ヨンパチ。その2(2) 悪魔の血の流れる奥村燐、雪男という双子の兄弟を筆頭に、重たいアサルトライフルから小型の拳銃まで自在に操る勝呂竜士、逃げることに関しては誰よりも優れている志摩廉造、どんな聖典も一字一句違わず唱えることができるらしい三輪子猫丸の仏教系祓魔師三人、加え巫女の血筋であり神の遣いを呼び出せる神木出雲に、一度ターゲットと決めた悪魔は決して逃さないと噂の杜山しえみ。 彼ら七人が、日本支部きってのエースの集まりとされるチーム『ヨンパチ』のメンバである。当然みな日本人であり使用言語は彼らが慣れ親しんだものであるため、打ち合わせもそれを使ってのものとなるのだが。 「お邪魔でしたらどこか別の場所で行いますけれど」 この場には日本語を理解できない依頼主がいるからだろう、三輪がそう申し出るが、それを拒んだのは依頼主の方だった。むしろ彼は私に分かる言葉で打ち合わせをしろ、とまで言う。作戦を理解できるとも思わないが、詳しく知りたいという気も分からなくはない。しかし、祓魔活動は命の危険を伴うものであり、不慣れな言語で行ったが故仲間同士の連携が崩れては元も子もない。あとで日本語で打ち合わせをするのも二度手間であり、「そこは私が通訳しましょう」とマンセルが申し出た。依頼主の我を通そうとしたせいで折角の応援をふいにしたくなかったのだ。有名なチームがどんな会話をし、どう動くのか間近に見ることのできる機会など今後ないかもしれない。 ではお願いします、と三輪が頭を下げ、依頼主もそれで一応は納得をみせた。 「それでターゲットの場所は?」 まずそう声を上げたのは神木と名乗った女性祓魔師である。杜山の座るソファの後ろに立って腕を組む彼女の言葉に、「はいはい、どーぞ」と志摩が懐から一枚の紙を取り出した。ローテーブルの上に広げられたそれは、件の館の見取り図であることが分かる。一階と二階、それに地下室の間取りの描かれたそれの一室を、とん、と志摩が指で押さえた。 「二階の東? なんや、妙なところにおんな」 呟いた勝呂の言葉が理解できたわけではないのだろうが、依頼主がぽつりと「娘の部屋だ」と声を零す。日本人祓魔師たちもその単語は聞き取れたのだろう、ふぅん、とそれぞれが頷いたあと、「確定、ね」と神木が肩を竦めて言った。 「んー、まあ、まだ生きてはるとは思うよ。リミット的には今日一杯ってところやと」 「志摩さん、悪魔とその娘さん、見はったん?」 「や、とりあえず位置の確認だけやから、って中までは入らへんかってん。外からギリで俺が分かるくらいやったから、持って二十四時間」 「今日の太陽の出ている間に何とかしないと、ってことだね」 杜山がそう口を開き、「そうですね」と三輪が頷いて同意を示す。その二階の端にある部屋に今回の異変を引き起こしている悪魔と、行方不明になっている娘がいるのだろう。彼女が現在どういう状況になっているかは分からないが、瘴気の濃い悪魔の側にいること自体人間の身体には害となる。今日中の救出が、彼女の命の安全の最低条件らしい。マンセルがそう理解したところで、「……あんた、これ、通訳しないほうがいいわよ」と神木が話かけてきた。依頼主には東の部屋に悪魔がいるらしいこと、娘がまだ無事であるらしいことだけ訳して伝えてあるがリミットまでは口にしていない。 それを知ったが故依頼主が騒ぐことを防ぎたかっただけなのか、あるいはそれが彼女なりの優しさなのかは分からなかったが「分かってます」と頷いておく。 「差しさわりのない部分だけ伝えますから」 そう答えれば、彼女は「あっそ」とだけ返事を寄越した。 「子猫、この近辺で過去に悪魔の出現は無い、言うたな?」 「ええ。僕と杜山さんが調べた限りでは」 「支部、本部の方でも軽く聞き込みしてみたけど、それらしい話はまるでなしね」 三輪、神木の言葉に「だったらやっぱり、」と杜山が沈んだ表情で呟いた。 「原因は現在、しかもその行方不明の娘とやらが関係している可能性、大やな」 言葉を引き継いで口にした勝呂がそう結論づける。マンセルたちが属するチームでも同じ結論に至っているため異論はない。始めからそのことを伝えていても良かったのだろうが、彼らも知っていた上で事実確認をしているのかもしれないと黙っておいた。 「あれだけの上物ですからねぇ。自然発生するとも思えへん。