言の葉に浮かぶ運命


 人に危害を加えようとするものを総じて魔物、とそう呼ぶ。そんな輩を常に相手にしているのだから、こういった事態に陥る可能性がなかったわけではない。世の中には物理法則に反すること以外、「絶対にありえないこと」ということはないのだ。努力次第で可能性を限りなくゼロに近づけることはできただろうが、それでもやはり人間のすること、何が起こるか分からない。
 油断をしていた、としか言いようがない。命の危険がある戦闘なのだ、たとえ相手が何であろうと油断するなど言語道断でありその結果の全滅の危機は自業自得である。ただ一言彼らの名誉のために付け加えるなら、彼らは思いいたらなかっただけなのだ、魔物にも特別変異がある、ということを。

「エイト、あいつ、おかしい、バードファイターじゃねぇっ!」

 ベルガラック地方に多く生息する剣を持った鳥系魔物のバードファイターが、アスカンタ国領に現れた時点で疑問に思うべきだったのかもしれない。魔物には同じ姿をしながらも色だけが違うという、類似種が数多く存在する。今現在対峙している魔物より前に、同じ姿で白い羽毛を持つものを見ていればきっとエイトたちも気づけたのだろう、その魔物がバードファイターではなくチキンドラゴと呼ばれる、数倍もの攻撃力を持つ別種であることを。
 ただ不運にも、彼らは本来のチキンドラゴを見る前に、バードファイターと同じ茶色い羽毛を持つ変異種に出会ってしまった。事前にこの地域にチキンドラゴが現われることを把握していれば、また違った状況になったかもしれない。偶然に偶然が重なり、結果が現状。
 かなり素早く動き、連続で攻撃を繰り返すその魔物と、共に現れたボストロールの痛恨の一撃がゼシカにヒットしてしまったこともまた不幸の要因の一つ。その時点ですでに瀕死のゼシカへククールが回復をかける前にチキンドラゴが真空波を放つ。

「ゼシカッ!」

 魔法攻撃に特化した彼女は防御力も体力もさほどなく、そのまま力尽きてしまう。魔法で生き返らせることもできるのでこの時点では完全なる死亡というわけではない。そう分かってはいても、仲間が力尽きる光景を目の前で見て冷静でいられるはずもなく、斧を振り上げたヤンガスがボストロールへと向かって行った。
 どちらを先に倒すべきなのか、判断に迷うところだ。二度攻撃をしてくるチキンドラゴか、攻撃力の高いボストロールか。痛恨が来ればヤンガスでさえ危ない可能性がある。しかしだからといってボストロールを倒す間、ずっとチキンドラゴの攻撃に耐えなければならないのも辛い。集中して攻撃をすれば先に倒せるのはチキンドラゴの方だろう、ならばそちらを優先させた方がいいのではないか。
 エイトがその考えをまとめるのに要した時間は十秒にも満たないだろう。あとで考えればそう筋を通したと分かるが、戦闘中はほぼ脊髄反射で判断していたに等しい。しかし残った仲間二人へ指示を出そうと口を開いたところへ、またも運悪くチキンドラゴがおたけびを放った。

「ッ!」

 あまりの衝撃に思わず耳を塞いでしまう。その分指示が遅れるのは仕方のないことで、側ではなんとかおたけびをやり過ごしたヤンガスがさらにボストロールへ攻撃を繰り出し、ククールが回復魔法を発動させていた。

「ベホマラー」

 ゼシカを生き返らせるより先に、今の戦闘を終わらせた方がいいという判断。妥当なところだ。ここで生き返らせてもまた力尽きてしまう可能性の方が高い。
 二度の攻撃くらいで倒れる体力ではないのだろう、弱るそぶりさえ見せないボストロールが今度はククールへ狙いを定めた。振りかぶった棍棒が力任せに振り下ろされる。

「耐えろよ、ククール」

 おたけびの呪縛から解き放たれたエイトがそう声をかけ、手にしたヤリをボストロールへ振るう。ここでターゲットを変更するよりこのままトロールを倒した方が早い、という判断だ。弱い魔物相手なら別個に相手をすることもあるが、さすがにこのクラスともなると集中して攻撃した方がいい。ヤンガスもそれを分かっているため、斧をもう一度ボストロールへ繰り出した。

