ヨンパチ。その2(1)


 ヴァチカンに本部を構える祓魔師団体、正十字騎士團は各国に支部を持つ。それぞれに支部長を据え、自国内の悪魔問題は自国内の祓魔師で解決に当たるのが常だ。しかしなかには自国の祓魔師だけでは対処しきれない事案が発生することもあった。そんな有事の際には本部所属の優秀な祓魔師たちが派遣されるのだがごく稀に、他支部から応援が派遣されることもある。それは人手が足りないだとか、あるいは本部所属の祓魔師たちの気が乗らないだとか、そんな真偽の疑わしい理由に寄ることが多かったが、命が放たれたのならば従わざるを得ない。勤め人の悲しい性である。
 イギリス国内にある、無駄に広く無駄に装飾品の多い館の一室。それなりに地位があり身分があり裕福であると思われる中年の男がひとり、黒いコートを着たふたりの祓魔師へ怒鳴り声を放っていた。

「良いから早く聖騎士を呼べと言っておろう!?」

 私が呼べと言っているのだすぐに連れてこい、と捲し立てる男を前に、お前は一体何様だと言いたくなるのを若い祓魔師はぐ、と堪える。口にしたところで、「我がセシル家のことも知らぬと言うか!」とどうでもいい家系自慢が始まるだけだろう。これだから貴族の血の入るものは、と心の中だけで悪態をつき、「どうぞ、落ち着いてください」と男を宥めることに注力する。

「現在応援を要請しておりますので」

 しばらくもしないうちに増援が到着するはずだ。情けのない話ではあるが、今回派遣された祓魔師ではこの任務は荷が重い。どうにかできるか、とリーダとなる上二級祓魔師を中心に手を尽くしてみたが道は見つけられず、今その祓魔師が本部へ援軍を掛け合っている。しかし、依頼主が望む通り聖騎士直々にやってくるかどうかは分からない。派手なデザインの真っ白いコートを恥ずかしげもなく着こなす現聖騎士は、力量を見れば確かに祓魔師最強であると言えよう。しかしどうにもその言動が苦手で、できれば下につきたくはないというのが本音である。聖騎士ではなく、それでも今回現れた悪魔を退けることができるほど優秀な祓魔師に是非やってきてもらいたいものだ。
 依頼主が誇るものに幾何の価値も見いだせず、相手をするのに嫌気を覚えながらそんな無責任なことを考えていたところでこんこん、と無駄に重厚な扉がノックされる音が響いた。気配を探る、悪魔ではない。もうひとり依頼人の警護として残っていた同僚と共に軽く身体を緊張させて扉を開ける。視界に入り込んできたものは、誰もいない廊下の様子。やはり悪魔であったか、と身構えたのも一瞬のこと、「どうも初めまして」と声が聞こえ、彼が視線を下ろせばそこにはふたりほど、アジア系と思われる祓魔師が立っていた。

「本部より援助指示を受けて参りました。日本支部上二級祓魔師、三輪子猫丸です」
「同じく日本支部所属、中一級祓魔師、杜山しえみです」

 そう名乗ったふたりは一見子供かと思うような容姿をしており、招き入れた祓魔師はきょとんとしてしまう。提示された免許証を確認すれば確かに彼らの言葉に偽りのないことは分かるが。

「――ッ! この子供が増援!? 騎士團は私を馬鹿にしているのかっ!」

 だん、とテーブルに両手を叩きつけて依頼主の男が叫ぶ。こうなるだろう、と思っていたため眉を顰めただけで済んだが、今やってきたばかりの女性祓魔師の方は小さく悲鳴を上げて肩を竦めていた。

「欧米の方から見れば、アジア人は童顔ですからね。これでも我々ふたりとも二十五です……っと、女性の方の年齢を口にするのは失礼やったですかね」

 言葉の前半は依頼主の前に免許証を提示しながら英語で口にされ、後半は控えていた女性祓魔師に向かって日本語で放たれたものだ。ふたりを招き入れた若いイギリス人祓魔師は学生時代から日本語を学んでいため理解できたが、依頼主を含めたほか二人にはそれが日本語であることも分からなかったかもしれない。
 三輪と名乗った男の言葉に女性祓魔師はふふ、と笑った後、「これ見せたら一緒だよ」と同じように祓魔師の免許証を提示した。
 退く様子を見せないふたりのアジア人に依頼主は更に苛立ちを覚えたらしい、「年齢の問題じゃないっ!」と声を荒げて言う。

