幸せのクローバー


 野宿はできるだけ避けるべき事柄だったが、道中の昼休憩はどうあったって街道脇で取らざるを得ない。朝に町を出発し昼を食べるころに次の町に辿りつけることはなく、また辿りつけた場合そこを出発してしまえば野宿しなければならなくなる。従って、暗黒神だの魔物だの降りかかってくるすべてに目を瞑った場合、一行はほとんど毎日ピクニック気分で昼を過ごすことになる。

「ちょっとエイト、あんまりごろごろしないでよ。あんた、葉っぱだらけじゃない」

 魔物がどこから現れるか分からないため、できるだけ見通しの良い場所で食事を取る。今日も今日とて柔らかな日差しを浴びながら、ゼシカ作の昼食を腹に収めたあと、若干のんびりとした休憩を行っていた。腰を下ろした場所は草の柔らかな草原。昔よくこれで花冠とか作ったのよね、とゼシカが手にした花は白詰草。彼らの足元に広がる草の八割がクローバーだった。
 花冠を作る手を止めて転がってきたリーダの頭についた葉を取ってやれば、「でもだって」と彼は至極真面目な表情をして口を開く。

「草原で寝転がったらごろごろしなきゃいけないんだって、昔じーちゃんに教えてもらった」
「……エイト、お前の後ろでトーポがすっごい勢いで首振ってっけど」

 ククールの指摘にそちらを見やれば、今はネズミの姿になっているエイトの実の祖父、グルーノが体全体を使って孫の言葉を否定していた。

「………………じゃあヤンガス」

 濡れ衣を着せられた心優しい山賊は、苦笑を浮かべて「アッシらしいでがす」と頬を掻く。温かくて気持ちいいからやりたくなるのも分かるけどねぇ、と柔らかな草を撫でながら呟いたゼシカが、「あら」と不意に声を上げた。

「良いもの見つけちゃった」

 ぷち、と彼女の細い指が折ったものは緑鮮やかなクローバー。

「四つ葉でがすな」
「あっさり見つけるなぁ」
「見つけようと思ってもなかなか見つからないのよね」

 ゼシカの手にあるものへ目をやったヤンガスとククールがそう言葉を放ち、ゼシカも嬉しそうに「押し花にでもしようかしら」と笑う。一人きょとんとしているのはリーダ、エイトだ。
 どうして皆が物珍しそうにクローバーを見ているのかが分からず、ゼシカの手にあるものと、自分が寝転がる草原に大量に生えているものと、見比べてようやく気が付く。そして「俺も欲しい!」と声を上げた。
 四つ葉のクローバーは幸せの証。見つけたものに幸運が訪れるとして有名だ。小さなころに探したことがないものは少ないだろう。

「四つ葉、俺も見つける!」

 そう宣言したエイトは転がっていた体を起こして座り込むと、がさがさと乱暴な手つきでクローバー畑を弄った。
 がさがさ、がさがさ、がさがさがさ。

「ないっ!」
「お前、探す気ねぇだろ」

 数度撫でただけで顔を上げてそういったエイトへ、ククールが呆れたようにツッコミを入れる。それに対し「んなことねぇもん、欲しいもん」と唇を尖らせ、エイトはもう一度クローバーの群れへ手を伸ばす。

「よつばーよつばぁー……」
「呼んで出てきたらいいでがすね、兄貴」
「つか、呼んで出てくるならそりゃ植物じゃなくて魔物だ」

 ぶつぶつと呟きながらクローバー探しを始めたエイトの側で、柔らかな腹を晒して日光浴をしていたヤンガスが他人事の口調でいい、それにククールもさほど興味なさそうに返す。つれない仲間たちの言葉に涙しながらも、エイトは四つ葉のクローバー探しに没頭した。
 が、先ほどゼシカが口にしていたように、そう簡単に見つかるものではない。もともと四つ葉のクローバーは三つ葉のクローバーの変異体であり、三つ葉一万本に一本の割合で現れるという話だ。単純に考えて一つ見つけようと思えば、一万本の三つ葉を見なければいけないということ。
 草をかき分ける音が止んだかと思えば、エイトがごそごそと何やら手を動かしている。振り返った彼は、右手に持ったものをククールへ向けてそっと差し出した。

