silent night」の続き。


   holy night


 ようやく帰って来れたが、気分はあまり良くはない。僅かに離れていただけなのに会いたくて仕方がない恋人へ、言いたいことがたくさんある。彼は確実に気がついていたのだ、このタイミングでクエストに出かけた場合、クリスマスまでに戻ってくることは叶わない、と。
 途中でそれに気がついたため色々最速で済ませはしたが、結局レッシンが城へ足を踏み入れたのはクリスマス翌日のこと。それなのに彼は「早かったな」と笑った。
 早く戻って来れるように努力をしたのだ、と。陽気な笑顔に本音を隠す彼が寂しがっているのではないか、と。何よりも自分が会いたくて仕方がなかったから。
 だからいつも以上に全力でクエストに取り組み、急いで戻ってきたというのに。
 その気持ちをどうにも参謀である少年は理解してくれていないらしい。無理はしなかったか、と尋ねてきさえする。何となく釈然としない感情をぶつけるように、バンダナに覆われた額へ指を伸ばし、ぴん、と弾いておいた。結構本気で。

「いってぇっ! 何すんだよっ!」

 骨ばった両手で額を抑え、眉を吊り上げてこちらを睨んでくる。くるくると変わる表情はレッシンの気に入っているものの一つ。仕返し、と伸びてきた手首を掴んでぐい、と引き寄せる。

「うわ、っ」

 とさり、と倒れてきた細い身体を抱きしめ、ほう、と息を吐き出した。

「リウの匂いがする」

 すん、と鼻を動かせば、「え、オレ、なんか臭う?」とリウは慌てて身体を離そうとする。それではわざわざ抱き込んだ意味がないではないか、と腕に力を込めると、しばらくもがいたあと諦めたらしく、大きなため息が耳元で聞こえた。皆が集まる広間ならばきっと逃げられていただろうが、ここは反対角にある団長部屋。クエストの報告やら何やらを終え、ようやくリウと二人きりになることができた。
 会うことのできなかった時間を埋めるようにその体温、匂いを身体に刻み込み、額を肩へ擦り寄せれば子供をあやす様に背を叩かれる。たった一歳ではあるがリウの方が年上であるという年齢以外に、どうしてもこの参謀の前では子供のような態度になってしまう。クリスマス、と小さく呟けば、苦笑した気配。顔を上げれば、案の定困ったような笑みを浮かべていた。

「だから言ったじゃん」

 本当に行くのか、と。
 確かにクエストへ出かける間際、彼にそのようなことを尋ねられたような気がする。どうしていちいち確認するのか、出発前はまったく分からなかった。
 何故その時に言ってくれなかったのか。言われなければ気づかなかっただろうが、それでも分かっていたら決して行かなかったと言い切れる。イベント事に燃えるタイプではないが、ただでさえ団長と参謀だとかで甘い雰囲気になりにくい自分たちだ。ともすればリウは二人が恋人であるということさえ忘れてしまっているのではないか、と思うほどそっけなくなるときもあり、彼に思い知らせるためにもそういう切っ掛けは逃したくなかったというのが本音。
 ケーキ避けてあるから、と言うリウへ益々腹が立って、「そういう意味じゃねぇ」と細い身体を抱き込んだまま、側のベッドへとダイブした。

「……じゃあケーキ、食わねーの?」
「いや食う」

 向かい合って横になり、乱れたレッシンの髪を軽く手で梳きながら尋ねてくるリウへきっぱりとそう答え、「それとこれとは話が別」と続ける。レッシンの機嫌が悪いことが分かっているだろうに、それでもリウは「食うんだ」と楽しそうに笑っていた。
 本当に、どうして彼は平気そうな顔をしているのだろう。
 恋人のいないクリスマスであったはずなのに、まったく寂しくなかったとでも言うつもりなのだろうか。
 そんな感情が思い切り顔に出ていたのだろう、ふわり、と苦笑によく似た、それでもどこか違う切なさを含ませた笑みを浮かべ、「寂しかったよ」とリウは言う。

「ワスタムさんとシスカさんがたくさん御馳走作ってくれたし、色んな人と話せたし、ジェイルとも遊べたし、楽しかったけど」

 それでも、どこを見回してもレッシンはいない。
 部屋に戻ってきても一人で眠らなければならない。
 用意したプレゼント。渡す相手はいない。どうしても今日渡さなければならないというわけではなく、近く帰ってくると分かっていてもそれでも。
 寂しくないわけがない。
 そう口にするリウの表情は確かに言葉通り寂しそうで、求めていた感情であるはずなのにこんな顔をさせたかったわけではない、と後悔を覚える。違うそうじゃない、悲しい思いをさせたいわけではない。
 レッシンがそれを言葉にする前に、でも、とリウは先を続けた。

「レッシン、帰って、来たし」

 今はこうして話ができる、触れ合える、キスも、できる。
 ぽつぽつと紡がれた言葉と同時に乾いた唇を掠めた、軽い口づけ。リウの方から仕掛けてくることなど珍しすぎて、思わず目を丸くし凝視してしまう。さすがに照れが勝るのか、頬を赤くして視線を反らせたリウは、レッシンの胸に額を擦りつけるように俯いて小さく「おかえり」と呟いた。
 今まで手にしていたものが側にないからこそ寂しく思える。レッシンがいないことに対し寂しく思うということは、そのままイコールレッシンが側にいることが日常であること、帰ってくることを待っていても良い立場にいるのだということ。
 その事実が嬉しくて楽しいのだ、とリウは静かに言う。

「…………ぜんっぜん、分かんねぇ」

 リウの言いたいことはなんとなく理解できなくもないが、やはり寂しいものは寂しいとしか思えない。眉を寄せて言えば、「いーよ、分かんなくて」とリウは笑った。
 寂しく思うことさえ楽しめる、とつまりはそういったことを言っているのだろうが、それだって結局寂しく思っていることに変わりはないだろう。

「オレは寂しくなりたくねぇし、リウに寂しい思いさせんのも嫌だ」

 だから来年はちゃんと教えろよ、とそう言えば、自分で思い出すっていう選択肢は? と尋ねられる。

「そんなの、リウがオレに言えば済むことだろ」

 要は来年も再来年もその先も、ずっと彼が側にいれば済むことだ。




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2010.12.27
















寂しさよりももっと楽しいことを。