同じ場所で 「あら、ちょうど良かった」 夕方までには少し間のある時間帯。珍しく早めに目的地にたどり着いた一行は、ほんの少しばかり長い自由時間を思い思いに過ごしていた。 欲しいものがあったため、一人で買い物に出ていたククールが宿屋へ戻ると同時に、同じように外へ出ていたらしいゼシカとぱったり出会う。どうやらククールとエイトの部屋へ行こうとしていたらしい。 「部屋にエイト、いるかしら」 「さあ、オレが出たときにはトーポとサーカスごっこしてたけど」 小さなボールの上にトーポを乗せて、玉乗りを仕込むのに一生懸命だった。そう伝えると、「あの子、まだそんなことやってるの」とゼシカは呆れたようにため息をつく。それもそうだろう、あの小さなネズミが本当はグルーノという名前で、エイトの実の祖父が姿を変えたものだと一行はみな知っているのだ。トーポも嫌がってなかったしいいんじゃね? としかククールには返せない。 「エイトに用か?」 「うん、エイトだけにじゃないけど、ほら今日ってバレンタインでしょう?」 そう言ってゼシカは手にしてた紙袋を掲げてみせる。ヤンガスにはもう渡したのだ、と彼女は笑った。もちろんその袋の中にはククールの分も入っているのだろう。それは楽しみだ、と笑いながら彼女を伴い宿の部屋へと戻る。 エイトとククールと、二人が使う部屋の前まで来たところで、不意に室内からニャンニャンと歌声が聞こえてきた。だが、あの少年が歌を歌うことなど日常茶飯事。猫の歌でも自作したのだろうか、と気にせずがちゃり、とドアを開ける。 耳に飛び込むエイトの歌声。 「噛むンとフニャンフニャン、フニャン、ニャ、ニャン! 噛むぅとやわらか、ロォッテのフィッツ」 奇妙にくねくねと体を動かし、ぴたりと動きを止めてポーズを決めた。 「フィッツ!」 ベッドサイドの机の上でトーポも同じポーズを決めているものだから、思わずその場に崩れ落ちそうになった。しかしそれを気力でぐ、と堪え、平然とした顔で部屋へと入る。ゼシカを招き入れ、彼女も頭痛を堪えるような渋面を作っているものの、とりあえずスルーすると決めたらしい。ありがと、と入ってきた彼女は紙袋から二つの包みを取り出した。 「はい、バレンタインのチョコレート」 「なんかツッコめよぉおおっ!」 ゼシカの言葉に重なるように、耐えきれなかったらしいエイトがそう叫び声をあげる。俺一人で馬鹿みたいじゃん! と地団太を踏むエイトを目の前に、顔を見合せてため息を吐く。「みたい」ではなく馬鹿そのものである、とどうして彼は気づけないのか。 「ほんとにツッコんでいいの?」 ゼシカの言葉に是非とも、とこくこく頷いた少年の頭へ、彼女は勢いよく持っていた包みを振りおろした。 「……ゼシカ、それ、チョコレートじゃねぇの?」 思い切りの良いその行動にククールが口をはさめば、「ええそうよ」とゼシカは幾分すっきりした顔で振り返る。 「エイトにあげる分だから」 あんたのはこっち、と別の包みを手渡され、どうやら人によって中身を変えて選んで来たらしい。 「サンキュ。ありがたく頂くよ」 ホワイトデーを楽しみにしてて、と言えば、ゼシカはもちろん、と笑みを浮かべる。恋人や友人、仲間というより、兄妹のようなやりとりをしている二人の前で、エイトはゼシカに殴られた頭を押さえて蹲り、「えーいえーい、えいとぉー」と一人で歌を口ずさんでいた。 「噛むぅとふにゃんふにゃん、ふにゃん、にゃにゃん……」 「うるせぇ」 涙に濡れた歌声は、ククールの蹴りであっけなく終わりを迎える羽目になる。 頭痛くなったから部屋戻るわ、というゼシカを送り出し、振り返ると蹴り転がしたエイトがまだ床の上で丸まっていた。どうやら傷心のポーズらしい。その姿が一ネタ終えて満足したのか、机の上で丸まって眠っているトーポの姿勢とよく似ており、さすが血縁者とどうでもいいことを思う。 「おら、いいから立て。いつまでも転がってたら邪魔」 「ひぃどぉいぃぃ……頑張って、れんしゅー、したのにぃ」 「なんでそんなことを頑張るのかが分からん。それより、ちゃんとそれ拾え。せっかくゼシカがくれたんだから」 その言葉にエイトは全身のバネを使ってぴょこんと飛び起きた。床の上のひしゃげた箱を手に取る。ばりばりと、なんの情緒もなく破り開けていく様に再び眩暈が起きそうだった。 「うっわ、すげぇ! カラフル! これチョコ?」 エイトが受け取った箱の中には、色とりどりの小さなトッピングシュガーで飾られたハート型のチョコレートが入っていた。見た目にも鮮やかなそれは精神的に幼いエイトが喜びそうなもので、対してククールの方はといえば、金色の包み紙にくるまれたチョコが四つ並んでいる。蓋の裏の説明書きによると、それぞれカカオの含有割合が異なるビターチョコらしい。相変わらず彼女のセンスはいい、と感心してしまう。 