ヨンパチ。その2(4)


 個々人の能力がそれぞれ秀でているというのもあるが、彼ら『ヨンパチ』の凄まじさはその結束力にあるのかもしれない。互いの能力を把握し、頼りすぎず任せすぎず、かといってそれぞれが出しゃばったりすることもない。その加減を見極めるには相当の信頼関係が築けていなければ無理であろう。
 とにかく結界の強化を続けてください、と言われているため、補佐としてやってきたイギリス支部の祓魔師たちは詠唱を続けているが、彼らの目は内部で繰り広げられている戦闘に釘付けだった。
 まず何より目を引くのが、悪魔に追いかけられていながらもまるで傷を負った様子のない男である。背後から繰り出されている攻撃はかなりの数であるだろうに、ほとんど振り返ることもなく避けていく姿は圧巻ものだ。その姿を追いかけているうちに、マンセルはふと気がつく。追いかけている悪魔の数が徐々に減ってきているのだ。
 確かに、志摩の仲間たちがそれぞれ自分たちの方へ悪魔を引き寄せているため、館から出てきたときより彼を追いかける悪魔の数は三分の一以下になっているだろう。彼自身時折錫杖で悪魔を祓っているが、それにしても減りが早すぎる。
 その原因は、若干離れた場所から放たれる弾丸にあった。一匹一匹確実に打ち落としていく様子が見て取れ、ライフルを握る竜騎士の腕前が相当なものであると知れる。そして彼の射的圏内に悪魔を誘導している志摩の判断力もすごい。
 そう思っていれば、件の竜騎士が身を隠していた岩場から姿を現した。手にはどうやら短銃を握っているようだ。

『あれ、坊も出てきはるんすか?』
『そろそろ限界やろ、お前が』

 ゲートから悪魔を引き離したときから、志摩はずっと走り続けているのだ。さすがに体力も集中力もそろそろ切れる頃合いである。ガウン、ガゥン、と弾丸を放ち、勝呂は志摩を追いかけていた悪魔たちの意識を自分の方へ向けさせる。多数の悪魔の前に敵として立ちはだかることに一片の戸惑いも見られない行動である。

「うわ、坊、相変わらず無茶しよりますね」
「無駄口叩いてる暇ないで。今度は俺を守るために走らんかい」

 きっぱりと言い切られた言葉に笑い声を上げた志摩は足を止めて息を整えたあと、「了解」と錫杖を握る手に力を込めた。




 幼なじみたちの戦闘を遠目に、三輪は詠唱騎士として聖典を唱え悪魔を滅している。基本的に直接対峙していなければ詠唱は効果がないが、彼は札と数珠を効果的に利用し、目の届く範囲の悪魔を祓っていた。その仏僧の傍らに控える女性は、両手両膝を地面について目を伏せたまま、淡々と言葉を紡いでいる。

「……北北西300、南西210。三輪くん、南東110、行ける?」
「大丈夫です、二匹終了」
「東90」
『ウケ! ミケ!』

 無線の神木を含めた三人のやりとりは、見ているだけではよく理解できないだろう。杜山の口にしている数字が、館を中心とした方向であるということだけは分かる。

「南180、って目の前だね」
「ですね」

 笑いながら答えた三輪の前には、中で戦っている四人から逃れてきたらしい悪魔の姿がある。「オン」と数珠を鳴らしそれを祓う姿に、ようやく彼女が告げていた方角が、結界に近づいてくる悪魔の位置であることに気がついた。

「東20、東90」
『ッ! ごめん、しえみ、90は間に合わない』
「大丈夫、私が行ける。出雲ちゃん、西260」
『OK』
「みーちゃん、おいで!」

 東九十度、館の真東にあたるその方向へ視線を向ければ、『みーちゃん』という名からは想像もつかないほど巨大なゴーレムがそこに現れていた。

「ふふ、逃げられないよ? にーちゃんたちの根っこが全部、教えてくれるから」

 植物を愛し、自然を愛する彼女はまた、大地の眷属たちから愛されてもいる。手騎士として呼び出した彼らに助力を乞い、大地に走らせた根から範囲内の悪魔の動きを読みとっているのだ。

『北340、出雲ちゃん、その子ちょっと危険』
「分かってる、しばらく集中するわよ」

 無線から杜山の指示が流れてくる前に、神木はこちらへやってきていた悪魔に気がついていた。もしかしたらやってきた悪魔の中では最も厄介な相手かもしれない。その力の強さに結界に歪みができるほどだ。

「何やってんの、あんたたち、詠唱騎士でしょ! 根性見せなさい!」

 控えて結界の強化に当たっていたイギリス人祓魔師たちに日本語で檄を飛ばし、太腿のホルダーから取り出したナイフで親指の先を切る。滲む血を擦り付ける先は己の額だ。
 手騎士として悪魔を呼び出すには魔法円が必要となる。紙に描かれたものでも地面に描かれたものでも何でもいいのだが、何らかの物体に寄ればそれが破壊されたときに呼び出すのが不可能となるのだ。そんな事態を防ぐために、手騎士の中には己の体に陣を彫り込むものがいた。しかしそれでも腕や手、せいぜいが腹といったあたりだったが、神木出雲という巫女の血を引く女性はそれでは満足しなかった。己の駒として異界のものを呼び出すのだ。こちらもそれなりに覚悟を見せ、命を懸けるのが礼儀である。「それでおでこにしちゃうあたりが出雲ちゃんらしいね」と、今は祓魔とは無縁な職に就いている親友に笑われたが、心臓を懸けるよりも脳を懸けた方がいいと、そう思ったのだ。
 神木の呼び出す使い魔に、知性の高いものが多いのもそのせいなのかもしれない。

