美シキカナ、我ガ世界 眠る、ということがいまいちよく理解できなかった頭に、「夢」というものが簡単に分かるはずもなく、どちらが夢でどちらが夢ではないと何故言い切れるのか結局今でも分からぬままだ。 「おい、エイト、そろそろ起きろ」 身体を揺さぶられ、今まで見ていたはずの風景から引き離される。一度ぐ、と強く目を閉じた後開いて視線を巡らせた。 相変わらず馴染みのない景色しか目に入ってこないが、今まで目覚めて馴染みのある場所にいたことがあっただろうか、とも思う。そもそもエイトには「馴染みの場所」というものがない。 「目を開けたまま寝てんな」 そのままぼぅ、としていれば、覗き込んできた綺麗な顔が眉を寄せてそう言葉を落とす。良いから起きろ、と言うので、ん、と両手を伸ばせばため息をついた男がぐいと腕を引いて身体を起こしてくれた。が、六十五度くらいまで引き上げられた時点でぱ、と両手を離され、エイトは再びベッドへと身体を沈める。ぼふん、とかなり勢いよく枕に頭を打ったため、「いたい」と思ったままを口にした。 「ひどい、傷ついた、傷心です、だからもうちょっと寝ます」 「……いいけど、ゼシカにはお前一人で怒られろよ」 「全力で起床させていただきまっす!」 もう少し眠っていたいと思いはするが、パーティの紅一点である彼女からの雷は怖い。怒っている顔も可愛いとは思うけど、だからといって怒らせたいわけではないのだ。 「だったらついでに全力で顔洗って着替えろ」 そんな言葉とともに投げつけられたタオルを手に水場へ向かい、顔を洗い戻ってくればベッドの上に着替えが用意されている。もちろんそれを出したのは同室の男で、彼はよくエイトに自分のことは自分でしろ、と怒りを向けるが、エイトが何もしなくなってきた八割の原因はこいつにあるのではないか、と思う。 (有難がって受け取ってる俺も悪いとは思うけど) 甘えさせてくれる腕が目の前に差し出されているのだ。一度その心地よさを覚えてしまえば、それを振り切ることなどできるわけがない。 「そういえばククール、お前、左肩は?」 「ん、違和感なし。だからこれくらいなら治癒魔法要らねぇって」 昨日魔物との戦闘において若干のドジを踏んだククールは、左肩を強打していた。出血を伴うものではないとはいえ利き腕であったため、気にしたリーダが治癒魔法を申し出たが、「ひどくなったら頼む」と断られていたのだ。そもそも治癒魔法ならば僧侶であるククールが自身で行えばいいことだと分かってはいるが、今すぐ生死に関わらないとなればそれを後回しにする傾向が彼にはあった。 「魔法に頼り切りっていうのもな。本来ひとが持ってる回復力が衰えそうだし」 それはそれで嫌なのだ、と僧侶は口にする。エイトなどは使えるものがあるのなら使って当然だと思うが、ククールの中ではそう簡単にはいかないらしい。そんなものなのか、と相槌を打ちながら着替えを済ませ、隣室で休んでいた仲間ふたりと合流する。揃って身を投じるは、魔物との戦闘の旅。 目的地があるにはあるが、そこに向かうことよりむしろ魔物と戦い己の腕を、そしてパーティの連携を磨くのが目的である。 もう付き合いも長いため、具体的な指示をすることなどほとんどない。町の外で一晩過ごしていたトロデ王、ミーティア姫と共に街道を行き、彼らを守るように戦闘を繰り返す。日差しの強さや影の長さから時間を計り、街道脇の大木の陰で昼休憩。本日の昼食当番はヤンガスで、豪快な料理だけれどどこかほっとする味に舌鼓を打つ。 「ねぇ、エイト、これからどうする?」 「……ヤンガスに謝る?」 「そうじゃなくて。いや、謝った方がいいとは思うけどね、それは」 食事を取ってすぐに動くのは身体にもよくなく、一時の休憩の間は自由時間。遠くへ離れなければ何をしようが特に問題はないが、大抵エイト、ヤンガスの二人は昼寝組でゼシカ、ククールは趣味の時間組だ。 