「体力多いでげすな、こいつッ」

 大きな腹を揺らしながら距離を取ったヤンガスが、荒い息を吐きながらそう口にする。その言葉が聞こえたのか、それとも偶然なのか。

「ヤンガス、避けろッ!」
「ぐ、ッ!」

 エイトが叫ぶと同時にチキンドラゴの剣がヤンガスへ振り下ろされた。一撃目はなんとか斧で防いだが、ついで繰り出された突きを腹部へ諸に食らってしまった。

「ヤンガス!」

 鎧があるためそう簡単に体に傷が付くことはないが、それでも攻撃された衝撃はあるわけで腹を押さえて膝をついたヤンガスへククールが声をかける。

「っ、くそ……ッ」

 本来なら三人でまとめて攻撃に向かった方がいいのだろうが、相手がそうさせてくれそうもない。ククールはもう一度全体回復の魔法を唱え、態勢を整えようとする。

「ベホマラーッ」

 次の魔物の攻撃になんとか間に合い、ヤンガスが立ちあがれるほどに回復した。地面を蹴ったエイトがボストロールへ向かうのと、トロールが棍棒を振り上げたのはほぼ同時。狙う先にはヤンガスがおり、多少体力は減っているものの、一撃くらいならば堪えられる、はずだった。

「痛恨ッ!?」

 振り下ろされたその棍棒にはおそらくトロールの全力が込められていた。通常の打撃よりもはるかに強い勢いのそれに、なすすべもなくヤンガスが倒れてしまう。

「っ、のやろッ」

 怒りにまかせたエイトの攻撃で、ようやくボストロールの攻撃の手が止まり撃破に成功する。これで痛恨の一撃に怯える必要がなくなった。連続攻撃は厄介だが、小まめに回復を繰り返せばなんとかなるだろう。そう思った矢先にチキンドラゴの真空波とおたけびのコンボを食らう。

「まずい、まずいまずい、まずいってッ!」

 二人同時に怯んでしまい、動かない体の代わりにエイトが叫ぶ。次の攻撃でククールが狙われでもしたらおそらくエイト一人取り残されてしまうだろう。

「ククール、耐えて! 頼む、俺のために耐えろ! って、俺かよっ!」

 ギン、と光るチキンドラゴの目がエイトを捕える。そのまま向ってくるのは必至だろう。

「エイトッ!」

 ククールの声と同時に魔物の剣がエイトの胴を払った。構えることさえできずにそのまま吹き飛ばされたエイトは、先に真空波を一度食らっていることもあり、さすがにすぐに立ち上がれるだけの力は残っていないようだ。ククールだって同じことで、体力を回復させておかないとまずい状況だ。もう一度ベホマラーを唱えようとしたところで、連続でエイトに向かうかと思っていたチキンドラゴが何故か彼から距離を取った。こちらへターゲットを変えるのかと思えば、そうではないらしい。

「ッ!」

 おたけびでなかっただけマシなのかもしれない。放たれた真空波に二人はなんとか耐えたが、もう一度繰り返されれば確実に全滅だ。ようやく動けるようにはなったが、二人で攻撃してもすぐ倒せるとは思えない。今の時点で全くチキンドラゴへダメージを与えられていないのだから。
 ここで全体回復魔法をかけても半分の体力も回復できない。それならば一層二人してそれぞれベホマで全回復をしたほうがいいのだろう。そう考えたところで、突然体が軽くなった。取り巻く緑色の光は回復魔法をかけられた証。

「ッ、お、前はバカかッ!」

 そう叫ぶもエイトには届いていないかもしれない。あろうことかパーティリーダは自分も瀕死であるはずなのに、ククールに対してベホマを唱えたのだ。確かに常日頃「ザオリク使えるお前は絶対に死ぬな」と言ってはいるが、だからと言ってこの状況でそれはないだろう。ゼシカもザオリクは使えるが、回復魔法を使えない彼女と違いククールは自分でベホマを唱えられるのだから。
 その間にもチキンドラゴは再び攻撃を繰り出そうと動き始めている。その構えから真空波が来るだろうことは予想できた。

「ベホマッ!」

 高めていた魔力をエイトへ向かって発するが、直後に真空波を二度連続で食らいそれも大して意味がなくなってしまった。もちろんエイトはチキンドラゴへ攻撃をしているが、まだ倒せるだけのダメージを与えてはいない。
 ベホマラーでの回復量では心もとない。ここでまた互いにベホマを唱え、その間にチキンドラゴが攻撃をし、またそれぞれ回復をする。この先の展開が手に取るように分かる。これではらちがあかない。
 ざっ、と強い足音が聞こえる。立ち上がったエイトが槍を水平に構えているのが見えた。ジゴスパークの構え。彼も苛立っているのだろう。回復をせずにとにかく突っ込んで行くことに決めたようだ。それならばベホマラーを唱えるべきか。一瞬だけ悩んだ後に決意する。先ほど互いに全回復をしたためもう一ターン程度なら耐えられるだろう。
 考えながら魔力を高める。目に見えるほどに高まった力がククールの回りを取り囲み、ふわり、とマントと髪の毛が靡いた。そういえば、と思いだす。エイトはこの姿が好きだ、とそう言っていた。「もともと綺麗だけど、詠唱中はもっと綺麗に見える」と。
 自分の容姿が整っていることは理解していた。人から見られることは慣れていたし、出来るだけ見目良くあろうと振舞ってきたことも確か。しかしだからこそこの呪文を唱えなかったわけでは決してなかった。
 ふ、と沸き起こる力を言葉に乗せ、ククールは呪文を放つ。