「上二級に中一級!? 今回派遣された祓魔師も上二級だったというじゃないかっ! もっと有能な奴を連れて来いと私は言っているのだ!」

 早口な上に大声であるため、聞き取りづらかったのだろう。首を傾げるふたりが見ていられず、思わず横から意訳して伝えれば、女性祓魔師、杜山がぱぁ、と表情を明るくして笑みを浮かべた。

「あなたがマンセルさんですね」

 日本語で口にされた言葉に頷けば、三輪の方も「助かります」と頭を下げる。どうやら日本語のできる祓魔師がいるから、話が分からなければ通訳を頼めばいいと言われていたらしい。

「日常会話程度ならば支障はありませんので、困ったときにお力を貸していただければ」

 英語で乞われた願いにOK、と頷いて、とりあえず依頼主と増援に現れた日本支部の祓魔師ふたりをソファへと腰掛けさせる。何にしろ話をしてもらわないことには事態が進まない。

「ええと、ミスターセシル。確かにあなたの仰ることはご尤もですが、我々祓魔師は単独で任務に当たるわけではありません。現れた悪魔に合わせてチームを組み、それぞれの能力を活かして仕事をさせていただきます」
「私と三輪くんはまず、詳しいお話を伺うためにお邪魔させていただいたんです。もちろん、騎士團の方から状況説明は受けておりますが、やはり一番詳しい方からもお話を伺わなければなりませんから」

 少したどたどしい英語ではあったが、杜山の丁寧な言葉遣いのそれに依頼主の方も若干怒気が削がれたのだろう。うぉっほん、とわざとらしい咳払いを一つしたあと、鷹揚に語り始めた。この度、彼が持つ別荘でどのような事件が起きたのか、を。如何に自分が被害者であるか、如何に事態が急を要するかを多分に誇張を含めた表現で。
 彼の語る言葉をすべて真に受け、今すぐにでも現場へ、と言いださないかハラハラしていたが、事前に本部から話を聞いてきたためなのか、あるいは何か別の考えがあるのか、三輪と杜山のふたりはときおり相づちや質問を挟みながら、依頼主の話を聞いていた。

「娘はっ! 今もあの館のどこかにいるはずなんだっ! 早く助けてやってくれ」

 自分で語る言葉に酔いしれているのか、涙を流して懇願する男へ、「ご安心を」と杜山が笑みを浮かべて答える。

「我々祓魔師は、心清きひとを見捨てません」
 そして生存の可能性が一パーセントでもあるのならば、決して諦めません。

 ほんわかとした穏やかで優しい雰囲気を持つ彼女ではあったが、きっぱりと言い切られた言葉は力強く、プロとしての意識の高さが伺える。状況を理解したうえで本部から寄越された祓魔師なのだ、たとえ階級が高くなくともやはりそれなりに優秀なのだろう。
 胸ポケットから取り出した手帳を捲り、「此度の悪魔は、」と三輪が言葉を放つ。

「おそらくは氣の王の眷属、それもかなり上級の悪魔でしょう。館のある周辺で悪魔が関係するような事件は、少なくとも過去三百年の間は起こっていない」
「……それより昔の悪魔だというのか」
「ああ、いいえ、すみません、時間がなかったので三百年が限界でした」

 申し訳なさそうに謝る三輪へ、「なんだそれは」と依頼主は鼻を鳴らしているが、彼の言葉がどれほどの凄さを持つのか分かっていないのだろう。

「調査されたのですか、この短時間で」

 援軍の依頼を送ったのは今朝になってからのこと。現在時刻は午後二時を過ぎたところで、すぐに本部から援助要請があったとしても長く見積もって六時間ほどしかないのだ。その六時間で、ターゲット地域の過去三百年を洗うなど、並大抵のことではない。

「ああ、僕ひとりではありませんよ。杜山さんも一緒でしたから」

 マンセルの言葉に三輪はそう笑って言ったが、たとえふたりで行ったとしてもやはり口で言うほど簡単なことではない。日本人は出しゃばらず謙遜することを美徳とする文化を持つらしいが、なるほどこういう態度のことか、とマンセルはひとり頷いていた。

