キミの休日


 最終目的に近くなってきたせいか、ここのところ出現する魔物のレベルが一気に上がったような気がする。一匹を倒すのも時間がかかり、回復にもかなりの魔力を割かなければならない。現時点で強行突破ができないわけではないが、それでは後々辛くなってくるだろう。無理をして命を奪われては本末転倒もいいところ。多少遠回りだとしても、少し立ち止まって力をつけた方が最終的には最も近い道となる。
 進んでみたはいいものの魔物の強さに驚き、村まで戻ってきた一行は疲れた体を引きずって昨日と同じ宿屋を目指す。

「魔物が強かったよぉ。怖かったよぉ」

 魔物が出現する恐れのある場所ではリーダとしてそれ相応の態度を取っているが、一歩でも安全地帯に入ってしまえばがらりと雰囲気が変わる。ヤンガスなどは仲間の緊張をほぐすためだと信じて疑っていないが、ククールはただの性格だろうと思っていた。
 村に戻った途端しくしくと泣き真似を始めたエイトへ、「だから死なないようにレベルあげしましょう、って言ってんの」とゼシカが呆れたように言った。

「すぐにここに戻れる位置でしばらく戦った方がいいでげしょうな」
「さっそく明日から始めるか?」

 ゼシカの言葉にヤンガスが頷き、ククールがそう提案する。
 その言葉に覆っていた両手から顔をあげ、「いや」とエイトが否定した。

「明日は休み。昨日までも休みなしだったんだし、レベル上げするなら一日体を休めた方がいい」

 そう言った彼の顔からふざけた表情は見られない。一瞬にしてこうも態度を変えられるのはもはや芸の域だろうと、ゼシカは思う。慣れとは恐ろしいもので、エイトのこういった変化もすでにメンバにとっては当たり前のものだった。

「分かった、じゃあ明後日からな」
「宿、部屋が空いてるといいでげすなぁ」
「そう簡単には埋まらないんじゃない? ここ旅人少なそうだし」

 少なくとも今朝までエイトたちがいたツイン二部屋は空いていそうである。その予想は正しく、舞い戻ってきたエイトたちへ「災難でしたね」と優しい笑みを浮かべて迎えてくれた女将は、前と同じ部屋へ彼らを案内した。少し長く滞在するかもしれない、と伝えると、「こちらとしてはむしろありがたいことですよ」と彼女は笑う。
 馬車も宿屋の裏手にある空き地へ移動させる許可を得ることができたため、トロデ王やミーティア姫に危険が及ぶこともない。これで安心してレベル上げに専念できるというもの。

「久しぶりにリーザスに戻ってマルクとポルクに会ってこようかな」

 夕食後、部屋へと戻る間にゼシカが少し嬉しそうにそう呟いた。さすがに毎日魔物と戦い続けていては楽しみも見つけづらい。時折心休める場所へ戻る時間も必要なのだ。

「アッシは温泉巡りでもしてくるでげすかね。山奥の秘湯にゆっくり浸かるってのも、なかなか乙でいいでげすよ」

 兄貴も一緒にどうでげすか、と尋ねられ、エイトは「えー、俺風呂嫌い」と唇を尖らせた。湯に浸かりながらゆっくりと景色を楽しむだけの情緒をエイトに求める方が間違いなのだ。彼の答えにヤンガスも「なら一人で行ってくるでげす」と苦笑を浮かべる。

「じゃあ、お休みなさい」
「おぅ、二人ともゆっくり休めよ」
「そっちこそ明日休みだからって、夜更かししちゃダメよ」

 扉の前で挨拶をかわし、それぞれの部屋へと分かれた。ぱたり、とドアを閉め、ばふ、とベッドへ倒れたエイトに向かってククールが声をかける。

「エイトは明日どうする?」
「んー? どうって、別にどうもしないー」

 さすがに強敵との戦闘で彼も疲れているらしい。気持ち良さそうに枕に頭を擦りつけながら答える彼を、「寝るなら風呂入って着換えろ」と軽く殴る。そして自分の荷を解き、衣服をくつろげながら「もし明日天気が良かったらどこか出かけるか?」と提案してきた。

「出かける?」
「そう、遊びに」
「カジノはヤダ」
「馬鹿、初デートにカジノ選ぶ男がどこにいるんだ」

 リングピアスを外し、サイドテーブルの上に置きながらそう苦笑を浮かべたククールへ、エイトは「デート?」と首を傾げた。

「そう、デート。恋人同士が出かけるんだからそれであってるだろ?」

 恋人になる前からほぼ四六時中行動を共にしている状態であったため、いまいち実感がわかないとエイトが悩んでいたのは先日のこと。確かに他愛無い会話や触れ合いに多少の甘さが出てきたくらいで、以前と大して変わっていないのはククールも感じていたところだ。互いにそれでも満足できていることも理解しているが、それでもたまには恋人らしいことをしておいてもいいだろうし、そうしたいとも思う。
 ククールの言葉に体を起こしたエイトは、「行く!」と目を輝かせた。

