一大決意


 世の中にはあまたのイベントが存在し、その大部分をいちゃこら楽しんでしまうのが恋人という間柄である。いやそれは偏りすぎた意見だろう、と思われる方もいらっしゃるかもしれないが反論は認めない。打倒暗黒神を掲げるパーティに属するお騒がせリーダ、エイトは敢えてそう思いこんでいる、というだけの話だ。

 そんなイベントのうちの一つ、クリスマスに続いて恋人の祭典ともいえそうなバレンタインデーが間近に迫っている。エイトには現在恋人と呼べるような存在はいない。というよりもそもそも、そういった関係は自分以外の周りの人々の間で成り立つもであり、己に関わるものであるという認識ができない。
 ただ、自分がそう思うことができないだけであり、世間一般から見ればそれに近しい相手がいるということは何となく分かっている。同性同士という少しばかり「普通」とはいえない状態ではあるけれども、きっとエイトにとってイベントごとを一緒に楽しむ相手といえば彼以外はいないだろう。
 どうしてあの男とそのような関係になるに至ったのか、正直エイト自身ですらよく分かっていないのだが、現在も続いているところからみるにいろいろな面で相性が良いのかもしれない。

 などという考察はさておき、とりあえずバレンタインデーである。折角のイベント日だ。その騒ぎに乗っておいて損はない。むしろそれに乗じて何かしでかしてやろう、そうすべきであると信じている。
 美味しい餌が目の前に転がっている状態でスルーなどできるはずがない。据え膳はいただく主義である。まだ未調理で膳に盛られていない状態であったとしても、自分で調理して盛りつけた上で、美味しくいただく主義である。

 話がそれた。とにもかくにもバレンタインデーだ。
 女の子が好きな男の子にチョコレートを渡す日。
 エイトは女の子ではないし、渡す相手は好きな男の子というわけでもないけれど(別に嫌いというわけでもない)、チョコレートを渡す日だということさえ理解していれば案外なんとかなるものである。何がどうなんとかなっているというのか、被害を被る張本人からすればきっと説明してもらいたいところであるだろうが、チョコレートを買うことができれば八割は勝ったも同然だ。
 幸いなことに最近は義理チョコだけでなく友チョコなども流行っているそうで、男であるエイトがこの時期に店でラッピング済みのチョコレートを買い求めたところで不思議がられないだろう。
 いや、多少の不審人物扱いなど気にしてはいられない。パーティメンバとイベントを楽しむことができるなら、名も知らぬ店員に気持ち悪がられようが同情の視線を向けられようが、ホモォ……という目で見られようが全然気にならない。エイトのスウコウな志は、その程度では折れないのだ。何せ弾力性に富むゴムでできた志だから。(ちなみにエイトは「スウコウ」の意味を理解していない、項目がいくつかあるのかな、と思っている。「数項」じゃねぇよ、というツッコミを絶賛受付中だ。)

 指でつつけばびよんびよんと、左右に揺れるゴム製の志を胸に秘め、とりあえずやってきた先はそれなりに栄えている城下町の雑貨屋だ。パンや野菜果物はそれぞれパン屋、八百屋へ向かうが、菓子を買おうとなれば雑貨屋にくるほかない。
 世間でも割と騒がれるイベントであるということは、イコール商戦時期でもある。とくにひとの多い町では盛り上がり方も大きく、いつもは見かけないようなチョコレートも多数並んでいた。自分用に一つ、二つ、と買いたくなってくるが、今日は金銭的に持ち合わせが心許ないためぐっと堪え、様々なチョコレート菓子の並ぶ店先をじっくりと眺める。
 購入しなければならない数は三つ。もちろん三つとも違う種類であることが大前提だ。

