※エンディング後の話になります。 sweet my home 世間はクリスマスだというのに働いている己の境遇が恨めしい、とそう言いはしましたが正直それはパフォーマンスのようなもので、リア充にほど遠い位置にいるものからすればクリスマス休暇なるものを与えられたところでどう過ごせばよいのか分からないというのが本音です。 突然ぽっかりと与えられた休みに途方に暮れている少年がひとり。 クリスマスはおじいさんとゆっくり過ごしてください、と心優しい姫殿下に気遣われたは良いが、そもそもクリスマスイコール家族と過ごすという図式がエイトのなかにはない。クリスマスとはイコールリア充爆発しろ、である。 ええと、と困ったように首を傾げても助けてくれるものはひとりもいない。同僚たちからは「いいなー」と羨ましがられ、城のものたちからは「折角の心遣いなんだからゆっくりしてきなよ」と勧められる。つまりその間は城から姿を消していなくてはならないわけだ。ため息もつきたくなるというもの。今までそのような休暇を提案されても、「行くとこないですから」と断り続けてこれたというのに、あの旅を終えて生まれが判明して以降、それも通じなくなってしまった。エイト自身あの里を、あの家を、かの老人をそういう風に思っていなくても、だ。 「聞けばククールさんも今里にいらっしゃるというではないですか」 よろしくお伝えくださいね、と笑って言うミーティア姫のなかでは、既にエイトはクリスマスを竜神の里で過ごすと決まっているようだ。国王親子からの言葉はほとんど命令に近い響きで捕えてしまうため、従わないという選択肢はエイトに残されていなかった、ため、とりあえずルーラで飛んできてみた。 のは、いいのだけれど。 「…………」 これからどうしたらいいのか分からず、里の門を前に佇んだまま動けずにいる。旅を終え、城へ戻って以降この里を訪れたことは一度もない。前は仲間たちがいたし、そもそも竜神族である彼もずっと一緒にいた。だからさほど気にせず訪れることもできていたが、単身で乗り込んでいっても良いものか、エイトには判断ができない。判断をするだけのスキルがない。スキルポイントを振ろうにも、振るための枠がない。 「………………」 寒さを堪え、しばらく無言で門を見上げたあと、ふぅ、とため息を一つ。今日行くことを向こうに伝えたわけでもなく、それならば休暇の間他の場所で時間を潰して城へ戻れば良いだけの話。何もわざわざこなくても良かったのだ、と気がつき踵を返しかけたところで。 「何やってんだお前」 門の向こう側から顔を出したのは、旅の間よく見た顔。何故かすべてが終わったあと里に腰を下ろしているらしい不良僧侶だった。 「ルーラで飛んできたっぽいから待ってたのに全然入ってこねぇで」 何やってんの、ともう一度同じ質問を繰り出しながら、エイトを里のなかに招き入れる。そういえば彼はナイスバディのお嬢さまほどではないが、それなりに魔法の才があったのだ。魔力の波動を感じ取るくらいわけはないだろう。 「まさか門を開けるだけの知能も失ったか」 知ってるかこれ、押すんだぞ、と真顔で門の開け方を説明する僧侶の背中へ蹴りを繰り出しておく。いってぇな、と文句を言いながらもずんずんと歩くククールの背中を追いかけていけば、彼は迷うことなく奥の一軒、グルーノの家までやってきた。 「グルーノさん、エイト、帰ってきたぞ」 ククールがこれまた迷うことなく家のなかに入っていくものだから、ついて行かざるを得ない。奥から顔を出した老人に「よう戻ったの」と笑いかけられ、とりあえず「ただいま」と答えておいた。回答として間違ってはいない、はずだ。ちらり、と助けを求めるようにククールへ視線を向けてみるが、彼はこちらを見ることもしていなかった。 「つーかグルーノさん、そろそろ時間じゃねぇの」 言いながら僧侶は奥に続いている部屋へと姿を消す。エイトの記憶が正しければ確かあちらは台所、だったはず。ククールの言葉に「おお、そうじゃそうじゃ」とグルーノは手にしていた上着を羽織った。 「すまんの、エイト。今日はこれから長老会があっての」 出かけなければならないのだ、と申し訳なさそうにグルーノは言う。そもそも予定も聞かずに尋ねてきたのはこちらのほうで、謝ってもらうことでもない。