あなたのもの。 自室に戻ると、サンタがベッドで眠っていた。 予想外の光景にフレンはがっくりと肩を落とす。呆れるべきなのか笑うべきなのか。とりあえずため息を呑みこんで不法侵入者を叩き起こす。 「人の部屋で、人のベッドで何をやってるんだい、君は」 「あー、おはー……。つかメリクリー」 むくり、と上体を起こし、頭をかきながら若干どうでもよさそうにユーリはそう言った。 「メリクリ、じゃないよ。いや、確かに今日はイヴだけどね。何やってるのかって聞いてるんだけど」 「何って、頑張ってる騎士団長サマにプレゼント、持ってきた」 そうだろうとは思っていた。折角のクリスマス、いつもは世界中を飛び回っている彼も、こういう日くらいは訪ねてきてくれるのではないかと期待もしていた。フレンの方はといえば、年を越すまでは体をあけることができそうもなく、そのことをユーリも知っている。 「城で宴会やってんだろ? そっちで良いもん食ってるかもしんねぇけど、一応用意しといた」 派手に着飾った皇族貴族が表面上優雅に歓談する様子を宴会と称することはできないが、確かにパーティーは開かれていた。 「エステリーゼ様たちに呼んでいただいたから挨拶はしてきたけど、基本的には警備の仕事。夕食だっていつもどおり。あ、チキンはあったかな」 小さな丸いテーブルの上に置かれた皿。その上を覆っていた白い布を取り払い、「すごいね」とフレンは笑う。 「これ、ここまで持ってくるの大変だったんじゃない?」 「おう、今までで一番苦労した」 フレンの言葉にユーリは胸を張って自慢げに答えた。 皿の上には雪に見立てた粉砂糖を振ってある、可愛らしいブッシュ・ド・ノエル。箱に入れて持ってきたのだろうことは分かるが、少しでも衝撃が加われば倒れて形が崩れてしまいそうだ。 「だったらきちんと正面からくればいいのに」 ユーリがこの部屋を訪れる場合、必ず窓からくる。側に生えている大木を上ってくるのだ。確かに騎士団員が集まる一角とはいえ、ここは城の中であり入口から訪れようと思えば色々と手続きが必要だったりするのだが、彼ならば顔だけで十分通れるはずだ。しかしいつものように「めんどい」と一言でその提案を切り捨てる。 「お茶、入れようか」 「酒は、あるわけないか」 「さすがに用意はしてないね。ユーリ、お酒好きだったっけ?」 首を傾げながら尋ねると、「すげぇ好きってわけじゃねぇけど」と返ってきた。 「やっぱりこういうときにはシャンパンとか、そういう洒落たのってイメージあるじゃん」 「あはは、でも食べるの僕たちだしね」 必要はないだろう、と言うフレンへ確かに、とユーリも笑って答える。二人とも下町で生まれ育った人間だ、もともとはクリスマスなどというイベントとは縁がなかった。自分の身を自分で養うことができるようになり、金銭的に余裕が生まれてようやく楽しめるようになってきたのだ。 「どんな御馳走よりも、やっぱりユーリが作ってくれたものが一番美味しいんだよね」 切りわけられたケーキを口へ運び、ふにゃり、と表情を緩めたフレンがそう言う。真っ直ぐなその賛辞に「そりゃどーも」とユーリはぶっきらぼうに答えた。照れているのだろう、頬を少し赤く染め、誤魔化すかのようにフォークをケーキへ突き立てる。 「さすがオレ。美味い」 一口食べて呟いたユーリへ、「うん、美味しいね」とフレンは笑った。ユーリほど甘いものが好きなわけではなかったが、くどすぎない甘さに抑えられたクリームは口どけがよく、紅茶ともよく合ってデザートとしては申し分ない。 お茶とケーキとを楽しみながら互いの近況を報告し、今後のそれぞれの予定を確認し合う。年が明ければ少しはまとまった休みが取れそうだ、と言うフレンへ、「じゃあオレもそれに合わせて体あけるか」とユーリが言った。 「そうしてくれると凄く嬉しい」 「どっか出かけるか? ハルルくらいまでなら行けんじゃね?」 「お花見、いいね。下町でだらだら過ごすっていうのもいいけど」 「あそこにいたら絶対ハンクスじいさんに余計な仕事押し付けられるぞ」 「たまにはそれもいいんじゃない?」 ユーリもフレンも、自分たちを育ててくれたあの町が好きなのだ。たとえ労働を要求されようと、心身ともに休息が必要な時はどうしてもあの町に戻りたくなる。 