「これは何返すかしっかり考えないとな」 下手なものや簡単なもので済ますなど彼女に対して失礼だし、何よりククールのプライドが許さない。チョコレートを一つ摘み口の中へ放り込みながら、自分が知っている限りの店を思い返す。こうしてプレゼントを考える時間さえも楽しんでしまえるのは、相手が彼女だからだろう。そんなことを思っていたところでふと思いだした。 「エイト」 椅子に腰かけて嬉しそうにチョコレートを食べている少年を呼ぶ。何、と顔を上げた彼へひょい、と放り投げた小箱。やるよ、と言えば、もう一度何、と尋ねられた。 「何って、チョコ。バレンタインだし」 別に恋人同士というわけではないし、そもそも男同士なのでバレンタインにチョコレートを贈るのは少し違う気がするのだが、それでも一応やることはやっているため、渡してもおかしくはない、と思ったのだ。 「……俺にくれんの?」 「そ。喜べよ、本命チョコだぜ、それ」 ことさら軽く嘯いてみせるが、それが事実であることはククールしか知らない。エイトにはそもそも誰かを好きになる、誰かを特別に思うという感情が理解できていないらしいのだ。これから彼がそれを理解できる日が来るかどうかは分からない。もしかしたら一生報われないのかもしれない、そう思うが、触れたいと思う心は止められない。 だから何でもない振りをして、イベントに便乗して本心を打ち明ける。そうすればきっとエイトも逃げないでいてくれるから。 そんな打算的な想いが絡まっている箱を見下ろし、やはり先ほどのようにばりばりと何の遠慮もなく包みを破り開けていく。ゼシカのプレゼントのように見た目の華やかさはないが、ミルクチョコレートやキャラメルチョコレート、ホワイトチョコレートといった甘いチョコをメインにしたプレゼント。一つ食べたエイトは「甘い」と小さく呟いた。 「もうちょっと嬉しそうに食ってくんねぇかな」 なんだかしょんぼりと食べられては、プレゼントが迷惑だったのかと思えてしまう。しょげそうになっている自分を押し隠してからかうように言えば、「でも、だって」とエイトは顔を上げた。 「俺、何も用意、してない」 「は? あ、いや、別にいいんじゃねぇの?」 オレが勝手に渡したかっただけだし、と続けるが、どうも納得できないようだ。もう一度同じように「でもだって」とエイトはチョコレートへ視線を落とす。 「ククールはくれた。俺、あげるもの、ない」 どうしよう、と本当に困ったようにエイトは言った。 「別に何か欲しくて渡したわけじゃねぇんだけど」 「分かってる。そうじゃなくて、違うの」 俺があげたいの、返したいの、ククールからだけってのが嫌なの。 おんなじがいいの、と続けられた言葉に一体どれほどの意味が込められているのか、ククールには分からない。ただ単に対等な位置にいたいというだけのことかもしれない、けれど、その対等が友人としてのものなのか、仲間としてのものなのか、それとも。 「じゃあ、さ、エイト」 エイトの頭をふわり、撫でる。 「ホワイトデーに何かちょうだい? もともとそういうイベントだろ」 一月後のホワイトデー。女性からのチョコレートのお返しに男性からのプレゼント。性別はこの際置いておくことにして、その日にもらえれば同じになるだろう、と。 ククールの提案に少し考えたエイトは、「そっか」とどうやら納得したようだった。 「うん、じゃあ、ホワイトデーに何かお返しする。頑張って考える」 「いや、頑張るな、むしろ。お前が頑張ったら変な方向に行くのはさっき確認したから」 八割ほど本気でそう言えば、「俺だって踊っていいときと悪い時くらいの判断はできる」と睨まれた。 「じゃあさっきのは踊っていいときだ、と判断したんだな?」 「俺の中の踊りの神が『今こそ目覚めよ!』と、後光を背負ってだな」 「そんな神、追い出せ」 ぺしん、と叩けば、エイトははっとして口を押さえこむ。どうやら踊りの神は口から出入りしているらしい。その行動になんとなくむっと来て、ぺしぺしぺしぺし、と連続で頭をたたけば、そのうち我慢のできなくなったエイトに「痛ぇよ、バカ!」と怒られた。それに「お前が手を離さねぇからだよ」と答え、どういう意味がエイトが問い返してくる前に、その唇を奪う。 「お返し、楽しみにしてる」 別に物じゃなくてもいいぜ? そう言ってもう一度キスをすれば、ククールが何を言いたいのかが分かったのだろう。エイトは「エロ僧侶」と言って顔を赤くした。 本当に、何かが欲しくて渡したわけではないのだ。はっきり言ってしまえばただの自己満足。 しかしそれでも、エイトが何かを返したい、と言ってくれるなら。同じようにしたい、と言うのなら。 精々悩めばいい。 そう思う。 その間中、エイトの頭と心を自分で独占させてもらえるのならもうそれだけで、いい。 ブラウザバックでお戻りください。 2010.02.14
ふにゃんふにゃん、ふにゃん、にゃにゃん! |