そう答える前に、「長老会っつー名前の宴会だけどな」と言いながらククールが戻ってきた。手には湯呑が二つ。どうやらお茶を用意してくれたらしい。ククールの言葉に、「それくらいの楽しみがないとのぅ」と老人は笑っていた。 「今日はほれ、ひとの世界では生誕祭か何かであったろう。わしのことは気にせず、お主らだけでゆっくりしておれ」 「そうさせてもらうよ。深酒すんなら無理して帰ってくんなよ? もう年なんだから」 「そんなに心配せずとも、この間はちょこっと足を滑らせただけじゃい」 どうやら以前酔ったグルーノが帰宅途中に転んでけがをした、ということがあったらしいと推測する。それも彼らの口ぶりからするに最近のことのようだ。 それじゃあ行ってくるの、と出かける老翁の背に手を振って見送ったあと、振り返ってお茶を啜る男へ視線を向けた。 「……なんか、そんな仲良かったっけ?」 確かに以前の旅の間、かの老人も姿を変えてずっとついてきてはいたが、正体を現して以降ここまで親しげに話をしていた記憶はない。いつの間にこんな雰囲気で話をするようになったのだろう。そう首を傾げれば、「そりゃ半年以上居候させてもらってりゃな」とククールは笑って答えた。半年、あの旅を終えてもうそんなにも経つのだ。 「あとお前の祖父さんだし、トーポでもあるし」 まるで知らない間柄というわけではないのだから、と言いたいらしいが、そもそもエイト自身が「祖父」という認識に至れていない。そのことをククールも知っているはずなのだけれど、いやむしろ知っているからこそ、なのかもしれないな、と思った。 「そういえばエイト、晩飯は? 食ってないならついでに作るけど」 「食ってはねぇけど……お前がここで作んの?」 「なに、オレの料理じゃ不満ってか」 言いながらも腰を上げ台所のほうへ足を向ける。その背中を目で追いながら「そーゆーわけじゃねぇけど……」と眉を寄せた。ごく当たり前のようにこの家で過ごしているかつての仲間の姿。違和感を覚えているのは、彼自身に問題があるのかそれともこの場所に問題があるのか。違和感というよりも、もやもやとしたはっきりとしない何かが胃の奥からせり上がってくるようだ。体内に渦巻いている感情をどう言葉にすればよいのか、いまいちよく分からない。こういうとき、ひとはどんな気持ちを抱くのだろう。なんと言葉にするのが一般的なのだろう。考えるが、今のエイトにそれらの答えを得ることはできそうもなかった。回答を得るためのデータがない上に、いつも尋ねていた相手にはとてもではないが聞けそうもなかった。 「つーか、ここ、お前んちなんだからお前も手伝えよ」 「いや、ここ、グルーノさんの家……」 ひょい、と台所から顔を出した男はエイトの答えを無視して「オレ、客じゃん」とそう続ける。客とはつまり訪ねてきたひとか招かれたひとをいうのであって、それならばどう考えても客はエイトのほうだ。 「はぁ? 俺より長くいて何が客だよ。むしろ俺をもてなせよ」 そう返しながら一応ククールのあとを追いかけた。ひとりこちらの部屋で待っているのも手持ちぶさたなのだ。どの棚に何がしまわれているのか、完全に把握しているらしい様子をぼんやりと眺めながら何を作るのか問えば、牛丼、と返ってきた。予想外すぎるその単語に思わず吹き出してしまう。よりにもよって牛丼。ほとんど完璧といっていい配置の顔をしている男が、クリスマスの夜に牛丼を作ってくれるという。 「俺、何を手伝えばいい? 後ろで爆笑してたらいい?」 「それは手伝いとは言わねぇよアホ。チーズ千切ってろ、チーズ」 「チーズ? なんで?」 「牛丼に乗っけて食うの。結構美味いんだって」 「乗っけなくても普通に美味いな、このチーズ」 「……それ全部食ったらぶん殴る」 以前とほとんど変わらないククールとのやりとりに、緊張しているのも馬鹿らしくなった。今現在、この家には自分たちふたりしかいない、というのも多分に影響しているだろう。くだらない会話をしながら夕食を作り、テーブルへと運ぶ。チーズを乗せて若干いつもと違う味になってはいるだろうが、それでも牛丼は牛丼だ。 「……クリスマスっぽくねぇな」 「ケーキでも買ってくれば良かったな」 そもそもクリスマスだから、と近衛兵の仕事に休暇をもらえたのだ。ここへ戻ってくるのならば手土産くらいは用意しておくべきだっただろう。