微妙に「強く」の続き。



覚悟を。


 売り言葉に買い言葉。もともと何かを考えるということが苦手な方だ。思ったことを思ったまま口にして失敗することも多い。しかし、これだけははっきりと言えた。
 彼を傷つけるつもりはまったくなかったのだ。

「そんなこと、頼んでねえだろっ!」

 そう言ったときのリウの顔が、頭から離れない。
 猫のような目を大きく見開き、ただでさえ白い顔色を更に青白くさせていた。このまま倒れるのではないだろうか、というほどの表情を一瞬だけ見せたあと、腕を捕まえていたレッシンの手を振りほどいてリウはその場から走り去る。

「――ッ」

 追い掛けることもできず、彼を止める言葉も出てこなかったのは、たった今目にした表情に衝撃を受けていたからだろう。
 いつも笑みを浮かべ、陽気な彼からは想像もつかないような顔。

「オレはバカか……」

 どうしてもっと冷静に彼と会話ができないのか。思わず自分に対しての悪態が出てくるというもの。
 ラザの砦が崩壊し、剣士団やアスアドといった仲間が増えて以来、リウの様子がおかしかった。おかしい、と言っては語弊があるだろう。思いつめている、気を張っている、そう言う表現の方がしっくりくる。
 彼がレッシンを補佐するような役割についたのは、別に誰の指示があったわけでもない。なんとなく、自然にそうなっていた。そのことについて疑問も覚えなかったのは、それが当たり前のことだとレッシン自身が思っていたからだろう。シトロにいたときはさして気にしていなかったが、リウにはそれだけの能力がある。今ではそう確信している。
 しかし当のリウがその位置をどう思うかはまた別の問題だったのだろう。団が大きくなればなるにつれて自分は力不足だ、と思うようになったのかもしれない。兵法書を読んだり、各地の現状に対する報告書を読んだり、協会について調べたり、と今まで以上に情報を取り入れることに貪欲になっている。そのこと自体は団にとってもレッシンにとってもありがたいことなのだが、それでリウが無理をしていては意味がない。
 誰かの犠牲の上に成り立つものなど、レッシンは欲しいとは思わない。それが仲間のことなら尚更で。
 リウは明らかに睡眠時間を削っているのが見てとれるのだ。自警団メンバでの夕食には顔を現すが、朝と昼をきちんと食べているのかは分からない。何せクエストで出掛けるとき以外、リウの姿を作戦室でしか見ないのだから。そのクエストでさえも最近は渋るようになり、昨日は息抜き代わりにシトロへ戻る誘いさえ断られた。
 他の幼馴染からも心配する言葉を聞き、またレッシン自身も我慢の限界だったため彼自身にはっきりと言った、「無理はするな」と。
 無理をしてまで団のために働く必要はない。自分もそれは望んでいないし、頼んでもいない。そう言いたかっただけだった。

「くそ……っ」

 苛立ちのままに目の前にあった椅子を蹴りつける。耳障りな音を立てて倒れたそれは、つい先ほどまでリウが座っていたものだ。この場所にはリウがいなくては駄目だ、と思うのに、ここにばかり囚われる彼に苛立ちを覚える。真逆の感情が頭の中でぐるぐると渦を巻いて。

「あーっ、イライラするッ!」

 耐えきれなくなったレッシンは、そう叫ぶと参謀を探しに作戦室を飛び出した。

 リウが臆病で怖がりなのは、彼の想像力が豊かすぎるからだと思う。一つのことに対していろいろなことを考えてしまうから。だから二の足を踏んでしまう。そういう彼だからこそ団の頭足りえるのだろうが、こういう場面でその想像力、思考力はマイナスにしかならないだろう。
 高々三年ほど一緒にいただけだが、それでもリウがレッシンを理解している程度には、レッシンもリウを理解している。おそらく今頃ごちゃごちゃといろいろ考えてしまっているだろう。最悪、自分より相応しい参謀役がどうの、とこの城を出ていくところまで思考を飛ばしている可能性もある。

「んなこと、許すかよ」

 たとえリウがそれを望んだとしてもそれを許してやれるだけの広い心を、生憎とレッシンは持ち合わせていなかった。
 石畳の廊下を走りながら、会う人間すべてに参謀の所在を尋ねて回る。行き先の手がかりをつかんだのは、入口エントランスでマリカに出会ったときだった。

