恋愛講座受講希望」の続き。


無自覚の裏側


 団長とかそうじゃないとかは関係ない。やはり友人には真っ当な道を歩んでもらいたいのだ。相手が大事ならば尚更で、同性との恋愛などもってのほか。

「つかそもそもあいつが恋愛とかねー」

 四階広間に置かれた机に本を広げ、騎士団の兵法書を読みながらも思わず呟く。あまりにも似合わなすぎて苦笑が零れるというものだ。
 彼だって年を重ねれば自然とそういう関係の女性ができるだろう。そのころには今よりも落ち着きを持っているだろうから、苦笑いも起きないはず。しかしそのためにはしばらくの時間と、彼の精神的な成長が必要なのではないだろうか。今のレッシンはそういう方向に対してはあまりにも子供すぎる気がする。

「リウ」

 振り返ると、広間の入口にジェイルの姿がある。

「うっす。どしたー? 何かあった?」

 普段から口数の少ない彼は、レッシンのように「いたから呼んでみた」という馬鹿な理由で人の名前を口にしたりはしない。呼びかけたからには何か用があるのだろう。
 一応本を開いてはいたが、考えながら文字を追っていたためまともに頭には入っていない。読書を諦めて本を閉じ、椅子に腰かけたまま近づいてくるジェイルを待った。

「さっき、レッシンを見かけた」

 机に半分腰掛けるように体重を預けたジェイルは、広間の入口へ視線を向けたままそう口にする。

「うん、今日はクエスト受けてないみたいだし、その辺で遊んでても問題はねーよ?」

 むしろこの状態でレッシンの姿が見えなくなる方が不安だ。彼は深く物事を考えずに発言し、行動するため、いつの間にか城を飛び出しているということもありえるし、今までに何度かそういうことがあった。
 リウがそう答えると、「イクスと一緒だった」と返ってきた。ジェイルの言葉に一瞬思考が止まる。

「……あの馬鹿、本気で聞きに行ったのか」

 もともとレッシンは己の懐に取り込んだ人間はわけ隔てなく平等に接する。だから別に相手が誰であろうと一緒にいておかしなことはないのだが、さすがに昨日の今日だ、十中八九彼の目的は恋人とはいかなる関係なのか、を聞くことだろう。

「リウに言われたから、って言ってた」

 二人が一緒にいる場面に出くわし、何をしているのか尋ねたのだという。深い意味はなかったのだろう、なんとなく聞いてみた、ただそれだけだった。返ってきたレッシンの回答に驚きを覚え、そのままリウを訪ねてきたらしい。

「あー、まあ、いい機会なんじゃね? レッシンもそーゆーオトシゴロってことだろ」

 イクスが相手だと余計なことを教えられそうで心配だが、だからといってその役を自分が代わる、とは言いづらい。そもそもレッシンの基礎知識がどこまでなのか予測さえつかないのだ。軽いノリの猥談ならばいくらでも付き合うが、友人の性教育まで請け負う気はなかった。

「リウはそれでいいのか?」

 再び机の上に本を広げたリウへ視線を落とし、ジェイルがそう言う。

「どういう意味? いいも何もなくね? これでレッシンが女の子に興味を持ってくれれば万々歳」

 ジェイルはリウがレッシンに恋人になろう、と言われたことを知っている。レッシン自身が彼ら幼馴染の前で同じことを言ったからだ。こう尋ねてくる、ということは、彼はリウとは違い、レッシンの言葉が本気であると気づいていた、あるいは本気であると思っていたのかもしれない。

「本当にいいのか?」

 重ねて尋ねられ、はあ、と大きくため息を吐く。

「あのな、ジェイル」

 せっかく開いた本を閉じ、リウは体ごとジェイルの方を向いて口を開いた。

「オレは普通に女の子が好きなの。可愛い女の子と恋愛がしたいの。まあ今はそれどころじゃねーけどさ。レッシンも今はちょっと環境が変わったせいでアホなこと言ってっけど、本当は普通に女の子が好きなはずなんだって」

 当たり前のことを力説させんなよ、と見上げた顔を睨みつけるが、相変わらず同じ年の友人は何を考えているのか分からない視線で茫洋とリウを見下ろしてくるだけだった。

「性別、重要か?」
「あーもう! ジェイルまでレッシンと同じこと言ーわーなーいーのっ!」

 彼といいレッシンといい、どうしてあの村で育った人間はこうも自由なのだろうか。下手をしたらマリカまで同じことを言いだしそうで(というかそう言っている姿が容易に想像付く)、リウはぺしゃり、と机の上に突っ伏した。
 オレもう疲れちゃったよ、と泣き真似をするリウの頭をジェイルがぽん、と軽く撫でる。

「だったら、ちゃんと断われ」
 レッシンはまだ断られてないから、って言ってたぞ。

 その言葉に、リウはがばり、と頭を上げた。

「良くも悪くも、あれは本気だ。ならリウも答えてやるべきだろ。友達としてしか見れないならちゃんとそう言え」

 確かにそのとおり、だ。どうして今までそのことに気が回らなかったのか。男同士だからとかもともと友人だからとか、思考を停止させる要素が溢れんばかりに転がっていたから、など理由にはならない。本気だとは思わなかった、というのも言い訳に過ぎないだろう。
 気持ちに応えるつもりがないのなら、はっきりと言葉にするべきだ。そうすればレッシンのこと、しつこく言い続けることはないだろうし、きっぱりと諦めてまた普通の友人関係に戻れる。この程度のことで壊れる友情は築いていない、はずだ。
 俯いたまま「そう、だよな」と小さく呟いたリウへ、ジェイルは「でも」と言葉を続ける。

「おれは、おれが知らない女とレッシンが付き合うのは何か嫌だ」

 知っていれば男でもいいのか、と思わず口から出そうになったが、墓穴を掘りそうだったので止めておく。リウがレッシンの申し出を断るとなると、その可能性も高くなるわけで。

「そりゃ、オレだって、知らない女とかは嫌かもだけど、でも、それでも」

 いつかはそういう日が来るだろ、と。
 自分で言った言葉が何故かちくりと胸に刺さった。




 言いたいことを言って満足したらしいジェイルが、じゃあな、と広間を去って行ったあとも、ちくちくと針で突かれているような痛みが続く。
 レッシンが、知らない女と。
 それはごく普通のこと、だ。
 そして今自分が切に願っていること、でもあるはず。
 知っている女ならばこんなに苦しくならないのだろうか、と思うがやはり胸は痛いままで。
 そもそもが知っている知らないの問題ではないだろうか、と。

「……オレ、うぜー……」

 呟いた声は結局読み解かれることなく終わった兵法書に静かに吸い込まれていった。




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2009.01.26
















ジェイルもリウもどの程度の経験値を有しているのかまだ決めてません。
主人公は真っ白だろうけどさ。
ジェイルは意外に一人で童貞卒業してたりしそうだ。