バレンタインデー・キッス


「ばれんたいんでーきぃっす!」

 何処で入れ知恵をされたのか。
 今日が世にいうバレンタインであることを聞いたらしいエイトが、扉を開けて部屋に入って来ると同時にそう歌い、くるっと回ってチュ、と投げキスを寄こした。
 物音につられて顔を上げたのが失敗だった。真正面からその一発芸を見せつけられ、脱力感が全身を襲う。とりあえず投げつけられたらしいキスを左手で捕まえて投げ返してみたらひょい、と避けられた。

「何故避ける」
「つかむしろ何で投げ返す」

 疑問に疑問で返されたが、もっともなことだと思ったので何も言わずに視線を膝の上に置いた剣へと落とした。たまには真面目に武器の手入れでもしておこうと思って広げていたのだが、どこぞの馬鹿が戻ってきたことにより気力が大幅に削がれた。仕上げに、と乾いた布で軽く拭っていると再び「ばれんたいんでーきぃっす!」とキスを投げてよこす。
 面倒くさいので、手でそれを振り払ってみたら癇癪を起された。受け取ってもらえなかったのが気に入らないらしい。足の上の剣を鞘に納めてからエイトの方へと視線を向ける。抜き身のままの剣を持った状態でエイトの相手をすると、思わず斬りつけそうになるからだ。

「なんでお前の投げキスを受け取んなきゃなんねえんだよ」

 ククールとしては至極当然の疑問を口にしたのだが、「馬鹿か、お前は!」と罵声が返ってきた。

「普通の投げキッスじゃねえんだぞ? バレンタインデー仕様なんだ!」
「どこが」
「気持ち」

 残念ながら気持ちは見えない。まったくもって見えない。バレンタインデー仕様なのか、そうでないのか見ただけでは全然分からない。
 ふぅ、と息を吐き出して首を振るものの、エイトには理解してもらえなかったようで、三度目の投げキスを寄こされた。

「いいから受け取れ。さっさと受け取れ。で、ホワイトデーに三倍返ししろ。現物で」
「おう、それが目的か」

 飴玉いっぱーい、と歌い始めたエイトへ蹴りを入れる。げし、だけでは気が済まなかったので、げしげしげし、と連続で。

「ていうか、投げキスを受け取る動作って具体的にはどうするんだろうな」
「人を蹴りながら全然別の話題に移行するの、やめて?」

 そう文句を言いながらも、「捕まえて食べる、ってのはあからさま過ぎてキモイよな」とエイトも話題に乗ってきた。

「お前ならどうリアクションする? オレに投げキスされたら」
「爆笑する」

 ククールが腰かけていたベッドへ乗り上げてきたエイトを捕まえ、「言うと思った」と言いながら殴っておく。

「目をそらせて顔を赤らめる?」
「あー、それは可愛いかも」

 初々しい反応がいいな、とククールが相槌を打つ。すると、エイトが両手を合わせて「分かった!」と声を上げた。

「照れながら投げキスを返す!」
「それだ!」

 照れながら、という部分がポイントだ。ノリノリで返されたら萌えも半減してしまう。

「…………で、それをオレがやって、お前は楽しいか?」
「全然、まったく。むしろキモイ」

 きっぱりと言い切ったエイトをもう一度殴る。どんなに正論であろうと、他人に言われると腹の立つこともあるのだ。

「そういうのはお前の役目だろ」
「俺がやって楽しいか?」
「オレは楽しい」

 もしそうなればエイトのことだ、全力で照れて初々しい投げキスを返してくれるだろう。たとえそれが演技であると分かっていても、可愛いと思う自分が手に取るように分かる。

「じゃあ役割交代する? ククールする方、俺受け取る方」

 さあこい、とベッドの上に座り込んで無駄に気合いの入っているエイトを見て、はあ、と大きなため息が零れた。投げキスとはいえキスの話をしているはずなのに、どうしてこんなにも色気がないのか。考えるだけ無駄なのかもしれない、相手がエイトだから、の一言で済む。

「まあ、今年は逆チョコとかっつって、男から送るのもありらしいしな」

 そう呟き、「へえ、そうなんだ」と言うエイトの顎を捕まえた。
 何かを察したらしいエイトが逃げようとするが、彼の後頭部を抱き込みそのまま唇を重ねる。ねっとりと舌を這わせ、無理やりこじ開けて深く口づける。唾液を絡め舌を吸い、ほんの少し離れた隙間から鼻にかかったような甘い声が上がったのを耳にしてようやくククールはその唇を開放した。

「これ、逆チョコ分な」

 ホワイトデーのお返し、よろしく。

 唾液で濡れたエイトの唇を拭って、にやりと笑ってみせる。

「…………現物で?」
「肉体労働で」




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2009.02.14
















カリスマは夜の奉仕をご希望です。
もしかしてこれ、数年ぶりのバレンタインネタ?
バレンタイン=一発芸だと思ってるエイトを誰かなんとかしてやってください。