疲労困憊クリスマス えー、とりあえず、と口を開いた少年が、琥珀色の液体の入ったグラスを掲げる。 「クリスマスおめでとー。はい、かんぱーい」 「めでたいんでがすか」「なんか違う気がする」「どんなかけ声だよ」と口々に言いながら、それぞれグラスを差し出し、かちん、かつん、と小さな音を立てた。さほど高くない酒と、簡単なつまみを囲み、簡易のクリスマス会の始まりである。 彼らのいる場所はおしゃれなレストランでも賑やかな食堂でもなく、あまり旅人の訪れることのない山奥の宿屋の一室。ツインといっても小さなベッドが二つ並んでいるだけの狭い部屋だ。イスやテーブルもないため、装備品の盾をお盆代わりベッドに置いて、食べ物や飲み物を並べている。本格的に飲み食いするつもりもないため、これで十分だ。 それぞれグラスに口を付けて飲み物を一口。ふぅ、と息を吐き出し、「いやー、しかし、」とパーティリーダが言葉を放った。 「疲れたな」 「でげすな」 「ハードだったわね」 「死ぬかと思った」 ぼそぼそと呟いたあと、揃ってはぁああ、と大きくため息を零す。 一行は今、最終決戦(のはずである)に向けて、それぞれの戦闘の腕を磨くために日々魔物退治に励んでいる最中である。どうしても進まなければならない道はなく、今後に支障が出ては意味がないため無理な戦闘も行わない。そうして努力を重ねていたのだが、今日ばかりは勝手が違った。どうしてこんなところに、と不思議に思うほどの強さの魔物(今まで見たことのないものであったため、個体タイプのものだろう)に出会ってしまったのだ。撤退も視野に入れながら戦い、なんとか討伐はできたのだけれども。 「私、今日何回死んだかしらね……」 「もうザオリク唱えたくねぇよ、オレは」 「久しぶりにこれやべぇかも、って思った」 「いやーまだまだ強い魔物っているもんでがすな」 肉体的、精神的疲労感と、世の中は広い、まだまだ頑張らなければ、という気持ちが今日の一戦での収穫である。そこまで疲れているのなら、わざわざ寝る前に集まって酒を飲まなくても、と思われるだろうが、なにせ今日はクリスマス。祭りや祝い事とは無縁の生活ではあるが、せめて少しでも季節を感じるイベントが欲しい、とゼシカが簡単な飲み会を提案したのである。紅一点のおねだりに男たちは弱い。結果ひどく質素なクリスマス会が催されることになったのだ。 「やっぱりもう、これ以上強い装備ってないのかしらね」 「なければ作ればいいと思います! エイトくん、工作好きですよ!」 「その考えには賛成するけど、あんたが作ったらひどいデザインのができあがりそうだから却下」 「装備品を『工作』っつーのも、なんかこう、心許ないでげす」 仲間ふたりからの拒否を食らい、なんでよ、とリーダが唇を尖らせて不満を表す。四次元に繋がっているのでは、と密かに皆が不思議がっているカバンからメモ用紙とサインペンを取り出すと、エイトは『俺の考えた最強の武器、最強の鎧』を描き始めた。 「とりあえずでかければ強いんじゃね?」 「使えなきゃ意味ねぇでがすよ」 「刃が黒でー、赤い十字の石とか埋め込まれてみちゃったり」 「完全に黒歴史になるパターンじゃない。『血塗られた漆黒の剣』とか、そんな名前なんでしょどうせ」 「なにそれ、かっけぇ! それでルビとか振ってあんだろ、ブラッディなんとかみたいな!」 「あー、ありそうありそう。でもそれ、うちじゃなくて別の世界っぽいわよね」 「まあ、ドラクエっぽくはねぇよな」 「ふたりとも、あんまりそういうことは言わないほうがいいと思うでげす……」 どれだけ疲れていようと、いや疲れているからこそ、酒が入ればどうでもいい話題に花が咲く。けらけらと笑いながらつまみのチーズを口に放りこんだところで、ふと、ひとり静かなままでいることに気がついた。視線を向ければ僧侶は半分ほど酒の残ったグラスを手にしたまま、うつらうつらと船をこいでいる。気配に敏感で眠りが浅いタイプである彼にしては、とても珍しい光景だ。 ここは空気を読んで放置するべきか、それとも揺すり起こしてやったほうがいいのか。 考えたところで、ぐらぁ、と彼の頭が前方に揺れた。 「――――ッ!?」 目を見開いたエイトは、日々せっせと種をかみ砕いて上げてきた素早さを遺憾なく発揮し、自分が持っていたグラスを置いてククールの頭へ手を伸ばす。彼がベッドから転がり落ちるのを阻止するついでに、持ったままだったグラスを取り上げた。 「っ、ぶねぇ……っ」 いろいろな意味を含めての大惨事をなんとか免れ、少年はほう、と安堵の息を吐く。そんなリーダからグラスを受け取りながら、「珍しいわね」と紅一点が感想を口にした。やはりみんな思うことは同じらしい。起きる気配を見せないククールの頭をベッドへ転がしておく。 「まあ、それだけ今日の戦闘が響いてんじゃねーかな」 「だいぶ世話になったでがす」 運動量という意味ではダメージソースであるヤンガスやエイトのほうが多いのだが、僧侶であるククールは回復役の要。パーティが生き延びるためになくてはならない存在であり、特に強敵が相手であった場合は彼の腕によって生還率が決まるといっても過言ではない。戦闘中に気が抜けないというのは皆同じだが、仲間の命を背負っている彼が覚える重圧はかなりのものだろう。 確かに私もだいぶ疲れてるしね、とゼシカが笑う。 