Christmas party(準備) 「料理はこっちで用意するから、あんたたちは部屋をそれっぽくしといてね」 そう言って荷物持ち(人相の悪い人情家の元山賊)を従えた紅一点が買い出しに出かけて早数刻。ククールは目の前で繰り広げられている光景の、どこにツッコミを入れたらいいのか、むしろツッコミを入れなければならないのかどうかを悩んでいた。 パーティメンバでクリスマスパーティーをしよう、という話になり、だったらこれでもどうぞ、と宿の女将からクリスマスツリー(素)を借り受けた。オーナメントの類はなくしてしまったらしい。室内とツリー、それらの飾り付けを任されたのは残りふたり、知能が五歳児並みと噂の近衛兵と派手なのは頭と服装だけという苦労性なカリスマである。どうせすぐ片づけることになる飾りだ、適当になんか見繕ってくるわー、と出ていったエイトは既に戻ってきてはいるが。 慣れた、とそう思っていた。 頭のねじが一本抜けているどころか、複数本抜けている。いやそもそも、ねじを嵌めるための穴がない、むしろねじを使うほど複雑な作りをしていない、さらにいえば脳みそ自体が入っていない。そんなリーダの奇行はそれなりに近くで目撃し続けてきたし、それなりにツッコミも入れてきたつもりだった。他の誰よりも素早く的確にツッコミを入れることができると自負もしている(が、まるで自慢にならないことも知っている)。 だから、慣れているつもりであったし、どんなアホなことをしていようがツッコミを入れられるだろう、と思っていた。甘かった、と反省すべきだろうか。 なあエイトくん、とやや呆然としながら、リーダの小さな黄色い背中を見やって尋ねる、お前何してんの、と。 ククールの問いかけに振り返った少年は、怪訝そうに眉を顰めた。 「見て分かんね? ツリーを飾りつけてんだけど」 いや、そうだろう。確かに彼は今、緑の針葉に懸命に飾り付けを施している、とは思う、のだけれど。 ふんふんふんと鼻歌交じり(ただし音痴、本人は意図して音を外していると言い張っている)にツリーへ白く艶やかなものを巻き付けている。若干飾りとしては細すぎるだろう、と思わなくもない。あと短すぎると思わなくもない。けれど、複数本をまとめて(たぶん編み込んである)巻けばそれなりに見ることのできる飾りになっている(と認めたくはない)。葉の先にはつるりと楕円の物体がぶら下げられ、その右下にも小さめの丸い何か。こちらは薄い緑をしている。四角く薄っぺらい何かに、白くふわふわと柔らかい何か。ぶら下がっているものは大きさも形も様々だったが、総じて白や茶といった色でオーナメントとしては地味だと思う。 この時期町へでれば、ほかのオーナメントなどいくらでも売っていただろう。それなのに、どうしてあえてそれらをチョイスしてきたのか。そもそもツリーにぶら下げるべきものではない、と彼に言ったところで、理解してもらえるだろうか。 バカだバカだと常々思ってはいたが、本気で少年の将来が心配になってきた。彼が以前どのように生活していたのかは分からないが、この旅が終わったあと兵士として、ひとりの大人として生きていくことができるだろうか。 装飾とはつまりバランスである。ひとつひとつの出来がどれほど良くても、全体の統制が取れていなければすべてが水の泡と化すのだ。同じ種類のものが一カ所にかたまりすぎていないか。何も飾られていない寂しい空間はないか。クリスマスツリーは奥行きもある物体だ。前後左右、どの位置から見ても完璧な状態に仕上げなければならない。 「こいつぁなかなか難しい仕事だったぜ……」 ふひぃ、と妙な息を零したあと、そう呟いてわざとらしく額を拭う。