「どれくらい距離があるか分からないし、いつ戻って来れるかも分からないから、先に食ってていいぞ」 そう言った男は結局日を超えても戻っては来なかった。 silent night 雪に閉ざされた大地にある町はなにもオークニスだけではない。たまたまエイトたちがそこに行き着いたことがあるだけで、この大陸には他にもいくつか町や村があるのだという。 日も暮れ、寒さがぐっと厳しくなった時間帯。オークニスから少し離れた町に急いで戻らなければならない、と息巻いている男がいた。状況や彼らの会話から察するに、薬師グラッドに薬を貰いにきていたらしい。つまりは急いで帰らなければならない病人が待っている、ということ。 話を聞き、腕に荷物を抱えたままエイトたちは顔を見合わせる。 今日はクリスマスイヴ。殺伐とした日々の中に潤いを、とエイトが考えていたかどうかは分からないが、ケーキやなにやらを用意して簡単にパーティーでもしようか、と話をしていた。そのための食料が抱えている紙袋の中には入っている。 「……とりあえずじゃあ、俺がひとっ走りして、」 名乗りを上げたエイトの襟をぐい、と引く赤い腕。何、と首を傾げて振り返れば、男は抱えていた荷物をエイトへ押し付けてきた。そして言うのだ、「オレが行く」と。 せめて一度行ったことのある町であれば移動魔法が使えたのだが、残念ながら男が戻りたいという町は聞いたことのない名前のもので、己の足で行かざるを得ない。相手が女性でなければ自ら進んで手を伸ばそうとしないタイプであるククールの言葉に驚けば、「どっかの誰かたちのお人よしが移ったんだよ」と返された。 「大体エイト、お前寒いの弱いだろ。途中で眠くなったりしねぇ、って言い切れるか?」 痛いところを突いてくる。彼の言葉通り、エイトはどうやら寒さに弱いらしい。気合いを入れておけば大丈夫なのだが、命のやり取りのある戦闘においてさえ、この土地にいる間エイトは少しタイミングがずれてしまう。そんな体質のものを雪の世界へ追いやれるはずがない。 ククールの言葉にまったくもってその通り、とゼシカもヤンガスも頷いて賛同を示した。 「てことでキラーパンサー、貸してくれ。歩くよりゃ早い」 町に辿りついてさえしまえば、帰りはルーラで戻ってくる。 そう言った僧侶はしきりに謝意を述べている男を後ろに乗せ、キラーパンサーでオークニスを発った。それが数時間前のこと。 食べていていい、と言われはしたものの、やはり四人揃っていなければパーティーをする意味はなく、簡単な食事をするにとどめておいてケーキやチキンといったメインは明日に回すことにした。 しばらくは宿の談話室でククールの帰りを待っていたが、サンタクロースが活躍する時間帯になってもまだ彼の姿は見えない。休ませてもらうわ、とゼシカが部屋に引きあげ、兄貴もしっかり寝てくだせぇよ、とヤンガスもその後を追う。仲間二人へおやすみ、と挨拶をしてもまだ、エイトの足は部屋へ行こうとはしなかった。 宿のものさえ寝静まり、しん、としたなか一人談話室のソファに腰を下ろす。じじじ、という小さな音は側に置かれた火ばちの中で燃えている炭が発しているものだろう。手をかざして暖をとり、この場を動こうとしないエイトに気がついたゼシカが部屋から持ってきた毛布で身体を包む。 寒さと暖かさと、両方が一度にエイトに襲いかかりゆっくりと忍び寄る睡魔の気配。 それなのに、どうしてだか瞼が下りてくる様子はなく、エイトはただ漆黒の瞳を窓の方へ向けたまま。 ルーラで飛んだ場合、着地点はこの町の入り口だ。宿の窓からはちょうどその入り口が見える。 彼らはもう目的とする町に辿りついただろうか。どこかで道に迷っているのではないだろうか。魔物に出会ってしまったりはしていないだろうか。様々な推測がエイトの胸の中でくるくると回る。もしかしたら無事に辿りついてはいるものの、夜遅いため泊って行ってと勧められたのかもしれない。ヤンガスまでは行かずとも、ククールもあれでいて義理堅いところがあるため、断れずもう温かなベッドで眠っているのかもしれない。 そう思いはするが、それでもやはり、エイトは部屋に戻る気にはなれなかった。 きし、と床を軋ませて立ち上がる。向かう先は窓際。近づくほどに空気は冷たくなり、ガラス窓に触れた指先は凍えてしまいそうなほど。肩から羽織った毛布を更に身体に巻きつけ、エイトは窓を開いた。 「ッ」 入り込んできた鋭い空気に思わず息を飲む。寒い、冷たいというよりもむしろ痛い。擦り合わせた指先にはぁ、と息を吹きかけながら、エイトはぼうと目の前に広がる光景へ目をやった。 白くて、黒い。 銀雪に覆われた大地が広がり、果ての方で夜の帳と混ざり合っている。雪は降っておらず、月も出ているため視界は悪くない。 エイトは広い空間が苦手だ。抱く感情は嫌悪、あるいは憎悪。窓枠に切り取られたその景色はエイトが最も憎むものであり、両手が震えているのも寒さからなのか恐怖からなのか分からないくらい。 それでも目が、反らせない。 月明かりにきらきらと光る銀の雪。触れると冷たいだろう、と分かっているのに、何故だか手を伸ばしたくなってしまう。もちろん屋内からでは届くはずはないのだが、本当に自分が触れようとしていたことに気がついて慌てて腕を引いた。 白くて黒い、広がる、世界。 このどこかにあの男がいるのだろう。 待っている病人のもとへ薬を届けるため、必死にキラーパンサーを走らせているのかもしれない。 あるいは今まさにこちらへ戻ろうと呪文を詠唱しているところかもしれない。 どの方向にいて、今何をしているのか、まったく分からないがそれでも。 この広くて美しい世界に、彼はいる。 煌めく白雪と同じほど綺麗な銀髪を揺らして。 月の明かりと同じほど優しい笑みを浮かべて。 エイトの入っていないこの世界はこんなにも広く、美しく、そして残酷だ。 けれど、彼を、あの綺麗な僧侶を返してくれるのならば。 震える両手を抑えつけ、世界に喧嘩を売ってみてもいいかも、しれない。 ブラウザバックでお戻りください。 2010.12.24
相討ち覚悟で。 |