Is it yummy? 旅の途中求めた宿の一室、ククールは長い足を組んでイスに腰掛け、今日手に入れたばかりの書籍へ目を落としていた。いつもの騎士団服を脱ぎ、簡素な部屋着姿である彼を見ることができるものは少ないだろう。現在、その機会をもっとも多く得ているのは近衛兵のパーティリーダ。おつむの仕様が五歳児並ともっぱらの評判である少年は、そんな男の側に立ち「ん」と手にしていたものを突き出した。 銀色に光る包装紙に包まれたそれを見た後、ククールはエイトの方へ視線を向ける。 「…………これくらいひとりで開けろ」 包装紙を剥ぐことくらいなら、いくらエイトでもできるだろう。そう突き放せば、「違ぇよ!」と怒られた。 じゃあ何だ、と問う前に「やる」と少年が言葉を続ける。 「……やる、って、オレに?」 「この状況でお前以外の誰にやるっつーんだよ」 いまいち現状に頭がついていかず首を傾げたククールへ、エイトが呆れたようにそう返した。確かにそれもそうだ、この少年につっこみを入れられたというのは甚だ不服であるが、返す言葉は見つからない。 おずおずと手を伸ばし一応は受け取りながら、「つか、なんで?」とククールはもう一度首を傾げる。 エイトがククールに物をねだることはあったとしても、進んで何かを差し出すということは今までにほとんどなかったように記憶している。武器や防具といった実用品は各自が買いに出かけることが多く、今特にククールの装備品を買い揃えようという話は出ていなかったはずだ。 考えれば考えるほど、この銀色の箱の意味が分からない。整った眉をきゅ、と顰め、「何かしでかしでもしたか」とククールは口を開く。何の理由も見つけられないとなれば、あと考えられるとしたら「お詫びの品」くらいだろう。気づいていないだけで、何か問題でも起こしたのかもしれない。ククールのものをなくしてしまっただとか、ゼシカのものを壊してしまっただとか、ヤンガスを泣かせてしまっただとか。 しかしその言葉にエイトはふるふると首を横に振る。そして言うのだ、「お前、ほんとに今日が何の日か気づいてねぇの?」と。 いや、気がついてはいる。すでに昼間、パーティの紅一点からそれにちなんだ品を受け取っているのだ、だから忘れているわけではない。ただ、そのイベントと現状が結びつけられないだけだ。本音を言えばそうと判断して喜んでしまいたい部分も多々あるが、悲しいかな、この少年とのつきあいが長い分、一筋縄では行かない性格をこれでもかというほど理解していた。ぬか喜びはごめんだ。 今日は二月十四日、世に言うバレンタインデーである。 当人たちでさえ、自分たちの関係をうまく言い表す言葉を持たないが、ククールとエイトは身体を繋げる間柄だ。他人から見ればいわゆる恋人同士、といえなくもない、かもしれない。同性同士ではあったが、そんなふたりであるため恋人のイベントへの参加もおかしなことではないのだ。 今までククールからチョコレートを渡したことはあったが、エイトからもらったことなど一度としてなかったはず。事前にねだって用意しておかせる、あるいは当日一緒に買いに行く、そうしてようやく手に入れることができるアイテムだと認識していた。それがまさか、なんの催促もしていないのに自主的にエイトが用意するなど。 「……あり得ない」 小さく呟いたあと、「びっくり箱か何かか」と尋ねれば、「違ぇってば」と否定の言葉が返ってきた。 「実は空とか」 「重いだろ、ちゃんと」 「開けたら何かが爆発するとか」 「しねぇよ」 「開けたら小さい箱が延々と入ってる」 「……まんまみーあじゃねぇし!」 「たぶん、マトリョーシカって言いたいんだろうな。じゃあ、パパありがとうって書いてある」 「書いてねぇっ!」 重ねての問いかけに、とうとうエイトが癇癪を起こした。だんだんと床を踏みならし、「失礼すぎんだろ、お前っ!」と声を荒げる。 「バレンタインじゃん、今日っ! 恋人のイベントッ! 恋人かどうかは知らんけど、ヤってんじゃん、俺ら! で、つっこまれてんの、俺じゃん! だから!」 