「……よ、四つ葉……」
「一枚葉っぱ、裂いたな、これ」
「……じゃあ、四つ葉……」
「手ぇ放してみろ」

 ククールの言葉にエイトが渋々と握っていた指を広げれば、一枚ほど葉っぱを千切られ二つ葉になったクローバーがはらり、落ちた。エイトの手には同じ状態に千切られた二つ葉が残っている。子どもも騙せないような小細工を繰り出すリーダに、ククールは頭痛を堪えるように額を抑えた。

「エイト、さっき見つけたの、あげようか?」

 がっくりと項垂れ、本当に落ち込んでいるらしいリーダを見かね、ゼシカが苦笑を浮かべて手にしていたクローバーを差し出す。しかし、それに対しエイトはバンダナを揺らして首を横に振った。

「それはゼシカの分。ゼシカの幸せの分」

 自分の幸せのためにゼシカの幸せは奪えない、と言われては無理に渡すこともできない。ありがとう、と笑みを浮かべ、「じゃあエイトの幸せが早く見つかるようにクローバーに祈っておくわ」とゼシカは口にする。
 しかし、結局休憩と定めた時間いっぱいクローバー畑を探していたが、エイトの手には無残に引きちぎられた三つ葉のクローバーやもともと三つ葉だったクローバーばかりが残る結果になった。

「俺、幸せになれないんだ……これから先、俺の人生、不幸ばっかりなんだ……」

 心の底からそう思って口にしているのか、それとも落ち込んでいる振りをしているだけなのか。どんよりと影を背負ってしまったエイトへ、「兄貴、そんなに気にしなくても」とヤンガスが声を掛ける。どうせ明日になったらエイト自身探していたことも忘れるだろうに、ヤンガスもまた兄貴想いで律儀な性格をしているものだ。
 そんなことを思いながら立ち上がり、衣服に付いた砂や葉を払い落とす。未だ諦めきれないらしいリーダは草原に蹲ったままで、ククールはその背中へ蹴りを繰り出した。ずべしゃ、と沈んだエイトへ手を差し伸べながら苦笑を浮かべて「安心しろ、エイト」と囁く。

「そんなに幸せになりたいならオレがなんとかしてやるから」

 クローバーなど必要ないだろう、とそう言うククールへ、エイトはきょとんとした視線を返した。しばらくして言葉の意味を理解すると同時に、にっこりと笑ってククールの手を取る。
 そうしてその笑みを浮かべたまま、言った。

「心もとない!」
「オレの優しさと心遣いを返せッ!」

 ごっ、とククールの拳が落ち、「ちょっと素直に本音が零れただけじゃんかっ!」と痛みに涙を浮かべてエイトが言い返す。憤りを表すように手近のクローバーを引きちぎってククールへ投げつけ、「ガキみてぇなことしてんな!」と僧侶からも同じようにクローバーを投げつけられ、止めるのも馬鹿らしいその喧嘩は双方が空しいと気づく時まで続けられた。



 二人が投げつけあう千切られたクローバーがひらひらと空を舞う。その一枚が風に流されて飛び、草原に胴を横たえた白馬、ミーティア姫の鬣へと引っかかった。摘み上げたゼシカが「あら」と驚きの声を上げる。

「お姫様、四つ葉よ、これ」

 良かったわね、と笑ったゼシカへ、白馬もまた嬉しそうにその鼻先をこすり付けた。




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2011.05.08
















後日エイトさんは六つ葉を見つけ、
二枚千切ってククールさんのところに見せに来たそうです。
どうして見つけたまま持ってこないのか、と
六つ葉を見損ねてククールさんは大層がっかりしていたとか。