馬鹿と風邪


「無理して途中でぶっ倒れる、とかお約束踏みたくねぇから、先に自己申告しとく。
 悪い、オレ、風邪引いた」

 赤い服を好む派手な僧侶が片手をあげてそう宣言したのは、今日の行程の目的地であった小さな村にたどり着き、宿屋の扉を潜ったときだった。部屋を取る前にそう言ったのは、いつもならば同室となるエイトにうつすまい、という配慮からだったのだろう。
 そんな仲間を前に、残りの三人はそれぞれ異なった反応を示す。

「でしょうね、あんた顔赤いもの」

 そう言って苦笑を浮かべたゼシカは、病人をゆっくり寝かすことができるよう部屋を手配しに宿の受付カウンタへ。

「軟弱な野郎だ」

 そう言いながらもヤンガスは医者のいる場所を聞いて外へ出て行った。
 残されたパーティリーダ、エイトは一人「大変大変」とククールの周りをくるくると回っている。

「風邪引いた! 大変大変、どうしよう!」
「いや、別にお前が風邪引いたわけじゃねぇからな?」
「だから、大変! ええと、まず、冷えピタ!」
「……あるなら是非用意してくれ」
「あとスポーツドリンク!」
「なんつーか、世界観ぶち壊しだな」
「あとはあとは、なんだ、ええと、飴玉?」
「言うと思った。喉は痛くないから要らない」
「えーっとじゃあ……あ! 鼻に突っ込むネギ!」
「ホントに鼻に突っ込んだらそのネギ、お前の尻に突っ込んでやるから」
「らめぇ、かんじちゃうぅ……って何言わせんだよ」
「お前が勝手に言ったんだろ」
「……つかククール、体調悪いんだったら、無理にツッコミしなくてもいいからな?」
「だったら黙っててくれねぇかなあ!」

 はぁあ、と大きくため息をついて肩を落としたところで、部屋を確保したゼシカが戻ってきた。残念ながら一人部屋は空いておらず、結局いつも通りツインを二部屋取ったようだ。

「エイトはゼシカたちんとこで寝ろよ」
「予備のマットレス、貸してもらうから」

 頭脳労働組二人に挟まれてそう告げられ、リーダと言えどエイトはこくり、と頷くしかない。部屋が決まればいつまでも入口に溜まっていることもない。ヤンガスが戻ってきたら案内するよう女将に頼み、借り受けた部屋へと向かう。
 ここまでの道中はさほど調子が悪そうには見えなかったが、やはり彼なりに気を張っていたのだろう。どっと疲れが出たのか、ククールはさっさとベッドへと潜り込んで医者を待った。
 診断の結果は単純なる風邪だろう、ということで、薬を飲んでしっかり休めば問題ないらしい。

「何か食べる気力はなさそうね」
「……悪い」
「ヨーグルトあるからこれだけでもお腹に入れなさい。空っぽの胃に薬は入れられないでしょ」

 てきぱきと指示をするゼシカに言われるがまま薬を飲み、あとは朝までひたすら眠るのみだ。

「お水、ここね」
「ん、分かった」
「……ほんとはここについててあげた方がいいんでしょうけど」

 そう言って言葉を濁したゼシカを見上げ、ククールは軽く苦笑を浮かべる。

「是非に添い寝でも、って言いたいところだけど、な」

 普段のククールなら軽口としてそう言っていただろうが、さすがに今そうしてもらって彼女へ風邪をうつすわけにはいかない。ゼシカもまたククールが断るだろうと分かっていたため、無理にそうするつもりもないようだ。

「気持ちだけでいいよ、サンキュ」
「隣の部屋にいるから、何かあったら呼びなさいよ?」

 ぽふん、と布団を口元まで引き上げ、ククールは手を振って答える。そんな男を見下ろしたあと、仕方ないわね、とでも言いたそうにため息をついたゼシカは、「ほら、エイト、あんたも戻るわよ」と入口からずっとこちらを覗いていたリーダを引きつれて隣の部屋へと戻っていった。

「ククール、しぬの?」
「縁起でもないこと言わないでよ」

 そんなやり取りが廊下から聞こえたあと、明りの落ちた部屋にぱたむ、とドアの閉まる音が響く。
 ツインの部屋に一人取り残される、そのことを心細く思うのはおそらく身体が弱っているからだろう。そうに違いない。
 そう思いながら、ククールはゆっくりと目を閉じた。



 薬が効いてきたのか、うつらうつらと眠りの世界を歩いていれば、ふとすぐ側にひとの気配を覚えた。目を開けて首を横に倒せばそこには苦笑を浮かべたリーダの姿。

「やっぱ起きたか」

 熱あるときくらい鈍感になっとけよ、とエイトがそう言うのは、ククールがもともと寝が浅くわずかな物音で目覚めてしまうことが多いと知っているからだ。
 夕方の時のテンションとは異なり、落ち着いた声で「頭、上げられる?」とククールの額を撫でてくる。氷枕を取り換えてくれるのだろう。自分ではあまり時間が経っていないように思えたが、どうやら氷が溶ける程度には眠っていたようだ。
 まだ熱あるな、と眉を潜めたエイトは、濡れたタオルでそっと額を拭ってくれた。

「お前、なんで、」

 隣の部屋で休んでいるはずのエイトがなぜここにいるのだろうか。
 疑問を口にすれば、「いいだろ別に」と答えになってない答えが返ってきた。その上、備え付けの椅子をずりずりと引きずってきたかと思えば、毛布を体に巻きつけてその上にちょこんと座りこむ。どうやら部屋を出ていく気はないようだ、ということだけは理解した。

「うつる……」
「だいじょーぶ、俺、バカだから」

 馬鹿は風邪を引かないとよく言うが、それは単純に引いても気づかないから馬鹿というのであり、要するに引くのだ、馬鹿も風邪を。そう言い返そうかと思ったが、たぶん何を言ったところでエイトがその椅子を下りることはないだろう。
 心配を、してくれているのだと思う。彼自身が口にするとおり、普段馬鹿だ馬鹿だと罵っているが、それでも本当に相手が弱っているときにまで無茶なことはしない。

「ネギ、持ってきてみたけど」

 と思うのだが、とりあえず「自分の尻にでもさしとけ」と返せば、「冗談だよ」とエイトは笑った。

「起こして悪かったな。もう寝とけ。俺、ここにいるから」

 そう言って椅子から腰を上げたエイトは、汗で軽く湿っているククールの前髪をよけて額へ優しいキスを落とす。

「よく眠れるおまじない。なんなら手、握っててやろうか」

 笑って差し出された手へ軽く視線を落とし、「いらねぇ」と答えた。

「寝づらい」
「ははっ、確かに。じゃあさっさと寝ちまえ」

 そう言って再び椅子に腰掛け、毛布に包まった少年をぼうとしたまま見やり、「な、エイト」とククールは掠れた声でその名を呼んだ。

「治ったら、ヤらせろ」

 なんとなく、無性にエイトを抱きたくて仕方なくなって、欲望のまま言葉を口にし、気が済んだとばかりに目を閉じる。
 何か言い返す前にあっさりと眠りの世界へ旅立ってしまった男を前に、「他に言うことねぇのか、エロ僧侶」と悪態をつきつつも、エイトはひどく優しい手つきでその頬を撫でた。




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2011.06.11
















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