「……これを、ゼシカにあげたら俺、死ぬかな……」

 『おっぱいチョコレート』なるものを手に取り、思わずそう呟いた。おっぱいの形をしたホワイトチョコレート(二個入り)は、是非ともナイスバディのお嬢様に渡したいところだ。しかしジョークの分からない女性ではないが、冗談と理解した上での彼女のツッコミは少々激しいものがある。通常なら「なんでやねん」と裏拳の入るところで、「一回死んできて」とメラゾーマが飛んでくるのだ。
 黒こげにされる自分を想像し、エイトはふるふると首を横に振った。確実に殺される。
 かといってパーティの癒しキャラである年上の弟分はこの手の冗談が不得手であり、渡しても本気で困られるだろう。却下。
 もうひとりの男なら大丈夫だと分かってはいるが、「形が悪い」だの「本物の方がいい」だの「むしろお前の揉ませろ」だのそんなことを言われそうな気がする。やっぱり却下。面白そうなチョコレートではあったが、渡す先が見つからず泣く泣く売場へと戻しておいた。

 代わりに手に取ったものは『ハートチョコレート』。ハートはハートでもトランプのマークのハートではなく、心臓という意味でのほうだ。臓器の心臓を模した形になったチョコレートが五個入ってる。味は普通のチョコレートらしいが、なかなかに気持ち悪い。決めた、「俺のハートを受け取って」とヤンガスにこれを渡してやろう。
 ゼシカには可愛くデフォルメされたヒヨコの顔をかたどった平べったいチョコレートを選んだ。エイトが両手を広げたほどの大きさのあるそれは、当然一口で食べられるような代物ではない。
 きっと彼女なら可愛いヒヨコの顔を、容赦なく粉々に砕いて食べてくれるだろう。何なら背後で「ゼシカさんの! ちょっといいとこ、見てみたい!」とコールをかけてもいい。(その行為もまたメラゾーマでツッコミを受けるだろうものだ、ということに悲しいかな、エイト自身まったく気がついていない。まことに残念である、頭の中身が。)

 仲間ふたり分のチョコレートを決め、残るはあと一つ。売場を隅から隅まで見て回ったが、どうにもピンとくるものがない。この町でこの店以上に品ぞろえのある場所もないと知っているため、今日ここで決めておきたいところなのだが。(何せバレンタインは明日だ。)
 最近どうにもあの男は耐性ができてきたようで、エイトが何をしでかしてもはいはい、と流されることが多くなってきた。加えスルースキルも備えつつあるため、正直ここいらで一発、どでかいのをドーンとお見舞いしておきたいと思っている。
 ゼシカあたりが聞けば「あんたたちは一体何の勝負をしてんのよ」と呆れそうではあるが、エイトだって何も遊びでこんなことをやっているわけではない。いや遊びは遊びであるのだろうが、遊びのような気分で遊んでいるわけではなく、常に真剣に、大真面目に遊んでいるのだ。そこの部分をはき違えないでもらいたいところだ。(なおさらたちが悪い、というツッコミが聞こえた気がしたが、気のせいということにしておいた。幻聴幻聴。)

 閑話休題。
 何について悩んでいたのか、少しだけ悩んで思い出す。そうだ、あの男へのチョコレートだ。それが見つからずに悩んでいたのだ。
 手作りで何か、と一瞬考えたが、以前一度使ったネタだ。しかもアレ(チョコバナナ+チョコイチゴ二個)を越えるインパクトのあるものをすぐすぐに思いつくかと言われたら首を傾げる。やるからには前年越えは当然のこと。あのチョコバナナが去年だったかどうかはもう覚えていないけれど、見た目のインパクトは大きかった。
 となると、今年は味のインパクトで行くしかないか。チョコレートを食べた瞬間口のなかが光ったり、空を飛んでいる気分になったり、そういうインパクトの大きな味のものはどこかにないだろうか。明らかに食べてはいけない薬が入っていそうだな、と想像した本人も思っていたが、死に至るか後遺症が残ったりしないかぎり、そういった薬の使用もやむを得ないだろう。

