目標は高く


 ある休息日として割り当てられた一日の朝。中々ににぎわっていた町へ出かけて好みの女性でも誘って遊ぼう、と出掛ける支度をしていたククールへ、エイトが至極真面目な顔をして言った。

「ダーマ神殿って、どこにあると思う?」

 マントの留め金を弄っていた手を止め、とりあえずエイトが膝の上に広げていた本へ目を落とす。読書スピードの関係で、彼が読む本は既にククールが読み終わった本である。確か一週間ほど前に手に入れたそれは、現存する武器を事細かに解説している本だったはず。

「……ダーマ神殿、知ってる?」

 返答がないことをどう思ったのか、視線を上げたエイトはそう言って首を傾げた。くるり、と頭の中で単語を回転させ、知識の引き出しからなんとか取り出してきたそれは、確か。

「お前、転職したいの?」

 職業をつかさどる神殿ではなかっただろうか。
 人間には向き不向きというものがある。女性であるゼシカが力を必要とする戦士や剣士に向かないように、魔法に適性のないヤンガスが魔法使いや僧侶にはなれないように、得手不得手があるのは仕方のないことだ。しかしその神殿は、そういったものから人を解き放ち全ての人(もちろん選ばれた人、だろうが)へ様々な職業を与えてくれるらしい。
 ククールの言葉に、エイトはうん、と頷きを返す。

「……そりゃまた何で」

 彼の思考回路が唐突で、突拍子もないのは今に始まったことではない。数ある武器が列挙してある本を眺めながら、いったいどんな方向へ思考を飛ばしたのだろうか。
 身支度を整える手を再開させながらそう尋ねると、「杖、をね」とエイトはとん、と開いたページを指先で叩いた。

「装備したいんだ。杖」

 魔法使いであるゼシカや僧侶であるククールには装備できる武器。直接的な攻撃力はさほど見込めないが、魔力を高め、またそれを補助する効果が付随しているものもある。今はククールは剣を主に使っているが、ゼシカはずっと杖をメインに戦ってきていた。

「魔法使うだけなら必要ないだろ」

 ほとんど素質のないらしいヤンガスとは違い、エイトも魔力はある方だ。パーティを纏めるものとして資質があるのか、ゼシカには覚えられない攻撃魔法を使うこともできる。しかし魔物との戦闘において、エイトの直接攻撃はかなりのダメージソースとなっているのだ。わざわざ杖に持ちかえて魔力を高める必要があるかどうか疑問を覚える。

「うん、いや、そうなんだけどさ」

 視線を自分の膝へ落とし、パラパラと本を捲った。ところどころから付箋が飛び出ているのは、エイトが張り付けたものだろう。

「やっぱりそれを知るには使ってみた方がいいじゃん?」

 杖だし、と。
 続けられた言葉にようやく気付いた。

「ああ、杖、ね」

 今このパーティが追いかけているものも杖、なのだ。あれがどんな杖で、何が封じられているのか、尊い犠牲の上で分かってきていることもあるが、それでも情報はあって困るものではない。

「……どこかにあるかもしれねぇけど、オレは聞いた事ないな」
 悪いな、力になってやれなくて。

 そう言ってくしゃり、とエイトの頭を撫でる。今日は出かけるつもりがないのか、バンダナを巻いておらず、指をすべる髪の毛の感触が心地よい。
 エイトはふるふると首を横に振る。

