ヨンパチ。その2(3)


 作戦の具体的な部分まで詰めたところで、ようやく問題の悪魔が現れた館へと移動することになった。可能ならば詠唱騎士を何人かお借りしたい、と三輪からの申し出に、マンセルを含めた数名のイギリス支部所属祓魔師が同行する。さすがに危険すぎるため、依頼主は本宅で待機してもらうことにしておいた。何の役にも立たない一般人を連れていけば、こちらの身まで危なくなってしまうというのが本音である。
 実際の館を前にもう一度大きな流れだけを確認したあと、それぞれ指定された位置へと移動する。作戦の第一段階はまず、捕らわれているのだろう依頼主の娘を救出するところからだ。館を取り囲むように散らばった彼らは、各自携帯しているトランシーバーで何ら問題なく会話できているらしい。

『子猫丸、こっち準備オッケーだぞ』
『こっちもや』

 三輪のいる位置は館の真正面、敵の攻撃が届かないぎりぎりの範囲である。三輪の後ろには杜山と詠唱騎士が三人、ちょうど館を挟んだ反対側の位置に神木がおり、彼女の側にも詠唱騎士が三人ほど控えているはずだ。館への突入組である奥村兄、志摩ペア(加え猫又クロ)と奥村弟、勝呂ペアはそれぞれすぐに館へ入れる位置にいるはずだ。
 燐と勝呂の声がそれぞれ別個に響き、それに重なるように『いつでもいいわよ』と無線機を通して神木が言った。三輪が振り返れば杜山も頷いて答え、くるりとあたりを見回して補佐に回る詠唱騎士たちを伺う。それぞれ言葉は口にせず頷きを返せば、「ほな」と三輪は日本語で言った。

「始めましょうか」

 どこかのんびりとした口調であるにも関わらず、その一言で現場が緊張感に包まれる。オン、と三輪が唱え始めた呪文は仏教系のものらしい。相手が負の存在であれば、聖なる言葉の種類は問わない。彼と、館の反対側で同じように呪文を唱えているだろう神木が展開しているのは、この館を閉じこめるような半球体の結界である。イギリス支部の祓魔師へ乞われた助力は、この結界の強化補佐。魔を封じる呪を重ねるように頼まれていた。仲間の詠唱騎士と声を揃えて呪を唱えながら、マンセルは結界の中で繰り広げられるだろう祓魔活動を細部まで漏らさず記憶しようと目を皿のようにして見つめていた。

 詠唱騎士たちがそれぞれに経典を唱え、結界展開の完了と同時に地面を蹴って館へ向かう影が三つ。巨大化した猫又クロと志摩、燐という、被害者女性救出組である。

「あー、確かに、志摩の言ってた通り悪魔、一匹しかいなさそうだな、この中」

 館に近づくものを排除しようと放たれる攻撃は、風の刃であったり何らかの物体が飛んで来たり、あるいはゴーストやシャドウのようなものが襲ってきたりとさまざまではあった。しかし、どうにも感じられる力の種類がひとつしかないと言っていた仲間の言葉は事実だったらしい。事前にそうと聞いていたから気づくこともできたが、知らないままであれば燐には分からなかったかもしれない。そもそも目の前に敵がある状態で、そこまで深く考えることができないだろう。

『すっごいつよいの、なかにいるぞ!』

 クロがにゃぁ、と声を上げ、その意味を理解する燐は「大丈夫、俺らんが強ぇから」と笑って答えた。

「いっつも思うんやけど、走りながら経典唱えるのって、無理ちゃう?」

 愛用の錫杖でゴーストを散らし、軽やかな足取りで飛び跳ねて攻撃を避ける志摩が、「俺、なんで詠唱騎士の称号、取ったんやろ」とぽつり呟く。

「……走りながらそんだけ無駄口叩けるなら、十分呪文も唱えられんじゃねぇの?」

 こちらも志摩に負けず劣らず軽い身のこなしで攻撃を避け、炎を封じてある倶利伽羅ではない別の刀を振り回して襲ってくる影を蹴散らす燐がそう答えれば、「燐くん」とじっとりと垂れた目で睨まれた。正式にチームを組むよう日本支部長から命じられ、共に過ごす時間が長くなり始めた頃面倒くさいから、と彼は奥村兄弟をそれぞれ名で呼ぶようになっている。まだその響きには慣れないが、こそばゆさが心地よいといえば、笑われるだろうか。