「じゃあ、さっさと風呂入って寝ようぜ」
「……今日は何もしない?」
「したいけど、そうしたら明日動けなくなるのはエイトだぞ?」

 それでもいいのか、と問えば、「お前が手加減すればいいだけの話じゃ?」と首を傾げられた。その額をぴん、と指で弾いて「ほんとに馬鹿だな、お前」と言う。

「可愛い恋人目の前にして、手加減できる男もどこにいるってんだよ」

 あとお前が我慢できるとも思えないし、と続けられた言葉に、何か言い返そうと口を開いたエイトだが、自分でもそのとおりだと思ったのか結局、「世の中うまくいかないな」と神妙そうな顔で呟いただけだった。


***



 日頃の行いが良いのか、はたまた偶然か、翌朝はエイトが望んだとおりの快晴だった。意識が浮上すると同時に窓へ視線を向け、思わずにへりと笑みが零れる。空は嫌いだが天気が良いのは喜ばしい。出かける予定があるのならなおさらで、嬉しさのまま隣にいたククールへ擦りよると上から「おはよう」と声が落ちてきた。相変わらず朝の早いククールを見上げ挨拶を返す。
 ベッドの中でじゃれ合いながら、今日はどこへ行こうかと相談をする。二人ともそれほど外へ出かけるタイプではない、どちらかというとインドア派である。しかしそれでも、恋人と出掛けるのだから行きたいところはたくさんあるわけで。

「海? 見に行く?」
「泳ぐのはちょっと早いかな」
「じゃあオークニス! 雪合戦!」
「二人じゃ辛いだろ。それはみんなで今度」
「えーっと、じゃあじゃあ……」

 今まで立ち寄ったことのある街を次から次に上げていき、あれがしたい、これがしたいとはしゃぐエイトに、ククールは目を細めて微笑む。
 起きて支度をしながらもエイトの口は止まらない。こんな嬉しそうな姿が見れただけでも誘った甲斐があったというものだ。

「ちなみにエイト、トロデーンでの基本的なデートコースは?」

 興味本位で尋ねてみれば、「えーっと海岸に下りたり?」と首を傾げて答えた。

「教会まで散歩したり、トラペッタで買い物したりとか。金と時間に余裕があったらポルトリンクまで下りて、そこで一泊、海を見ながら初エッチ、みたいなね」
「ずいぶんロマンチックな計画だな。もしかして夢見てた?」

 その言葉にエイトは「まさか」と笑う。

「そう夢見てたのは同僚だよ。あいつ、振られて落ち込んで、その子とうまくいったら行くつもりだったらしいデートコースに付き合わされたことがあんの」
「……海見ながら、も?」
「冗談っ! 本気で言ってるなら怒るぞ?」

 眉を吊り上げて言うエイトへ、「ごめん」と謝りながら腕を伸ばして抱き寄せる。

「でもだって、昔の話でもエイトが他の男と二人きりで出掛けたなんて、妬くしかないじゃん」
「だったら俺は、どれだけの女に妬けばいいのかな」

 確かにこういう話をすると不利なのはククールだ。気持ちが伴っておらず、割り切れる関係ばかりとはいえ、遊んでいた事実は消せない。しかしククールは悪びれることなく「それはそれ、これはこれ」と言い切った。あまりにも臆面なく言われてしまったため、エイトは「都合のいいやつ」と苦笑を浮かべるしかない。

「じゃ、飯食って出かけようぜ」

 身支度を終えたククールがエイトの腕を引いて、部屋の入口へと向かう。

「結局どこ行くんだよ」

 結論の出ないままであることを指摘するが、ククールは「外出て決めよう」と笑った。


 宿の食堂でゼシカとヤンガスのペアを見つけ、ついでだからと一緒のテーブルで食事を済ませる。二人とも昨日言っていた予定通り今日を過ごすらしい。二人はどうするの、というゼシカの問いかけに、エイトは満面の笑みを浮かべて「でーと!」と答えた。