「あ、いや……クスリ入ってるやつは前、食ったな、俺が」

 正直思い出したくない効果のあったチョコレートだった。となれば、味や効果についての方面でもインパクトを求めるのは却下ということになる。
 同じことを繰り返して笑いがとれるのは、短いスパンで何度も行うからだと思っている。年単位で繰り返したところでどこからも笑いは起らないだろう、きっと漫才の神様だって怒りを覚えるに決まっている。(だからどうしてバレンタインデーで笑いを取ろうとするのか、という至極真っ当なツッコミをエイトはずっと待っているのだが、いかんせん彼の脳内で展開されている思考であるため当然ツッコミなどしてもらえるはずもなかった。)

 ネタに走らなければ、このあたり好きそうだな、と思うチョコレートはいくつかあるのだ。正直あの男のことはあまり詳しく理解していないが、それなりに長い期間ともに旅をしている。食べ物の好みや飲み物の好みもなんとなく分かるようになるものだ。
 あんまり甘すぎるものは得意じゃないけど、食べないわけでもない。アルコールはどちらかというと甘めのほうが好き、生のフルーツがさほど好きではない。
 派手な見た目に反して性格は意外に几帳面で生真面目、あと世話焼きでお節介。そうでなければエイトの側でずっとあれこれ口を出す、だなんてことはできないだろう。思慮深くて知識も深いが、考えすぎて自分でややこしい事態を引き起こすことがある。一度懐に入れた人物をとことん甘やかす傾向にあり、突き放せない優しさを持った男。そこにつけ込んで散々甘やかしてもらっているエイトがいうのもなんだが、いつかその甘さが命取りにならなければいいけれど、とそう思う。
 そんなことを考えながら手に取ったものは、ワインゼリーの入ったビターテイストのチョコレート。最初に目にしたときから、好きそうだな、とそう思っていたのだ。
 うん、きっと、たぶん、ククールの好きな味、だと思う。
 コレを渡したところで笑いやツッコミはないだろうけれど、普通に「美味しい」とそう言ってもらえるのではないか。

「…………」

 そうして箱を手に取ったまま固まることしばし。結局そのチョコレートを買うことにした。「今年は普通に渡してもいいのではないか」という感情がわずか数ミリほど、爪の先程度に芽生えてきたのだ。
 たまには。そう、たまにはそういう「普通」のことをしてみてもいいのではないか、と。
 もともとエイトが若干ずれた言動(と自覚はしている)を取るようになったのは、そのほうがキャラ付けがしやすいからだ。日常的にそういう人物であるように振る舞っておけば、いざ本当に何も分からなくなったときに変なことをしても怒られないだろう、変な目で見られないだろう、という打算がある。
 けれど、ククールはエイトの事情をおそらくは誰よりも理解してくれており、そんな男を相手にキャラ付けしたネタを展開する必要もないわけだ。(ならばいつも真面目に振る舞えば良いものを、と思われるかもしれないが、残念ながら長年付き合ってきたキャラだ、そう簡単には抜けないし、そもそも彼の反応が面白くてやめられないというのもある。)

 購入した三つの箱を手に、どうやって渡そう、と明日に思いを馳せる。
 ゼシカやヤンガスにはその場で開けてもらうとして、ククールには絶対に部屋で開けろ、と念を押さねばなるまい。ひとりだけネタではないチョコだなんて、きっとすごく怪しまれる。呆れられるかもしれない、引かれるかもしれない。「何やってんだ」と笑われるかもしれない。笑いは笑いでも失笑や嘲笑はノーサンキューだ。

「つーか、そもそも俺、男だよな」

 忘れていたわけではない。いや忘れていたというのなら、バレンタインデーは女の子がチョコレートを渡す日である、ということを忘れていたのだろう。男であるエイトが、同じ男であるククールにどんな顔をしてチョコレートを渡せば良いというのだろう。
 やはり同性に渡すからにはそれなりにネタと分かるものか、あるいは明らかに友チョコ、義理チョコと分かるもののほうが良かったのではないか。少し高級感のあるそれ、しかもククール好みだろうと思われるものを選ぶだなんて、どう見ても本命チョコではないか。
 やっぱり駄目だ、こんなもの渡せない。今からでもネタに走った何かを用意すべきだ。このワインチョコは自分で食べてしまえばいい。ああそうだ、一番始めに手に取ったチョコレート、あれでいいんじゃないか、好きだろおっぱい、とそう言って渡せばいい、そうだ、そうしよう。
 そんな思考を展開させ、たった今出てきたばかりの店へ戻ろうと踵を返したところで。

