようやくその表情を崩す。そして手にしたグラスにまだシャンパンが残っているにも関わらず、そのまま愛しい仲間たちへ抱きついた。 「皆、俺に記憶がなくて誕生日も分からないって聞くと申し訳なさそうな顔、するんだ。聞いて悪かったなって顔をする。だから、こんな風に誕生日を作って祝ってもらえて、すごく嬉しい」 ありがとう、とそれ以外の言葉が出てこない自分がもどかしい。 本当に嬉しくて嬉しくて、どうにかなってしまいそうなくらいだ。 「か、感謝の気持ちを込めて、一番、エイト、踊ります!」 ぎゅう、とゼシカに抱きついていたエイトが、突然手を上げてそう宣言する。驚いたゼシカが「やめなさい」と彼の頭を殴った。 「ほら、折角用意したのよ、早く食べましょう?」 「そうでがすよ、兄貴、真ん中の花は馬姫さまが飾ってくれたんでげすよ」 ヤンガスの指す先を見たゼシカが「あら、かわいい」と笑みを浮かべる。ご馳走を囲むように座る仲間たちを前に、エイトは眉を寄せて呟いた。 「……どうしよう、俺、今、ものすごく、泣きそうだ」 その言葉を聞いたククールは、ぽん、と優しくエイトの頭を撫でる。 「それより笑えよ。その方が皆喜ぶし、オレも嬉しい」 「でもだって」 本当に嬉しいんだよ、とエイトは笑った。 ないものだ、と諦めてきていたもの。それがこんなにも簡単に与えられるなど、思ってもいなかった。なければ作ればいい、なんてエイトにはできない発想。それをあっさりやってのけるこのメンバがいれば、これから先、できないことなど何もないのではないだろうかとさえ思えてくる。 皆と仲間で良かった。 出会う切っ掛けを考えるとあまり喜ばしいものではなかったが、それでもこうして一緒に旅ができることを嬉しく思う。自分がそうであるように、皆もそう思ってくれていたらいい。 そう考えていたエイトの耳元で、ククールが小さく彼の名を呼んだ。 「泣くのはオレの前だけにしとけ」 夜、ベッドの上でな。 ブラウザバックでお戻りください。 2008.08.13
これまた初めての誕生日ネタ。ヤマもオチもイミもないよ。 本当は8月8日とか10日にあげたかったです。 勝手にエイトの日だと思ってるから。 |