「あんた、またリウとケンカしたの?」

 いい加減にしなさいよね、と呆れる彼女へ、レッシンは「ケンカじゃねえよ」と唇を尖らせた。

「あと、オレ悪くねえし」
「悪くなくても泣かせたらダメでしょ」
「………………やっぱ泣いてた?」

 尋ねると、「泣きそうな顔はしてた」と返ってきた。その答えにレッシンは「あちゃー」と額を抑える。
 傷つけるつもりはまったくなかったのだ。
 ただ、心配だった。それだけなのに。

「いいから謝ってきなさいよ。あんたが泣かせたんなら、あんたにしか慰められないでしょ」

 外、と指さして言うマリカに頷いて、城の外へと飛び出した。
 外へ出るところは見たが、そこから先はどこへ行ったのか分からない、とマリカは言う。
 レッシンとリウと、性格としてはまったくの逆で、似ているところなどないようだが、それでも酷く波長の合う部分がある。こういうとき自分ならどうするだろうか、と考えたことがリウと同じだった、ということも多いのだ。
 だからレッシンは走りながら自分なら、と考える。
 リウにひどいことを言われた、その場にいられなくて逃げ出す、ということはあまりないだろうが、もしそうしたらまずそんなに遠く離れた場所には行かない。それでいて人目につかない場所を探すだろう。トビラのある方へ行きかけて、くるり、と方向転換。小道を外れて木々の間を通り抜ける。裏門の広場にたどり着くと、ランブル族のテントの側を通り抜けて更にその奥へ。ちょうど城の真裏にあたる位置。
 がさり、と茂みをかきわけて、ついこの間現れたばかりの湖の畔へと出るとようやくそこで目的の人物を発見した。膝を抱えていたリウは物音に驚いてこちらを見た後、さっと顔を青ざめて立ちあがる。

「リウ!」

 名を呼んで追いかけ、手を伸ばした。
 つかんだその手首の細さに驚きながら、ぐ、とこちらへと引く。

「!?」
「う、わっ!」

 レッシンが力を込め過ぎたせいなのか、あるいはリウの足の力が弱すぎたせいなのか。思いのほか勢いよくこちらへ倒れてきたリウを支え切れず、二人はそのまま草の上に倒れこんでしまった。

「痛ってぇ……ッ」

 背中を打ちつけた痛みに思わずそう声を上げる。頭を打たなかっただけまだましだ、と思うべきなのだろう。
 レッシンの呻きに、彼の上に覆いかぶさるように倒れたリウは「ご、ごめん!」と慌てて体を起こした。

「っ、れ、っしん……?」

 しかし、そんなリウの胴に腕を回して、レッシンはぎゅうと彼を抱きしめる。せっかく捕まえた彼を、みすみす逃がすつもりはない。

「逃げんな」

 頼むから、と耳元で言うと、リウの体が強張るのが分かった。

「逃げ、ないから、」
 離して。

 小さく紡がれる言葉を「駄目だ」と切り捨てる。

「なんで」
「離したらリウ、オレの話、聞いてくれない気がするから」
「聞く、よ?」

 この状況でさすがにレッシンの言葉を無視したりはしない。リウはそう言うし、レッシンもそうだろうと思う。しかし違うのだ、そういう意味で「聞いてくれない」と思うのではない。耳で音を拾い頭で言葉として認識はしてくれるのだろうが、心で理解はしてくれないのではないか、とそう思う。
 やっぱり駄目だ、とそう言うレッシンに諦めたのか、小さくため息をついてリウは体の力を抜いた。上半身に掛かる重みが心地良い。こんなにも近くでリウを感じるのは、この城を居として初めてかもしれない。村にいる間は同じベッドで眠っていたため、毎日のように感じていたのに、どうしてだか城へ移って以来リウは別の部屋で眠っている。
 寂しかったのかもなぁ、とレッシンはリウを抱きしめながら人ごとのように考えた。いつも側にあるはずの気配が遠く、寂しくて、イライラして、だからリウに当たるような発言をしてしまったのかもしれない。
 しばらくそのままの体勢で互いの体温と鼓動を感じたのち、「なあ、リウ」とレッシンから口を開く。

「さっきの、ごめん。頼んでないって、そういう意味じゃねえからな?」

 そういう、がどういう意味なのかきっとリウは分かっているのだろう。レッシンの胸の上で緑色の髪の毛が小さく揺れる。

「分かってる。レッシンは、そーいう奴じゃねーって」

 人の好意や努力を、頼んでいないの一言で済ますような人間ではない。決して余計なことをするな、という意味で言ったわけではない。そのことは冷静になれば分かること。
 それでもリウは言葉を叩きつけられた時、頭が一瞬真っ白になった。意味を理解すると同時にぶわ、と感情が高まり、このままでは泣いてしまうかもしれない、そう思ったからとりあえずその場から逃げだしたのだ。走って城を飛び出しす間に多少戻ってきた冷静さのおかげで泣くことはなかったが、それでもすぐに戻ってレッシンの顔を見られる自信はなかった。
 だから頭を冷やそうと思ってここに来たのだが、結局レッシンに見つかってしまい効果はさほどなかった。胸に頭を預ける形で転がっているせいで、顔を正面から見ずにすんでいるからまだ話せているのだろう。