今日も今日とて片づけが終わると同時にヤンガスが木陰で横になり、その柔らかな腹を枕にエイトもまた昼寝に勤しもうとしていた。しかしどうにも眠気が来なかったのか、途中でむくりと起き上がった少年リーダは自分のカバンの中をごそごそと漁り何やら棒状のものを取り出す。やや離れた位置で読書をしていたククールは、エイトに目を向けることなくそれでも一言、「顔は止めといてやれ」と口にした。ああ止めることはしないのね、と思いながらゼシカも静観しているのだから、彼と同じようなものだ。 おそらくは油性だと思われるペンを片手に、ヤンガスの左の掌への落書きに精を出し始めたリーダをなんとはなしに見やったあと、ふと今後の予定についてもう一度確認しておこうとゼシカが口を開いた。 指の腹に顔を描かれながらも目覚めそうにないヤンガスに呆れつつ、「明日からのこと」と言い直す。数日前にしばらく戦闘訓練をした方がよさそうだ、という話はしていた。しかし具体的な期間までは決めておらず、いつ本来の道筋に戻るつもりなのかそろそろはっきりさせておいても良いだろうと思ったのだ。 「んーっと、俺は最低五日はレベル上げした方がいいかな、って思ってたんだけど、今日何日目だっけ」 「四日目」 首を傾げたエイトへ、本を読みながらも聞いていたらしいククールが答える。 「じゃあ明日までだ。で、一日休憩して、って感じで考えてた」 けどどうだろう、と見上げてきた少年に「分かったわ」と笑みを返した。なんとなく気になっただけで、ゼシカ側にこれといった意見があったわけではない。そろそろ単調な魔物戦闘に疲れが出てきていたため、明日までというなら何とかなるだろう。 「さ、そろそろ時間よ、エイト、ヤンガス起こしてちょうだい」 「パパー、起きてー、今日はゆーえんちに連れてってくれるって約束だったじゃない」 「あー……パパは、疲れてる、でがす……。遊園地は、ママに、連れてってもらえばいいでげす……」 そんなやり取りを聞きながら各々腰を上げ、馬車の準備を整えたところで、「アッシの指がファンシーにっ!」というヤンガスの悲鳴が聞こえ、側でエイトが腹を抱えて笑っていた。 進む道は真っ直ぐではなく、山々の間を縫うように曲がりくねって続いている。平原を通るものよりもこちらの方がエイトにとっては好ましい景色だ。それでも時折現れる世界は、トラウマと言っても過言ではない情景を呼び起こさせ、結局どこまでも自分には優しくないものばかりなのだな、と思う。本来の職業は別にあるが、現在旅人である身としては広い世界が苦手という性格は案外致命的なのかもしれない、と最近ようやく思うようになってきた。思えるようになってきた、という方が正しいかもしれない。 山間から覗く、他人が言う「よい景色」がエイトにとっては恐怖の対象でしかない。大抵そういう景色は広がる平原であったり、遠くに見える山々であったり、空と海のコントラストであったり、とにかく「広い」ものなのだ。 広い場所にいると、ただでさえいるのかどうか分からない「自分」がそれこそ本当にどこにいるのか分からなくなって、だから怖い。大空など憎むべきものの最上位にあるくらいで、どこまでも際限なく広がる世界など夢であってもいいのに、とそう思う。むしろ夢であると思い込んだ方が楽なのだろうか、とも。 そんなことを考えてしまうのもきっと、今日の天気が良すぎるせいだろう。ゼシカが言うには「雲一つない青い空」だそうで。 「いー天気すぎて、困るなぁ」 そう目の上に掌で庇を作って空を見上げる振りをする。当然ほとんど見ぬうちに目を逸らせ、「紫外線はお肌のタイテキなのよ」と嘯けば、「あんたがいつ日焼けを気にしてたっていうのよ」とゼシカにツッコミを入れられた。 苦手なものからは目を逸らし、優しくない世界に震えながら、せめて夢であればいいのにと夢見ながら、それでも何とか生きている。