「画期的解決策」の続き。 恋愛講座受講希望 その時、リウはベッドに寝転がってアスアドから借り受けた帝国魔道兵団の兵法書に目を通していた。生まれ育った環境のせいで同じ年頃の人間に比べると知っていることは多いだろうが、これからのことを考えると知識は多ければ多いほどいい。もちろんそれを活用できるだけの能力がないと意味はないが、とにかく今は少しでも多くのことを吸収しておきたかった。この本が終われば、次はメルヴィスから借りた剣士団の兵法書が待っている。 小さく音を立ててページをめくり、文字を追いかけるその側で、ごそり、と物音がした。書物に集中していたせいか、それともこれがごく当り前のことであるためか、ここが自分の部屋ではないことを忘れていた。 リウが今寝転がっているベッドの本来の持ち主、レッシンは床に腰を下ろして地図を眺めている。ランブル族が使っているという最新版の地図らしく、彼はここのところずっとそれを見ていた。国の位置関係や距離などを大体覚えてしまっているリウとは違い、大まかに把握しているのかさえ怪しいレッシンには何度見ても楽しめるものだという。 確かに団長である彼が周辺の地理を理解しておいてくれれば話も早くすむのだが、「温泉、行きてーなー」と呟いている彼には難しい話かもしれない。 「ナイネニスの洞窟?」 本から顔を上げずに尋ねると、少し間をおいて、「そうだっけ?」と返ってきた。 「巫女の連珠を探しに行ったところだろ?」 「そうそう。温泉、いいよなー」 「でっかい風呂だろ?」 「風呂だけどでっかいじゃん。いいなー、交易ついでに行ってこようかなー。軍資金調達とか何とか言って」 レッシンの言葉にリウは「いーんじゃね?」と返す。今は協会と帝国、それぞれの出方を探っているところだ。双方ともすぐに動く気配はなく、ナイネニスまでの往復程度なら団長が城を開けても大丈夫だろう。 「リウも行くだろ?」 ぼふ、とベッドに上半身を預けるようにレッシンがこちらを振り返った。 「えー、興味ねーなぁ」 交易だけなら付き合わないこともない。体力を消費することはあまりしたくないが、それでも外を出歩くのも交易も好きだ。しかしレッシンのように温泉にはあまり魅力を感じない。 「いいじゃん、行こーぜ? 温泉、気持ちいいぞ?」 「んー」 「なぁ、行こうって」 「うーん」 「リウー」 「ぐえっ」 名前を呼びながらレッシンがリウの上にどさり、と倒れこんできた。内臓を押される苦しさに思わず悲鳴が零れる。 「……行く?」 「分かった、行く。行くからどいて。中身がはみ出そう」 ぱたり、とベッドに突っ伏して降参を示したリウに、満足そうな笑みを浮かべてレッシンは体を起こした。 開いたままだった本を閉じて仰向けになったリウは、つぶされていた腹をさすりながら「そーやって力に訴えるのはんたーい」と唇を尖らせる。 「別に力には訴えてねぇよ?」 それとも本当に嫌なのか? と、少ししょげた顔をして尋ねられ、リウは心の中で両手を上げた。本当に、自分はレッシンに甘い。 「嫌じゃないって。大丈夫、行こう?」 そう言って側に座り込んでいるレッシンの膝をぽん、と撫でる。すると彼は嬉しそうに笑って頷いた。 この顔に弱いのはきっとリウだけではない。裏表のない性格をしているので、心の底からの笑顔だということが分かるのだ。こんな風に笑われたら、大抵のことは許してしまいそうになる。 遠出するとなると色々としておかなければならないことができる。モアナのところにあるクエストで緊急を要するものがあっただろうか、ナイネニスに出かけるならどこへ寄ってどの交易品を買っていけば儲けることができるだろうか。レッシンのことだ、明日すぐに出発しようと言いだすだろうから、準備に掛けられる時間はあまりない。限られた時間をいかに有効に使うかを考えていたところで、「そういえばさ」とレッシンが口を開く。 「前に言ったこと、考えてくれたか?」 胡坐をかいてベッドの上に座り込んだレッシンを見上げると、どことなく真剣な表情。 「前に言ったこと?」 真面目な話だろうと思い記憶を探るが、彼から何らかの打診を受けた覚えはない。隊の編成のこと、城の中のこと、これからの作戦進行、思いつく限りのことを反芻してみるが、やっぱり心当たりはなかった。 首を傾げたリウに、「この間聞いたじゃん、ここで」とレッシンは言葉を続ける。この部屋で重要な話をしただろうか。彼が何のことを言っているのかますます分からなくなってしまった。 「悪ぃ、全然思い出せね」 「オレと付き合わねぇ? って聞いたじゃん」 さらりと言われた言葉に思わず吹きだし掛ける。 そう言えばそんなことも言われた覚えがある。そのときはあまりの衝撃に思わず走って逃げだしたが、結局あのあとそういう話題になることもなく忘れてしまっていた。 