サンタクロース計画


「サンタクロースに、俺はなる!」

 どどん、と効果音を背負ったバカが、馬鹿なことを言い出した。いやバカは馬鹿なことしか言えないからこそバカなのであり、つまりはいつも通りな内容ともいえる。
 宿屋のベッドの上、仁王立ちになっている男をちらりと見上げ、ククールは「へー」と気のない相づちを打った。実際彼にとっては徹頭徹尾、完全にどうでもいい言葉であった。
 まったく興味を持っていない同室者の様子など気にすることもなく、「毎年さぁ、」とバカが続ける。

「迎えてみようとしたり、捕まえてみようとしたりしてたけどさ、それは違うんじゃないかって俺は思ったわけ。そんなことで満足していては、でっかい男にはなれませんよ。やっぱりね、志は高く持つべきだと、エイトくんは気づきました。気づいちゃったね」

 腕を組み、うんうんと頷きながら演説を繰り広げているが、その言葉の内容よりも膝の上に広げた本の内容のほうがククールにとっては重要だ。最近サザンビークで流行っているというホラー小説だが、どちらかといえばパニックサスペンスだ。そしてグロ。クリスマスに読む内容じゃないな、とは自分でも思う。
 ぺらり、とページをめくって静かに文字を追いかけるククールを見下ろし、エイトは少しだけ不満そうな顔をした。相手にされていないことをさすがのバカでも理解しているらしい。ぴょこん、とベッドから飛び降りた男は、そのままぺたぺたと音を立ててこちらに近づいてくる。

「今年はインドの英雄がサンタになるっつーから、みんな、『男でもサンタになれるんだ!』って騒いでるしさ。俺でもいけんじゃねって思ったんだよ」

 それは違うゲームの話だし、そもそもサンタクロースはもともと男だ、とそのゲーム内でも突っ込まれていたではないか。
 そう思ったものの口を開くのもおっくうで、やはり同じように「へー」とだけ返しておく。完全に無視しないあたりがあんたの優しいところよね、とはパーティ内の紅一点、お嬢さま魔法使いの言。
 しかしそんなわずかな優しさでは満足できない我らがリーダは、ぷくう、と頬を膨らませてさらなる不満を表現し、がしっ、とベッドの縁に腰を下ろして本を読んでいる僧侶の肩を掴んだ。さすがに適当にあしらうだけとはいかず、なんだよ、と顔を上げて睨み付ける。にっこりと、お騒がせ男が笑みを浮かべていた。

「だから、脱げ」
「…………は?」
「サンタっつったら赤い服だろ。ちょうどよく、ここに赤い服がある」

 サンタじゃない男が赤い服を着ていても仕方がない。サンタを目指している自分こそがそれを着るべきだ、という主張に頭痛を覚えることすら無駄であるような気がしてきた。ぶん殴って止めるべきか、お菓子でも与えておとなしくさせておくべきか。そう悩む時間も惜しくて、「要るなら自分で奪えば」と答える。わざわざククールが脱いでやる必要もないだろう。抵抗はせずここで本を読んでいるから、自分で脱がせろ、と。
 その言葉に、「お前の服、ややこしいんだよなぁ」と顔をしかめつつ、エイトはククールの襟元へと指を伸ばした。一応本を読むのは邪魔しないでおこう、という気はあるらしい。紙面を覆わないよう、ベッドに乗り上げて背後から腕を回してくる。

「んぁ? あれ? ボタン取れ、てない! なんで? ……ちぎって良い?」
「だめに決まってんだろ、アホ」

 お前だって破れた服着てるサンタはやだろ、と言えば、「そっか、そうだよなー」と納得をみせる。これが、「ひとの服を破るな」と言った場合はおそらく、「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの」と胸を張って返してくるだろう。だからなんだ、としか言いようがない。自分の服だってむやみやたらと破っていいはずがないではないか。
 苦心して赤い上着の前を開き、本を支える右腕をぺんぺんと叩かれたので、軽く上げて伸ばしてやれば、ずるん、と袖を抜き取られた。次、左ね、ぺんぺん。

「赤い服、ゲットだぜ!」
 ててててん、てーてー、てっててーん。

 台詞はポケモンだし、ファンファーレはFFだ。世界観という単語をこのバカの頭の中にねじ込んでやりたい。
 ククールがそのようなことを考えている間に、もそもそと赤い上着を着込んだエイトは、袖が余る、と不服そうに眉間にしわを寄せている。体格の差を考えれば当然のことだ。あまり袖を捲り上げないでもらいたい。変にしわが寄ってしまうではないか。
 せめて指が出るくらいまでは、と軽く両袖を折ってやる。このときはまだ本を膝の上に広げたままで、読書に戻るつもりであったのだ。まだ負けてはいない。このバカのペースに乗ってはいないのだ、と。
 しかし非常に残念ながら。
 ぽとり、と落とされた次の台詞を耳にし、僧侶は文字を追うことを諦めた。

「……ククールのにおい、する」

 すん、と羽織った上着に顔を寄せ、そんなことを口にする。だからそれも当然だ、たった今までその服を着ていたのは誰だと思っている。そもそもその上着はククールのものだ。
 はぁああ、とため息をつき、ぱたむ、と本を閉じてサイドボードの上へと避ける。その動作をきょとんとしたように見ていたエイトの腕をぐい、と引っ張った。

「おわっ!?」

 バランスを崩して倒れ込んだ少年をベッドに転がし、すぐさまその上に乗り上げる。ええと、と困惑したように見上げてくるエイトへ、にっこりと、笑顔を向けてやった。

「男の服を脱がせたんだから、責任、取ってくれるんだよな?」
「せ、せきにん、って、なんの……」

 笑みを崩さないまま軽く身体を下げ、曲げられた膝にそこを押し当てる。ごりゅ、と伝わる感触が何であるのか、同じ男なのだから言葉にせずとも理解できるだろう。顔を青ざめさせたバカが「ひえ」と悲鳴をあげる。

「まあでもオレも鬼じゃねぇからさ。お前がちゃんとサンタになるまで待ってやるよ。ほら、赤い上着だけじゃ格好つかないだろ?」

 早く下も奪ってくれよ、と捕まえていた少年の両腕を解放してやり、代わりに腰を抱き寄せて唆した。
 もちろん、下を脱がせた責任もきちんとこのバカに取らせるつもりである。





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2020.12.24
















「つけ髭も用意したのに……」