「リウがいろいろやってくれんのは、ほんと助かってんだ。オレは頭回んねぇから、お前がいなかったらうちの団はまともに動いてねぇだろうし」
「……そりゃ、言い過ぎだろ」

 リウはそう言うが、それは紛れもないレッシンの本音だった。成り行きでこんな団を立ち上げることとなったが、だからといって無責任に放り投げることはできない。それは折角集まってくれた人々の想いを無にすることになる。しかし具体的にどうしたらいいのかと聞かれてもレッシンには答えられないのだ。

「リウがいなかったら、オレたぶんサイナスに突っ込んでいってるもん」

 協会の総本部があるというサイナス。組織のトップもそこにいるのならまず頭を潰そうとそこへ向かったかもしれない。

「さすがにそれは、オレでなくても止めるって」

 レッシンの言葉にリウは呆れたようにそう返す。少し笑いの含まれたその声音に、レッシンは安堵の息を吐いた。こうして笑ってくれる程度には落ち着いてきたらしい。

「でもな、リウ。お前が動いて考えてくれるのはすげえ嬉しいんだけど、それでお前が無理してたら、その嬉しさが全部消えてなくなるって、分かってんのか?」
「無理なんて、」

 してない、と続けられる前に、「してんだろ」とレッシンはきっぱりと言い切る。

「なあリウ、お前ここのとこ、ちゃんと寝てる? 飯、食ってる?」

 腕の力を緩め上着の上から腰を撫でる。「ひゃあっ」とリウが声をあげて身を捩ったが、逃がさないようにもう一度抱きしめた。

「お前、痩せたろ」

 そう言うと、「そんなこと、ねーと思うけど……」と返ってくる。

「いや、前はもっと肉ついてたし、重たかった」

 もともと筋肉があまり付かない体質らしく、彼の成長は縦に伸びるばかりだった。しかしそれでも、抱きしめてこんなに骨が気になるような体格ではなかったはず。

「これでお前が倒れでもしたら、オレは自分が許せねえよ」

 彼の無理を見抜けなかった自分が、止められなかった自分がきっと許せない。
 その言葉に驚いたように顔を上げたリウは、「レッシンは悪くねーよ」と強く言う。まるで悪いのは自分だ、とでも言うかのような口調に、「だったら」とレッシンはリウを正面から見つめて言葉を紡いだ。

「無理すんな。無茶すんな。ちゃんと食って、ちゃんと寝ろ。オレを悪者にするな」

 真っ直ぐに視線を合わせてそう言うレッシンの真剣さが伝わったのか、リウは眉を寄せて唇を噛むと、再びぽすり、とその頭を彼の胸の上へと沈めた。

「そーいう、言い方はずるい、と思う……」

 そう言った後、小さく「ごめん」と続けられる。
 その彼の細い体を抱いて、あやすように背中を撫でた。無意識なのだろう、すり寄ってくるこの体温は決して失えない、とそう思う。
 リウを抱えたまま体を起こして草の上に座り込む。正面に同じようにして座ったリウは、「ごめん」ともう一度謝罪を口にして照れたように笑った。その笑顔を見ていると自然にこちらも口元が緩む。この顔を守るためならどんなことでもしよう、と思うのだ。

「リウ」

 城の外へ出かけるつもりのなかったリウは、今はいつもの胸当てを装備しておらず、素肌の上に上着を羽織っただけだ。その胸へ掌を押し当て、体温と鼓動を感じる。

「何か考えてることあったら全部オレに言え。どんなことでもいいから、ちゃんとオレに話せ」

 リウの様子がおかしくなったのはラザの砦崩落以降だ。目の前で多くの人間の命が奪われたあの光景は、さすがのレッシンもかなり堪えた。やりきれない怒りと、無力感に苛まれ、数日はまともに寝付けなかったほどだ。おそらくリウもそういった想いは抱えているのだろうが、どうもそれだけではないような気がする。
 敏い彼はレッシンのその言葉だけでなんとなく察したのだろう。