「世の中にはな、ゆうてええ正論と、ゆうちゃあかん正論があんねやで」
「正論っつーのは認めんのか」
「志摩さんは懐の広い男やからな。正しいもんは正しいと認めますえ」
「ははっ、だったらその懐の広さっつーのを是非とも今見せてくれ」
『りん! くるぞ!』

 館の見取り図や悪魔のいる部屋の位置などまるで覚えていなかったが、ここまで近づけばこの扉の向こうに上級悪魔がいるであろうことなどすぐに分かる。クロの言葉に「おう!」と威勢よく返事をして飛び上がった悪魔のハーフはドアの前でくるりとターンを決め、尋常でない脚力でもって分厚そうなそれを蹴り破った。

「志摩、任せた!」
「うぇええっ!? ちょっ、燐くんひどいっ!」

 扉が破壊されるのと内側から悪魔の攻撃が放たれるのはほぼ同時であっただろう。氣の王の眷属であるため攻撃もまた風を使ったものが多く、叩き伏せて突破することができない。ひたすら避け続け、攻撃を繰り出す大本を断つしかないのだ。
 燐も志摩も騎士の称号を持ち、パーティのなかでは先陣を切って攻撃をする役を負う。しかし同じ称号を持っていてもそれぞれの能力、性格によって戦い方はまるで違った。己の身体能力が故、そしてその単純さが故、ただ真っ直ぐ目標に向かっていく燐に対し、志摩は燐ほどの力がないことを理解しているがためにここぞという隙を見つけ出そうと試みる。そのためには対象を含めた周囲を具に観察する必要があり、絶対に攻撃を受けないという特製はそこから派生したものであった。周りを見続けた結果、安全地帯を探すことが極端に上手くなったのだ。それに加えそこへ移動するだけの身体能力を有していたがため、「死なない男」という二つ名で呼ばれることになる。
 まるでそこに風の刃やゴーストがやってこないことを知っているのではないか、というほど、的確に攻撃を避けて距離を詰めていく仲間の様子を、燐は気配を殺し部屋の壁沿いを移動しながら見やる。正面には天井から床まである大きなガラス窓が設えてあり、その向こうには本来ならバルコニーがあるのだろう。しかし、太陽が昇っている真昼間であるにも関わらず、ガラス窓の向こう側には闇が広がっている。あれはおそらく虚無界だろう。あの窓全体がゲートとなってしまっているのかと思ったが、どうやら空間が開いているのは中心部分の直径一メートルにも満たない穴だけらしい。言葉でどう表せば良いのか分からないが、その部分だけぐにゃり、と景色が歪んで見える。その穴の前に虚ろな表情で立ち尽くしている、真っ白な肌の少女。まるで喪に服しているのかと思ってしまうほど黒いワンピースを着た、柔らかそうな金の巻き毛の少女だった。悪魔の姿は見当たらないが、おそらく彼女の中に入り込んでしまっているのだろう。

「志摩!」

 そこまで観察したところで仲間の名を呼べば、返事の代わりに「天に召します我らが父よ」と聖典の言葉が響いた。少女から力づくで悪魔を引き離すこともできるであろうが、それよりも詠唱によって悪魔を弱体化させた方がより効率が良い。

「詠唱騎士の称号、役に立ってんじゃん」

 燐の言葉を耳にし、志摩は唱える言葉を途切れさせることなくにやり、と口元を歪めて笑った。
 詠唱騎士は唱える言葉で悪魔を滅することだけが仕事ではない。祈りによって今外で展開されている結界を作ったり、仲間の能力を強化したり、できることはさまざまである。相手とする悪魔の致死節がまるで分からなかったとしても、それぞれの力の種類によって悪魔たちには苦手とする祈りがあることは知られている。それを唱えることにより悪魔の力を弱らせることができるのだ。

 詠唱を始めた詠唱騎士の援護は、チームを組む騎士や竜騎士の役目である。先ほどまで先に立って悪魔へ向かっていた志摩に代わり、今度は燐が前に立って悪魔と対峙した。志摩へ向けられる攻撃の刃をすべて叩き落とし、ゴーストを祓っていく。しかしいくら燐の身体能力が素晴らしくとも、本能で戦っている面があるため時折防ぎきれない攻撃もあった。もし背後に控えている仲間が祓魔塾での同期生たち(どうやら周りからは『ヨンパチ』というチーム名で呼ばれているらしい)でなければ、燐は身を挺してその攻撃を防いだだろう。多少の傷などすぐに治ってしまう悪魔であるため、そうするのが当然だと思っていたし、今までチームを組んだ祓魔師たちもそうして当然だと思っていたようだった。
 しかし初めて『ヨンパチ』として彼らとチームを組み任務へ赴いた先で今までと同じように行動した結果、燐はあとで仲間たちに盛大に怒られることになった。正座プラスバリヨンという、学生時代のスタイルをそのままお見舞いされ、こんこんと説教をされた。曰く、今後そのような行動を取るならば二度とチームを組まない、と。いくら詠唱中であっても回避くらいならばできる。もしそれすらも不可能なほどの術を展開することになれば、事前にそう申し出るから、と。それ以外は自らの身体を犠牲にしてまで守ってくれなくていいそうである。

