明日の準備


 突然ですが、正体がばれました。



「あはは、一日目でばれるって、おれ、どうよ」

 どうよ、と言いつつも大して気にしていない口調の独り言は、カチャカチャという小さな音を縫うように零された。

「校則で禁止されてるっつーから、面倒くさくてフル装備にしてたのがまずったかな」

 もともと隠すつもりもあまりなかった。どうせ夜に出歩いている生徒などいないだろうと、高をくくっていたところもある。せめてこいつだけでも隠して歩けば良かった、と葉佩はふ、と手の中の部品へ息を吹きかけた。
 性能は良いがまめに手入れをしないと暴発が怖いサブマシンガン、MP5A4。協会から初期に支給される武器。威力はあまりないがこれだって普通に買えばかなりの額がする。無料で渡されるのだから文句もいってられないだろう。現時点の葉佩の所持金は三万円。高校生のお小遣い程度である。(実際に高校生ではあるのだが。)こんな額では欲しいものも買えやしない。
 それも遺跡に潜ることができれば全て解決する。最大の目的物を手にする間にギルドからの依頼をこなせば、欲しい物だっていつかは手に入れられるかもしれないのだ。
 床に広げた部品を一つ一つ手にとって掃除し、再び組み立てていく。この単純作業が葉佩は好きだった。

「ってもなぁ、八千穂さんも『スパイみたいなもの』ってどうだろう。かなり違うよねー」

 スパイだったらまずこんなものは持たない。持ったとしてもハンドガンだろう。
 カチャリ、と音をさせて最後の部品をはめ込み、グリップを確かめる。使い続けていけば手になれるだろうが、どんな武器でも使いこなせなければプロとはいえない。今はとりあえずあるもので我慢して、そのうち自分の戦闘スタイルを確立すればよい。
 金属製のケースをベッドの下から引っ張り出し、MP5A4とアサルトベストに突っ込んだままだったガスHGを放り込んで再びベッドの下へと戻す。

「ま、本格的な探索は明日から、ってね」

 八千穂と墓地を歩いていたら、墓石の下に妙な穴を発見した。邪魔が入ったため詳しくは分からなかったが、深さはかなりありそうだ。とりあえず下へ降りるためのロープはもう少し長めのものを用意しておくか、と協会から届いた荷物を漁る。これ以外にも多少銃身の長いマシンガンをカモフラージュできる自然なカバンも探しておくべきだろう。スポーツバックで大丈夫だろうか。

「あいつはもう近づくなって言ってたけど、無理だよなぁ」

 葉佩は目を細め、楽しそうにそう呟いた。
 彼の言う『あいつ』とは、眠たそうな顔が標準装備らしいクラスメイト、皆守甲太郎のことである。《宝探し屋》としてフル装備のまま八千穂と墓場にいるところを見つかってしまったが、正体はまだ話していない。八千穂も『二人だけのヒミツ』と言っていてくれていたのでばれることは(葉佩が自分からばらさない限り)ないだろうが、何処となく厄介そうな相手だ。
 何より、用もないのに出歩くなと言う割りに、自分が夜の散歩をしていたという時点で行動に矛盾が出ている。それを突っ込んだところで「そういう気分になることもあるだろ」とさらりと交わされそうだ。自分にとって都合が悪いことはあっさり隠すくせに、他人の秘密を聞き出すのは上手そうで問い詰められたらやばいな、と葉佩は思う。

「でもあいつ、絶対良い奴だよなー」

 ふふふ、と笑いながら葉佩は、先ほど墓場で「折角忠告してやったのに」と眉を潜めた彼を思い出していた。
 思えば今日の帰り際のこともそうだ。まさか彼の方から声をかけてくるとは思ってもいなかった。「一緒に帰ろうぜ」なんて、まるで友達みたいじゃないか! と心の中で葉佩が大喜びしたのを皆守は知らないだろう。おそらく転校生である葉佩を学生寮まで案内してくれたのだと思う。途中に軽い昼寝が挟まっていたのはご愛嬌だ。
 気だるげな表情は変わらないままだったが、寮までの道と、校舎外にある施設を詳しく説明してくれた。その間に挟まれる雑談がまた新鮮で、皆守がいぶかしむほどそのときの葉佩のテンションは高かった。