「あら、いいわね。どこに行くの?」

 あまりにも嬉しそうに言うものだからからかう気も起きない。ゼシカが笑いながら尋ねると、やはり笑顔のまま「決まってない!」と返ってきた。

「まあククールがエスコートするなら失敗はないんでしょうけど」

 何でもそつなくこなす彼のことだ、相手がエイトであってもそれは変わらないだろう。むしろ本気で惚れているようだから、今までの女性たち以上にその能力を発揮してくれそうだ。
 しかしそれにしても、とゼシカは思う。
 食事を終え、宿の入口でそれぞれの目的地へ向かうために分かれたのだが、どこに行こうか楽しそうに相談している二人の姿は、はしゃぐ子供とあやす保父さんにしか見えない。それかあるいは面倒みの良い兄と甘えたがりな弟。どう贔屓目に見ても恋人には見えないが、おそらく本人たちはこれで幸せなのだろう。

「逆にカモフラージュできていいかもしれないわね」

 パーティの紅一点にそんなことを思われているとは露ほども知らぬ二人は、未だ目的地の決まらぬまま町の入口へと向かっていた。二人ともが移動魔法を使えるためどこにでも行きたい放題なのだ。

「サザンビークに買い物?」
「いいけど、欲しいものあるのか?」
「うんにゃ。見て回るだけでも楽しいし。あ、じゃあリブルアーチ観光は?」

 石と彫刻の町は特殊な場所にあるだけに観光地としても有名だ。以前訪れた時はそれどころではなかったため、町の中をろくに歩けなかった。ただざっと見ただけでもずいぶん綺麗なところだったので、じっくり見れば楽しめるだろうことは分かる。
 エイトの提案に「いいな、それ」とククールは笑った。
 軽そうな言動を繰り返す彼ではあるが、実は建造物を見たりするのが結構好きらしい。それが古いものであれば尚更で、ただ見て「すごい」と騒ぐエイトとは違い、何やらいろいろ感慨深いものがあるのだろう。
 結局そのままリブルアーチ観光に決まり、エスコートをすると言い張るククールの魔法で町の入口まで飛んだ。

「おー、久しぶりだー」

 石像に溢れた街並みを眺め、エイトが声を上げる。

「改めて来てみると圧巻だな」

 その隣でククールも入口にどん、と鎮座した大きな石像を見上げて言った。像のモデルはこの際おいておく。硬い石をその手で掘って形を創り上げるという作業自体に感動を覚えるのだ。
 彫刻家が多く住むというこの町は至る所でその作品を拝むことができる。エイトには出来の良し悪しは分からないが、角を曲がるたびに次はどんなものが出てくるのか、楽しくて仕方がない。

「うははは、ククール、これ、酷いっ! 蛇に足生えてる!」
「こら、人の作品にそういうこと言うな。つかそれ蛇じゃなくて龍じゃね?」
「えー、龍ってドラゴンだろ? 俺が知ってるのとだいぶ違う」
「東の方じゃこんな姿してたはずだぞ。こっちのほうじゃどっちかっていうと不吉なものとされがちだけど、東じゃ龍は神の化身って考え方もあるし」
「へぇ。でも姿が違うならよく龍とドラゴンが同じものであるってことになったな。誰だよ、そう決めたの」
「そう言われればそうだな。なんか気になってきた。今度調べてみよう」

 他愛無い会話を交わしながら町の中をゆっくりと見て歩く。広場の隅で黙々と作品作りに打ち込む彫刻家の作業を眺め、石の人形が並ぶ町のミニチュアがあると聞いてそれを見に行く。

「すっげぇ、これはすごい! ククール、これすごい!」

 精密に作られた町の模型(すべて石だ)にエイトが声をあげて喜び、その隣で「確かにこれはすごい」とククールも唸った。

 男同士であるということに今更拘りはしないし、恥ずかしさもさほどないが、さすがに人目のある場所でべったりとくっつくわけにはいかないだろう。適度な距離を取りながらも、たまにエイトがククールの腕に絡みついたり、ククールがエイトの頭を撫でたりする。冷やかしに覗いた店の主からは「仲の良い兄弟だね」と笑われたため、どうせならその設定でいちゃいちゃしようか、と盛り上がった。

「兄貴って呼ぶ?」
「やめてくれ、それは。どこかのヤンガス思い出す」

 あとうちの兄貴も、と苦笑して返され、「じゃあお兄ちゃん?」と上目遣いのまま首を傾げた。

「……お前、分かっててやってるだろ」

 計算されたかのような仕草だが、あまりの可愛さに思わずにやけそうになった口元を抑え込む。そんなククールにエイトは声を上げて笑った。

 適当なレストランで昼食を済ませて、昼からはまた町の中をゆっくりと見て回る。彫刻家、と一言にいっても創作スタイルは様々で、とにかく大きな石を削るのが好きな人間もいれば、逆に小さな石が好きだという人間もいる。石を削るのではなく、土を固めて物を作る人間も、石ではなく動物の骨を削るという人間もいる。

