無駄の塊


 基本的にククールという男は無駄の塊である、とエイトは思っていた。
 無駄に背が高い。無駄に態度か軽い。無駄に口が回る。無駄に頭がいい。そして極めつけ、無駄に顔がいい。

 次の目的地の関係で昼過ぎに到着した村でそのまま一泊する流れとなり、暇を持て余したエイトはゼシカからお小遣いをもらって商店街へ遊びに出かけていた。運良く発見した駄菓子屋で唸りながら三時のおやつを選び、それらを抱えて部屋へ戻ると窓際のベッドで昼寝に勤しんでいるカリスマの姿。
 部屋にいるのなら遊んでもらおうと思っていたため、なんとなく肩すかしをくらったような気になる。丸テーブルの上へ買ってきた駄菓子を置き、ククールの腹の上へダイブして強制的に起床を促そうと身構えたところで、不意にその寝顔が目に止まった。
 目を閉じ無防備に寝息を立てるその姿。
 額や頬を覆う銀髪は光を受けてきらきらと光り、すっと通った鼻筋に薄い唇。伏せられた瞼を縁取る睫毛の長さに驚きすら覚える。全てのパーツがほぼ完璧な位置におさまっているとこの顔が出来上がるのではないか、と思ってしまうほど、整った顔。真っ青な瞳が見えないのは残念だが、うっすらと口を開いて呼吸をし、目を閉じているその横顔はいつものククールよりぐんと幼く見えた。
 そもそも眠っている彼を見ること自体珍しい、かもしれない。
 この男は(無駄に)気配に敏く、たとえ眠っていたとしても誰かが側で動くとすぐに目覚めてしまう。宿ではほとんどククールと同じ部屋であるエイトでさえ、こんなにぐっすり眠っている彼はなかなかお目に掛かれないものだった。

 触りたい。

 ふと唐突に、そんなことを思う。
 ククールの髪の毛はさらさらしていて指に絡まることもないため、触りたいと思うことは多かった。しかし今はその髪の毛もだが、緩く伏せられた瞼だとか白い頬だとか寝息の零れる唇だとか、呼吸に合わせて上下する肩やシーツの上に投げ出された手、すべてに触れてみたい、とそう思った。

 ……でも起きる。たぶん、ていうか、絶対、起きる。

 それは分かっているのだが、沸き起こった衝動を抑えるのは困難で、エイトは気配と足音を殺してそっと近寄った。ベッドへ座ればその音と振動で起こしてしまいそうだったので、側の床へ膝立ちになる。目の前には未だぐっすりと眠っているククールの顔。

 まだ起きない。

 珍しいこともあるものだ、と思いながら、まずは軽く握られている手へ指を伸ばす。手の甲を撫で、曲がっていた指を辿るように撫でた。

 相変わらず白い。

 日に焼けにくい肌をしているようで、エイトたちと同じように太陽の下にいるのだが、彼の肌は白いままだ。指もすらりと長くて変に曲がってはおらず、こんな細部まで整っているのか、と今更ながら感心を覚える。

 ていうか、やっぱり無駄。

 伏せられていた手をひっくり返し、手のひらへ自分の手を重ねる。剣ダコの感触に、こんな旅にさえ参加しなければ彼の手はもっと綺麗なままであったろうに、と少し残念に思った。
 ここまで触っても目覚める気配のないククールを怪しく思い、手を重ねたままじ、と男の顔を見つめる。狸寝入りでもしているのかと疑ってみたが、気配も呼吸も乱れている様子はなく、どこからどう見ても眠っているようにしか見えない。
 ククールが起きないことで調子に乗ったのか、あるいは逆に面白くなかったのか。エイト自身にも分からないまま、再び衝動的に、今度はその頬へと手を伸ばした。
 (推定)年齢の割には童顔であるエイトに比べ、彼は年齢通りの男性の顔をしている。顔立ちもシャープで、柔らかさはさほどない。

 でもさらさらしてて、さわり心地がいい。

 そんなことを思いながら頬を撫で、額を撫で、髪の毛の心地を楽しみながら頭を撫でていたたところでようやく、今まで穏やかだったククールの顔に変化が訪れた。小さく呻きながら眉間に皺をよせ、ああ起きるな、とエイトは思う。しかし彼の頭から手を離す気にはなんとなくなれず、撫でながら目覚めの時を待てば、ゆっくりと開かれた瞼の奥からどこかとろんとした青い瞳が現われた。

「………………おは、よ」

 まだ半分眠りの世界に入ったままなのだろう。いつもなら何で触っているのか聞いてきそうなものだったが、反応が鈍い。苦笑を浮かべて床から膝を上げると、エイトは遠慮なくベッドの縁へと腰掛けた。

「お前、全然起きないな。ずっと触ってたのに」

 すぐに離れるのが惜しくて、エイトはもう一度ククールの頭へ手を伸ばす。銀の髪の毛へ指を差し入れるように頭を撫でていると、「そりゃぁ」と幾分はっきりした声が返ってきた。

「触ってんのが、エイト、だから」

 お前の手、気持ちいい、と言葉を続けて、ククールはふわり、と笑みを浮かべる。

「――――ッ」

 思わず息を呑む。
 子供のように無邪気で、そして返す言葉を失うほどに綺麗な、笑顔。
 きっと彼のこんなにも無防備な表情を見ることができる人間は少ないだろう、いや下手をしたらあるいはエイト一人だけ、ということも考えられる。
 そう思い、つきり、と心臓の更に奥が痛んだ、ような気がした。

「…………ほんと、無駄の塊」

 体の位置を変えて腕を伸ばし、エイトの腰へ抱きついてきたククールの頭を撫でながら、ぽつり、そう呟く。
 どうしてこんなにも綺麗な手を持っているのに、それをエイトに伸ばそうとするのか。こんなにも綺麗な顔をしているのに、その顔でエイトの方を見ているのか。こんなにも綺麗に笑うのに、それをエイトにしか見せようとしないのか。
 彼の手や顔や笑みはきっと、エイトのようなものが得ていいものではないのだ。もっときちんとひとの心の分かる優しいひとに向けて与えられるべきもので、同じだけ綺麗なものをククールにもたらせるひとが得るべきもので、エイトのような頭の悪いものがそれらを得ている現状は無駄の一言に尽きる。
 そう思っているのに、こうも簡単に、惜しげもなくエイトの前に晒されたそれらを見ていると。


 …………誰にも渡したく、なくなる。


 どうしよう、と途方にくれたように呟いたエイトの腰へ、ククールは更にぎゅう、と強く抱きついた。




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2010.05.19
















静かに熱い、クク主バージョン。