「稲荷神に恐み恐み白す!」

 現れたのは普段側に控えさせている二匹に比べ、神格が高い白狐である。今現在、手騎士としてここまで神に近い存在を呼べるのは、彼女くらいなものであろう。宗教、文化の違いはあるだろうが、それでも祓魔師として様々な存在に触れていれば現れた白い狐が如何に力を秘めているのか分からないはずがなかった。

「折角呼び出したんだから、少しは役に立ちなさい」
『ふん、相変わらず、高飛車な女子だの』
「高飛車でないと従わないでしょ、あんたたちは!」




 会話の多い三人に比べ、戦闘が始まると同時に途端に静かになってしまったのは、魔神の血を引く双子であった。ずっと悪魔と戦ってたら静かでいいんじゃないの、とは双子の兄弟喧嘩に巻き込まれては文句を口にする神木の言だ。
 黒いコートの裾を翻し、真っ青な炎を宿した刃を振り下ろして悪魔を滅する。まるで身体にバネでも仕込んであるのではないかと思うほどしなやかに飛び跳ねるその様は、猫科の獣のようであった。弟の銃口から放たれた弾丸が決して己を貫かないと知っているのだろうか。自由に動き回る様子に戸惑いは欠片もない。そしてまた弟の方も、兄の動きなどまるで気にする様子も見せずに引き金を引いて無数に弾丸を飛ばしては、弾倉を入れ替えていた。
 正面にいる悪魔の胴を刀で薙ぎ払い、真っ青な炎が吹き上がることを確認せずに燐はとん、と地面を蹴る。たった今まで己の兄の頭があった箇所に雪男が弾丸を撃ち込んだ。寄ってきていた悪魔を撃ち抜いた弟の背後に着地した兄は、炎を宿したままの指でするり、と雪男の太ももを撫でてまた飛び上がる。首に下げた騎士團のペンダントを揺らし、不敵に笑みを浮かべるハーフ悪魔は、青く揺らめく儚げで妖しい炎を完璧に己のものとして制御しているようだった。
 対して、双子の兄に触れられた弟の太腿にも青い炎が燃え移っている。青焔魔の炎をその身に宿し、生み出すことができるのは兄の方だけだ。しかし、真っ青なそれは彼の双子の弟だけは決して燃やさない、傷つけない。むしろじゃれるように弟の身体へ広がって揺れている。腕を這う青い炎を愛おしげに見つめた雪男は、ふ、とそれに息を吹きかけた。炎を消したいのではない、吐息に乗せ、己が操る得物へ移動させたのだ。
 次の瞬間乾いた音を立てて放たれた弾丸は、兄の生み出した炎が宿っている。青く染まったそれは当然ただの銃弾よりも威力は高く、空間を裂くだけでも周囲の低級悪魔を消滅させるほどだった。燐のように無限に炎を生み出せるわけではないため、この青い弾丸にも限りがある。しかし、ふたりが揃って青焔魔の炎を操れば、数ばかり多い悪魔を倒すのには十分すぎる程であった。
 黒い双銃を手の中で自在に操り、長い脚を繰り出して悪魔を蹴散らし、時折身体を這う炎へ息を吹きかけて銃へ移動させながら戦う雪男に、炎に包まれた刀で空中に青い線を描き、猫のように飛び跳ねては笑みを浮かべて悪魔を惑わせる燐。

「相変わらず、燐くんらの戦い方ってエロいわぁ」

 残り少なくなってきた悪魔を追い込みながらの戦闘であるため、少し離れて戦っていたはずの志摩たちも声が聞こえるほどまで近づいてきていたらしい。ちらりと視線を送った双子は口を開くより先に互いへ向かって走り寄り、兄は弟の脚へ尾を巻きつけながらその左脇腹を掠める勢いで刀を突出し、弟は兄の腰を抱き寄せながら左手の銃を正面へ向けて引き金を引く。遠目で見れば兄弟が互いに向かって攻撃を繰り出したかのようだったが、彼らの得物が捕えたものはそれぞれの背後にいた悪魔であった。