「今回上級悪魔が現れた原因が今にあるのか、過去にあるのか。それによって対処の仕方が変わってきますから」

 祓魔師の間では常識であるその言葉をわざわざ口にしたのは、依頼主へ理解してもらうためだろう。しかし男は「だったら尚更!」と眉を吊り上げる。

「今すぐに館へ向かって原因を調べたらどうだ!?」

 こうしている間にも娘は……! と顔を覆って嘆き始め、杜山が慌てて声を掛けていた。
 悪魔が現れたとされる館は、セシル家の別荘でありここより北の山間に建てられたものである。都会の喧騒に疲れた時に向かうだのなんだの、金銭に余裕のあるものはそういった第二の邸宅を持ちたがるらしいが、彼もその例に漏れなかっただけのことだろう。そこで怪事が続き、祓魔を依頼しようか考えていたところで、十五となる彼の娘が姿を消した。いや正確に言えば、彼の娘だけを残し、他のものがみな館から追い出されてしまったのである。どうあっても館に入ることはできず、近づこうものなら傷を負う始末。そんな顛末を経て、知り合いの伝手を辿って騎士團イギリス支部へ依頼がもたらされた。
 もちろんすぐさま祓魔チームが派遣されたが、館の中に現れたと思われるものからの攻撃がすさまじく半径百メートル圏内に近づくこともままならない。強行突破してみた騎士のふたりが館の中で悪魔の姿を確認しているが、上二級の彼らでも太刀打ちができなかった。その作戦では間違いなく悪魔の仕業である、ということが確認できただけ。
 そう説明したところで、悪魔の力がどれほどのものであるか、理解しない一般人にはまるで伝わらないことの方が多い。祓魔師だから何とかしろ、とただそう言うだけなのだ。
 確かに祓魔師は悪魔と対峙し祓うのが仕事である。しかしだからといって万能であるわけでもない。できることとできないことがある、というのを、自分の知識の範囲外でのことだとどうにも人間は理解してくれないのだ。
 今すぐ館へ、と怒鳴る依頼主を「そちらには既にふたり、向かっておりますから」と杜山が宥める。

「ふたり!? たったふたりで、一体何ができると……っ!」

 拳を振り上げて男がそう口にしたところで、再びノックの音が室内に響いた。黙って事の顛末を見守っていたマンセルの同僚が扉を開ければ、入ってきたのはまたしてもアジア人。しかしその体格は欧米人かと思われるほどしっかりしており、何がそんなにつまらないのか難しそうな表情を浮かべていた。

「坊、早かったですね」

 日本語でそう口にし立ち上がった三輪を制した男は、日本支部所属上一級祓魔師、勝呂竜士と名乗った。名前のどこにも「ボン」という響きが入っておらず、三輪の呼びかけの意味が分からなかったがあだ名のようなものだろう、と理解しておく。そんなことよりも、マンセルはどうにも彼らの名前が引っかかって仕方がなかった。三輪や杜山の姿を見たときはまさか、と頭の中から追い払っていたが、三人目として現れた彼の名前もやはり聞き覚えがある。
 メフィスト・フェレスと名乗る道化悪魔が支部長を務める日本支部では、少々変わった祓魔師が多く揃っているので有名だ。その中でも群を抜いて変わり種と称されるチームがあった。普通ならばチームを組むメンバは毎回依頼に合わせて異なるものだが、彼らはどんな任務でも同じメンバで向かうらしい。日本支部内で呼ばれていた彼らの通称が他国支部にまで広まってしまったのも、固定メンバであることが一端かもしれない。男女合わせて七名の若き祓魔師のチームである。

「軽ぅ話聞いてきたけどあんま役には立たへんな。見たところ志摩より若干下くらいやったから、それなりに力量のある騎士がふたりがかりで手に負えんかったっちゅーことくらいや」

 日本語であるのだろうが、あまり聞いたことのない言葉づかいだ。おそらく地方訛りがあるのだろう。ふたりの怪我の様子は、と杜山が尋ね、話ができる程度にはぴんぴんしとったわ、と勝呂が答えた。どうやら彼は、マンセルたちと共に館へ向かい、潜入してきた騎士ふたりへ話を聞いてきたらしい。