「ザラキーマ」


 今まで決して使って来なかった即死魔法。
 もちろんすべての魔物に効くわけではなく、相手のほうが力が強ければ意味はないだろう。しかし相手が物質や機械でなければ効かないわけではないはずだ。
 すぅ、とチキンドラゴの中へ放った魔法が吸い込まれていく。やはり効かなかったか、と思ったが、次の瞬間魔物の体から黒い光が溢れた。擬音語を付けるとしたら「どろり」としか言いようのない動きの光は攻撃を止めたチキンドラゴの体を覆い、全てが闇に呑まれると同時に魔物はその体を地面へと沈めた。
 突然のことに目の前で起こった事態が理解できないらしい、構えた槍を下ろすことなくエイトは大きな目を更に見開いている。
 ふ、と息を吐き出し、無駄に入っていた力を抜くと、ククールはエイトの方へと走り寄った。

「エイト、無事か?」

 もちろん生きていることは見れば分かる。怪我がないか、体力が減ってはいないか、という意味だ。仲間の言葉に頷いて答えたエイトは、「ク、クール、今の……」と口を開いた。
 しかし何を思ったのかすぐに小さく首を振ると、別の言葉を続ける。

「悪い、ヤンガスとゼシカを頼む。二人を生き返らせたらアスカンタへ飛ぼう」

 地面に横たわったままだった仲間二人へ蘇生魔法をかけるククールを見やり、少しだけ眉をひそめたエイトは彼へ背を向けて、避難していたトロデ王とミーティア姫を呼びに向かった。



**  **



 仲間の誰かが一度力尽きただけでその足を止めることはあまりないが、さすがに一度の戦闘で二人息絶え、無理やり勝利をもぎ取った状況で無理に進むこともできない。とりあえずアスカンタへルーラで移動し、出会った魔物がバードファイターではなくチキンドラゴという別種であることを確認する。それならばそれと始めから対応できたいただろうに、と反省をしたのちそれぞれゆっくりと休もう、ということになった。さすがに全滅の危機をかろうじて乗り越えた今は体力は回復していても、精神的に疲労しているのだ。
 ゆっくり休めるように、とシングルの部屋を四つ確保し、それぞれに鍵を渡す。明日の集合時間だけを決めて、あとは自由行動としたのだが、皆それぞれ疲れているらしく真っ直ぐに部屋へと向かった。
 そんな仲間達の背中を追いかけていると、前を歩いていたククールが突然その足を止める。振り返った彼は青い目でエイトを見下ろすと、「何か言いたそうな顔」と笑った。
 そんなに表情に出ていただろうか、と両手で頬を抑えるとククールはさらにくつくつと笑いを零す。先に行ったゼシカたちへ挨拶を返し、自室の鍵を開けたククールはその扉を開けたままエイトへ視線を向けた。

「おいで」

 何だか子供扱いされているようではあるが、その言葉に逆らえない自分も悪い気がするので文句は言わない。素直にククールの部屋へ入ったエイトは、まるで自室であるかのようにばさばさと荷物を床へ放り投げた。

「せめて静かに置けよ」

 呆れたようにそう言うククールを無視して、ぼふ、とベッドへ横になる。それに何を言うわけでもなくククールはマントを取って、脱いだ上着をそっと椅子の背もたれにかけていた。

「さすがに疲れたな、今日のは」

 リングピアスを外し、髪の毛を解いたククールがベッドのふちへ腰掛ける。

「うん、疲れた」
「魔物にも特別変異があるってことを知らなかったわけじゃないんだけどな」

 エイトが頭に巻いたままだったバンダナを外してやり、腰のベルトを抜き取る。されるがままの彼は頭を撫でられ、気持ち良さそうに目を細めた。
 しばらくそのまま互いの体温を感じていたが、伏せていた目を開けたエイトがククールの名を呼んだ。

「お前さ、あの呪文、ずいぶん前に覚えてたな……?」

 疑問系ではあるが、彼は確信しているのだろう。否定するだけの根拠も理由もなく、ククールは静かにそれを認めた。
 ザキに始まる即死呪文をゼシカは使えない。おそらく生死により近い場所で生きる僧侶だけが覚えることができるのだろう。ザキを覚えたのはいつのことだろうか。魔法というのは不思議なもので、新しい呪文は己のうちから沸き上がってくる。練習してできるようなものではないのだ。ククールが魔物相手にザキ系魔法を使ったのは先ほどので二度目。一度目は一人でスライム相手に発動させた。知識として知っていただけの魔法を、本当に自分が覚えてしまったのかどうか確認するために。

