エイトくんは不器用


「兄貴、武器は全然使えねぇんでげすか?」

 背負っていた兵士の剣をおろし、そっと馬車の荷台へしまう少年の背中へ、つい先日子分となったばかりの元山賊がそう声をかける。振り返った彼は、「うん、全然だめ」とあっけらかんと言い放った。

「や、使おうと思ったら使えるとは思うんだけどね」

 少年、エイトはこうして旅に出るまでは、ある城で兵士をしていたという。今も一兵士という身分で、怪物に姿を変えられてしまった王に仕え、呪いを解くために旅をしている。
 兵士として勤めていたのなら、せめて剣くらいは扱えるのではないか。
 日陰者として生きてきたため知識は少ないが、それでもヤンガスの「兵士」のイメージは武器を構えている屈強な男たちである。正面にいる彼はまだ幼い顔立ちで、ひどく華奢な身体つきではあるが、兵士というからには武器を使うものだとばかり思っていた。
 現に彼は背中に兵士の剣を背負ってはいたのだ。
 しかし、現れた魔物へ少年が刃を向けることはなく、代わりに繰り出されるのは右ストレート。つまりは彼自身の拳である。
 その理由は少年曰く、「不器用だから」だそうである。

「生活用品? ほら、食器とかさ、そういうのならまだ辛うじて使えるんだけど」

 食器すらまともに使えないという状況がいまいちよく分からなかったが、心酔する兄貴分の言葉だ、疑問を挟まず「はあ」とヤンガスは相づちを打った。

「武器とかになるとまるでだめ。戦ってるときに何かを使う、ってことがね、できないみたい」

 えへ、と笑って少年は言う。
 よくそれで兵士などやっていられたものだ。まるで向いていない職業なのでは、と思えば、「敵を倒せなくはねーの」とエイトは口を開いた。

「ほら、基本的に魔物から町とか城とか守るからさ」

 支給された剣を構え魔物の前に立てば、とりあえず殲滅はできるのだ。
 ただ、敵味方関係なく攻撃をしてしまうだけで。

「訓練でも一対一のはずが、周りの同僚全部のしたことがあってさー」

 お前は二度と仲間の前で剣を持つな、と当時の兵士長に禁止されたのである。

「あとやくそうとかも、魔物に使ったりしちゃうらしくってさ」

 本人にその自覚はない。至って真面目に戦闘をし、回復をしているつもりなのだ。
 それなのに、味方は傷つくし、敵が元気になってしまう。

「だからエイトくんは、拳一つで、己の行く道を切り開くのです!」

 むん、と握り拳を掲げて宣言する彼を前に、「さすが兄貴、かっけぇでがす!」と声援を送るものの、それがどうにも『不器用』という言葉の範疇を越えているような気がして仕方がない。そんな奇跡のような、あるいはわざとやっているとしか思えないことがらをすべて引き受けるほど『不器用』という言葉の懐は広くないと思うのだけれど。

「……だったら兄貴、なんで剣、背負ってたんでがすか?」
「え、見た目だけでも兵士っぽくすれば虫除けになるかなって」

 ならなかったけどな、と笑顔で告げられ、全力であしらわれたうえに命を助けられた虫は、「あ、はい、さーせん」と頭をさげるほかなかった。


 後日、遅れて仲間になった僧侶が「手先だけじゃなくて頭も不器用なんだろ」と結論付け、強面弟分は至極納得していたとか。





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2016.07.19