貴方に幸せを


 まだ夕方と呼ぶには少し早い時間帯にその街へ辿りついた一行は、無理して先に進まずに予定通りここで一泊することにした。わずかではあるが出来た自由時間に、各々が街へと出かけて気分転換を計る。
 必要物資、と呼ぶにはいささか説得力の掛ける娯楽品を求めて商店街をふらふらしていたところで、同じように店を冷やかしていたのか、ばったりと我らがリーダに出会った。彼はこちらの姿を見つけると、「赤い!」と指さして叫ぶ。

 赤くて何が悪い。

 そもそもこちらの服が赤いことは今に始まったことではない。どうしてわざわざ今更口にだすのかが分からず、むっとして彼を睨む。
 すると何が楽しいのか、彼はもう一度「赤いっ!」と叫んだあと、鞄の中から小さな袋を取り出した。

「鬼は外! 福は内っ!」

 そんな掛け声とともにぱらぱらとした何かを投げつけられ、思わず顔面を庇う。攻撃の手が治まったうちに確認すれば、どうやらそれらは小さな石粒のようだった。

「……エイト、何で石?」
「いや、だって石投げられた嫌じゃん」

 至極真面目にそう返してきた彼は、もう一度「鬼は外」と言ってククールの足もとへ石粒を投げつける。顔に投げないだけまだ彼も常識的だ、と言えるのだろうか。いやそもそも人に石を投げている時点でアウトだ。

「とりあえずお前は根本的に節分って風習を誤解してるな」

 溜息をついてそう言い放つと、わざわざ集めて来たらしい石粒の入った袋をエイトの手から取り上げる。

「えー、赤鬼に豆投げて追い払うんだろ。豆より石の方が嫌だし、お前赤いし」

 どこが間違っているのか、と言うエイトへにっこりと笑みを返し、見上げてきていた頭を押さえこんで下を向かせる。目に鮮やかなオレンジ色のバンダナを引っぺがし、その上でじゃらじゃらと嫌な音を立てる小袋をひっくり返してやった。

「うぎゃあぁっ!!」



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 そもそも豆を投げ災厄を追い払う風習はこのあたりのものではないはずだ。器用に泣き真似をするエイトを連れて宿へ戻り、とりあえず風呂に入れてやりながら尋ねると、雑貨屋で会った旅人に聞いたのだ、という。

「あれは豆を投げるから意味があるんだろ」
「そうなの?」
「詳しくは知らないけど、豆って言われてるからにはその理由があるんじゃね?」

 目と口閉じて下を向け、と続けて、頭の上からざばり、と湯を掛ける。石粒と一緒に頭の上でぶちまかれた細かな砂が髪の間に入り込んでいるらしく、一度流しただけではざらつきが治まっていない。
 もう一度シャンプーを手に取り、丁寧に洗ってやっていると「でもさぁ」と顔を拭って水気を追い払ったエイトが口を開いた。

「鬼も福も同じ豆でいいわけ? 福、逃げちゃわね?」
「天使の好きなものは悪魔が苦手なもの、ってことだろ」

 先ほども言ったようにそんなに詳しいわけではないのだ、適当にそう説明すると、「あー、なるほど」と納得したのかしていないのか、よく分からない声が返ってきた。おそらくは疑問を口にしたものの、さほど興味はないのだろう。
 もう一度目と口を閉じさせて泡を洗い流し、髪の毛に入り込んだ砂が取れていることを確認する。袋をひっくり返したのが自分とはいえ、砂混じりの頭で嫌な思いをするのはエイトなのだから放っておけばいいと分かってはいる。だが、このまま眠って翌朝砂でざらざらになった枕を見るのが耐えられない。そう予測できるなら、阻止しておこうと思うのが人間というものだ。

「つーかさ、エイト。そもそも鬼役の人間に対して豆を投げたとしても、福を呼ぶときは家の中に撒くのが普通だったはずだぞ」

 それぞれに軽く体を流して、大きめの湯船に揃って浸かる。当然のように、小さなエイトの体を抱きしめるようにしてククールは座っていた。一緒に風呂に入る時には大体この体勢。もちろんククールは望んでエイトを抱きしめており、エイトの方は考えるのが面倒くさいらしく言われるがままなことが多い。

「あと、鬼が赤鬼だけって決まってねえし。青とか黄色がいたらどうすんだ」
「子鬼トリオとして組み体操してもらう。エンマ様のシャクは返すべきだよな」
「どこのお子様番組だよ。そうじゃなくて」

 とどのつまりククールは、福を呼ぶときや、赤いからというだけで鬼判断をして己に石を投げるな、ということを言いたいのである。
 端的にそう告げるとエイトは「えーっ」と声を上げた。

「何でそんなに不服そうなんだよ、お前は」

 背中から抱きこんでいるため顔は見えない。しかしそれでも、エイトがどんな表情をしているのかは容易に想像がつく。伊達に長い間共に旅をしているわけではないのだ。
 膨れているだろう頬を軽くつねると、逆に振り払われて指先に噛みつかれた。

「俺はククールのためを思ってやったのに」
「どこがどうオレのためになるのか、二百字以内で説明してみやがれ」

 もう一度頬を摘むと、「俺、百以上は数えらんない」と返ってきた。

「じゃあ百字でいいから」

 もう半分以上どうでもよくなってきていたククールが、なおざりにそう言うとエイトは「だって」と口を開く。

「ククールから鬼を追い払って、ククールに福を取りこんでやるってことだろ?」

 だからククールへ豆(代わりの石)を投げたのだ、と。
 告げられた言葉に何と返していいのか分からず、「あー」と小さく唸り声をあげたところで、エイトが一言付け加えた。

「お前、幸薄そうな顔してるし」

 それさえなければ、ちょこっとだけ感動と感謝をして見直してやったのに。

「余計なお世話だ、馬鹿野郎」

 言いながら、エイトを湯船の中に沈めておいた。




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2009.02.12



















すがすがしいほどドラクエ関係ねぇなぁ。まあ今さらか。
ていうかナチュラルに一緒に風呂に入るのはいかがなものか。