「良かった」

 ふんわりと安堵の笑みを浮かべる杜山に、勝呂と三輪が顔を見合わせて肩を竦める。彼女の人を思いやる優しい言葉に、また始まった、と言わんばかりだ。

「そん騎士ふたりもはっきり悪魔の姿見とるわけやないらしい。本体の場所も特定できとらん」
「すみません、我々の力不足で」

 勝呂の言葉に日本語でそう口を挟めば、視線を向けてきた彼は「何言うとんのや」と眉を顰めた。

「あの上級悪魔前に、騎士ふたりの軽傷で済んどんのやで。あんたの上司の判断は的確やし、生きて帰ってきたふたりもかなりの実力や。たまたま相手の悪魔の力に及ばんかっただけやろ。見極めた上でチーム再編成すれば十分支部内でも対処できたはずやで」

 今回は急ぎっちゅー話やったから俺らが来とるけど、と言いながら、勝呂はちらりと依頼主の男へ視線を向けた。無茶振りを通したのがイギリス支部の祓魔師ではなく、この依頼人の方であることを見抜いているのだろう。応援要請が来たからといって、決してこちらの支部を軽視しないその態度は非常に好感が持てる。ありがとうございます、と思わず英語で礼が零れた。
 三輪子猫丸に杜山しえみ、そして勝呂竜士。日本支部に属する若き祓魔師たち。すすす、と側に寄ってきた同僚が「なあ、もしかしてこのひとらって」と囁いてくる。彼も気が付いたのだろう。こくりと頷きを返した後、「あの、」と日本支部の三人へ声を掛ける。

「あなた方がいらっしゃっているということは、もしかして、」

 今回増援として寄越された祓魔師というのは、と言葉を続けようとしたところで三度ノックの音が響いた。

「しっつれーしまーっす、志摩廉造、帰還しましたー」

 返事も待たずにがちゃりと扉を開けて入ってきたのは、薄茶色の髪に左目の上に傷痕を残した男だった。

「廉造、依頼人の部屋やで。返事くらい待ちや」

 そう窘める勝呂へ「すんません」とへらり笑う顔はどう見ても反省している様子がない。そんな優男の後ろから続いて入ってきたのは、勝呂に負けず劣らず長身で体格の良い眼鏡の男。ひどく落ち着いた物腰である彼の名を知らぬものはいないだろう。史上最年少で祓魔師となり、聖騎士となりその地位をはく奪され、階級が落ちたにもかかわらず再び実力でのし上がってきた男。
 これがあの有名な、と思いながら見ていたマンセルの前で、室内に入り勝呂の姿を認めた途端、彼はぶはっ、と盛大に吹き出した。

「え、まだツボってはるんっ!?」
「…………おい、廉造、何があったんや」

 自分を見ると同時に腹を抱えて笑い出した祓魔師を前に、ひくりと口の端を引きつらせて勝呂が説明を求める。彼に同行していたらしい祓魔師が「や、えーっと……」と視線を泳がせて言葉を濁していた。ええから説明せぇや、という脅しに屈した彼(志摩と名乗っていた)が言うには、館の中で悪魔からかなりの攻撃を受けたらしい。あっさりとそう口にする彼だが、マンセルたちイギリス支部祓魔師からすればそもそもあの館に侵入し、帰還できたことだけでも驚くに値する行動である。

「や、マジこれ死ぬ、殺されるっちゅーくらいでしてね?」
「お前があんくらいで死ぬわけないやろ。怪我ひとつないやないか」
「そりゃ死ぬ気で避けまくりましたもん。でもそんなかで、こう、ちりっと一発もらいかけまして」
「志摩さんが?」
「はいな、その志摩さんが」

 驚いて声を上げたのはソファから腰を上げていた三輪であり、その隣で杜山もまた目を丸くしている。どうやら彼らにとって志摩という男が攻撃を食らうということは、かなり重大な出来事らしい。それもそうだろう、もしこの人物たちがこちらの支部にも話が伝わっている噂の彼らであるのだとすれば、レンゾウ・シマという人物は決して怪我を負わない、とされる男なのだから。

