ヨンパチ。その3・後


 魔神の落胤たちと親しい、ただそれだけのことで謗りを受けたり拒絶を受けたりすることは今までに経験がないわけではない。ここまで派手に戦闘を繰り広げているにも関わらず、リーダである祓魔師が姿を現さないのももしかしたら根底にはそれが原因としてあるのかもしれない。嫌悪を隠そうともしなかった彼ならばやりそうなことだ。

「ッ、こ、の程度の悪魔……ッ!」

 自分一人でもなんとかなる、と勝呂は己を鼓舞するために吐き捨ててみるが、本当にそうできるかどうかは正直五分五分といったところだ。携帯していた弾丸はすでに底をつきかけ、聖水瓶も残り二本。これらが尽きればあとは詠唱に頼るほかない。

「くっそ、俺も騎士の称号、取っとくべきやったかっ」

 騎士と竜騎士と、深い理由があって後者を選んだわけではない。おそらく自分についてきてくれている幼なじみの片方が、その血筋を踏んで騎士の称号も取るだろうと思ったため、それならば違う道をと思っただけのこと。
 幼なじみか、あるいは悪魔の兄の方に弟子入りでもしようか、と一瞬だけ思い、どっちも嫌だ、とすぐにその選択を却下しておいた。たぶんどちらに弟子入りしてもろくな教えは望めない。

「……若先生が騎士の称号、取っててくれはったらな」

 塾の講師といえばほかにも多くいたが、やはり自分の中で「先生」といえば、眼鏡をかけたハーフ悪魔なのである。しかしその能力は尊敬に値するとは思うが、結局は同じ年の男なのだと出会って五、六年ほど経ってようやく気がついた。たとえどれほど有能であっても、すべてにおいて完璧な超人などどこにもいない。そのように見えていた彼も自分たちと同じように傷つき、苦しみ、悲しみ、堪え忍んでようやく笑えるようになったのだ。

「一緒に取りませんか、って誘うんもありやな」

 今度そうしてみよう、と思いながら最後の聖水瓶を悪魔の足下へ向かって投げつける。同時にこれもまた最後となる弾丸を四つ、悪魔の周りを囲うように打ち込んだ。

「『主の名に寄ってきたるものに祝福を』」

 唱える聖典に反応し、弾丸に掛けられた術が展開される。地面に広がった聖水もその術を強化するためのものだったが、やはり勝呂一人の言葉では力が足りなかったようだ。

「ぐあっ!」

 どろりと、身体の形のはっきりしない悪魔が雄叫びを放つと同時に、勝呂の身体が後方へ弾き飛ばされる。無理矢理言葉として表せば、「ぅおぉおおん」となるだろうか。完全に消滅させるまではいかずとも勝呂の攻撃はそれなりには効いているようで、苦しそうな声を上げて暴れていた。これを押さえ込んだ上でなおかつ討伐まで持っていくにはどうすれば良いだろうか。
 受け身をとって地面に転がり、すぐに体勢を整えて懐から取り出したものは愛用している数珠。弾丸が尽きたとなれば、あと勝呂に残された手は詠唱しかないのだ。
 周囲を伺えば負傷者に対し必死に治療を施している杜山の姿と、建物の端からこちらを伺っている今回のリーダである竜騎士、医工騎士の姿があった。若干遠かったためはっきりとは見て取れなかったが、竜騎士の顔にはにやにやと嫌らしい笑みが浮かべられていた気がする。
 たとえそれが被害妄想でしかなかったとしても、そう思いこむことでふざけんな、という怒りが沸いてくるものだ。この程度の妨害など、双子の兄弟の「特別」であるものならば幾度となく経験している。ここで折れるような自分では、自分たちでは決してないのだ。


 志摩は自分だけ作戦における重要事項を教えられなかった、と言っていた。そのためかなり危険な囮役を知らず押しつけられていたが、持ち前の回避能力を駆使して無傷で仲間の元へ戻り無事作戦を遂行してやったらしい。
「なんや、あの程度で俺をどないかできるとか思われてたんなら心外ですわ」

 三輪はかなり大がかりな結界を一人で支えるように、と無茶ぶりをされたらしい。もともと体力があまりなく、運動能力の成長も見込めなかった彼が、幼なじみたちに遅れを取らないように、と誰よりも詠唱について研究を重ねていたことを知らなかったのだろう。
「あのおかげで一人で複数の術を展開する方法も見つけましたし、むしろ感謝してるくらいです」

