エイトくんと雪国


 ばたたたた、と廊下を走る音が下の階から響いてくる。耳にしたゼシカが「あら」と階段のほうへ視線を向けた。

「エイト、起きたのかしら」
「だろうな。寝起きでこんなにやかましくできるのはやつしかいない」

 少年リーダより先に目覚めていた仲間たちは、集まって家主である老婆から薬湯をごちそうになっているところだった。身体が温まり、寒さに強くなるそうである。しばらくこの雪だらけの土地を歩き回る必要がありそうなことを考えれば、ありがたい飲み物だ。

「まあ、これだけ走れるなら兄貴も元気だってことで、」

 良かったでがす、とヤンガスが言い終わる前に、話題となっている少年が勢いよく階段を駆け上ってくる。どうしてこんなにも落ち着きがないのか。眉間にしわを寄せ、もう少し静かに上ってこいよ、と文句を言い掛けたが、結局ククールはそれを口にすることはできなかった。
 息を切らせた少年の顔が、見て分かるほどに青ざめていたからだ。
 まだどこか具合でも悪いというのか。気分でも悪いというのか。
 エイトの剣幕に驚いた一同が言葉を失っていたところで、室内を見回した彼ははぁああ、とため息をついてその場にしゃがみ込む。そうして、心底安心したというような、気の抜けた声で言うのだ。

「よ、かったぁ……みんな、無事、だったぁ……」

 ぐすん、と鼻をすする音が続き、テーブルを囲むメンバは顔を見合わせる。
 ベッドに寝かされていたとはいえ、目覚めて周りに誰もいないという状況に、少年がいったい何を思ったのか。どんな想像をしてしまったのか。雪崩に巻き込まれたことを考えれば、きっと愉快なことではなかったのだろう。
 最悪の事態を想定し、顔を青ざめさせて飛び起き、走り回って仲間の姿を探した。あのどたばたという音の正体はそれだったのだ。
 エイト、とゼシカが優しく少年の名を呼ぶ。
 誰ひとり欠けてなどいない。
 その事実を共有するために、笑顔を浮かべ、手をさしのべる。

「大丈夫、みんな、生きてるわ」

 触れあった手のひらは、確かにとても温かかった。




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2016.07.19