エイトくんとトラペッタ平原


「ぶにょん」
 ぶちょん、ぷひょん、ぐちょん。

 ぶつぶつと紡がれる言葉は何かの呪文、に聞こえなくもない。けれど、たぶん回復魔法とかではなく、呪いとかそういう方向性の呪文だと思う。
 魔法には明るくないためヤンガスには理解できず、とりあえず、「兄貴、なんでがすかそれ」と尋ねてみた。

「スライムをぶん殴ったときの感触」

 呪文でもなんでもなかった。
 武器を使わない、と旅立ち早々に宣言していた彼ではあるが、実のところ拳での戦闘にこなれていたわけでもなく、しばらくは最弱モンスタと名高いスライム相手にすら1のダメージしか与えられていなかった。

「ごめんヤンガス、俺は役立たずだ。ゴミだ、屑だ。俺のことは捨て置いてくれ。陛下と姫殿下を頼む」

 と、戦闘が終わるたびにぐずぐずめそめそと落ち込む。そんな少年を慰め、励まし、ひたすら経験を積んで、なんとか拳一つでスライムを倒せるようになってきたところである。

「とりあえず、俺の分の武器は考えなくていいからな」
「折角ロトの剣もらったのに、使い道ねぇでがすな……」

 初回生産特典の伝説の武器も、まさか勇者が素手のみだとは思うまい。
 エイト用の武器を買う必要がないため、その分溜まったゴールドを防具とヤンガスの武器へとつぎ込めば、トラペッタでの最強装備を揃えるのにそこまで時間はかからなかった。

「リレミト使えるくらいだったら洞窟の魚、楽勝だぞ」
「そういうメタ発言はもうちょいこっそり言ったほうがいいと思うでげす」
「え、じゃああの洞窟がある丘の上からチーズの匂いがする、とかもだめか」
「……あとで忘れずに行っとくでがすよ」

 その会話が聞こえていたらしい。黄色い上着のポケットから顔をのぞかせたネズミが、嬉しそうにひげをひくひくと動かしていた。当初からエイトが連れている小動物であるが、きっと彼がそのうちとても重要な役を担うに違いない、とヤンガスはなんとなく思っている。
 動物は良い。見ているだけで心が和む。小さな動物も好きだが、大きな動物も好きだ。
 けれど。

「兄貴、さすがにしましまキャットは連れて歩けねぇでげす」
 元いたところに戻してきてくだせぇ。

 いくら「キャット」とついていようがそれは魔物だ。今も、捕えているエイトの腕をがりがりと容赦なく噛んでいる。血まみれの腕で舌の長い魔物を抱えたまま、「餌もちゃんとあげるし散歩にも連れて行くからぁ」と少年が駄々をこねていた。




ブラウザバックでお戻りください。
2016.07.19