 神木は使い魔を呼び出すための魔法円を故意に破壊され、悪魔の群のなかで丸腰にされかけたという。しかしそのとき彼女と行動をともにしていた祓魔師たちは知らなかった、プライドが高く完璧主義な彼女がそういった事態を想定し既に対処していたということを。
「額に彫った円だと頭の中で呪を考えれば良いだけだから、むしろ紙面の円より召還が早いのよね」
 その程度のことも知らないのかしら、と言い捨てる彼女だが、そもそも額に召還用の魔法円を彫っている手騎士など神木くらいのものだ。

 他人から見ればそれは苦境であるかもしれない。逆境であるかもしれない。けれど勝呂たちは決してそうは思わない、思えない。その程度のことすら跳ね除けられないようなら、彼らの「特別枠」になど収まってはいられないのだ。
 たとえどのようなことが起ころうとも、どのようなことを経験しようとも、誰ひとり悪魔の双子との、奥村兄弟とのつきあいをやめるとは言わなかった。そんな態度の欠片も見せなかった。あまり気の強くない三輪も、気の強すぎる神木も、芯の通らない志摩も、世間知らずな杜山も、そして強情な自分も。
 誰も、彼らの友人であるというポジションに後悔などしていない。むしろ誇りすら抱いているのだから。

「舐め、んなや、くそがっ!!」

 こんなところで絶えてなるものか、と声を荒げて吼えたところで。

「勝呂、飛べ!」

 聞き覚えはあるが、今この場で響くはずのない声が鼓膜を震わせ、とっさに後ろへ飛びのいた。

「でりゃぁあああっ!」

 上空から現れたものは目を見張るほど美しい青。

「燐!」

 背後から杜山の声が響く。
 真っ青な炎を纏わせた刀はどろりとした悪魔を真っ二つに裂く。まるで体重など感じさせない動きで着地した人物は、その背にゆらり、とひとではあり得ない黒い尾を揺らしていた。彼の操る炎と同じほど澄んだ青をした瞳を細めて友人たちを見やったあと、「つーかそこのてめぇ!」と燐は建物の端を指さして声を上げる。

「なんで勝呂としえみばっか戦わせてんだよ! そーゆーのをなんだ、ほら、タカナの見物って言うんだぞ!!」
「高菜にゃそもそも目ぇあらへんやろ」

 思わずつっこみを入れた勝呂へ「うっせぇ!」と燐が怒鳴り返した。突然の闖入者に驚きながらも、ようやくこちらへ近づいてきた竜騎士がその姿を前にふん、と鼻を鳴らす。その後ろからおずおずと姿を現した医工騎士はどうやら上司命令に逆らえなかっただけのようで、慌てて負傷者のもとへ走り寄っていった。

「勝呂上一級祓魔師は悪魔同士の争いを仲裁できるほど優秀な竜騎士と聞いていたからね。下手に手を出して彼の邪魔をしてはならないと思ったんだよ」

 白々しい言葉に呆れてため息しか零れない。しかし燐の方は違うらしく、「ふざけんな!」とストレートに声を荒げた。彼も分かっているのだ、仲間たちがこのような目に合うその理由が。悲しそうに歪められた表情が悪魔の苦悩を表している。そんな顔をさせたいわけではないのに、と勝呂の眉間にもまた皺が寄った。己の力不足さが歯痒くて仕方がない。

「……なあ、こいつら、俺みたいな奴と友達やってくれるようないい奴なんだよ。ほんと苦しめんのだけは止めてくんねぇかな」

 頼むから、と物質界を滅ぼすことができるほど強大な力を秘めた悪魔が切実な顔をしてそう願いを口にする。

「俺が嫌いだっつーんなら、魔神の炎が憎いっつーなら、俺んとこ来いよ、いくらでも相手になってやる」

 だから頼むから。
 弟と友達だけは巻き込むな、と。
 今にも泣き出しそうな表情の悪魔が口にした言葉に、はぁ、と大きなため息が一つ、重なった。

「また兄さんはそういうことばっかり言う」

 いい加減にしたら? と言いながら姿を現したのは彼の双子の弟。

「奥村くんの悪い癖やね」

 雪男の後ろから顔を覗かせた男、志摩廉造はそう言ってはは、と笑うが、騎士として彼が武器としている錫杖を手に臨戦態勢である。
 同じように双銃を構えた雪男は「志摩くん」と元教え子の名を呼んだ。

「行きますよ」
「あいあい、お供しまっせ!」

 掛け合いと同時に地面を蹴ったふたりが向かう先は勝呂の背後。

「え、あれ? 倒し損ねてた!?」

 驚いて声を上げた燐が視線を向ければ、たった今切り裂いたはずの悪魔が二つに分裂した状態で、うぞうぞと地面の上で蠢いていた。炎を封じている剣を抜けば、自然と真っ青な炎が出現する。しかし、祓魔師としての奥村燐はそれを武器に纏わせるだけで直接炎を操って祓魔活動をすることはほとんどなかった。できないわけでもないが、人が恐れ嫌うものを敢えて使う必要もないと思うからだ。しかし今回はその判断が良くなかったようで、切り裂いたと同時に燃やしておくべきだったのかもしれない。