「まずは謝る。リーダに自分の能力を隠しておくっていうのは、パーティメンバとしては一番やっちゃまずいことだ。黙ってて悪かった」

 頭を下げるククールの頬を冷めた色の銀髪がさらりと撫でる。音が真面目な彼のこと、謝罪を受け取らなければずっと気に病むだろう。寝ころんだまま手を伸ばし、その髪を指に絡めながら「使えるのはザラキーマだけ?」と尋ねた。

「いや、ザラキーマは確かあの系統で一番威力が強い。ザキ、ザラキも使える」

 ククールの言葉にエイトは「そうか」と小さく頷く。

「どうして言わなかった?」

 どのような魔法であろうと効果は魔物によってそれぞれだ。すべての魔物に等しく効く攻撃魔法はないといっていいだろう。たとえ即死魔法であったとしてもいつでも効果が期待できるわけではないことぐらい、説明せずともメンバは皆理解している。徒にそれを唱えさせるようなことはない。ククールもそれくらいは分かっているだろう。
 即死魔法を使えることを話さなかった理由が何かあるはずだ。
 エイトの問いかけにククールは静かに目を伏せて、「使いたくなかったんだよ」と口にした。

「あの魔法な、相手に死の言葉を送り込んで問答無用で生を奪うんだ。剣で斬ったり、魔法で体力を削ったりするのとはわけが違う」

 本当に一瞬。
 言葉一つで、相手を死に追い込む。
 そのことが嫌なのだ、とククールは言った。

「他の攻撃ならまだ自分が殺しているってことが分かる。けどザキ系は駄目だ。今まさにオレが命を奪っているという実感がいまいち沸かない」

 たとえ相手が魔物であったとしても、ただ一言でその生を終わらせるということにどうしても抵抗がある。決して逆らえない弱者の死ぬ様を見下しているように思えるのだ。

「多用するとその力に溺れそうで嫌だった。オレは自分が弱いことを知っているから。オレなんかが簡単に唱えていいものじゃないと思った」

 静かに吐き出される言葉を聞きながらエイトはゆっくりと体を起こす。絡め取った髪の毛から指を離し、向かい合うようにククールを正面から見た。

「お前は本当に優しいな」

 エイトの言葉にククールは小さく首を横に振る。

「臆病なだけだよ」

 弱々しく笑ってそう自嘲するが、臆病で何が悪いのだろう、とエイトは思う。卑怯や傲慢であることよりも全然マシではないか。

「ククール」

 名前を呼んでその首筋に抱きついた。ぽんぽん、とあやすように背中を撫でてやる。いつもとは逆だな、と思い、そのことがなんとなく面映ゆい。

「お前は『オレなんか』って言うけどな。俺はそういうククールだからこそあの呪文を覚えられたんだと思うよ」

 あの魔法に簡単に溺れるような人間には決して習得できないであろう。生と死がどのようなものであるのか、すべてとは言わずとも理解し、向き合える人間だからこそ覚えることができる。

「確かに嫌だよな、たった一言で魔物が殺せるんだ。もし俺が覚えても怖くて使えないと思う」

 だからこれからも無理をする必要はないのだ、とエイトは言った。

「今まで通りでいい。使いたくないのなら使う必要はない。強制することは絶対ないと約束しよう」

 漆黒の瞳をまっすぐククールに向け、迷いなくエイトは言いきった。
 即死魔法があれば、道中がずいぶんと楽になることは分かる。効く相手が一掃できるのだから。パーティ全体のことを考えれば、エイトの発言はリーダとしてはあまりよろしくないのかもしれない。
 しかしそれでもエイトにはできなかった、この優しい人間に恐ろしい魔法を唱えさせるなど。できるわけがない。

「……悪い、そう言ってもらえると助かる」

 エイトの肩に顔を埋め、ククールは小さく「ありがとう」と呟いた。
 背中を流れる銀髪を梳きながらその重みを感じていたエイトは、少しの沈黙ののち「でも、俺は嬉しかった」と口を開く。

 あれほど厭うていた即死魔法を使ってくれたことが。

「俺を助けるためにその魔法を使ってくれたことが」

 凄く嬉しかったよ。





ブラウザバックでお戻りください。
2008.10.14
















前半の戦闘シーンを書くのが楽しくて無駄に長くなった。
いつか書こうと思ってたネタでした。