所有物、管理物


 一癖も二癖もあるメンバをまとめ、ギルド凛々の明星を率いている幼き首領カロルは今かなり大きな悩みを抱えていた。ギルドを立ち上げて数年。まだまだ至らぬ点は多く、皆に支えられて立っていることは自覚している。けれど一人でできないことがあって当然なのだ、とカロルに言ったのは他ならぬユーリであった。世の中上手くできないことだらけで、だから人は共に生きていくのだ。

「…………だからって、なんでオレ……」

 ギルドの本拠地とも呼べる一軒の民家、そのリビングのソファに身を沈め、額を押さえてユーリは天を仰いでいる。そんな青年の正面に座ったカロルは、困ったような顔をして、「一番答えが返ってきそうだったから」と口にした。

「いやまあ、確かに、他に聞ける奴はいねぇだろうけど」

 男の喜ばせ方、なんてなぁ……。

 呟いて頭を起こし、カロルの顔を見てはあ、とため息を吐く。
 ユーリ自身が他人に自慢できる生活を送っていないため、あれこれ口を出すつもりはない。カロルがレイヴンをずっと好いていたのは知っているし、のらりくらりと交わし続けていた男がようやく重い腰をあげたことも知っている。どこまで関係が進んでいるかは分からないが、二人とも大事な仲間であり、できるなら上手くいってほしいものだ、と思っていた。
 しかしだからと言って、こんな質問をされて平然と答えられるほどユーリの神経も太くはない。

「なんだよ、おっさんじゃ満足できねぇとかか?」

 幾分投げやり気味にそう言えば、「違うよ!」と真っ赤な顔をして否定された。そうじゃなくて、ともごもごと口を動かしたカロルは、テーブルの上に置いたままだったグラスを手に取り、ずずず、とストローで中の液体を吸い上げる。ぷは、と一息ついて、もう一度「そうじゃなくて」とカロルはようやく口を開いた。

「優しいんだ、レイヴン。すっごく優しくて、ほんとに優しくて」
「……惚気かよ」
「それもあるんだけど」

 あるのか。
 がっくりと肩を落としたユーリを無視して、「優しすぎる、んだよ」とカロルは眉を寄せる。

「大事にしてくれてるのは分かるし、嬉しいんだけど。いっつもボクのことばっかり気にしてて。じゃあレイヴンはどうなの、って」

 そう思ったら不安になったのだそうだ。
 ユーリたちと違い長い時間を共にしたわけでもなければ、彼らの間には年齢という大きな差がある。性別を気にしなければ年齢もまた気にならないだろうが、それでも湧きおこった不安は今まで平気だったものまで怖いものであるように見せるのだ。

「ボクだって、レイヴンに喜んでもらいたいよ。良くなってもらいたい。でも、どうしたらいいのか、分かんなくて……」
 ユーリなら教えてくれるかな、って。

 赤い顔をして言うその姿は非常に健気で、ユーリから見ても可愛いと思える。これだけ真っ直ぐ純粋に想われているあの男はかなりの幸せ者だ。
 駄目かな、と上目遣いでこちらを伺ってくる少年へ、ユーリは苦笑を浮かべた。
 わざわざユーリに聞かずとも、何かをしようと試みなくとも、カロルがそこに在れば彼にとってはそれだけで良いはずだ。膝の上に抱きかかえることができて、その体温を感じることができれば至福とまで言ってのけたこともある。
 何もしなくとも共にあればいい。触れるのもためらうようなそんな綺麗で真っ直ぐな想いを抱けなくなって既に久しい。気持ちを比べるなどナンセンスすぎてする気も起きないが、それでもすごいな、とは思う。
 眩しげに眼を細めてカロルを見たユーリは、ふと、思いついたかのように「ああ、だったらさ」と口元を歪めた。

「カロル先生、レイヴンの立場になってみりゃいいんじゃね?」
「……は?」

 立ち上がり、どういう意味だ、と眉を寄せた少年の隣へ腰掛ける。カロルとの付き合いも既に数年以上経っているが、ここまで密着したのは数えるくらいしかないだろう。それくらいに体をよせ、手を伸ばしてその頬に触れた。

「だから、ツッコんでみる立場になったらいいんじゃねぇの」
 そうすればレイヴンがしてもらいたいこと、分かるかもよ?

 くつくつと喉の奥で笑いながら、頬を撫でていた手でするり、と首を辿り、その細い肩を引き寄せた。

「オレが普段どうやってフレンとヤってるか、事細かに教えてやろうか」

 耳元で囁きふ、と息を吹きかけると、あっという間に少年の顔が真っ赤に染まった。耳どころか首まで朱に染め、何を言うべきかぱくぱくと口を開閉させて迷っている。空いた手で小さな顎をくすぐり、胸元から腹へ掌を滑らせた。一度手を離して膝を撫でると、今度は太ももから足の付け根の際どい位置まで卑猥な手つきで撫でる。