どこぞより流れてきたらそれこそ現地支部の祓魔師が気づくやろうし」 ちらりと志摩から視線を向けられ、軽く首を振って返答としておく。もちろんそのような事実はまるでなく、今回の上級悪魔の出現はこちらとしても寝耳に水の状態であった。言い訳がましいが、だからこそチーム編成が上手くいかず本部へ援軍を願ったのだ。 「せやったらあとはまあ、あんま考えたくはあらへんけど、繋がってもうてる、ってことくらいしか」 「まあ、そうなるでしょうねぇ」 「ただの一般人にあんな上級悪魔呼び出されたら、祓魔師の名折れよね」 神木が言えば、「偶然やろ、ってゆうてはったで」と志摩が苦笑を浮かべて答えた。彼が視線を向けた先には、共に館へ入り込んだのだろう、奥村雪男の姿がある。ようやく笑いの発作が治まったのか、彼は志摩の言葉にこくりと頷き肯定を寄越した。 「悪魔が開けることはでけへんけど、人間が開けることはできんのや。虚無界のどこに繋がるか分からへんし、誰もおらんところに繋がることの方が多いんやろうけど、今回はたまたま数十万分の一の確率であの悪魔の真正面に繋がってもうた」 「普通に呼ぼうと思えば、かなりの術力か、相当の対価が必要だよ、あそこまで強い悪魔だと」 ねぇ出雲ちゃん、と杜山が振り返って同意を求め、そうね、と神木が頷いた。ヨンパチの女性陣はふたりとも手騎士の称号を持っているはずだ。悪魔を呼び出して力を借りるということについては他のどの祓魔師たちよりも詳しくて当然である。 「そんな悪魔の召喚に人間が耐えられるとは思えませんけど……」 「せやから、まだ完全にはこちらに出てきてへんっちゅーことやろ」 「喰おうにも喰えないのね。けれど逃がすつもりもない、と」 偶然繋がったゲートの先に広がる物質界、目の前に大多数の悪魔が力の根源としている陰なる気を発する人間がいる。それならば欲望のままに喰らおうと手を伸ばすのが悪魔という存在だ。 「まずはそのひとの救出、治療が第一。次いでゲートの閉鎖、ってところですかね」 「そう簡単に閉じられるもんやろか」 志摩が疑問を口にし、「難しいんじゃないかしらね」と神木が答える。 「一度ゲートが繋がった空間は不安定だから、たとえ塞げてもまた開いてしまう可能性が高いわよ」 「向こうに強い悪魔がいればいるほど、だよね」 「安全を期すには、悪魔を祓った上でゲート封鎖、か」 勝呂の言葉に頷きながらも、「俺、ちょぉ気になること、あるんすけど」と志摩が小さく手を上げて言う。 「館に入る前も入ったあとも、こっちに向かってくる攻撃、全部風やったんすよね」 「……それは、現れた悪魔が氣の王の眷属だから、だよね?」 「おん。せやけど杜山さん、ゲートが繋がってんやで? 普通なら、もっといろいろな種類の悪魔が飛び出ててもおかしくないと思わへん?」 「たとえば、そこがちょうど氣の王の領域だった、とか」 「俺も始めはそう思うてたんやけど、それにしてもおかしいんよ。力がどうにも一種類しか感じられへん」 推測を口にした神木へ志摩がそう返し、「じゃあすべてその悪魔の仕業、ってことですかね」と三輪が言葉を放つ。そうとしか思えない、と志摩が頷いて答えるが、それがどうにもおかしな事態である、ということは祓魔師ならば誰もが思うだろう。 本来なら繋がるはずのない虚無界と物質界が繋がってしまった場合、人間を好物とする悪魔がどっと流れ込んでくるのが常である。館周辺での怪事はそういった悪魔の仕業もあると思っていたのだが、どうやら彼らの推測に寄ればそういうことはないらしい。 「他の悪魔はゲートを通っていない、ううん、通ることができない?」 杜山の呟きに「それやな」と勝呂が険しい顔をして頷いた。どうして通ることができないのか。 「件の上級悪魔が道を塞いどるから、か」 物理的にその身体で塞いでいるのか、あるいはこちらへ来るなと力を誇示して脅しているのかは分からない。分からないが、その悪魔がゲート付近にいるせいで(この場合はおかげで、になるのかもしれない)、他の悪魔がこちら側にこれていないようだ。 「それってつまり、そいつ倒したら他のやつらが来ちゃうってことじゃないの」 「……そうなりますね」 ため息とともに紡がれた神木の言葉に、三輪が困ったように笑って頷いた。 