目の前のツリーはまさに芸術と呼ぶべき代物に仕上がった。購入してきた飾りを大体使い終わったのも計算通りだ。(ただし、計算したのは飾り付けを終えたあとである。)素晴らしいものを作ったからには、誰かに誉めてもらわねばなるまい。それが天の理というものだ。そう思い、振り返って感想を求めようとすれば。 「…………何で泣いてんの、お前」 赤い服を着た僧侶がベッドの縁に腰を下ろしたまま、顔面を覆ってしくしくと泣いていた。泣き真似はエイトの十八番技だというのに、取らないでもらいたい。せめて「使わせてもらいます」という申告をだな、と説教をしかけたところで、「準備できた?」と食べ物買い出し組が戻ってきた。 「ギリギリだからもう売り切れてるかと思ったでがすが」 「逆に売りきりセールとかやってて、安く買えちゃった」 期待していいわよ、と笑顔で告げる彼女は、相当上手く買い物ができたのだろう、上機嫌であることが雰囲気で伝わってくる。ぷるぷると腹の贅肉を震わせる元山賊も、ひどく満足げな顔をしていた。 「あ、兄貴、一応トロデのおっさんたち用にも見繕ってきやしたけど、」 「ほら、見て見て、こんな大きなチキンがまだ残ってたのよ、これ、いくらだと、」 それぞれ言葉を紡いでいたが、室内の空気がどうにも微妙であるため、ふたりの口は徐々に閉じていった。ええと、と先にもごもごと呟いたのはヤンガスである。 「エイトの兄貴は、一体、何を……?」 年上の弟分に尋ねられ、エイトは素直に答えた、ツリーの飾り付けをたった今終えたところだ、と。 「で、ちょー完璧にできたから誉めてもらおうと思ったのに、こいつ、さっきからずっとこんなんなんだもん」 ねぇククール、どっか壊れたの? 首を傾げるリーダと、その後ろにそびえるクリスマスツリー(リーダ談)から目をそらしたゼシカが、未だ顔面を覆って俯いているククールの元へ歩み寄る。その肩に小さな手を置いたあと、「気持ちは、分かるわ」と彼女はひどく優しげな口調でそう言った。ぽんぽん、と慰めるように銀色の頭をなでたゼシカは、ふぅ、とひとつ息を吐き出すと、意を決してエイトのほうへ視線を向ける。 「……で、エイトくん」 そのツリーのテーマは? エイトと同じほどの大きさのツリー。室内で飾る用にしては大きく立派なものだと思う。きっと、クリスマスという雰囲気を大いにもり立てるアイテムになってくれるだろう。 ……装飾の仕方さえ間違っていなければ。 ゼシカの問いかけに、エイトは胸を張って答えた。 「おでん」 ツリーにくるくると巻き付けられた白く細長いものは編み込まれたしらたきだ。葉の先にぶら下がるつるりとした卵、輪切りにされた大根、着色された丸い練り物、三角に切られた白いはんぺん、こんにゃく。茶褐色の小さな何かが連ねてあるがあれは牛すじだろか。 緑鮮やかな針葉樹が聖なる夜にその枝に纏うは、おでんの具。 色合いが地味になるというものだ。 「やっぱさー、飾るからには何かテーマ性があったほうがいいじゃん? 芸術とかってさ訳わかんないの多いけど、俺あれ、だめだと思うんだよねー。こう、ぱっと見て、みんなが分かるものこそ真の芸術じゃないかなーとか、エイトくんは思うわけです」 だから、おでん。 ドヤ顔で語られる芸術論ではあったが、耳にしたパーティメンバは一様に思っただろう、 なぜに、おでん? と。 「……私も泣きたくなってきたわ」 「……泣いといて良いと思う」 パーティの頭脳労働組がそう口にしている前で、「兄貴、食い物で遊んじゃダメでがすよ」「だいじょぶ、洗えば食える!」という会話が繰り広げられていた。 ブラウザバックでお戻りください。 2012.12.24
※おでんはこのあとバカがおいしく頂いたそうです。 |