別にいいけどさ、とユーリが言ったところで、「あ」とフレンが声を上げた。 「なんだ?」 「ケーキが美味しくて忘れてた。僕からのプレゼント」 ちょっと待って、と言って立ち上がったフレンは、普段事務作業をするときに使っている机の引き出しを開ける。取り出したのは掌に乗るサイズの小箱。 「給料三ヶ月分の誠意」 受け取ってくれるよね、と開けられた箱の中には、銀色のリングが二つと小さな包みが入っていた。とりあえず何かを尋ねる前に手を伸ばして茶色い包みをつまみ、がさごそと開けて中のチョコレートを口へ放り込む。むぐむぐと口を動かしながら残ったリングを見つめ、顔をあげてフレンを見つめ、もう一度リングへと視線を落とした。 「……なんつーか、お前って冗談通じねぇよな」 互いに仕事が忙しく、ろくに顔を合わせられなかった時期に交わしたメモ用紙の上での会話。嫁に来ないか、と言う彼へ、誠意を見せろと返したのだが。 「僕は冗談のつもりはないよ?」 笑いながらそう言うと、「男にこんなもん送るってだけで十分冗談だろ」とユーリは苦笑した。 「性別はどうでもいいからね。僕はユーリにあげたいの」 ていうかユーリがくれって言ったんだろ、と彼のそばに立ち、その左手を取った。 当然のように薬指にはめこまれた銀の指輪を見て、フレンは満足そうに笑みを浮かべる。幼馴染のその顔を目の当たりにしたユーリは渋面のまま「お前も手、貸せ」と残ったリングを手に取った。 差し出された左手の薬指に同じデザインのリングを嵌め、ため息をついたユーリは立ち上がってベッドへと向かう。 「ユーリ?」 「こんなん用意してるオレが言えたことじゃねぇけどさ」 そう言って放りなげられたのは細長い箱だった。促されてその包みをあけると、中に入っていたのは指輪と同じ銀色のチェーンが二本。留め金の部分に飾りとして石がはめこまれていたが、片方は青で片方は紫のものだった。 「お前は手甲とかするし、オレはそもそも左が利き手だろ。ずっとってわけにゃいかねぇだろうからさ」 だからといって指輪を外したくはない。肌身離さず持つために、どうしても外さなければならないときは首からかけておけばいい、そうユーリは言った。 「……本当に、君って僕を喜ばせる天才だよね」 どうしよう、本当に嬉しい、とフレンは頬を緩ませる。 「これ、僕がこっちを貰っていいんだよね」 「どっちでも好きな方を。色以外は一緒だしな」 当然のようにフレンは紫色の石がついた方を選ぶ。 「綺麗な色だね」 「オレはこっちの方が綺麗だと思うけどな」 そう言ってユーリは自分のものとなった青い石のついたチェーンを指先に引っかけた。もちろん、その色は二人の目の色を模したものだ。 「ねぇ、ユーリ」 銀の指輪が光る左手を伸ばし、正面に座るユーリの頬へ触れながら口を開く。 「ケーキもすごくおいしかったし、このチェーンもすごく嬉しいんだけどね」 もう一つ、とフレンは言った。 「僕がすごく欲しいもの、ちょうだい、って言ったらくれる?」 小さく傾げられた首、少し甘えた口調。他の男がやれば何を気持ちの悪いことを、と思うような仕草だったが、どうしてだか彼がやると違和感がない。むしろ可愛いと思えてしまうのだから、自分も大概重症なのだろう。 そう思いながらユーリは、「これ以上やれるもんなんてねぇけど?」と両手を広げて肩を竦める。 「そうかな。僕の目の前に一つ、残ってるんだけどな」 至近距離にあるその目の中には、正面にいるユーリの姿が映り込んでいる。フレンが何を言いたいのか、ようやく気付いたユーリは、「ああ、そう言うことか」と喉の奥で笑った。 「くれる?」 もう一度首を傾げてそう催促してくるフレンへ、「いいや」とユーリは笑って首を振る。 「くれないの?」 残念そうな声音、しょぼんと陰った表情に吹きだしそうになりながら、「やるとかやらないとか以前に、」とユーリは口を開いた。 「オレはもうお前のもんだし」 既に全てを渡してしまっているのだ、今更プレゼントとして渡すことはできない。 そんなユーリの言葉に、フレンは今までで一番嬉しそうな顔をして笑った。 ブラウザバックでお戻りください。 2009.12.24
はいはい、結婚結婚。 |