「引きとめて悪かったな。自分でいろいろ探してみる」

 笑ったエイトは、「あ、でも」と言葉を続けた。

「宿の受付のねーさんは遠恋中の彼氏いるつってたから手は出すなよ」
「…………残念、好みだったんだけどな」

 そう答え、軽くエイトへ手を振るとククールは部屋を後にした。
 ぱたん、と背後で扉の閉じる音を耳にしながら、ククールは思う。おそらくエイトは今日一日、ずっと部屋で調べものをしているのだろう、と。
 基本的に、エイトの興味が向くものは自分の恩人たちに関するものだけだ。常日頃、いろいろな物に気を取られているように見えるが、根本を突き詰めれば彼にとって「どうでもよくない」と分類されるのはそこだけではないだろうか。だから気分転換に、と自分で決めた休息日もあのように調べもので潰してしまえるのだ。
 可哀そうだ、と思うことは失礼にあたるのかもしれないが、そもそも失礼だと思うこと自体エイトには理解してもらえない。
 ふ、と小さく息を吐き出す。
 彼と会話を交わすその前までは確かに町で好みの子でも誘って、一晩の付き合いをお願いしようと思っていたのに。
 ふらり、と町中を歩き、相手となる女性を見つける前に、目に入った硝子の小瓶。
 からり、と中で音を立てるのは色とりどりの飴玉。
 脳味噌というのは回転させるのにエネルギィが必要で、それはつまり糖分が欲しくなるわけで。

「頑張ってるリーダにご褒美、ってな」

 それを買い求める理由を付けてみたが、自分でも白々しいな、とククールは思った。



 適当に町をふらつき、結局収穫は小瓶に入った飴玉だけ。エイトにはからかわれるかもしれないが、彼は言うほどにククールに興味を持っていないだろう。適当に交わせば追及される心配もない。そのことをありがたく思っているのか、寂しく思っているのか。ククール自身にもよく分からなかった。
 彼はまだベッドに座り込んで本を広げているのだろうか。
 そう思いながら宿の部屋へと戻ると、予想通り朝と同じような位置にいるエイトを確認できた。呼びかけようとして、口を噤む。こくり、とエイトの頭が前に傾いたのを見たからだ。どうやら調べものに疲れてしまったらしい、周囲に古い書籍やそれらから書き出したメモ用紙をまき散らしたままエイトはうつらうつらと船をこいでいた。

 なんとなく珍しい光景を見ている気がする。
 彼を起こさぬようにそっと扉を閉めて、手にしていた小瓶を机の上に置いた。すぐに飴を手渡せないことは多少残念だったが、彼を起こすのは忍びない。
 膝の上からずり落ちそうだった本をそっと取り上げてぱらり、と捲った。ページの隙間から飛び出る付箋を辿れば、どれもすべて杖のページに張り付けられているもの。小さすぎる努力にくらりと眩暈さえしそうだ。
 そんなにも頑張らなければならない理由がきっとエイトの中にはあるのだろう。

 本を机の上に避け、散乱したメモ用紙を拾い上げる。明日にはこの宿を発つのだ、このままにしておいたところで、結局は片づけを手伝う羽目になるのは目に見えている。几帳面に向きをそろえて丁寧に拾い集めている途中、ククールは、杖の効果や素材、生産地域などをメモった紙に紛れて、何やら妙なイラストの描かれているものがあることに気がついた。
 本、というのは知識や情報を得るには有用だが、如何せん持ち運びには適さない。よってまるまる一冊残しておきたいもの以外は、興味のある部分だけを書きうつし、本自体は売ってしまう。その本に描かれたものが資料として必要なら出来るだけ分かるように模写しておくが、ククールが読んでいるはずのあの本にはこんなファンシーなイラストはなかったはずで。
 拾い上げ、そこに書かれた文字を読み取り、ぐ、とククールの眉間に皺が寄った。
 その用紙に踊る、癖のあるエイトの文字。


『めざせ まじょっこ えいとくん!』


 側には人体としてあり得ないポーズをとる(おそらくは)魔女っ子エイトくん。もちろんエイトくんの手には星飾りのついた可愛らしい杖が握られていた。
 そのメモ用紙を放り捨てると同時にエイトの頭を掴み、ベッドへ叩きつけたククールを責める人間はいないだろう。
 目覚めたエイト以外には。




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2009.05.05
















すっげー久しぶり。で、相変わらずなエイトさん。