ご奉仕クリスマス 「お痒いところはございませんかぁ?」 湯気の立ちこめる浴室内、わしゃわしゃと泡の立つ小さな音に重なって、少年のわざとらしい、呑気な声が響いた。広い浴槽に身体を沈め、頭だけ縁に乗せている男は「あー、」と眠たそうに口を開き、別にない、と答える。 「……鼻でも掻いとこうか?」 「痒くねぇ、つってんだろ」 なんでだよ、と閉じていた目を開け、逆さまに覗き込んでくる相手を睨めば、「ちょっとした親切心だろ」とエイトは軽く肩を竦めてそう言った。相変わらず思考が斜め四十五度ほど飛んでいる男である。余計なお世話、という言葉を彼は知っているのだろうか。 「サンタさんに会うかもしれねーし、ちゃんときれいにしとかないとなー」 あいにくとサンタクロースと面会する予定はないためそれも余計なお世話でしかないのだが、エイトは無駄口を叩きながらも柔らかな手付きでククールの頭皮を撫で、髪を洗っている。桶に掬った湯でざざぁ、と泡を流され、落ちきったところで今度はコンディショナーを、やはり同じだけ丁寧な手付きで髪に塗られた。爪を立てることもなく、がしがしと乱暴に擦られることもない。髪を洗おうか、と申し出てきたのはエイトのほうからで、彼の普段の言動を鑑みれば頭を預けることに一抹の不安はよぎったが、思った以上に丁寧な手付きで驚いているところだった。 意外すぎてびっくりしてる、と正直にその気持ちを吐露すれば、頭の上で「なんで?」と逆にきょとんとしたような声音で返される。 「俺のならまだしも、お前の髪じゃん。雑にはできねーだろ」 まるでそれが当たり前のことであるかのように、さらりとそう告げる男はいったいどんな顔をして言っているのだろうか。ぐぐ、と頭をそらせてみるも、自分がそこそこ恥ずかしいことを口にしたのだ、と気がついていないらしいエイトは、普段と変わらない様子に見えた。いや、どちらかといえばいつもより機嫌が良さそうではある。基本的に、脳内に花畑でも広がっているのではと疑いたくなるほど年がら年中楽しそうにしている男ではあるが、今はいつにも増して楽しそうに笑っている、ような気がする。ひとの髪の毛を洗うだけでここまで上機嫌になれるとは、やはりこの男の考えていることはよく分からない。 「そんなに気に入ってるなら、普段からもう少し優しくしてやってくんねーかな」 ククールの髪の毛はきれいで好きだ、と衒いなく言ってのける少年であるため、気に入られていることは知っていたが、まるで壊れ物にでも触れるかのように現れるとは思っていなかった。そこまで大事なものだと思ってくれているのなら、ときおり引っ張ったり、寝ているときに編み込みをしたりすることを止めてほしいのだが、ククールの言葉をどうにも違う意味に捕らえたらしい。「そっかー、ククールの頭皮のためにも、俺、大人にならなきゃなー」と呟いている。 いろいろとツッコミどころがありすぎて、どこから指摘をすればいいのか分からない。普段の言動に問題があると自覚しているのなら止めてもらいたいし、頭皮より胃の心配をしてもらいたいし、そもそも将来的に毛髪を失う予定はないためその心配は杞憂である。それこそ本当に余計なお世話、だ。 一言で口にするには多量すぎる感情を結局ククールは、ぐ、と唇を噛んだのち、はぁぁあああ、と深いため息をつくことで散らしておいた。このお騒がせ勇者とつきあっていくコツは、早い段階で諦める、ということである。 湯船に身を沈めたままため息をつく仲間を前に、エイトはやはり楽しそうに髪の手入れを行っていた。今日はクリスマスイブであり、夜に簡単なパーティーでもしよう、と仲間内で計画しているが、半分くらいは、いや八割はそれを楽しみにしているがゆえの上機嫌なのかもしれない。今頃ゼシカとヤンガスがごちそうを確保するために頑張ってくれているだろう。こちらの任務はデザートの用意だ。上がったらすぐに取りかからなければ。 髪の水気をタオルでざっと拭い、頭の上に軽くまとめて、湯船から出るように促される。素直に従って身体を拭き服を整えた。ベッドの縁に腰を下ろせば、背後に膝立ちになったエイトが最後の仕上げとばかりに、タオルで髪を乾かし始める。自分で髪を洗ったときよりもずいぶん丁寧に扱われているが、エイトがすることだ、とくに止める気はなかった。 手持ちぶさたになったククールが、近くにあった本を開いて眺めている間に、少年はブラシで銀髪をとかし、毛先の水分まで拭ってから、いつもの黒いリボンできゅ、と一つにまとめる。三つ編みにしたら殴ってやろうと思っていたが、さすがに今は空気を読んだらしい。よしできた、と背後で呟かれた声はひどく満足そうなものだった。 「じゃあ、ククールさん! クリスマスケーキ作成任務のため、再度キッチンへ向かおうではありませんか!」 「いいけど、お前は二度とキッチンに立ち入るな」 また生クリームをぶちまけられちゃ堪ったもんじゃない。 ブラウザバックでお戻りください。 2019.12.24
「生クリーム、かしゃかしゃする係なのに……」 |