一緒に遺跡へ 「…………やっほー」 「じゃねぇ」 片手を挙げてなされた気楽な挨拶に、皆守は一瞬だけ我を忘れ素で葉佩の頭を殴った。ごいん、とまるで漫画のような音が静かな廊下に響く。 現在時刻は夜の七時半。丁度夕飯時で皆守たちの部屋がある階に人間が少ないのが幸いした。そうでなければ今皆守が葉佩を殴ったところも、あるいはそもそも葉佩のその異様な格好も誰かに目撃されていたであろう。 「いたいー」 「うるせぇ。お前は素性を隠そうとかそういう努力を少しはしろよ」 《生徒会》には気をつけろ、と言ってるだろうが。 がしがしと頭を掻いてそう言う皆守へ、葉佩はえへっと可愛らしく笑った。(が、顔の上半分はゴーグルなので葉佩が意図した可愛らしさが皆守に伝わったかどうかは別問題だ。) そんな葉佩の格好というと、ゴーグルはいつも通りだとして、学ランの下に着込んだポケットいっぱいのアサルトベストに、腰の皮ベルト、足元は分厚い安全靴。そして肩から提げた、不自然に膨らんだ大きなスポーツバッグ。 「カバンはまだ誤魔化せる。そのベストとベルトと靴はよせ。どうせならそれもカバンに突っ込んどけ」 「えー、だってメンドイじゃん。どうせ着るんだしー」 唇を尖らせた葉佩へ、皆守は無言のまま腕を伸ばした。 「いやぁん! 皆守のえっちー! 学ラン、脱がさないでぇ!」 「騒ぐな。つーか、バレて困るのはお前だろうが」 「えー……バレたらおれ、困る?」 葉佩はそう言って斜め四十五度の角度に首を傾ける。それが本気なのかそれとも冗談なのか、判別できなかった皆守は胸倉を掴んでいた腕から力を抜いて、はあと溜息をついた。 「葉佩くんと……皆守くん?」 丁度そのとき、カタリ、と音をさせて開いたドアの隙間から、ひょこりと青白い顔が覗く。 「あれ、取手じゃん!」 やっほー、と葉佩は相変わらず暢気な挨拶をかます。そんな彼の態度に、皆守は一人で躍起になっているのも馬鹿らしくなってきたらしい。もう一度溜息をつくと、「よぉ」と取手へ片手を挙げた。 「あ、なあなあ、取手。この格好変? 皆守は脱いでいけって言うんだけどさ」 学ランを脱がされかけた自分を指して葉佩が尋ねると、部屋から姿を現した取手は長い腕を組んで、「うーん」と小さく唸った。 「そう、だね。僕もできれば遺跡で着た方が良いと思うよ。あまり目立ってしまうとあとで葉佩くんが動きにくくなるんじゃないかな?」 どこか遠慮がちに、それでもはっきりと自分の意見を述べた音楽青年に葉佩は「そっかー」と頷いて学ランをその場に脱ぎ捨てた。 物がたっぷりと詰まったベストをスポーツバッグに詰め込み、安全靴をその場に脱ぐ。靴下のままぺたぺたと自分の部屋に戻って、スニーカーをはいて戻って来た。 「…………葉佩くん、靴はそのまま詰めない方が良いと思うよ」 せめて靴用のカバンを、と言い置いた取手が、自分のバスケットシューズ用のカバンを貸してくれた。 「ありがと、取手! じゃ、行って来ます!」 びしっと敬礼を決めて元気よく言った葉佩の目的地は聞かずとも分かる。これで向かう先がマミーズだったりしたら、それこそ彼の神経を疑わなければならない。 「あ、あの……!」 大荷物をぶら下げた彼を見送ろうとした皆守の隣で、取手が声をあげた。 「葉佩くん、今から遺跡に行く、んだよね?」 僕も一緒に行ってもいいかな、と続けられた言葉に、葉佩は少しだけ考える素振りを見せる。 「あ、いや、あの、迷惑だったらいいんだけど……」 葉佩の態度に取手は慌ててそう付け加えた。それに葉佩のほうも慌てて首を横に振る。 