「それってつまり、奥村くんが僕たちを信頼してへん、ってことですよ」

 三輪から言われた言葉がどすり、と心臓に突き刺さり、今でも思い出しては痛みを覚えるほどだ。信じている、信じていないはずがない。こんな自分を、自分たち兄弟を受け入れてくれた優しき仲間たちだ。彼らならば悪魔からの多少の攻撃などものともしないであろう。だからこそ、どうしても防御が間に合いそうもない刃に対し、己の身体を使って防ぐということをしなくてもいいのだ、と皆に教えてもらった。皆がそう言ってくれるのは、燐が可能な限り自分たちを守ろうとしてくれることを知っているから、燐を信じているからなのだ。
 そうと気づいてからは、以前のような己の身体を犠牲にするような戦い方はしなくなったが、むしろその方が防御に関しても攻撃に関しても、以前より鋭い力を発揮できるようになった気がしている。
 チームワークってほんと偉大だなぁ、と思う燐の前では、重ねられる聖なる言葉に少女の顔が大きく歪んでいた。中に入り込んでいる悪魔の苦痛が表に出てきているからだろう。可憐な少女には似つかわしくない、「ぐぁあああ」という低い唸り声が唇から零れ、彼女の周囲に黒い靄が漂い始める。もう一押しだ。

「燐くん、復唱!」
「おう、任せろ」

 燐が答えると同時に足下でクロも『まかせろ!』と声を上げた。

「『恐れるな、』」
「おそれるな、」
「『我は汝と共にあらん』」
「我はなんじと共にあらん」

 志摩が紡ぐ言葉を燐が繰り返し、『ともにあらん!』とクロが続く。

「『たじろぐな、我は汝の神である。』」

 詠唱騎士の言葉は誰にでも口にすることの出来る祈りの言葉である。それが悪魔に対し効果を持つのは、そこに魔を退けることができると信じる心が加わるから、らしい。神に対する信心ではなくてもよいのだそうだ。機械的に、理論的に、経験的に、「そういうものなのだ」と信じるだけでも十二分に力を発揮する。複数の詠唱騎士が声を合わせて祈りをあげればその力はさらに強くなるものだが、今の燐やクロのように追いかけて言葉を口にするだけでも補助としては十分だとか。一般的な祓魔師ならば、詠唱騎士の称号を持たないものでも復唱を求められ、聖典を口にする機会は多いだろう。しかし悪魔の血の流れる燐にそれを求めてくる詠唱騎士などおらず、志摩たちとチームを組むようになるまで一度も唱えたことがなかった。
 だから初めてそれを求められたとき、咄嗟に自分が言われているのだと理解できずに狼狽えてしまい、作戦を無事遂行したあとに注意を受けたのである。称号を持たずともそれくらいは協力しろ、と。

「……俺でもできんのか?」

 悪魔の、それも魔神の血を持つものが聖典を口にして、それは役に立つのだろうか。そんな疑問を持った問いかけだったのだが、勝呂から寄越された答えは「いくらお前でも繰り返すくらいはできるやろ」という少しずれたもので。

「大丈夫ですよ、奥村くんでも覚えられるように、短めに切って唱えますさかい」

 安心してください、と三輪からにっこりと笑みを向けられ、その優しさがなんだか心に痛かったものだ。

「『我汝を強くし助け、』」
「我なんじを強くし、」『たすけ!』

 もちろん復唱の間も燐は刀を振るい、出来る限り攻撃を防ぎ続けている。詠唱補助はその動きの間で可能ならば行うものであるため、所々言葉が途切れてしまうこともあった。

「『我が勝利の右手を以て、』」
「我が勝利の右手を以て」『もって!』

 しかし、防御に専念している今は敵に向かって攻撃を繰り出しているときよりも余裕があり、いつもよりもしっかりと復唱ができている方だ。俺も詠唱騎士の称号、取った方がいいのかなぁ、と雪男が聞けばどうしたの兄さん拾い食いでもしたの、と驚きそうなことを考えながら、燐は祈りの言葉を繰り返した。