「いや、だってさ」

 皆守からの呆れを含んだ視線に、葉佩は笑みを浮かべたまま答える。

「おれ、学校行ってなかったし同年代の知り合いもいなかったから。こうやって誰かと一緒に帰ったり学校の話とか、したことなかったの」

 テンション高くなるってもんでしょー? と言う葉佩へ軽く驚いたらしい皆守は、「お前……」と言葉を切った。おそらく葉佩の育ちについて問いたかったのだろう。しかし彼は結局それについては触れず、「もともとハイテンションっぽいけどな」と肩を竦める。
 授業の話、食堂のお勧めメニューの話、先生の話、どうでもいい雑学。
 そんなことを話しながら男子寮まで戻り、部屋の前で「じゃあな」と別れる。

「すごいよね、『また明日』って言って大抵は本当に明日会えるんだもん」

 どんな基準で部屋が割り振られているのかは分からないが、葉佩の部屋は四階の端にあり、皆守の部屋の斜め前だった。初めて足を踏み入れた自室で、葉佩は感激したようにそう言葉を漏らした。

 結局彼と再会したのは明日ではなく今日ではあったが。



「んふふ、トモダチいっぱいでっきるっかな!」

 転校初日を思い返しながら、葉佩は紙コップで糸電話でも作るかのように歌う。もちろんトモダチ一号、二号は八千穂と皆守だ。
 プロとして登録したのがつい最近で、単独での仕事はこれが二回目ではあるが、育った環境のせいでバディとして遺跡に潜った回数は多い。しかし役割まで用意された任務は初めてで。

「こういう潜入系の探索も、たまにはいいな」

 今までバディとして潜った遺跡は全て、人里離れた山奥や砂漠の真ん中にあったため、わざわざ遺跡へ潜るための潜入など行ったことがなかった。
 葉佩は遺跡に潜るというその行為自体を愛している。だから初め『高校生になって遺跡を探れ』という仕事内容を聞いたときは面倒くさいな、と思った。そんな手順を踏まずに、さっさと遺跡に潜りたい、と。しかしこういった潜入も中々面白いではないか。
 そう思えるのもやはり、ここが同年代の人間が多い学校であるということと、始めに知り合った人たちが良い人ばかりであったということのおかげだろう。


「探索準備、かんりょー! お次は、明日の日課揃えっ!」

 凄いよおれ、学校行く準備しちゃってるよ!
 と、学生ならばして当たり前の事柄に感動しながら、カバンの中へ教科書を詰め込んだ葉佩はちらり、と時計を見やった。
 時刻はまだ九時を過ぎた辺り。
 夕食を取っていなかったが興奮しているせいかさほど空腹を感じない。かといって眠くもない。どうやって時間を潰そうかと悩んだところでふと、机の上に置いたままのパソコンが目に留まった。

「そういえばなんか、ゲーム、入ってたよな、これ」

 確か『ロックフォード・アドベンチャー』とかいう名前だった。《ロゼッタ協会》が新人ハンターを育成する目的で作ったものだと聞いたことがある。

「……おもしろいのかな」

 はまり込んでいるハンターもいる、と噂を聞くくらいで、実際にやってみたことはない。時間もあるし、今日はもう遺跡探索もしないし、と軽い気持ちでパソコンを立ち上げた。



**



「おはよー、葉佩クン! あれ? ちょっと眠そうじゃない?」

 翌朝3‐Cの教室で元気よく声をかけてきた八千穂が、首を傾げてそう言う。そんな彼女へゴーグル越しに視線を向けた葉佩は唇を尖らせて呟いた。

「明け方までやってたけど倒せなかったんだ……」

 シュミットめ、今日こそは倒してやる!

 協会の上層部か、あるいは葉佩をハンターとして教育した人間が聞けば「お前は何しに来たんだ」と思わず問い詰めたくなる台詞を吐き出して、葉佩は復讐を誓うのだった。




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2006.11.23
















ロックフォードプレイですぎる初日。