「いや、そういうことじゃなくってね。おれ今すごい欲しいものがあってさ」 重たいカバンを提げたまま立ち話をする気もないのか、葉佩はどさりとカバンを廊下に下ろして説明を始めた。 「この間潜ったときは一番初めだったし何も依頼を受けてなかったんだけどね。おれら《宝探し屋》は遺跡の最奥の秘宝を目指す以外にもう一つ仕事があって、それがギルドからの依頼なんだ」 ズボンの後ろポケットに無造作に突っ込んでいたらしいメモの切れ端を、取手へと手渡す。皆守も後ろから覗き込んでみたが、はっきり言って何が書いてあるのかまったく読み取れなかった。それもそのはず、走り書きされたその文字は全て英語だったのだから。 「悪いがな、葉佩。俺らは帰国子女じゃねぇんだ」 英語を寄越されても分からない、と皆守が言うと、葉佩は「ああ、そっか」と頷いて、メモを日本語に読み替えた。 「部屋、対象、行動がワンセット。その部屋のその対象でその行動を取ればゲットトレジャー」 そうして得た宝を依頼人のもとに送ると謝礼がもらえると、葉佩はそう言う。 「しばらくはクエストこなして金溜めようと思ってさ。そういうおれの個人的な事情につき合わせるのも悪いかな、って」 だから葉佩は取手の同行申し出に戸惑い、皆守や八千穂へも声をかけなかったのである。遺跡を暴く《宝探し屋》にしては随分と謙虚な物言いに、皆守と取手は互いに顔を見合わせた。 「でもね、葉佩くん」と先に口を開いたのは取手。 「あの遺跡は化け物もたくさんいるし、一人は危険だと思う。あまり役には立たないけど、せめて一緒に連れて行って貰えれば怪我の手当てくらいはしてあげられるし、助けも呼んであげられる」 僕は君の力になりたいんだよ。 淡々と語られるその言葉に偽りはない。葉佩にもそのことは分かるのだろう。長身の取手を見上げて、にっこりと口元を緩ませた。 「ありがとう、取手。じつはおれも一人は寂しいなって思ってたんだ」 良ければついてきてくれる? その誘いにもちろん取手は大きく頷いた。 「だから、どうして俺まで?」 なんとなくこうなるだろうな、とは思っていた。あの場面で皆守だけじゃあさようなら、と部屋に戻れるわけがないだろうな、と。 「だって、取手も来てくれるっていうし、じゃあついでに皆守にもおれのわがままに付き合ってもらおうかなって」 「何で『ついでに』になるのかが分からん」 「ほら、よく言うだろ。『一人も二人も同じだ』って」 「言わねーよ」 遺跡を進みながらの二人の言葉の応酬に、堪らず取手がくすくすと笑いを零す。それを聞きとめた皆守がちらりとこちらを見てきたが、彼は何かを諦めたようにはあと大きく溜息をついて視線を前へ戻しただけだった。 そんな保健室仲間へ「ごめんね」と小さく謝って、取手はふと思う。 まさかこの遺跡の中でこんな風に笑う日が来るとは思ってもいなかった。あの頃はただこの遺跡に巣食う暗闇と、その向こう側から滲み出てくる忘れたい過去に怯え苦しんでいた。そんな日々から救い出してくれたのが前を歩く小さな宝探し屋だとは今でも信じられない。しかしそれでも、あの背中に取手は救われた。それだけは確かな事実だ。 葉佩を見やって自然に浮かべられた笑みに、振り返った皆守が気づく。 咥えていたアロマスティックを左手で弄びながら、彼は「取手」と名前を呼んだ。 「お前は……あいつに救われたのか?」 どこか言いにくそうに告げられたその問いに、取手はにっこりと笑みを浮かべた。 戻る↑ next story→ 2006.12.12
かまちと一緒。 |