「どこに行く気だよ、エイト」

 正面に立つ、赤い服の男。にやにやと口元を歪め、真っ青な瞳で見下ろしてくる。突然現れた男に驚きつつも、いやちょっと、と視線を逸らせ、ごにょごにょと言葉を紡げば、「買い物は終わってんだろ?」とさらに重ねられた。
 常日頃バカだバカだと罵られることの多いエイトではあったが、彼の言葉、現れた方向、タイミングを総合して状況を想像することくらいはできる。もしかして、と恐る恐る長身の男を見上げた。

「ご覧に、なってらっしゃいました……?」

 そう問えば、「一応声をかけようとはしたんだぜ?」とククールは苦笑を浮かべた。ただ、あまりにもエイトが真剣な顔をしていたものだから、そのタイミングを逸してしまったのだ、と。

「……どのへんから見てた」
「おっぱいチョコのあたりから」

 ほぼ始めからではありませんか、と小さく呟きうなだれる。たぶん、この男はエイトがどのチョコレートを買ったのかも把握しているのだろう。案の定、「最後にさ、」とエイトのつむじを見下ろしながらククールは言う。

「滅茶苦茶悩んで決めたヤツ」

 ワインゼリー入りのチョコレート。
 あれ、オレのだろ、と続けられた言葉にぐぅ、と喉の奥を低くならして唇を噛む。すっごい自信ですね、とやはり顔を見ることもできずに俯いたまま言えば、違うの? と尋ねられた。

「……ちが、わない、けど……」

 そう、違わない。まったくもってそのとおり、あれはこの男へ渡すために買ったものだ。素直に認めたエイトを前に、そうか、とククールは小さく笑ったようだった。

「で?」
「……で、って何」
「いや、だから、チョコレートは全員分ちゃんと買ってたろ。なのに、なんでエイトくんは店に戻ろうしてんの」

 買い忘れでもあったのならつきあうぞ、と親切心からだけではなさそうな申し出にふるり、と首を横に振る。

「買い忘れっつーより、買い直そう、かなって……」

 例年通り(というほど行ってもいないイベントな気もするが)ネタに走ったものを買うために戻ろうとしていた。誤魔化せるとは思っていないため正直に答えれば、「却下」と切り捨てられる。

「大却下だ、バカ。そのまま寄越せ」

 ネタに走る必要は微塵もない、と言い切る男へ、エイトは恐る恐る視線を向けた。少しだけ眉間にしわを寄せて不機嫌そうではあったが、それ以外の感情はなさそうだ。いやっていうか、とぼそぼそとエイトは口を開く。

「俺が渡して、引かねぇ?」

 ちらり、と再び視線を上向かせれば、眉間のしわがさっきよりも深くなったような気がした。なんで、とククールは言う。

「いや、なんでって……だって俺、男じゃん」

 男が男にチョコレートを渡すのだ。その字面だけでもネタにしか見えない。ならばそれなりに笑えるものをチョイスすべきではないか。そう言いたかったのだが、エイトの言葉を耳にすると同時に、男はぶは、と盛大に吹き出した。あはは、と笑って「今更すぎんだろ」とエイトの頭を小突く。

「お前が男だっつーのは知りすぎるほど知ってるよ。絶対引かないし、笑わない。一ヶ月後には三倍以上にして返してやる」
「や、別にお返しが欲しいわけじゃ」
「それも知ってる。いいから、明日、それ、そのまま寄越しとけって。悪いようにはしねぇから」

 約束する、と言い切る男の顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。とりあえずその言葉は信用してもよさそうだ、と思い、エイトはうん、と頷いておいた。





ブラウザバックでお戻りください。
2014.02.14
















エイトさんの思考回路が異次元過ぎて、
どこで改行すればいいのかが分からない。