「ヨくしてやるぜ……?」

 大きな目を更に見開いてユーリを凝視するその顔が可愛くて、囁きながら目元をぺろり、と舐めてみた。

「ひっ……」

 びくり、と震える小さな体。確かにこの身体を壊さないように慎重になるのも仕方ないかもしれない。
 そんなことを考えていたところで、うっすらと涙を浮かべたカロルにきっと睨まれた。
 まずい、と思った瞬間、ごん、と頭突きをくらわされる。

「い……ッ!」
「ッ、ユーリのばかぁああっ!」

 からかわれたことにようやく気付いたのだろう、立ち上がってそう叫んだカロルはそのまま二階の部屋へ駆け戻ってしまった。思い切りぶつけた額を押さえてソファに沈んだユーリは、あまりの痛さに涙を浮かべて「あの石頭」と毒づく。

「本気で頭突きかましやがった……」

 ちくしょう、と自分が悪いことを棚に上げて文句を言いながら身体を起こしたところで。
 ごん、と。

「い、ってぇっ!」

 今度は後頭部に拳が落とされる。何事かと思って怒りのまま振り返れば、表情をなくしたレイヴンがそこには立っていた。いつも飄々としており胡散臭い笑みを絶やすことのない男の無表情、それだけ怒りを覚えているということだろう。

「っ、あー……帰って、たのか」

 さすがに気まずく思い目を反らしながらそう言うと、「たった今ね」とため息をつく。握りしめた拳をもう一度落とされ、ユーリは甘んじてそれを受け入れた。

「カロルはユーリちゃんと違って清純派なの。変な色気とかなくてもいいんだから!」

 たちの悪い冗談でからかったことに対する粛正と、色香でカロルを誘ったことに対する粛正と。二発の拳でとりあえず怒りをおさめてくれたレイヴンへ、「悪ぃ」と謝りながらも、「でも教えてくれっつったのカロルの方だぜ」と二階を見上げた。

「……それに関しては、こっちでなんとかしとく」

 教えてくれてあんがと、とレイヴンがこんなにも素直に礼を述べるのはカロルに関するときだけだ。そのことをカロル自身は気づいていないのだろう。それを知ればあの少年も多少なりとも自信を持つことができるのではないだろうか、と思っていたユーリを、「でも」とレイヴンが睨みつける。

「うちの子、勝手に舐めないで。あの子は俺のなの」

 口調は軽いがどこまでも真剣であることが分かる。そんなレイヴンへ、「かわいーな、カロル」と嬌艶な笑みを浮かべてぺろりと唇を舐めてみせた。
 懲りてないユーリにさすがに呆れたのだろう、眉を寄せたレイヴンは「ああ、もうっ!」とリビングの入口の方へ顔を向けて声を荒げる。

「ちゃんとこいつに首輪付けて管理しといてちょーだいっ!」

 そう言い置いて背を向けた男は、ばたばたと二階の階段を上って行った。
 その言葉が咄嗟に理解できず、首を傾げたユーリはレイヴンの視線を追って扉の方へと目を向ける。

「げ……」

 呟いてソファから立ち上がった。思わず一歩、足が下がる。
 にっこりと。
 さきほどのレイヴンに負けず劣らず、怒りを湛えた笑みを浮かべた男が、そこには一人。

「フ、レン、なんでお前、ここに……」

 たどたどしく尋ねれば、「ユニオン本部にちょっと、ね」と返ってくる。一歩、フレンが足を進め、押されるようにユーリは一歩後ろへと下がった。それを繰り返し、とん、とユーリの背が壁に触れる。体を左右に捻る隙を与えることなく、フレンが両手を壁に付きその腕でユーリを閉じ込めた。
 はっきり言って与えられるプレッシャー、恐怖感は、始祖の隷長や星喰みなどよりこの男の方が断然上だ。
 く、と唇の端を噛んだユーリへ、目を細めたフレンがゆっくりと顔を近づける。

「――――ッ、」

 見せつけるように開かれた口でぱくり、と喉笛へ噛みつかれ、本能的な恐怖にユーリの身が竦んだ。軽く歯を立て何度か甘く噛んだ後、ゆるりと舌を蠢かせる。ぬるぬると動くそれにユーリが更に身を強張らせたところで、ぢゅ、と音が聞こえるほど強く吸い上げられた。

「ッ、い、っぅ……ッ」

 眉を顰め思わず声を零す。そこまで強く吸われては確実に痕が残っているだろう。もともと首回りを締め付ける服が苦手で、開け放した衣服をまとうことの多いユーリだ。確実に他人から見える位置。
 覆いかぶさるフレンを押しのけようと両手を上げれば、すかさず壁に押し付けられた。ぐ、と腕にかかる強さ、下手をしたら手首にも指の痕が残るかもしれない。
 痛みに呻くユーリの喉をねっとりと舐めあげ、顔を上げたフレンは唇同士が触れ合う寸前でその動きを止めた。

「……本当に首輪、つけようか」

 囁くように告げられた言葉に息を呑んだユーリの唇へ、酷薄に歪んだフレンのそれが押し付けられた。




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2010.02.26
















首輪だけじゃなくて鎖も買ってきた方がいいと思うよ、フレンさん。