「怒られそう、だから、いい……」

 そう言って俯いてしまった。そんな彼の顎を掴んで上を向かせると、「怒るぞ、多分」とその言葉を肯定する。

「でも、怒んねえとリウ、分かんねえだろ」

 そのくるくるとよく回る頭で、いろいろなことを考えるのだ。あまりにも考え過ぎて、ときたま道が見えなくなってしまうほどに。自分がどちらの向いているのかも分からなくなってしまうほどに。きっとリウの頭の中には無限の世界が広がっているのだろう。ひとつのことしか見えなくなってしまうレッシンとは大違いだ。しかし、そんな自分だからこそリウを怒ることもできるのだ、とレッシンはそう思っていた。
 唇を尖らせて言葉にするのを渋っていたリウは、しばらくしたあとでようやくおずおずと口を開く。

「役に、立ちたかったんだ、よ」

 リュウジュ団の、レッシンの役に立ちたかった、力になりたかった。もちろん協会の侵略を止めなければならない、という思いもあるが、リウの根底にあるものはただそれだけだ。

「折角、さ。レッシンのそばにいるなら、ちょこっとでも自分のできること、したいなって」

 戦いの場面ではリウはさして力にはなれない。星の印が使えるからといって、やはり決定的な戦力としては力不足だと思っている。その点に関しては持って生まれた才能、あるいはレッシン達には決して言えないが種族の差として諦めてもいる。

「そしたらあとは、頭使うしかねーかなって」

 自分の知識がどこまで役に立つかは分からなかったが、それでも使えるものはすべて使いたい。そう思う。

「それだけか?」

 そこまではレッシンもなんとなく予想できていた。まだ他にあるのではないか、と尋ねると、案の定リウは「あと、は」と再び俯いて地面へ視線を落とす。

「ラザのとき、思ったん、だ」

 自分には覚悟が足りない、と。
 こんな闘いに身を投じているのだ、命を失うかもしれない、ぐらいはなんとなく考えていた。死にたくはないし死ぬのは怖い。だがもし仮にそうなったとしてもレッシンを恨むことだけはないだろう。恨むのなら非力な自分と、協会だ。
 そういった覚悟は当に済ませていたし、戦えとレッシンが命じるのなら逆らうつもりはない。
 そういう意味での覚悟ではなく、もっとより精神に近い部分の覚悟。

「たとえば、の話だけどさ。協会の軍隊が二つの村に同時に攻めてきたりとかしたときにさ。どっちかしか助けられない、ってオレは言わなきゃいけないわけ。もし兵力に余裕があるならどっちも助けられるけど、じゃあ三か所に増えた時はどうするの、って話。
 そしたらレッシンは怒るだろ。なんでみんな助けられねーんだって。兵を二つに分ければいいじゃんって」

 顔を上げたリウは眉を寄せてそう尋ねてくる。その通りだと思ったので、「怒るだろうな」と答えた。

「そうなったとき、冷静な判断が下せる自信がオレにはない」

 だから覚悟が足りないのだ、と。

「……オレに怒られるのが嫌だってこと?」

 そんなにもリウに怖がられていたのか、と軽くショックを受けて尋ねると、彼は小さく首を横に振る。

「だから、覚悟が足りないって言ってるだろ。オレはお前に嫌われんのがヤなの」
「リウを嫌う? オレが?」

 文脈が読み取れず、レッシンはどうして、と首を傾げた。

「前にお前も言ってただろ、戦だから綺麗事だけじゃ済まないって。人の命を預かって戦うとなれば、そういうときにはどうしても見捨てざるを得ないとこってのが出てくるわけ。そういうのをレッシンに言いたくなかったんだ」

 しかもその理由はレッシンを苦しめるだとか、そういう思いやりの感情からではなく、自分が嫌われたくないからだという、酷く利己的なものなのだ。

「覚悟が足りないんだ、オレには。お前や、マリカやジェイルや、みんなに、酷い奴だって思われても大丈夫なように、しっかりしないと」

 戦、なのだ。
 これは決して遊びではない。被害を最小限に抑えるのは当然のことだが、全く被害を受けないということはまずあり得ないだろう。その場合、どこを捨てれば最小限にとどまるか、を考えるのが作戦を立てるということなのだ。
 そんな自分に嫌気がさす、と子供のようなことを言うつもりはないが、レッシン達には知られたくない思考だと思うのも事実。

「だから、そういうときでもちゃんと考えられるように、さ」

 少しだけ距離を置こうとしていたのだ、と。
 近くにいすぎるから嫌われるのが怖くなる。もともと少し離れた場所にいれば、少しくらい嫌われ向こうから距離を置かれたとしても耐えられるだろう。
 そう思っていたのだ、とぼそぼそと続けられた言葉を聞き終わる前に、レッシンの手がぽかりとリウを殴った。