「何かを作るって、俺はただそれだけで尊敬する」

 小道の脇で、観光客相手に商売をしているのだろう女性彫刻家の作業を見ながら、エイトは心底感心したかのようにそう呟いた。
 料理のようにレシピがあればエイトだって何かを作ることができるだろう。しかし彼ら芸術家が作るものは、己の内側から沸き上がってくるイメージに寄る。たとえば誰かの立ち姿に感動して何かを作ろうと思ったりするのかもしれない。物語に感銘を受けてその場面を作ろうとするのかもしれない。とにかく彼らは自分の世界を作ろうとノミを振るう。才能や手先の器用さ云々の前に、そういった衝動がおそらくエイトにはない。だからこそすごい、と思う。
 エイトの呟きを聞きとめたのか、作業をしていた女性彫刻家が顔をあげにっこりと笑った。

「だからって私たちが偉いわけじゃないのよ。そうしてあなたみたいに喜んでくれる人がいるから、私たちも作り続けられるの」

 ありがとう、と礼を言われ、ククールを見上げたエイトは嬉しそうに笑みを浮かべる。
 話を聞いてみると彼女は、小さくて軽い動物の骨を使って、客が望むものを作ってあげるらしい。ピンやチェーンもそばに用意してあるのでアクセサリにもできるのだろう。その場で作って渡すため、あまり凝った形にはならないらしいが、客の見ている前で、その上短時間で仕上げなければならないというプレッシャーが彼女にとっては創作意欲を最高に高められるのだとか。

「折角だから、お兄さんたちも如何?」

 彼女に勧められるままに近寄り、何を彫ってもらおうか二人で考える。一応思いつかない人のために簡単なイラストの描かれた紙も用意されていた。そこには楕円に十字の模様を彫り込んだペンダントや、シンプルな指輪、花や月の形をしたブローチ、髪飾りが描かれている。

「猫や犬くらいならすぐできるわよ。男の人だとアクセサリはあまり使い道がないでしょうし、置物にくらいならなるから」

 そうすすめられ、猫系魔物と遊ぶくらい猫の好きなエイトは目を輝かせた。

「猫! 猫がいい! 持ち歩けるくらい小さいの!」
「OK、どんな猫にしましょうか?」

 複雑なのはダメよ、と付け加えられ、エイトは再び考える。その横で、「じゃあ」とククールが口を開いた。

「オレとこいつと、それぞれイメージにあう猫、ってのはどう? お姉さんから見たイメージ」

 その言葉に女彫刻家は目を細めて「おもしろそうね」と笑う。そして側に置いていた道具箱のなかをごそごそと探り始めた。彫る道具はもちろん一種類ではないが、骨だって一種類ではない。さまざまな獣の骨を集めているのだろう。色や大きさなど見た目が様々で、それを選ぶところから始めるのだろう。

「普段は選ぶところもお客さんにやってもらうんだけどね」

 言いながら彼女が選んだ骨は、真っ白で堅そうな骨と、少し黄色みがかった骨だった。
 二体彫るのは時間がかかるから町を見てきてもいいわよ、という彼女に甘え、まだ行っていなかった町の北側の方へと向かう。広がる大海原を橋の上から眺め、飛び込んでみたい、と言うエイトの頭を殴って止める。

「さすがに死ぬだろ、いくらお前でも死ぬだろ」
「……死ぬかな、やっぱり」
「間違いなくな。エイトの死に方はもう決めてあるんだ、頼むからそんな間抜けな死に方するな」
「決めてあるって、どんな死に方?」
「オレの上で腹上死」
「言うと思ったっ!」

 予想通りの答えにエイトが怒り、ククールが笑ってそれを宥める。

「ていうか、何で俺の死に方をククールが決めるんだよ」
「だってオレの知らないところで死なれたら困るじゃん」
「どう困るって?」
「後を追えない」

 あまりにあっさりと返された言葉に、エイトは思わずククールを凝視してしまう。きゅう、と胸が締め付けられその息苦しさから口を開くが、言葉が出てこない。結局唇を噛んで眉を寄せた後、泣きそうな顔で「馬鹿じゃねーの」と言うしかなかった。

