経験からの予測に基づいて


 世の中の善良で真面目な僧侶一同には申し訳ないが、仮にも元聖堂騎士団員であるククールだって僧侶という職を担うものの一人ではある。精神的な殊勝さを求められたら困るが、一応はそうであるための知性は兼ね備えているつもりだ。
 つまり頭はいいはず、なのだ。過去数度にわたって繰り広げられた事例を元に今後の対策を練ることができる程度には。
 そもそも考察する相手が相手であるため、一筋縄ではいかない部分は多々ある。奴の発想は常に斜め上。こちらの想像外のことをやってのけること自体がすでに想定内だという、存在自体が矛盾でできているような存在。
 しかしこちらとて何も無駄にあの馬鹿の相手をしてきたわけではない。これだけ迷惑を被っているのだ、ある程度の対策対応ができなければそれこそ本物の馬鹿というもの。

 まず第一に、あの脳足りんはイベント事が大好きである。ネタは何でもいい、派手であろうが地味であろうが何かがありさえすれば良い。
 そして第二に、こちらを巻き込むことに八割の力を注いでいる。一人で騒ぐだけでは飽き足らないらしい、とにかく誰かを巻きこもうとする、そしてその被害を受けるのはほぼククールだ。
 そして最後に、奴は馬鹿である。これはもう疑いようもないほどに、これ以上の説明語句が必要ないほどに馬鹿以外の何物でもない。
 他人が聞けばその条件をもとに何を考察するのだ、と思うだろう。しかしククールにはこれらに加え、言葉では説明できない多くの経験がある。それらから導き出されることだってあるのだ。

 とりあえずは、とククールは、今夜の宿とした部屋の入口へと視線を向ける。
 そもそも常宿を持たずふらふらと旅をしている最中。しかも暗黒神を倒すなどという目標を掲げているのだから、イベントなどで浮かれている暇はない。しかしそれでもやはり休息や息抜きは必要だ。それは分かる、理解する、そうすべきだと賛同もできる。クリスマス、などという年中行事ベスト5に入りそうなイベントをスルーせず、一度立ち止まってゆっくり休もう、とする心意気は非常に評価できる。ゼシカやヤンガス、トロデ王にミーティア姫、皆が嬉しそうにしていたのだ、それを否定することなどできるわけがなく、またするつもりもない。
 この旅に身を投じる前のククールなら、このイベントにかこつけて心当たりのある女性でも誘っていただろうが、今はそうするだけの余裕がなかった。どんな余裕か、といわれれば、精神的余裕だ、と答える。そもそもここ最近は子供の世話だけで手一杯、ろくに女性と仲良くなる暇もない。健全でいいじゃない、とゼシカなどは言うが、そのストレスをエイト相手に発散しているのだから、ちっとも健全ではなかったりする。

 いや、それはいいのだ。多少は美味しい思いをさせてもらわなければ割に合わない。だから今日も今日とて、おそらく何か仕掛けてくるであろうエイト相手に、行動をおこすつもりではいるのだが、奴がどんなことをしでかすのか、前もって予測を立てておきたいわけである。

「節分……石、投げられたな。バレンタインは投げキスか。ハロウィンに飴玉投げつけられて」

 組んだ足の上に本を広げたまま、ククールは今年一年を振り返って指折り数える。あまり過去は振り返りたくない。前だけを見て生きる、といえば聞こえはいいかもしれないが、悲しくなるので振り返りたくないだけだ。
 とりあえず分かったことは、今年は「投げる」年だということ。

「リースか、鈴か」

 あるいはプレゼントそのものを投げつける、ということも考えられる。
 クリスマスの定番ソングといえば、きよしこの夜、あるいはジングルベル。

「歌いながら鈴、ってのが有力だな」

 自分の中でそう結論付け、それに対しどのような反応をすべきか、という考察へと入る。ガン無視、というのが一番だろう。投げつけられる、ということが分かっていれば、ハロウィンの時のように顔面へ食らうこともないであろうし、思わず顔をあげてしまうこともない。
 そう考えていたところで、不意に廊下の方で気配がざわついた。僧侶であるからか、単に臆病なのか。ククールは気配に敏感だ。何かがいればそれと感じるし、特にエイトの気配はなんとなく分かる。どうやらどこぞへ出かけていた奴が戻ってきたらしい。
 そこではた、と思いつく。
 にやり、とエイトが見れば「悪そうな顔」と言うだろう笑みを浮かべて本をテーブルへ置くと、ククールは立ち上がり、気配を消して扉へと近づいた。側の壁に背を預け、耳を澄ませる。思ったとおり、廊下からエイトのにぎやかな声。以前から思っていたが彼は音感もリズム感もまったくない。調子が外れているため歌と分かりづらい歌をよく歌っている。
 今もまた(聞き覚えがない歌詞なので自作の可能性がある)歌を歌いながら、こちらへ近づいてきているようだった。
 歌声と足音が部屋の扉の前で止まる。エイトが今どんな状態で、どんな表情をしているのか。これから何をしようとしているのか。伊達に彼の面倒を見続けてはいない、なんとなく分かるのだ。すぅ、と深呼吸をする息づかいまで聞こえてきそうだ。

「メッリィクリスマースッ!」

 叫び声が響くと同時に、扉が蹴り開けられた。勢いよく部屋に入ってきたエイトは、持っていたものをぶん、と振りあげ、相手がいないことに気づき「え、あれ?」とその手を止めた。

「エイトくんよ」

 ふぅ、とため息をついたククールは閉じていた目をあけ、きょとんとしたまま振り返ったエイトを見て、唖然とした。
 驚くまい、とそう思っていたのに。

「……お前、それ、投げるつもり、だったの?」

 未だ腕を振り上げ、頭の上に掲げられたままだったものは、あろうことかクリスマスツリー、だった。きちんとオーナメントで飾り付けられた、エイトの腰くらいまで高さがあるだろうツリー。
 しかも本物の木で、鉢植え。
 えへっと可愛らしく笑ったエイトに盛大にため息をつき、額を押さえたククールは、とりあえず手のつけようもない馬鹿の首根っこを押さえ、部屋の外へと引きずり出した。
 ずるずるとエイトを引きずって廊下を進み、宿のカウンタ前を通り、そのまま外へと連れ出す。周囲を見回し、人通りがさほどないこと、邪魔なものがあまりないことを確認した上で、まだツリーを振り上げたままのエイトを立たせる。自身は彼に向かい合うように少し距離を取って立ち、どうぞ、と左手を出してやった。
 はっきり言ってしまえば、この時点までまだククールはエイトが本気だとは思っていなかった。だって鉢植えなのだ。結構綺麗に飾り付けられているのだ。「ネタだよネタ」と笑ってエイトが地面に置くのを期待していたのだが。
 ククールの動作に許可を得た、と思ったのだろう。エイトがぱぁ、と表情を明るくする。

 奴の発想は常に斜め上。
 そもそも斜めってどこですか。 

「メリクリッ!」
「一回死んでこいっ!」

 本当に投げつけられた鉢植えにむかって最大威力のバギクロスを放っておいた。




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2009.12.24
















ラブ、どこ……?(´・ω・`)