きっとこれからもそうやって生きていくのだろう。 その証拠に今日もまた仲間のだれも大きなけがをすることなく、目的の村にたどり着くことができたではないか。 「はい、エイト。あんたに」 昼間ゼシカと話したようなことを夕食のテーブルで説明し、仲間の意見を聞きながらより具体的な計画を練る。現在の各自の力量はそれぞれ目で見ているため、所有アイテムだとか、武器防具の状態だとかといった確認ばかりで、結論としてはもう少し稼いでゼシカの新しい防具を揃えた方がいいかもしれない、というあたりだろう。魔力に特化している彼女は女性ということもあり防御力が心もとない。念には念を入れて揃えておいても問題はないはずだ。 そうして腹を満たし、各自部屋へ引き上げたところで、つい先ほど別れた仲間ふたりが部屋を訪ねてきた。なんぞ確認し忘れでもあったのだろうか、と首を傾げていれば、そう言ってゼシカに手渡された包み。「アッシからも」とヤンガスからも何やら箱を押し付けられ、ますます頭の上にハテナマークが飛び交う。 えーっと、と目をぱちくりさせて言葉に困っていれば、「駄目だ、そいつマジで全然分かってねぇ」と背後から呆れたような声がした。 「まあそうだろうとは思ってたけどね」 「いいんだよ、アッシらが勝手にやってることだ」 とりあえずククールはこのプレゼント(だと思う)に何の意味が込められているのか気が付いているらしい。説明を求める前に、「今日、何日だ?」と言われた。普段の旅路で日付を見る機会はあまりないが、記憶を頼りに口にしてみる。やはりぴんと来ない。 「お前、去年の今の時期、何やってたか思い出してみろ」 そう言われても、普段から馬鹿だと散々罵られてきている頭脳だ。そんな一年も前のことなど覚えていられるはずもないではないか。ぷくう、と頬を膨らませその不満を顔で表現して見せれば、大きなため息をつかれてしまった。廊下ではくすくすとゼシカが笑い、ヤンガスも苦笑いを零している。 「ほら兄貴、去年の今頃、川の側で、みんなで」 「ね、思い出さない?」 夏の暑い日。川の側。みんな揃って。 ようやくその光景を思い出すことができ、思わず叫んでしまったエイトへ「うるせぇ」とククールの拳が飛んだ。 誕生日がなければ決めてしまえばいい、というなんとも大胆なゼシカ嬢の発案によりそうであると決められた日。去年、そう言って川辺でみんなに祝ってもらった。それが今日だったらしい。 「お前、あの後しばらく『絶対忘れない、来年も祝ってもらう』って息巻いてたのにな」 案の定綺麗さっぱり忘れてしまっており、ククールが呆れるのも仕方がないだろう。 「ホントはちゃんとパーティーが出来たら良かったんだけどね」 「すまねぇでがす、こんな味気なくって」 眉を下げ、しょぼんとそう言われるが、エイトはふるふると首を横に振った。そんなことはない、覚えていてくれただけでも、そうして祝おうとしてくれているだけでもこんなにも嬉しいのだ。 「なんか、こういうのも、いいね」 ありがとう、と貰ったプレゼントを抱きしめていれば、どさり、と背中に何かがぶつけられる。落ちた包みは灰色の紙袋。どうやらもう一つ、プレゼントがあったらしい。拾い上げて三つそろってもう一度ぎゅう、と抱きしめた。 前言を、前思考を撤回しよう。 こちらの世界が夢でなくて良かった。 本当に。 「――ッ、開けていい? ねぇ、開けてもいい?」 「いいけどほら、いい加減ゼシカたち入れてやれ。寝るにはまだ少し早いだろ」 「あー、じゃあトロデのおっさんと馬姫さまにゃ悪ぃが、一本開けるか」 「お、いいね。じゃあオレは何かつまめるものでも」 「何よ、結局宴会になるんじゃない」 「ゼシカぁ、これどーやって開けんの?」 ブラウザバックでお戻りください。 2011.08.10
ええと、おそらく、六年目? にして、初。 エイトさんの日祝いでした。 |