「雪男がエロいんだろ」
「兄さんが無駄に卑猥なんだよ」

 双子の兄弟にしては近すぎる接触を平然と繰り出しておきながら、ふたりともが自分は違うと否定してみせる。

「どっちもどっちやわ」

 勝呂の言葉にその通りだ、と志摩が重々しく頷いた。




 ゲートからこちらへ出てきてしまった悪魔の総数は分からない。しかし、本来ならは十数人のチームが総出で祓魔に当たるであろう量であっただろう。そんな多数の悪魔をたったの七人のチームが三十分もかけずに殲滅していく。
 鮮やかに、軽やかに、確実に、そして容赦なく。
 見た限りでは最後の一匹らしい悪魔を燐の刀が切り裂き、地面に張られた根を通して悪魔の動きを探っていた杜山が
「範囲内敵影ゼロ、全滅を確認」とおっとりとした口調で言葉を放った。
 結界を展開する詠唱騎士たちの祈りが途切れ、感嘆のため息が零れる。

「さすが、『ヨンパチ』……」

 他国支部にまでその名が轟くはずである。
 その手際の良さ、能力の高さ、そして結束の強さにはただただ感心するほかない。
 彼らの戦い方をこの目で見ることができたのは幸運と言っても良いだろう。イギリス人祓魔師たちが感動さえ覚えている中、「これにて任務完了ですかね」と三輪がのんびりと笑って言った。

「お粗末様でした」

 恐れることなく前線に立ち炎を揺らめかせて敵を滅し、兄の炎を受け入れ自らも操りながら素晴らしいコンビネーション攻撃を繰り出す青焔魔の子、奥村燐、雪男の双子の兄弟に、後方からの支援だけでなくときには自らも前へ進み出て銃を構える竜騎士、勝呂竜士。そんな彼の刃となるべく地を駆ける志摩廉造、的確に場の状況を読みながら御仏の言葉を紡ぐ三輪子猫丸。神をも従わせるほどの強さを持つ手騎士、神木出雲に、大地に愛される優しくも容赦のない手騎士、杜山しえみ。
 彼ら七人が日本支部きってのエースたちである、というのは噂に違わぬ事実であったようだ。


「じゃあ、戻りましょうか」
「出雲ちゃーん、終わったよー」
『聞こえてるわよ。今そっち向かってる』

 館の反対側にいた神木が使い魔の背に乗って戻ってくる姿が確認できる。館周辺で戦っていた四人も得物をしまいながらこちらへ向かてきていた。

「や、でも今回はさすがの志摩さんもちょびっと疲れたわぁ」
「ああ、すごい逃げっぷりだったもんなぁ。お疲れさん」
「うーん、労われてるのは分かんねんけど、その言い方もちっと何とかならへんかな、燐くん」
「事実だろ?」
「いや、そうやねんけど……。危うく廉造くんの頭が逆モヒカンになりかねんかったんやで? もうちょっと、こう、」
「あ、アホ、お前っ」
「ッ、ふっ、くくく……っ」
「あ」
「……なあ、雪。お前さ、逆モヒカンの何がそんなおもしれぇんだよ。ちょっと兄ちゃんに説明してみ?」
「あははっ、や、だから、ね、燐ちゃん。こう、勝呂くんのね、頭がね、こんな形でしょ? で、志摩くんが逆モヒカンだったらこんな、形になるじゃない?」

 立ち止まってがりがりと地面に図を描き始める雪男の周りを、燐と志摩が取り囲んでいる。戻ってきた神木が「何で先生、また馬鹿笑いしてんのよ」と呆れたように口にし、三輪がはは、と乾いた笑いを上げた。

「志摩さんがまた余計なこと言ったみたいで……」
「ねぇみんな、そろそろ帰るよー?」

 杜山がそう声をかけるも、描かれた図形に夢中である彼らの耳には届いていないようだった。

「うわぁ、雪くん、相変わらず前衛的な絵を描きはるね」
「うっさい、黙れエロ魔神。で、ここと、ここが、こーやって、ね? ドッキングするじゃない?」
「いや、『じゃない?』って言われても……」
「ああもう、雪、ええ加減にしときや。頭に穴開けたるで!?」
「あはははっ、やだよ、そんなの。頭に穴が開いても、ドッキングできないじゃない」
「雪くん、なんでそんなドッキングにこだわんの?」
「昔っからテトリスとかの落ちゲー、好きなんだよ、こいつ」
「ひとをテトリスと一緒にすんなやっ!」

 ぎゃあぎゃあと、彼らの年齢を考えればかなり子供っぽい会話を繰り広げている四人の間に突然地面からどすどすどすっ、と棘が生えた。こげ茶色のそれはよくよく見れば鋭く尖った木の根であることが分かるだろう。

「さ、すがに、これは、俺も死ぬ気が」
「し、しえみさん?」
「ちびるかと思った」
「杜山、お前……」

 素晴らしい反射神経で木の根を避けた四人が顔を青ざめて元凶である女性へ視線を向ければ、「帰るよ?」と彼女はにっこり笑顔でのたまった。

「……うぃっす」
「はい」
「直ちに帰らせていただきます」
「すまん」

 恐怖に表情を強張らせたまま素直にそう口にする四人を前に、「相変わらずあんた、容赦ないわね」「杜山さん、頼りになりますねぇ」と神木、三輪が口にし、ほんわかとした雰囲気を醸し出す祓魔師は満足そうに頷いた。

 もしかしたらこのチームの最強は、彼女なのかもしれない。




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2012.08.13
















書いてる本人は某アイドルグループの知識はゼロです。
Pixivより。