学生の必需品


「そうだ。そういや、八千穂から聞いたんだが……、お前《宝探し屋》なんだって?」

 ……八千穂ちゃん。ボクはこういうとき、どんな返答をしたらいいのでしょうか。

 転校二日目の休み時間。廊下で皆守に告げられた言葉に、葉佩は思わずずっこけた。勢い余って窓ガラスへ頭をぶつけそうになったが、皆守が腕を伸ばして支えてくれたので何とか激突だけは免れる。呆れた視線を向けてくるクラスメイトを無視して、「八千穂ちゃぁん」と葉佩は情けない声を出した。

「昨日の夜あんなにも可愛く『二人だけのひ・み・つ』とか言っちゃってくれたのは嘘だったのですか。おれ、騙された? 初日から騙された? 日本の女の子、怖いよー」

 しくしくと泣きまねをしながら(実際に目の部分はゴーグルに覆われているので顔面を両手で覆う仕草とその声だけだが)そう言う葉佩へ、「八千穂を日本女性の基準として捉えるのはやめてくれ」と皆守が言った。

「それに、簡単に話す八千穂も悪いが、聞いたのは俺だしな」

 だから八千穂は悪くない、と言いたいのだろう。そんな隠された意味に気づき、葉佩は顔を上げて皆守を見つめた。

 やっぱり優しいよな、こいつ。

 そんなことを思いながら、「あー、皆守に問い詰められたらおれでも話しちゃうかもー」と答える。

「どういう意味だ、そりゃ」
「んー、なんつーか……しつこそう?」

 頬に人差し指を当てて首を傾げて言ってみたが、眉を潜めた皆守にすこんと頭を殴られた。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。

「いや、違う違う、悪く言ってるんじゃなくてさ。えーと、ほら、なんつーか、おれとか八千穂ちゃんとか、どっちかっていうと思ったことそのまま言っちゃうタイプじゃん? 皆守はさ、ほら、結構いろいろ考えて言葉にしてるっぽいから、こう言葉巧みに秘密を聞き出しそう」
「あんまりフォローになってねぇよ」

 少ない語彙の中から懸命に言葉を紡ぐ葉佩に呆れたのか、皆守は苦笑を浮かべて肩を竦めた。

「お前が何であれ、俺には関係のない事さ。誰でも、人にいえない秘密のひとつふたつあるもんだ。俺にはそいつを誰かに喋る趣味はないから、安心するんだな」

 続けられたそんな言葉に葉佩は口元を緩める。
 確かに、秘密を持たない人間はいないだろう。それこそ誰それが好きだとか、実は大の甘党だとかそんな小さな秘密から、葉佩のように実は《宝探し屋》なんです、だとか。
 おそらく、と葉佩は思う。この皆守も何か秘密を持っているのだろう。それも葉佩と同じレベルの秘密が。彼の言質からそんな印象を抱いていたが、それを表に出さずに葉佩は言った。

「うん、おれも皆守がそういうことを言いふらす人間だとは思ってないから、もともと心配はしてない」

 特に何かを意識していたわけではない。先ほど自分でも言ったように葉佩は思ったことをそのまま言ってしまうところがあるので、それが率直な自分の考えだったのだが、聞いた皆守は少し目を見張り驚いたような顔をした。
 どうかしたのだろうか、尋ねようとしたところで突然女生徒の悲鳴が耳を切り裂く。
 慌てて駆けつけた先、音楽室で二人を待っていたのは干からびた手の女生徒。

「み、水! 水かけなきゃ!」
「乾物じゃねぇんだから、それで治るわけねぇだろ」

 皆守は彼女を保健室へ運ぶために抱き起こしながらも、動転した葉佩の台詞に几帳面に突っ込みを入れた。


 運びこんだ保健室にいたのは校医兼臨床心理士の劉瑞麗という中国人のカウンセラーだった。八千穂から名前は聞いていたが実際に会うのは今日が始めてだ。意志の強そうなその目に真っ直ぐ見つめられ、葉佩は素直に名を名乗る。とりあえず女生徒を彼女に任せて、二人は保健室をあとにした。
 部屋を出て廊下を歩き、保健室のプレートが見えなくなったところで葉佩は大きく息を吐き出す。緊張していたせいで妙な力がはいっていたのだろう、なんとなく体が痛い。
 もう一度息を吐き出して意識的に力を抜いている葉佩を見て、皆守が不思議そうに首を傾げていた。

「お前、保健室嫌いとか、そういうのか?」

 場所が嫌いだからそんなに緊張していたのか、と尋ねてくる彼へ、葉佩は緩く首を振る。

「じゃあカウンセラーか?」

 昨日のうちに会っていたと考えたのだろう、そう問い直した皆守へもう一度首を振って否定を返した。

「美人の中国人のおねーさんが駄目なんだよ、おれ」

 彼にそこまで話をする必要はないはずだ。尋ねた本人だって何が何でも知りたいわけではないだろう。それでも葉佩はなんとなく自分が緊張していた理由を話す。話しても差し支えのないことだということもあるが、初めてできたこの同年代の友人に対し不必要なごまかしをしたくなかったというおこともある。

「おれをハンターとして育ててくれたのが日本人と中国人の女の人だったんだけど、そのチャイニーズの方が鬼のように怖くてねー。しかも顔が整ってるから怒るとすっげー怖いの。おれ、何度か本気で殺されかけたもん」

 雰囲気が瑞麗と似ているのだ、と葉佩は言った。

「だめだ、おれ、ここにいる間はあの人に頭が上がらない気がする」

 青ざめた表情でどうやら本気で言っているらしい葉佩に、皆守は胸ポケットからアロマを取り出して「お前、おもしろいな」と笑った。


「じゃあな、転校生――いや、葉佩九龍。お前となら、何か上手くやっていけそうな気がするぜ。俺も気が向けばお前の夜遊びに付き合ってやるよ。《墓地》に行く時には教えてくれ」


 そうして手渡されたプリクラ。八千穂のものと合わせて二枚目だ。
 縦に並べて手帳へ貼り付け、葉佩はにんまりと笑みを浮かべる。別れ際、無理やりに名前と生年月日、そのたプロフィールを皆守に書かせた甲斐があった。目標は友達たくさん。この手帳にずらりとプリクラとプロフィールが並んでいる未来を思い浮かべ、思わず「ふふふ」と笑いが零れた。
 ゴーグルかけた小柄な生徒が廊下の真ん中で一人立ち尽くして笑っている姿は、はっきりいってかなり不気味である。しかし、当の本人は周りからどう見られようと気にしていないらしく、もう一度笑い声を零して呟いた。

「でも日本の学生さんってみんなこういうの、持ってるんだねぇ」

 八千穂明日香、皆守甲太郎の二人によって手渡されたプリクラのせいで、一般常識に疎い葉佩の中に妙な認識が生まれた瞬間だった。




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2006.11.24
















皆守サイドの話も書かなきゃねぇ。