そう反省していたところで「ごめんください」と訪ねてくるものがあった。顔を見合わせたあと、「どちらさん?」とククールが応対に出る。スマートなその言動は、やはりエイトよりも彼のほうがこの家の住人らしく見えると思った。 扉の外に立っていたのは、小さな箱を抱えた竜神族の女性。聞けば彼女は、今日集まっている長老集のひとりの孫娘だそうだ。 「せっかくだからおふたりにも、とグルーノさんが」 箱のなかに入っていたものはチーズケーキがワンホール。ククールの話では竜神王を救って以来、この里では少しずつでも人間に歩み寄ろうという試みがなされているらしい。ひとの世界で今日が祭典のような日だとどこぞより聞きつけ、酒宴のために用意したものだとか。それでもチーズケーキだというのがなんとも竜神族らしい。 届けてくれた女性に礼を述べ、食後のデザートにとありがたく受け取ることにする。これで少しはクリスマスっぽくなったな、と笑って言えば、「正面にいるのがお前じゃなければな」とため息をつかれた。色男としてはやはり着飾った女性と過ごしたいものなのだろう。それならばこんなところにおらず、人里で探せば良いのに、とそう思う。彼の容姿ならばきっとそのような相手はすぐに見つかるだろうに、それをしていないのは理由があるのか、そういった気分ではないだけなのか。 「……でも俺はお前がここにいてくれて良かったよ」 中断していた食事を再開させながらそう言えば、少し間を空けたあと「素直で気持ち悪い」と素敵な返答があった。こちらもより素直に「死ね」と返しておく。 しかし実際に彼が居着いてくれていなければ、たとえ休暇を与えられたとしてもここを訪ねることはできなかったであろう。きっと飛んできたときに思ったとおり、そのまま別の町へ逃げていたはずだ。 そんなエイトの戸惑いを正確に理解してくれるひとは少ない。ただ、祖父自身がそれを察してくれているらしいことが幸いであろう。難しいのならば無理にこの家を訪ねる必要はない。これからは彼自身も自由に動けるため、いくらでもこちらから会いにゆけるから、と。 「もしかして、陛下か姫殿下から連絡、あった?」 なんとなくそう思って尋ねてみたが、ククールは笑うだけで答えてくれなかった。事前に連絡があったからこそククールはエイトを待ち、迎えにきてくれたし、もしかしたらグルーノが出かけたのも自分がいないほうが、と考えたのかもしれない。 旅の間はトーポの姿になっていた祖父も含め、仲間で集まってクリスマスを楽しんでいた。そのような状況ではないからこそ、わずかな娯楽で騒いでいたのだ。しかし今はその旅も終わり、みなそれぞれの暮らす場所へ身を移している。今年はクリスマスなど気にする素振り(リア充爆発しろ!)を見せるだけで終わるだろう、そう思っていたのだけれど。 食事を終え、切り分けられたチーズケーキをつつきながら「なぁ」と正面に座る男を呼ぶ。 「……グルーノ、じーちゃん、明日帰ってくる?」 長老会というものがどのような雰囲気のものか、エイトにはよく分からない。しかし出かけに交わされた会話を思い出す限り、グルーノは今日中に戻ってくる気配はなさそうだ。エイトの問いかけに「あ?」と首を傾げた男は、口のなかのケーキを嚥下したあと、「そうだな」と言葉を放つ。 「帰ってこなけりゃ迎えに行くし」 さすがに二日連続で酒宴は身体に悪いだろうし、向こうの家にも迷惑だ。そんな常識を持ちだしてくるククールに小さく笑いをこぼしながら「明日さ」とまだ半分以上残っているチーズケーキへ目を向けた。 「明日、じーちゃんとも一緒にケーキ、食いたい」 好意で与えられたクリスマス休暇。家族と過ごせ、とそう提案された。その家族が何であるのかエイトには分からないままだし、正直休暇だってどうして消化したらいいのかも分からない。 けれどエイトを家族として迎えてくれるものはグルーノくらいしかいないわけで、今回のように間にククールがいてくれるのであれば、きっとエイトもこの家に戻ってくることができるのだ。エイトの言葉に「そうか」とククールは笑みを浮かべる。 「じゃあ、明日の分も残しとかないとな」 優しく告げられたそれに、エイトは「ん、」と小さく頷いた。 ブラウザバックでお戻りください。 2013.12.24
迷子の兵士と子守りカリスマのクリスマス。 |