「『汝を支えん。』」
「なんじをささえん!」
『ささえん!』

 文章の意味をほとんど理解しておらず、音として繰り返しているだけであるため、燐くんの復唱は音読の宿題みたいやね、と毎回志摩に笑われる羽目になる。今回もやはり同じように思っているらしく、仲間の顔が笑いを堪えている表情を作っているのが目に入った。詠唱騎士の称号などやはり夢のまた夢なのかもしれない。
 悲鳴や呻き声はなかった。ただふわりと風のように(やはり氣の王の眷属だからだろうか)黒いもやが少女の顔面の穴から抜けて出ていく。両目と鼻と口と耳、それぞれからぶわわ、と黒い煙を立ち上らせる様子は、正直あまり気味のよいものではなかった。
 しかしこの程度の光景で竦むほど祓魔師の経験が浅いわけでもなく、たん、と床を蹴った燐が崩れ落ちかけた少女の身体を抱きかかえて黒い霧から距離を取る。

「クロ!」
『おう! しえみのところだな!』

 手はず通り意識を失った少女をクロに預け、勇敢な猫又は医工騎士の称号を得たばかりの仲間の元へ向かって部屋を飛び出した。もともと手騎士として仲間を補助する役を得意としていた彼女は、医工騎士である雪男の補佐を務めることも多かった。側でその手際や知識、仕事ぶりを学んだ上での称号取得であったため、医工騎士としては新米であるが腕は雪男のお墨付きがでるほど確かである。
 これで第一の問題は解決だ。次なる案件はゲートの閉鎖であるが。

「志摩、死ぬなよ」
「誰に物言うてはるの」
 志摩廉造は『絶対に死なない男』やで。

 にやり、と笑って言ってのける仲間へ同じような笑みを返して、燐は腰に佩いたままであったもう一本の刀、倶利伽羅へ手を伸ばした。燐の持つ青い炎ならば、たとえ上級悪魔であろうが滅することは可能だ。そしてその悪魔のせいでゲートを通れず、おそらく虚無側で今か今かと待ちかまえている悪魔たちの群も蹴散らせる。
 しかし、青い炎で焼いてしまえばゲートの封鎖が難しくなるだろう、と双子の弟が判断した。開かれた空間の歪みに神なる力が触れてしまえば、開いたそれが固定されてしまう可能性がある、と。

「だから、あの悪魔を倒す時は絶対にゲートに炎を触れさせないこと」

 いいね、と命じられ、「無茶振りすぎんだろ」と思わず眉を顰めてしまった。

「お前、炎コントロールすんの、どんだけめんどくさいか、」
「え、なに兄さん、そんなこともできないの?」
「…………は?」
「うわ、残念だな、それは本当に残念。兄さんならこれくらいのこと、さらっとやってくれるって信じてたのに。そっか、できないのか」
「おいこらゆき、誰ができないっつったよ」
「あれ? じゃあできるの?」
「ッ、できる! できるに決まってんだろっ! 兄ちゃん舐めんなよ!?」
「…………お前、簡単すぎるやろ」

 分かりやすすぎる挑発に乗って牙を剥いた燐へ、勝呂が呆れたような視線を向けていたが、「やだよ、兄さん舐めるの僕の楽しみの一つなのに」としれっと言い放った弟を殴るのに忙しかった燐にはまるで届いていなかった。
 ゲートを焼くことなく、あの上級悪魔だけを炎で倒す。水平に構えた倶利伽羅をす、と抜けば、真っ青な炎が燐の身体を包み込んだ。

『わか、ぎみ……』

 響く声はゲートを塞いでいる悪魔のものだろう。かちゃり、と鍔を鳴らして刀を構え、「誰のことだ、それは」と燐は口の端を歪めて笑った。

「俺は生まれてこの方、奥村燐以外であった覚えはねぇんだよ」

 どうしようもなく頭の出来が悪く、考えるより先に身体の動くタイプである奥村燐は、藤本獅郎の息子であり、奥村雪男の兄であり、そしてこのチームの一員なのだ。

「若君? そんな奴、知らねぇなぁ!」

 そう叫ぶと同時に青い炎を纏った刀を上級悪魔へ向かって振り下ろす。何かを憑代としなければ実体すら持てぬ存在ではあるが、実体がないからこちらの世界に害をもたらさないというわけではなく、そして倒すことができないというわけでもない。青い炎で悪魔が霧散してしまうのを防ぎ、そうして燃やす。相手が霧であろうが靄であろうが煙であろうが、燐が燃やすと決めたものを灰すら残らず燃やし尽くす。そうできるように何年も訓練を重ねたのだ。

