何をくれる?


「まあ当然、こんな洒落た祭りはあっしらみてぇなのにゃ関係なかったでげすからね」
 知識として知ってはいたが、だからといって特別に意識をする日でもなかった、とパルミドを根城にしていた元山賊は笑いながらそう語る。

「オレもあんまり良い思い出はねぇな。修道院行く前も何かしてもらった記憶はねぇし、修道院だとミサやらなにやら面倒くさかったし」
 ここ数年はばっくれて遊んでたけど、と笑うのは賭博に酒に女と、欲望の塊のような生活をしていたらしい不良僧侶。

「城でパーティーをする日としか思ってなかったしなぁ。赤い服着たおっさんがプレゼントをばらまくってことは知ってたけど」
 サンタ役をしてくれるような身内のいない、天涯孤独の少年兵には関係のない行事だった。

 チキンと酒を囲んでそんな話をするメンバを見回して苦笑を浮かべたのは、パーティの紅一点、ゼシカである。

「私はね、ちゃんとクリスマス、やってもらってたわよ」

 彼女の家は山奥にあるとはいえ、由緒ある家柄であり、そこそこ裕福なのだ。彼女を愛してくれている両親もおり、そして守ってくれる兄もいた。温かな部屋、飾り付けられたツリー、テーブルに並ぶごちそう、手渡されるプレゼント。まさに絵に描いたようなクリスマスの光景。今は望めないもの。
 仲間たちに比べ、恵まれた子ども時代だったとゼシカは思う。けれどだからといってその点について負い目を感じたり、彼らをかわいそうだと思うことはなかった。それは彼らに対しても失礼にあたるだろう。

「子どもの頃の私は幸せだった。大好きなひとたちとクリスマスのお祝いができることが、とても幸せだった。私はこのパーティが好きよ。皆が好き。だから、小さな私が感じたような幸せを、皆に少しでも感じてもらいたいの」

 クリスマスだから皆でパーティーをしよう、そう口火を切るのはたいていゼシカである。気の合うメンバだ、酒を囲んで騒ぐことも嫌いではなく、喜んでその誘いに乗るのだけれど、「私の我が儘につきあってくれてありがとうね」と少女は笑うのだ。
 我が儘だなんて、誰も思っていない。こうして酒を飲むことは皆楽しんでいるし、何より少女が幸せそうに笑ってくれることこそ、メンバの望むことでもある。普段魔物との戦闘で気を張って生活しているのだから、たまにはこういうバカ騒ぎもしないと疲れてしまう、と主張するエイトへ、「お前はいつも気は緩んでるだろ」とククールがつっこみを入れ、「にゃにおう!?」と少年が怒りを見せる。そうして笑いあって、会話に花を咲かせ、楽しい時間はあっという間に過ぎるものだ。



「ゼシカの旦那になるやつは、俺の面接を通してもらうって決めてあんだ」
「何だよ、面接って」

 就職するんじゃねぇんだから、と呆れたように返しながら、エイトに続いて室内に入り、後ろ手に扉を閉める。振り返った少年が少し寂しげな顔をしているのは、つい先ほどまでのバカ騒ぎが楽しかったからだろう。こうして部屋に戻ってしまえば、その時間が完全に終わったことを意味するのだ。
 手を伸ばし、くしゃり、と大地色の髪を撫でて、「まあオレも」とククールは口を開く。

「そこらの男にゼシカを任せるつもりは一切ねぇけどな」

 あの少女はまだ世間を知らない子ども故の短慮さは見えるものの、こうして旅をする課程で様々なことを学んで吸収している。きっと近い将来、すばらしい女性となるだろう。パーティの誰からも愛されている少女だ、その伴侶となる男もそれなりの人物でないと許せるはずもない。
 たまに思うんだけど、と言った少年リーダは、ベッドに身体を投げ出した。

「ゼシカがゼシカでよかったな、って」

 それは彼女だけに当てはまらず、ほかのメンバについても言えること。それぞれの経験を経て今の彼らとなっている。そんなメンバだからこそ、こうして旅も続けていられるのではないか。そう思うそうである。ただ、その中心に彼自身がいるのだ、ということを、おそらく少年は理解していない。根本的に理解できていない。

「さっきククールはさ、子どもの頃のクリスマスはいい思い出がないっつってたけどさ、そうやって育ってきたから今のお前があるんだろ? 俺はほかのククールだとたぶんダメだから、だったらお前があんまり幸せじゃなかった子ども時代で良かったなって思う」
「……そう思っても口にはしないほうがいいぞ。そこそこ失礼な発言だから」
「だよなー。たぶんそうだろうなって思ってゆってみた」