受け取れ! と怒鳴りあげられた言葉は身も蓋もないもので、はっきりいって「ムード? なにそれおいしいの?」状態だ。しかし、貰えることを想定さえしていなかったものが目の前にある。エイトが自分で必要だと考え、用意し、そうしてククールに渡してくれているのだ。 エイトという少年は若干複雑な生い立ちを背負うが故、一般的な感覚からずれた世界で生きているところがある。ただ普通に生活をする分にはほとんど支障はないが、少年の内側へ踏み込めば踏み込むだけ、そのいびつさを目の当たりにする羽目になるのだ。身体を繋げてはいるが、恋人と呼ばれる関係は成り立たない、そもそもエイトという少年相手に何らかの「関係」を作り上げること自体がかなり困難な作業であろう。 ククールの本心をさらけ出せば、おそらく恋愛感情込みでエイトのことを好いているのだと思う。ただその想いが決して報われない、通じ合えないということもまた誰よりも理解しているつもりだった。 だからまったくもって期待していなかった、バレンタインのチョコレート。今年はククールの方も敢えて用意はしておらず、ホワイトデーにゼシカへのお返しと一緒に何かあめ玉でも買おうと思っていたくらいだったのに。 苦節何年になるかは、空しくなるため考えない。考えないが、とりあえず長かったことだけは確かである。ここまでくるのが、長かった。 じん、と胸に溢れる感情に思わず目頭が熱くなる。単純に好意の証であるものを貰えて嬉しいという気持ちの他に、こんなに立派に成長してという、どこか保護者のような気持ちが混ざっている気もしなくもないが、色気がなくなるためとりあえず無視しておいた。 「……サンキュ、エイト」 すげぇ嬉しい、と心のまま素直に礼を述べれば、見上げた先の少年もまた嬉しそうに笑みを浮かべている。 「開けてもいいか?」 「どーぞどーぞ」 開けちゃってください、と促され、テーブルの上に置いた銀色の箱。リボンをほどいて包み紙を丁寧に剥ぐ。大きさはククールの両手を広げた程度だろうか、一般的にはチョコレートを送るのが普通だが、この際チョコレートでなくてもいい、そう思いながらぱかり、と蓋を持ち上げた。 「…………」 ぱたむ。 「…………」 ぱかり。 「………………」 でん、と箱の中に寝そべっているものは黒く細長い物体。おそらくチョコレートでコーティングされたバナナだろう。先端部分がイカの頭のように三角形に張り出た形に固められている。逆の根本部分に二つほどころり、と転がっている球状のものは、たぶんチョコレートで包まれたイチゴ。 確かに空ではなかったし、爆発も起こっていない、箱マトリョーシカでもないし、「パパありがとう」とも書いてはいない。いないけれど、どう見てもこれはバレンタインの贈り物としては不適切な形をしていると言わざるを得ない。ホワイトチョコレートがかかっていないだけまだマシだと思うべきか、と考えてしまうあたり、もう色々と終わっているのかもしれなかった。 紙を細長くちぎった干渉材が敷き詰められた箱の中、それはまさしくででん、とチン座している。 ぶは、と横でエイトが小さく吹き出す声が聞こえた。 「――――――ッ! てっめぇええっ! ちょっと感動したオレの気持ちを今すぐ返せっ! 耳を揃えて返せぇえええっ!!」 「あははははははっ! なにそれ、気持ち悪い!」 「お前が持ってきたんだろうがっ!」 「作ったのも俺だ!」 「威張んな、脳足りんっ! マジ、ちょっと、五、六発殴らせろっ! むしろケツ出せ、ケツ! てめぇの尻に突っ込んでやらぁっ!」 「あははは! らめぇえっ! そんな太いの、壊れちゃうぅっ!!」 大層品のない言葉を吐き合いながらどたばたと続けられた鬼ごっこは、「恥ずかしいから今すぐ死んで」というゼシカ嬢のメラゾーマが打ち込まれるまで続けられたという。 ブラウザバックでお戻りください。 2012.02.14
※チョコバナナとチョコイチゴ(二個)はこの後スタッフがおいしく頂きました。 |