「ッ、志摩、行くぞ!」
「はいよ、準備万端でっせ」

 しかし、さすがにゲートに炎を触れさせずに悪魔を滅するのは集中力がいった。本来なら志摩の補佐につきたかったが、すぐには無理かもしれない。そんな気配を読みとったのだろう、「坊もおるし、心配あらへんよ」と志摩は笑った。
 悪魔が完全に消滅し、燐がゲートの側から飛びのくと同時に予測していたとおり無数の悪魔がこちらへ流れ込んできた。それが四方へ飛び散らないように詠唱で押さえ込み、そうしてさほど知性を持たないであろう下級悪魔たちの意識を自分へ向けさせる。
 向けられた敵意、悪意、そして殺意ににんまりと笑みを浮かべ、志摩はくるり、と悪魔たちに背を向けた。

「全力で、逃げさせていただきます!」

 命を懸けた鬼ごっこ、これが今回の志摩の役目である。こちらへ入り込んでしまった悪魔たちを誘導し、ゲートから遠ざけるのだ。燐がその役を負っても良かったのだが、囮なら自分の方が適任だ、と志摩が譲ってくれなかった。

「志摩ぁ! 格好悪ぃけど格好良いぞぉ!」

 口にする言葉さえ聞かなければ、作戦のために自ら囮となってくれる彼はかなり格好いいと思う。俺的格好いいランキングを見直した方がいいかもしれない、とは思うが、普段の言動が残念であることが多いため、すぐにその考えは消えてしまうのだ。それこそ一目散、という言葉を背負っているのではないかと思うほどの俊足で遠ざかって行く友人の背を見やりながら、「さぁて、」と燐は倶利伽羅を鞘に納め、もう一本の通常戦闘用の刀を抜いた。

「兄ちゃんは雪ちゃんの仕事のお手伝いでもしましょーかね」



『こちら奥村兄! 上級悪魔の討伐終了。群がってた悪魔が大量にそっち行ったぞ、志摩追っかけて』
『こちら志摩くんでっす! 追っかけられてます、超追っかけられてます!』
『廉造、お前余裕やな。俺の補佐、いらんのちゃうか』
『いやや、坊! 見捨てんといて!』
『こちら奥村弟です。今志摩くんがものすごい勢いで目の前を駆け抜けていったので、声援だけ送っておきました』
『雪くんんっ!?』
『雪男、お前遊んでないでさっさとこっち来いよ。兄ちゃん、ひとりで寂しいじゃんよ』

 無線を通じてそんな会話が流れ、「了解しました」と一旦詠唱を止めた三輪がそう答える。

「神木さん、聞こえましたか?」
『聞こえてるわよ、アホっぽい会話が』

 はぁ、とため息とともに紡がれた言葉に、否定はしません、と三輪が笑う。

「あとは若先生が無事にゲートを閉じてくれはったらええんやけど」

 ある程度ゲートの側から悪魔が立ち去った後でないとできないというのが難しいところだ。もうしばらく志摩には逃げ回ってもらわなければならないかもしれない、と思っていれば、『こちら奥村ツインズでっす!』と燐の明るい声で無線が入った。どうやら弟と無事に合流できたらしい。

『ゲートの閉鎖完了しました』

 続けられた雪男の言葉に「早いですね」と思わず返せば、『兄さんが暴れてくれてたんで』と答えがある。倶利伽羅を抜かずに悪魔を散らし、ゲート周辺の掃除をしていたらしい。
 これで作戦の第二ポイントが無事に終了となる。あとは結界を壊されることなく、こちらに来てしまった悪魔たちを殲滅すれば良いだけだ。そうと分かっているが、流れ込んできた悪魔はかなりの量であり、それだけでも一仕事と言えるだろう。

「三輪くん、こっち終わったよ。みんな聞こえてるかな。娘さん、無事です」
『お、そっか、良かった!』
『無事でなによりですね』
『さっすが杜山さんや! 俺が怪我して帰ったら手当してぇな』
『廉造、お前は少し黙りや』
『お疲れさま』

 それぞれに返ってきた言葉に杜山がうん、と笑顔で頷く。その様子を見やった後、「では、」と三輪が猫のような目をさらに細めて口を開いた。

「皆さん、存分にどうぞ」
 一匹たりとも逃がしたらあきまへんで。

『『『了解!』』』




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2012.08.13