 分かっているなら言うなよ、とため息をついてベッドの縁へ腰を下ろせば、背後でエイトはけらけらと笑い声をあげた。

「できれば幸せなほうがいいってのは分かってるけどさ。今の俺のためを思えば、子どものころのククールくんの幸せは願えないわけ。ムズカシイなぁ」

 眉間にしわを寄せ、むむむ、と唸っているが、口調は軽く真剣さは見られない。けれどだからこそ、彼の本心なのだろうということも分かっている。そしてこういった言葉を、おそらくククール以外には言わないだろう、ということも。それはそう思う相手がいない、というわけではない。
 普段ひどくおしゃべりな少年リーダであるが、飲み込んでいる言葉も多いということを知っているものは少ない。余計なことを言えば怒られるから。どうして怒られるのか分からないまま、なにも知らなかった幼いエイトは口を閉ざすことを先に覚えてしまったのだろう。そういった経緯をふまえて当たり障りのない、中身のない言葉ばかり言うようになてしまったのかもしれない。
 いつもならば飲みこんでしまうような言ってもいいかどうか分からない言葉をすべて吐き出せ、とククールは少年に命じている。

「ククールはさ、やっぱりゼシカの子どものときみたいなクリスマス、やっておきたかった、とか思う?」

 まっすぐにそう尋ねられ、一瞬返す言葉に詰まった。どうだろうな、と答えを濁すことは簡単だ。彼にしてみれば、話の流れでふと思いついて口にしただけの、深い意味のある問いかけではないと思う。
 けれどだからこそ敢えて、ククールは「少しはな」と本音を吐露してみることにした。
 素の自分を引っ張り出すということは、そのまま弱さを見せるということに等しい。相手がエイトでなければ決してしないだろう。

「あの両親とってのはうまく想像できねぇけどな。でもまあ、豪華じゃなくていいから、普通の家みたいに過ごしてみたかった、って気持ちはある」

 修道院へ身を寄せる前の記憶が、正直曖昧ではある。それなりに裕福であったらしいが、温もりを感じたことはなかった。だから幸せとは言い切れなかっただろう。その証拠に、修道院で過ごしている間一度も、昔のほうが良かった、とは思わなかったのだ。
 どうしてゼシカだけ恵まれたクリスマスを過ごせていたのか、とは考えず、むしろその過去が彼女のものであって良かったとは思うのだけれど。

「……で、そういうお前は? ゼシカみたいなクリスマス、過ごしてみたかったとか思わねぇの?」

 寝転がったままの少年の頭を撫でながら言えば、ぺちん、と腕をたたかれた。ぷくぅ、と膨れた頬、わかりやすく不機嫌であることが伝わってくる。

「俺がそういうの考えられねぇっつーの分かってるくせに」

 吐き出された言葉に小さく笑って、「そうだろうなって思って言ってみた」と先ほど彼が言ったものと同じ言葉を返しておいた。
 奇妙な子ども時代を送っているらしい少年兵は、奇妙な自我を形成している。端的にいえば自己と他者の関わりをうまく理解できないのだ。とりわけそれが「家族」というものになると顕著になる。そういったことがらはすべて自分とは無関係な事柄だ、と少年の脳は判断してしまうのだ。
 相手を大切に思い、愛おしむ心はあるくせに、大切に思われ、愛されている彼自身というものが理解できない。単純な自己卑下ではなく、根本的に分かっていない。それがエイトという少年だった。
 だから家族と過ごす温もりの溢れたクリスマスだなんてものを、彼が想像できるはずもない。たとえ仲間内でのパーティーを経験したとしても、そこで彼が想像するものは自分以外の皆が想い合い楽しんでいるというもので、決して彼も愛されている、楽しんでもらいたいと思われている、というところまで思考が及ばないのだ。
 ひととしてかなり歪な精神構造だと思うし、そんな無理な働きを課しているから、少年の脳がひとよりも残念なのではないかとまで考えてしまう。

「まあ、赤い服のおっさんには会ってみかったとは思うけどな」

 彼曰く『プレゼントをばらまく』と評判のひとのことだ。子どもたちの夢と両親の愛情が詰まった存在をなんて表現の仕方だ、と思わなくもない。会ってどうすんだ、と聞けば、勝負を申し込むと返ってきた。一体何のだよ、とため息がこぼれる。

「いや、どっちがより赤いか、とか。うちのカリスマのほうが赤い、って自慢しとこうかと思って」
「勝負すんの、オレかよ」

 何でだよ、とすぺんと頭を殴るも、エイトは楽しそうに笑ったままだ。酒に酔わないくせに酔ったようなテンションの少年の頬をむに、と引っ張って「赤い服のおっさんじゃなくて」と口を開く。

「赤い服のイケメンならすぐに用意できっけど」

 どうする? と口元を緩めたククールを見上げ、意味を理解したエイトもまたくつり、と喉を震わせた。

「そのイケメンはどんなプレゼントくれんの?」
「あーそうだな……」

 とりあえずキスと、溶けそうなくらいの快楽、ってのはどうだ?

 耳元で囁いた言葉に、「気障すぎる」と爆笑しやがる少年に腹が立ったため、その唇にかじり付いておいた。





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2014.12.24
















いつもにくらべていちゃこらしてると思います。