「それじゃあ、今日はこれくらいにしとくでがすか」 「そうね。寝てるひとのそばで騒ぐのもあれだし。片付けも明日しにくるから、そのまま避けておいていいわよ」 そう言って隣の部屋へと戻っていったふたりを見送り、エイトはもう一度ふぅ、とため息をついた。きゅ、と唇を噛んだあと、「おい、狸寝入り」と振り返ってベッドに横たわる男を呼ぶ。 「なに企んでんの?」 人前で寝るということ自体が珍しいというのに、倒れかけてもまだ目が覚めないだなんて、ククールに限ってあるはずもない。そう思って声をかければ、ややあってもぞり、と彼は身体を揺すった。銀髪を流して、僧侶が上体を起こす。やっぱり狸寝入りだったんじゃねぇか、とエイトは眉間にしわを寄せてククールを睨んだ。 しかしこちらからの視線に気がついているのか、いないのか。無言のままくるり、と室内を見回した彼は、宴会がお開きになっていることに気づいたらしく、まだベッドの上に放置されたままのグラスや皿に視線を止めた。 「……片付け、ないと……」 小さくそれだけ呟いたあと、再びぽすん、とベッドへと倒れ込む。それからぴくりとも動かなくなってしまった僧侶を前に、少年リーダは「えぇぇぇ……」と呻き声をあげた。 「マジ寝かよ」 よくよく耳を澄ませば、すーすーという静かな寝息が聞こえてくる。今頭をあげたのはほとんど偶然のようなもので、別にエイトの言葉に反応したわけではないのかもしれない。ククールのことだから、眠ってしまった振りをして仲間ふたりを追い出し、また何か良からぬことにでも耽るとしているのかと思ったが。 「……ひとりで勘違いして、くっそ恥ずかしいじゃん、俺」 頬を赤らめがしがしと頭を掻く。唯一の救いは、その相手が全力で眠りの世界に旅立ってくれていることだろう。ああもう、と小さく悪態をつき、エイトは三度目のため息を吐いた。 片付けは明日ゼシカがしに来てくれると言っていた。けれどたぶん、酒やつまみを放置したままでは部屋に匂いがこもるため、ククールが起きていれば彼が片付けただろう。先ほどの半分寝言のようだった呟きも、そのことが頭にあったからに違いない。 しょうがない、とグラスに残っていた酒を捨て、のこったつまみは保存用の袋に入れておく。グラスと皿を軽く濯いで盆代わりの盾の上に並べておけば、明日の朝までには乾いてくれるだろう。 ざっと自分でできる片付けを終わらせ、さて、と少年は並んだベッドを交互に見やった。窓側にあるベッドには、銀髪の男が転がっている。上に何もかかっていないため、このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。そして入り口側のベッドは、盆を置いたり、ゼシカやヤンガスが座ったりしていたため多少乱れているが、問題なく眠ることができる状態。 右と、左と。それぞれのベッドを順番に見つめ、腕を組んで小さく唸り、額を抑えて悩み、良い案が浮かばなかったため、手慰みに銀髪をすくい上げて軽く編み込んでおく。見える範囲で三つ編みを作り終えても妙案は浮かばず、代わりに眠気がやってきた。人数の減った部屋は徐々に室温も下がってきており、少年は両腕を抱えてふるり、と身体を震わせる。 「風邪、引いたら困るもんな」 ぽつりと呟き、ククールの身体を転がして、下敷きにしていた掛布を引っ張りあげた。ついでに、もう一方のベッドからも掛布を引っぺがしてばさり、と僧侶の上へ。暑くなるようなら落としてしまえばいい。三つ編みの僧侶が眠る姿を目下にうんうん、と満足そうに頷いた少年は、自分も寝る支度を調えて、もそもそとククールの隣へと潜り込み目を閉じた。 「……詳しくは聞かないでおいてあげる」 「オレはもう絶対、あいつより先に寝落ちしない」 翌朝、後頭部で一つにまとめているククールの銀髪に、ふわりとウェーブがかかっていることに気づいたゼシカが苦笑を浮かべ、本人はひどく不機嫌そうな顔をしてそう言った。もちろんふたりとも誰の仕業か、など確認するまでもなく理解している。犯人はいまだベッドの中で惰眠を貪っているだろう。 「あ、そうだ、昨日そのまま部屋に戻っちゃったから、あとで片付けにいくわ」 グラスや皿などがそのままになっているはずだから、と彼女は言うが、宴会の会場で眠っていた男はきょとんと目を開いて首を傾ける。 「片付いてたぞ?」 昨夜、いつ自分が眠ってしまったのかまるで思い出せず、飲み会が終わった記憶もないため、途中で落ちたのだろう、と目覚めてから判断した。エイトを抱き込んで眠っている状況を不思議に思いながらも部屋を見回したときには、昨夜の残骸はすべて片付けられていたように思う。ククールの言葉に、「あら、」と目を丸くした少女は、けれどすぐに頬を緩めて笑みを浮かべた。ゼシカもヤンガスも片付けをしていない。ククールは眠っていた。となれば、誰が片付けたのかなど、考えるまでもない。偉いじゃない、とゼシカは言う。 「それに免じて許してあげれば?」 自分もそれなりに疲れ、眠たかっただろうに、きちんと片付けをしたことを考慮して、ひとの髪の毛を勝手に編み込むといういたずらは水に流してあげたらどうか。少女の提案に、僧侶は「それとこれとは別問題」ときっぱり答えた。 ブラウザバックでお戻りください。 2017.12.25
エイトさんの編み込みスキルはちゃくちゃくと上がっているそうです。 |