「……まだ続いてたんだ、それ」 普通から逸脱しているとしか思えない事態にやはりこの場から逃げ出したい衝動に駆られたが、それをなんとか押しとどめてそう呆れたように呟いた。 「だって返事もらってねぇし」 どうやら彼の中ではあの言葉は正式な告白だったらしい。そもそもレッシンはあまり深く考えずに言葉を口にする方だ、その一言も大した意味はなかったのだろうと結論付けていたのに。 「あのな、レッシン。そもそも恋人とか付き合うとか、男女間に成り立つものだって知ってる?」 「ホモとかレズは?」 「……どこで聞いたの、そんな言葉」 「モアナ」 あのランブル族には今度よく注意しておくことにしよう。言い負かされる可能性の方が高いが、それでも言っておかなければならないことだってある。 一人でそう決意を固めているリウへ、「別に性別なんてどうでもいいと思うけど」とレッシンは言う。彼の何事にも囚われない思考は素晴らしいとは思うが、それにしてもこれは。 「さすがにフリーダム過ぎるだろ。オレ、お前の友達やってく自信がなくなりそう」 「だから恋人にならねぇかって聞いてるだろ」 いやだからそういうことじゃなくてね、とため息を吐く。寝ころんだリウを覗き込んでくるレッシンのその顔にはふざけた様子は見て取れず、彼が本心からそう言っているのが分かる分余計に性質が悪い。 「あのさー、レッシン。お前、そもそも恋人って何やるか知ってんの?」 ぺしぺしと、側にある彼の膝を叩きながら尋ねる。ここ数年彼とともに過ごしているが、思えばそういった系統の話題になったことはほとんどなかった。ジェイルがいる場合も同様で、それよりももっと興味のあること、話したいことがたくさんあった、ということかもしれない。 健全な青春時代だよなぁ、と自分も同じ年代であることを棚に上げてリウは思う。自分たちくらいの年齢ならもっと恋愛やら女やら、端的に言うと性的なことに興味を持っていてもいいだろうに、彼らとはそういう猥談を交わした覚えがない。ジェイルなら口にしないだけで知っている、ということもありえるだろう。むしろ経験済みだと言われても驚かない。しかしレッシンに限って言えばそういうことはまずない。このおしゃべりで好奇心旺盛な人間が、興味のあること、体験したことを自分たちに話さない、ということが考えられないのだ。 尋ねられたレッシンは、天井を見上げた後「実はよく知らない」と正直に白状する。 「一緒に寝たりとかじゃねぇの?」 そう、もともとの発端はそこだ。 壊滅的にまで寝起きの悪いレッシンをてっとり早く起こすため、同じ部屋に寝泊まりするときは同じベッドを使うのが常だった。しかしそれも村にいるときのこと、さすがに今はそのようなことはできない。色々と言い含められて結局レッシンの部屋で眠ることになった今でもそう思っている。立場が変わったからといって本人が変わるわけではないが、こんな些細なことで集団を乱したくないのだ。特にリウ自身が図らずも参謀と呼ばれる位置にいるためその思いは尚更。レッシンの邪魔だけはしたくない、そう思っているのに。 恋人ならば同じベッドで眠っていてもおかしくない、とレッシンはそう聞いたらしい。 確かにおかしくはないだろう。リュウジュ団の団長が寝所に女を連れ込んだと言われることと、男と一緒に寝ていると言われることと、どちらも聞こえは良くないが、まだ前者の方がましであるような気がする。 「それだったら、別に恋人じゃなくてもしてんじゃん」 レッシンと一緒に寝ることが嫌なわけではない。シトロ村に来るまではこんなにも近くに人の体温を感じることがなかったため、むしろ安心できるくらいだ。諦めも多分に含まれた状態で、今は昔のように同じベッドで眠っているのだからわざわざ恋人関係になることもないだろう。 だから、とリウは言葉を続ける。 「そういう告白は、ちゃんと何をどうするか理解した上で、女の子に言えよ」 女の子に、という部分を強調して言ったつもりだったのだが、レッシンは「何をどうするんだ?」と首を傾げている。 「知らねーよ。や、知ってるけど教えない。ジェイルあたりに聞けば?」 彼が教えてくれるかどうかは分からないが、口説き方からその先に至る手順まで案外淡々と教えてくれるかもしれない。それはそれで少し聞いてみたい気もする。 「ああ、それかイクスとか。いつも女追いかけてるし、詳しいんじゃね?」 団に協力をするきっかけも、その理由も、自身の命を狙われる理由もすべて女がらみである彼ならば最適だ。 「イクスか。あいつ、城の中うろうろしてるから捕まえにくいんだよなー」 どうやら本気で聞きに行くつもりになっているらしい。そう呟いたレッシンに、リウはもう一度深くため息をついた。 とりあえず、彼の意識をナイネニスの温泉旅行から反れさせる、という目的は達成されたようだった。 ブラウザバックでお戻りください。 2009.01.25
しばらくゲームの本筋をスルーした、「くっつくまで物語」を書きます。 |