「それが後頭部の真ん中あたりだったもんで、俺、思わず『逆モヒカンになったらどないしてくれんねん』って叫んでもうたんですわ」
「……で?」
「で。このおひと、どうもその逆モヒカンってのが想像できなかったみたいで、こう、坊の髪型の逆やとかなんとか、説明しているうちに、何がどうツボったのか……」

 この状態なのだ、と未だ肩を震わせて笑っている男を指さして志摩は言った。

「……若先生、ええ加減にしてくれませんかね」

 眉間のしわを深めた勝呂が低い声でそう言うも、その祓魔師には届いていない。決して勝呂とは視線を合わせようとせず、明後日の方向へ顔を向けたままでいるものだから余計に腹立たしいのだろう。物騒な雰囲気を醸し出し始めたところで、室内に響く四度目のノック。

「失礼します。神木出雲上二級祓魔師、応援要請のため日本支部より参りました」
「同じく、奥村燐、ただいま到着、っと……何やってんだ、雪男」

 現れたのは艶やかな黒髪を背に流したきつめの顔立ちをした女性と、真っ青な猫目を人懐っこそうに細めた男の祓魔師(頭の上に黒猫を一匹乗せている)。彼らが口にした名前を耳に、疑惑は確信に姿を変えた。
 先にやってきていた三人に加え、志摩廉造、神木出雲、奥村燐、そしてもうひとり名乗ってはいないが名は分かる、奥村雪男という名で奥村燐の双子の弟のはずだ。日本支部に所属する若き祓魔師である彼ら七人。その名前はチーム名と共に、他国の支部の間でも有名なのだ。

「……まさか、『ヨンパチ』がいらっしゃるとは」

 マンセルが思わず呟けば、「聖騎士じゃなくて悪かったわね」と神木に睨まれてしまった。

「あ、いえ、そういう意味では……」

 むしろこちらとしては聖騎士が来られるよりはマシだと思ってしまうくらいで、と言ってしまっても良いものか悩んでいれば、「雪男?」と黒い尾を揺らしながら青年が笑い続けている男へ歩み寄って行く。人間にはない尾をさして気にする様子も見せず外へ晒している彼は、悪魔の血が流れている存在だ。

「燐、それお前の弟やろ。何とかしぃや」

 もう半ば諦めたような口調で言う勝呂へ、「あー」と眉を顰めた燐は口元を覆って笑っている弟を覗き込みだめだこりゃ、と肩を竦めた。

「こいつ、一回ツボると飽きるまで笑い続けんだよ。しかも笑いのツボがずれてんの」

 ちなみに今回は何が原因? と尋ねる燐へ、志摩は先ほどと同じ説明を繰り返し、やはり意味が分からなかったのだろう、兄はこてんと首を傾げて言った。

「相変わらず雪男のツボが理解できねぇ」

 なんで逆モヒカンでここまで笑えるんだよ、と呟いたあと、「雪男、」と弟へ声を掛ける。

「おーい、ゆきおー、ゆきー、ゆきちゃーん」

 お仕事なんですけどー、と声を掛ける兄へ、くくく、と笑いながら「ご、ごめ、りんちゃん、」と弟がようやく僅かな言葉を発した。

「わかってる、から、ちょ、っと待って……っ」
 モヒカン勝呂くんと逆モヒカン志摩くんの頭がドッキングしたらきっと消えてくれるんだよ、テトリスみたいに。

 はひはひと、整わない息の下言い切られた言葉に、燐は雪男の頭を二度、優しく撫で「ごめんな、雪ちゃん」と顔を歪めて言う。

「にーちゃん、お前の言ってることがさっぱり分かんねーわ」

 あっさりと匙を投げた燐は、「とりあえず話、進めとこうぜ」と弟を放置して他の仲間を促した。

「……今このひと、『燐ちゃん』って言ったわね」
「ツボってる間はどうも頭ぶっ飛んでるらしくて、子供返り起こすんだ、こいつ」

 可愛い奴だろ? と機嫌良さそうに笑って言う燐へ大きくため息をついたあと、神木は「ブラコン兄弟」と非常に的確な罵声を投げつけた。




2へ
トップへ

2012.08.13