計画立案書 「大事なのはさ、やっぱりフインキだと思うわけ」 シャワーで汗を流し、夕食も終え、あとは眠るばかりという時間帯。宿の部屋備え付けの小さな丸テーブルに紙片を広げ、ペンを片手に何やら難しそうな顔をして少年リーダが唸っている。彼の場合、表情と脳内が一致しないことがほとんどであるため、どれほど深刻そうな顔をしていても騙されてはいけない。 ベッドに腰を下ろし、たまには真面目に武器防具の手入れでもしよう、と世話になっているはやぶさの剣(改)を磨いていた騎士は、リーダの声に軽く視線を向けたあと、「そうだな」と適当な相づちを返した。同室者の反応など、少年、エイトにはさほど気にすることではないらしく、「大事だよな、フインキ」と重々しく頷いている。正確に言えば「フインキ」ではなく「フンイキ」なのだが、訂正するのも面倒で聞き流しておいた。 「たとえさ、見かけだけだとしてもさ、こう、ぱーっと派手に飾り付けがしてあって、もみの木とか飾っちゃったりしてる部屋ってさ、いるだけで楽しくなるじゃん?」 もみの木、というキーワードに、もうそんな時期か、と脳内で日付を確認する。そういえば今年はどうするのだろう、と思ったが、そもそも何度もクリスマスを過ごすほど長いつきあいではないはずだ、と考え直した。何度かパーティメンバでプレゼントを交換したり、クリスマスパーティーのまねごとのようなことをした記憶があるような気もするが、きっと気のせいだろう。あるいは別の世界軸の話。でなければ、出会ってから誰ひとり、年を取ってる様子がないことの説明がつかないではないか。 考えてはいけないようなことをつらつらと考えながら赤い服の騎士、ククールは「そうだな」とやはりひどく適当な相づちをリーダに返した。 「楽しそうに見えるっていうのと、何が行われてる部屋なのかってのが一目で分かるようにするってのが大事だよな」 思わずふらっと入りたくなるような部屋にしないと、と頷いた少年は、かりかりと用紙に何かメモをとっている。書き留めた言葉の周りをくるくると円で囲ったようだった。 「次に考えなきゃなんないのは、そのために必要なものは何かってことだ。リストアップして買い出しにいかないと」 どうやら具体的な行動を見据えた上で、何か計画を立てているらしい。少年兵の口にした言葉から推測するに、クリスマスパーティーをひとりで企画し、客(おそらくはパーティメンバ)を呼ぶ、ということではないだろうか。 案の定、「まずは部屋の飾りだろー」とペンを動かしメモっている。 「もみの木とー、もみの木にくるくる巻くやつ!」 「……モールだな」 思わずそう口を挟めば、「それ!」とペンの先を向けられた。今度ひとにペンを向けてはいけません、と教えておかないと。 「あと星! てっぺんに乗っけるでっかいの」 「オーナメントのセットが売ってんじゃねぇかな。ツリーに飾る用に。それ探せば早いぞ」 「じゃあそれで。あとはぁ……ケーキ! と焼き鳥!」 「……その言い方だと串に刺してある鳥が出てくるな。七面鳥の丸焼きってのがイメージだけどまあ、チキンでいいんじゃね」 「じゃあそれで! あと……何がいる?」 こてん、と首を傾けたリーダへ、「飲み物は?」とさらなる助け船を出してやる。いったいどんな風の吹き回しでサプライズパーティーをやろうと思いついたのかは分からないが、エイトひとりに用意をすべて任せてはろくでもないものになるに違いない。せめて口を挟むくらいはしておくべきだろう。 「飲み物かー。酒とー……酒と、酒?」 「ざるどころかわくの人間がいるっつーのにアルコールばっかりじゃもったいねぇだろ。適当にジュースも用意しとけ」 ククールの言葉に、エイトは「じゃあそれで」とメモ用紙にペンを走らせた。 メニューがチキンとケーキだけでは寂しいため、ほかのオードブルも用意させるよう誘導し、あとは部屋そのものの飾り付け用品か、と思ったが、もみの木を置くならそれ以上は要らないだろう。 買い出しメモはこんなもんかなー、と用紙を手にとりふんふんと頷きながら眺めた少年は、何を思ったのか次の瞬間それをずい、とこちらに向けて差し出してきた。 「じゃあこれでよろしく!」 なにをどうよろしくされたのか瞬時に理解できず、一拍おいたのち、「オレ!?」と思わず声があがる。買い出し役をこちらに押しつける気らしい、とようやく気がついたのだ。 「なんでオレが行くことになるんだよ、自分で行けよ!」 ククールとしては至極もっともなことを言ったつもりだったのだが、しかしエイト相手に「もっとも」という言葉は通じない。彼は当たり前のように「やだよ。だって俺、ほかにもやることあって忙しいもん」と答えるのだ。 確かにパーティーの準備は買い物だけでは終わらない。けれどまず何より料理をするにしろ部屋を飾るにしろ、材料がなければできないのだ。いったい買い出しと並行して行わなければならないこととは何なのか。 尋ねたククールへ、「煙突と暖炉のある部屋探して借りないと」と少年は真剣な顔のまま答える。 「煙突と暖炉? 別にそんなもんなくても、」 構わないだろうに、と続けたかった言葉は、「ばかっ! ばかかお前は!」という少年の罵倒に遮られた。 「煙突なかったら、どっから中に入ってもらったらいいんだよ! 絵本に窓やドアから入ってくるやつがひとりでもいたか!?」 拳を握りしめて力説され、思考がぴたりと停止した。ええと、と首を右に傾け、うんと、と首を左に傾ける。 このアホはいったい何の話をしているのだろう。 言葉の端を捕らえ、なんとなくこの人物のことを言っているのだろう、というものは思い当たる。けれど、それが今の会話の流れで絡んでくる理由が分からない。 ここでさらに踏み込んで尋ねるべきか否か。それがこれからの己の運命を大きく左右する、そんな気がする。 表情を険しくして押し黙った男の鼓膜を、けれど少年の声が無慈悲に震わせた。 「ちょっと早い時期にクリスマスパーティーやってたら絶対来てくれると思うんだよね。そのためにはすっげぇ楽しそうなフインキのパーティーにしないといけないじゃん? あ、ねぇ、ククール、暖炉内に設置する罠って何がいいと思う? やっぱりネズミ取り用のお餅かな!?」 できれば無傷で生け捕りにしたいもんな、慌てん坊のサンタクロース! 沈黙したところでククールの運命は変わらなかった。 そして過酷な運命が待ち受けているのはむしろ自分ではなくサンタクロースのほうだった。 捕まえてもうちじゃ飼えないからな、とだけ言って、ひとまず我らがパーティの紅一点である彼女に、すべてを報告しに行くことにした。メラゾーマかマヒャドを打ち込んでもらおうと思う。 ブラウザバックでお戻りください。 2016.12.25
ついにツッコミを放棄したカリスマ。 |