「依頼人の娘さんの安全確保と治療、上級悪魔の討伐、加えおそらく上級悪魔の向こう側に待機しているだろう他の悪魔の殲滅、そしてゲートの閉鎖」 指折り数えて、「こんなもんですかね」と三輪が言えば、周りの面々はそれぞれに頷きを返して賛同を示す。一つ一つの活動はさほど困難ではないかもしれないが、それらをすべてこなそうと思えば、かなりの実力が必要となるだろう。本当に可能なのだろうか、と思いながらも掻い摘んで依頼主に説明をしている間に、彼らは具体的な方法を練り始めた。こちらはそれぞれ個々の能力を把握していなければできない会話であり、伝えたところで依頼主には理解できないだろうと通訳を省くことにする。 誰がどのタイミングでどう動くのか。その確認をしている日本支部の祓魔師たちを見やりながらマンセルがちらりと視線を送る先は、我関せずとばかりに壁際に立つふたりの祓魔師、奥村兄弟である。 彼らの身体に悪魔の血が流れていること、兄が青焔魔の青い炎を継いでいることは騎士團のなかでも有名であり、未だ処刑すべきだと声高く主張するものも多いと聞く。正直なところ、祓魔師ならば誰もがその青い炎を忌み恐れるだろう。どういった経緯があるのかは分からないが、兄弟とチームを組むだなんて相当の覚悟がなければできない、とそう思う。 「……奥村さんたちが指揮をとっているわけではないのですね」 海外支部にまで名をとどろかせている日本支部のチーム『ヨンパチ』。魔神の落胤である双子の兄弟に加え、彼らと最も親しいと言われている祓魔塾での同期生たちから成るチームであるが、当然双子のうちのどちらか(あるいは両方)がリーダとなってチームを纏めているのだと思っていた。しかし、どうにも作戦会議に口を挟む様子は見られない。そのことに疑問を覚え思わず言葉が零れてしまった。 それを聞きとめたチームメンバ全員から視線を向けられ、「あ、いえ、」と口ごもってしまう。なんとなくそう思っていたのだ、と言葉にすれば、あはは、と楽しそうな笑い声が壁際から上がった。 「俺に指揮とか無理だもん。俺、バカだから、自分のやること理解するだけで精いっぱい」 「自慢げに言うことやあらへんね」 えっへん、と胸を張って言う燐に、三輪が呆れたようにツッコミを入れた。 「そういえば、雪ちゃんはあんまり、作戦に何か言うことってないよね」 今指摘を受けて初めて気が付いたのだろうか、杜山がどうして? と首を傾げる。彼女が目を向けたさきの青年は、先ほどまでの馬鹿笑いしている姿が幻だったのでは、と思うほど穏やかな顔をして口を開いた。 「とくに大きな理由はありませんよ。強いて言えば生徒の自主性を重んじると言いますか」 「ははっ、俺ら、いつまでたっても生徒のまんまなんやねぇ」 兄弟の弟である方は、確か祓魔塾の講師をしていた、という話だ。チームメンバはそのころの生徒たちでもある、と。 「あとはまあ、僕たちが中心にいると思われては多少問題がありますしね」 魔神の落胤ということで、兄弟は常に監視の目に晒されているといっても過言ではない。そんな彼らが仲間を率いていると思われては、その仲間たちもまた危険視される可能性があるのだろう。 「ですから、あなたはぜひとも、『魔神の落胤はチームメンバにこき使われてるだけだ』という話を支部の皆さんにしてくださいね」 雪男にそう言われ、はあ、と曖昧に頷きを返す。 「こき使うとか、人聞き悪いこと言うなや」 眉間のしわを深くして放たれた勝呂の言葉に、「あれ? だったら僕は今回、不参加ってことでもいいんです?」と悪魔の弟は笑って首を傾げた。 「それこそアホ抜かせ。ひとりだけ楽さすわけないやろ。ゲート閉じるの、お前やからな」 「……ほら、こき使われてるでしょう?」 そう同意を求められ、「みたいですね」と返しておいた。チームメンバの力関係がいまいちよく分からない。どうにも誰かひとりが上官であるだとか、リーダであるだとか、そういうことはないようだ。そう口にすれば、「対等っつーか、まあ仲間だしな」と燐が笑って言う。当然作戦下においては司令塔的な役を置くことはあるが、それ以外にリーダはさして必要ないのだ、と。そんなチームはかなり珍しいだろうと思う。 ←1へ・3へ→ ↑トップへ 2012.08.13
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