慣れよりも 慣れというのは恐ろしいもので、始めは疑問を覚えていた事柄でも回数を重ねれば気にしなくなってしまう。人間とは慣れる生き物だ。 「ユーリ」 昔はもっと高い声で呼ばれていたが、あまりにも昔過ぎてそのころの声など覚えていない。もちろん自分もどんな声だったのか、覚えていない。声変わりをした頃は違和感を抱いていたはずなのに、いつの間にかその低い声で名を呼ばれることに慣れてしまった。 帝都ザーフィアスの下町、ユーリが常宿にしている部屋。ベッドに寝転びうとうととまどろんでいたユーリの名を呼ぶのは、最も近い位置にいる存在。 なんだ、と答えるかわりに体を横へ向け、床に座りこんでいるフレンを見た。思いのほか近くにいた親友に驚いていると、「舌、出して」と言われる。 半分眠っていたせいか、言葉の意味がすんなりと取れない。 「は?」 きょとんとしたユーリを無視してフレンは手を伸ばすと、顔にかかる黒髪を払って頬を撫でる。 「いいから、ほら。べーって」 言いながら自分で舌を出してみせるものだから、釣られるようにユーリも舌を出した。 「そのまま、だよ」 そう言ったフレンは顔を屈め、差し出されたユーリの舌へ歯を立てる。 「んっ」 驚きに目を見開いて顔を背けようとするが、いつの間にか伸びていた腕に後頭部を抑えられており逃げられなかった。一体何のつもりだ、と眼前の男を睨むも、彼はふわりと笑むだけで答えない。代わりに見せつけるかのように伸ばした自分の舌で、ユーリの舌の縁をつぅ、と辿った。 「ッ、」 空気にさらされて少し乾いた舌へ潤いを与えるかのように、自分の舌を押し付けてくる。表面を擦り合わせ、舌先で裏面を擽られ、口内へ捕えられたかと思うとくちゅくちゅと小さく音を立てて吸い上げられた。 「んぅ、んんっ……」 ぴりぴりとした刺激に思わず鼻を通った声が零れる。甘さを含んだそれに気づいたフレンは、ユーリの舌を食べながら目だけを嬉しそうに細めた。 こうしてフレンが突然キスを仕掛けてくることは、既にユーリにとっては当たり前のこととなってしまっている。あまりにも事前行動がないため驚きはするが、言ってしまえばもう慣れてしまった。しかしだからといって、彼の思い通りになっているのはなんとなく気に入らない。 眉をひそめたユーリは負けじ、と腕を伸ばしてフレンの頭を抱き込む。されてばかりは性に合わない。口の中へ入りこんでいるのをいいことに、奥にいたフレンの舌を追いかけてさらに深く舌を差し入れ、唾液に濡れた粘膜を余すところなく舐めつくそうとする。 しかしそれには少々体勢と二人の位置が悪い。そう思ったのは二人同時だったのだろう。ユーリが体を起こすのに合わせフレンはベッドへと乗り上げてくる。もちろん深く舌を絡ませあったまま、だ。 「ん、ふ……ぁ、ん、む、」 酸素を取り込むため時々唇をずらしながら、それでも互いに舌を引こうとはしない。黒髪に指を差し入れ頭を抑えこみながら、細い腰を抱き寄せる。強い力に逆らうこともせず素直に体を寄せたユーリは、さらに自ら膝をすすめてフレンの足の上へ座りこんだ。 金色の髪の毛を指先に絡めて遊びながら彼の顔を上に向かせる。 「う、んぅ、ッ」 ずっと口を合わせたままなのだから、まともな言葉が零れないのは当然のこと。くぐもった声と熱のこもった息使い、そして小さな水音だけが室内に響く。 唾液を呑み込む暇がなく、口端から零れるままにしていたが、なんとなく悪戯心を起こし、舌を伝わせてフレンの口内へと流しこんでみる。軽く口をあけ、伸ばされた舌を伝って落ちたそれを、彼はなんの躊躇もなくこくり、と嚥下してみせた。 その上、もっと寄こせと言わんばかりに頭を引き寄せられ、強く舌を吸われる。 「んぅ、ん、んぁッ!」 まるでストローでグラスに入った果汁を吸い上げるかのように。ずるずると際限なく吸い続けられ、フレンの太ももの上でユーリの体が小さく跳ねた。与えられる刺激から逃れようとするも、追いかけてきた舌に歯列をねっとりと舐められる。 「んふ、んんっ」 キスだけで飽き足らなくなってきたのか、フレンの指がユーリの耳朶を捉え弄り始める。しかし軽く頭を振ってそれを振り払いながら、ユーリは唇を合わせたまま「キス」と囁くような声音で続きを求める。 「もっと」 こうしてユーリが強請れば、彼は必ず与えてくれる。先に進みたい気持ちはユーリにもあったが、もうしばらくは焦らしてやろうと、ユーリは舌を伸ばした。 人間とは慣れる生き物である。疑問を覚えていた事柄も慣れてしまえば受け入れることはできるが、慣れよりもさらに恐ろしいのは、そもそも疑問さえ覚えないということではないだろうか。 そんなことを思いながら、ユーリはフレンの舌を味わい続ける。 ブラウザバックでお戻りください。 2009.12.07
深い意味はないです。あるわけないです。 |