「……ほら、怒った」
「怒るっつっただろ。なんだよ、それ! なんでそこからそういう風になるわけ!?」

 オレたちから離れようとか、冗談じゃねえぞ、と鼻息荒く宣言され、困るよりも先に嬉しさを覚えてしまうのだから。
 叩かれた頭をさすりながらリウはそんな己に呆れるしかない。

「大体さ、リウはそうなってたら自分の作戦を変えようと思うのか? 兵を二つに分けたりすんの?」

 レッシンの問いかけに「そうしたくないから」とリウは答える。

「レッシンが真っ直ぐなのは知ってるから、ラザの時みたいに目の前しか見えなくなることもあると思う。そのときオレはお前を止めなきゃなんねーんだ。自分の中ではそれが正しくて最善だと思ってても、オレはただお前に嫌われたくないってだけで自分の考えを変えたくない」

 そうしない自信が今のリウにはない。
 怖かった、のだ。本当に。砦へ向かっていくレッシンから向けられた感情が。彼がそういう人間であることは分かっていたし、そういう部分も好きなところではある。だから彼にそれを直せと言うつもりはないし、直してもらいたいとも思わない。
 ならば自分が耐えられるようになればいい。
 そう唇を噛みしめて俯いたリウの頬を撫で、「なんでそんなに自信がねえのかな」とレッシンはため息をつく。呆れられたのか、と思い、リウの肩がびくりと揺れた。

「や、まあそうさせてる原因はオレか」

 ごめんな、と謝られ、リウは大きく首を横に振る。
 どちらが悪い、という問題ではない。ただそれぞれの性格なのだ、と割り切るほかない。

「ラザん時も、あとで謝ろう、って思ってたんだ。……オレ、あんときリウの顔、ひっかいただろ」

 レッシンの指が撫でる場所は、確かにあの時に爪先が掠った頬で。

「確かにあの時は、止めてくるリウに本気で腹が立ったし、邪魔すんなとも思った。でも、ありゃあどう考えてオレが間違ってるだろ。あそこで突っ込んでっても死ぬだけだったろうしな」

 リウが止めてくれて助かった、とレッシンは頬から手を離さずに言う。

「頭に血が上ると、オレはそんなことさえ分からなくなる。だからお前に側にいてもらいたいんだ」

 彼なら確実に止めてくれるから。
 自分の間違いをきちんと指摘してくれるから。
 体を張って、傷つけられてもそれでも、逃げずに向かってきてくれるから。
 きっとほかの誰でもない、彼が止めてくれるからこそ自分は立ち止まれるのだ。

「リウはオレたちの、オレの側にいるのは嫌か? キツイ?」

 尋ねられふるふると首を横に振る。

「オレがラザの時みたいに爆発して、リウを怒鳴ったり、傷つけたりしても、オレを嫌いになったりはしない?」
「なるわけないじゃん!」

 それがレッシンなのだ、そんな彼だからこそ側にいたいと思う。レッシンの感情が一過性のもので、冷静さを取り戻せばきちんと己の行動を後悔し、傷つけたリウを気にしてくれることを知っているから。怖い、と思うのはレッシンに嫌われること、ただそれだけなのだ。思い切り否定すると、「同じだよ」とレッシンは笑った。

「リウがそう言ってくれるみたいに、オレもジェイルもマリカも、リウを嫌いになったりは絶対ねぇから」

 たとえどんな作戦を立てようとも。
 そのことで喧嘩混じりの口論になろうとも、それが原因でリウを嫌いになることはない、と。
 言いきったレッシンは肩を両手でつかみ、リウの首筋に頭を沈める。まるで甘えるかのように、「なあ、頼むよ」と額を肩へと擦り付けた。

「離れるとか言うな。そういう方向で頑張ろうとすんなよ」

 たとえそれで団が良い方向に進むのであったとしても、側にリウが、仲間がいなければ意味がない。

「どうせ頑張るなら、オレの側で頑張れ」

 そう言ってぎゅう、とリウを抱きしめる。
 背中を撫でるリウの手が暖かくて、気持ちがいい。「難しいこと、言うなよ」と言うリウを、「団長命令」と更に強く抱きしめる。

「…………我儘な団長だなぁ」

 苦笑交じりに呟いた後、「りょーかい、団長殿」と言うリウの声が耳をくすぐった。




ブラウザバックでお戻りください。
2009.03.20
















考えない団長と考え過ぎる参謀のお話。