エイトくん花嫁と逃亡する


 いやまあ確かに、と彼女の手を引いて走りながら近衛隊長である少年が言う。

「姫殿下の決められたことで、俺なんかが口出していいことじゃねぇし、国同士の問題だから下手なことできねぇしとか、いろいろ悩んで遅くなった俺も悪いですけどね!? ふつー、お姫様が逃げ出しますか!?」

 乗り込んだ俺、めちゃくちゃかっこ悪いじゃないですか、と振り返れば、真っ白いウェディングドレスに身を包んだ女性が泣き出しそうなほど顔を歪めて、「でもだって……!」と口を開く。

「本当にこれでいいのかしらって考えてたら怖くなって……っ」
「いや、分かります、分かりますよ? ただ、何も当日、しかも式の直前に決めなくても……」
「もしかしたら、良い方向に変わってくださってるかも、って! でもやっぱりお会いしたら豚さんは豚さんのままでしたのっ!」
「姫、どさくさに紛れてえらいこと言いますね!?」

 あの王子と結婚するくらいなら馬のほうが良かった、とまで言った彼女だ。基本的には思慮深く、国や父王のことを想っている女性だが、それでも我慢ならなかったのだろう。
 大聖堂よりだいぶ離れた場所で走るスピードを落とし、はあ、とエイトはため息をつく。トロデ王の後押しがあったとはいえ、やはりこれからのことを考えると頭が痛い。まずは国王を助けにいかなければ。仲間たちだって置いてきたままだ、と考えていたところで、「エイトは、」と後ろを歩くミーティア姫が沈んだ声音で言う。

「ミーティアがチャゴス王子のお嫁さんになったほうが良かったと思ってますか?」
「はっ!? そんなのいやに決まってんじゃんっ!」
 だってあの豚王子だよっ!? なんでよりにもよってアレにうちの姫、あげなきゃなんないのっ!?
 想定外の質問に驚きのあまり、思わず立場も忘れて素で返してしまう。まだ身分というものがうまく理解できていなかった幼い頃、ほんのわずかな期間だけ、エイトと普通の子供同士のような言葉を交わしていた覚えがミーティア姫にはあった。すぐに己の立場を理解してしまった少年は、敬語を使うようになってしまい、そのことをとても悲しく、寂しく感じたものだ。
 彼の言葉はその頃を少しだけ思いださせる。ミーティアは、「エイトだって、ひどい言い方してますわ」と小さく笑って言った。自分の失言(豚王子という呼称ではなく口調のほうだ)に気がついたエイトは、口元を押さえて「あー……」と唸っている。
 そのままがりがりと頭をかいたあと、少年は姫のほうへ視線を向けふにゃり、と笑った。


「とにかく、帰りましょうか。トロデーンに」
「……そうですわね。ミーティアたちの、国に」




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2016.07.19
ひとまずこれでおしまい。

Pixivより。