「追うなよ、後なんか」
「でもだってエイトがいないのに生きててもしょうがないし」

 だから、とククールは言葉を続ける。

「オレが死んだらエイトも死んで」

 柔らかな笑みを浮かべながら、優しい口調で、残酷なことを要求する。
 きっと、本当にそんな状況になればククールは何が何でも生きろ、とそう言うだろう。一緒に死ね、など、優しすぎる彼には言えない願い。だからこそ、こうして生死の関係ない場面で言葉になったのではないか、とエイトは思う。

「任せろ、嫌だって言われてもぜってーついてくから」

 せっかく掴めたこの腕を、死んだからといって離してやるものか。

 そう言ったエイトへ、ククールは満足そうな笑みを浮かべた。

 結局互いにそのぬくもりを離すのが惜しくて、エイトを腕に張り付かせたまま女彫刻師のもとへ戻ると、既に仕事を終えていたらしい彼女が笑って手招きをしてくれた。

「こっちがあなた、これはあなた、ね」

 手渡された小さな猫の置物に二人して視線を落とす。騒ぐだろう、と予想していたエイトは思いのほか静かで、不思議に思って顔を覗き見ると目を大きく見開いたまま、じっと小さな猫を見つめていた。どうやら感動で声が出ないらしい。
 ククールの手の中には、背筋を伸ばして行儀よく座っている、真っ白い猫。エイトの手の中には、両前足を顔の前に出して伸びをしている、クリーム色の猫。

「か、かわいいっ! これ、かわいい! なあ、ククール、今度ゼシカとヤンガスもつれて来てやろう! で、二人の猫も作ってもらおう!」

 相当気に入ったらしいエイトが、興奮のままそう叫ぶ。頭を撫でて彼を宥めながら、「良くできてる、ありがとう」と彫刻師へ礼を述べた。

「こちらこそ、こんなに喜んでもらえて嬉しいわ。機会があればお友達も連れてまた来てね」

 代金を支払って彼女と別れ、満足したまま二人は町の南入口へと足を向けた。

「ゼシカだったらどんな猫かな。怒ってるところっていったら怒りそうだし、でも怒ってるゼシカも可愛いんだよな。ヤンガスはあれだ、腹出してあおむけになって寝てる丸い猫、絶対そうだ」

 一人で楽しそうにそう空想を膨らませていたエイトに、そうだよな、と同意を求められ、「それはヤンガスに失礼だろ」と苦笑を浮かべて返す。そうかなぁ、とエイトは自分の手の中の伸びをする猫を見やって首を傾げた。そして「あ、そうだ!」と何かを思いついたらしく声を上げる。

「これ、交換して持っとかねぇ? 俺がククールの猫持って、ククールが俺のを持つの」

 ダメかな、と伺うように見上げてくる彼の頭を撫で、ククールは笑みを浮かべた。

「オレもそう提案しようと思ってたところ」

 差し出された白い猫を嬉しそうに受け取って、自分の猫もククールへと手渡す。

「持ち歩くんなら小さな袋欲しいな。お守り袋みたいなの?」
「買ってくれば良かったな」
「ククール、作って!」
「何でオレが」
「いや、だって作れそうだし」

 確かに小さな袋を縫うくらいならできそうではある。針と糸はゼシカが持っていたし、布は使わなくなった防具から切り取ればいくらでもあるだろう。

「……なんか、お前といるとすごい母親の気分になってくる」

 まるで子供の道具袋を縫う話をしている気になって、ククールは思わずそう零す。するとエイトは「せっかくのデートなのに?」と唇を尖らせた。その言葉に「そういえば」とククールは呟く。

「ぶっちゃけこういう健全デートってオレ、初めてだったんだよな。いつも日が暮れてからばっかりだし、飯は高い店に酒付きだった」

 神妙にそう過去を振り返ったククールへ、今拗ねていたことなど忘れてしまったらしいエイトが「あはは、不健全デート!」と笑う。 

「いつかそれもやろうぜ」

 そう言うエイトに、ククールは笑みを浮かべて「もちろんベッドの中まで、付き合ってくれるんだよな?」と返す。不健全デートの最終目的地は常にベッドの中だったのだ。
 赤くなってうろたえるか、怒りだすか。そのどちらかだろうと思っていたのだが、ククールが見ている前でエイトはにやりと口元を歪める。

「あれ? 今日もそのつもりだったんだけど?」

 お前は違うの? と返された言葉に思わず目を見開く。エイトを凝視したあと、ククールはため息をついて肩を竦めた。

「参った、オレの負け」

 だから今日もベッドの中まで付き合って?

 甘い誘い文句に、エイトは喜んで、とにっこりと笑った。




ブラウザバックでお戻りください。
2008.08.19





















砂糖に溺れそう。
「キミの〜」ってタイトルは全部同じ恋人設定だと思っていただければ。