「どうやら詠唱でもとから消滅させんとあかんみたいやな」
「あっちゃぁ……俺、もしかして余計なことした?」

 恐る恐るこちらを見上げて首を傾げる友人へ、いや、と勝呂は首を振って口を開いた。

「あの悪魔が持っとる力の絶対値は変わへんのや、分裂させたっちゅーことは一匹の力は半分になっとる」

 たとえ勝呂一人の詠唱ではどうにもならなかったものが相手でも、その力が半分になってしまえば、それぞれ志摩や雪男の詠唱で消滅させることも可能だろう。複数の詠唱騎士がいるパーティでならば、燐の行動はむしろ適切なものだったと言える。ただし、今回の場合は志摩たちが現れる予定があったわけではないため、怪我の功名でしかないが。
 勝呂の説明を理解しているのかいないのか、腕を組んでんー、と唸った後、「雪男に怒られねーならいいや!」と双子の兄は何とも情けない言葉を口にした。

「……ああまあ、若先生の前にあっちに怒られそうやで、お前」

 そう言って勝呂が指さした先には、きゅ、と眉間に皺を寄せて苦しそうな表情をしている小さな女性祓魔師の姿がある。ほぼ終了していた治療を本職に引き継いだのだろう。彼女の表情からは無事に任務をやり遂げた、という達成感はまるで見られない。

「しえみ! なんだお前、怪我でもしたのか!?」

 心配して駆け寄った燐へ、ふる、と首を横に振った彼女は、桜色の唇を噛んだあとその細い右腕を振り上げた。
 パン、と響いた音は、土いじりで少し荒れた小さな手が悪魔の頬をひっぱたいたもの。

「し、しえみ……?」

 突然のことに驚いた燐は、赤くなった頬を押さえて友人の名を口にする。彼女は決して何の理由もなく暴力を振るう人物ではない。己の手の痛みを覚悟し、受け入れて手を上げた杜山は大きな瞳に涙を浮かべて「燐のバカっ!」と友達を詰った。

「ばかっ! ほんと、バカ! まだそういうこと言うのっ!? そうやって、燐を傷つけてまで、私、無事でいたくないって、何回言えばいいのっ!?」
 そんなの全然嬉しくない!

 他人には優しくできる悪魔は、どうしてだか彼自身に対しては優しくできないらしい。愛され慈しまれることに、彼はいつまで経っても慣れず、及び腰なのだ。

「燐が分かるまで、ずっと言うからね。私たちは守ってもらいたいんじゃないの、一緒に戦いたいの!」

 だからそんなことを言わないで。
 自分には何をしてもいいからだとか悲しいことを言わないで。
 こんな彼だからこそ、彼らだからこそ、共に戦えるだけ強くなろうと頑張れたのだ。これからも頑張れるのだ。ぼろぼろと大きな涙を零しながら「一緒に戦わせてよ」と泣く杜山を前に、叱られた悪魔の表情がくしゃりと歪んだ。ひぐ、と喉を鳴らした後、彼の目からも水が溢れ始める。

「――――ッ、ご、ごめ……っ、」

 ごめんなさい、と子供のように声を上げて泣く悪魔の姿。杜山のような女性ならまだしも、二十歳を超した男がやることではないと思うが、奥村燐という存在ならばこれも許されるような、そんな気がした。十年弱という時間の流れ故、彼の外見もそれなりに成長を見せている。精神的にも昔に比べ落ち着きがでてきている(はずだとは思う)が、それでもストレートに感情を表すところだけは変わらない。嬉しければ笑い悲しければ泣く。人間よりもある意味人間らしい、こんな単純な彼をどうして危険物扱いできるというのだろうか。

「それなりにメンバの揃ったチームで、医工騎士の治療は間に合わず、竜騎士ひとりだけで悪魔本体との戦闘。明らかに戦略ミス、指示不足ね。あんた、隊長としての能力、まるでないわ」

 一連の展開にただ成り行きを見守るしかなかったチームリーダの後ろから、ひどく棘のある指摘が飛ばされる。何を馬鹿な、と言いながら振り返った男の目に、腕を組んで仁王立ちしている女性祓魔師と、そのそばでにこにこと笑っている坊主頭の男性祓魔師の姿が映った。彼らもまた日本支部ではそれなりに有名な人物である。どうして彼らが集まってきているのか、まるで理解できないまま「さっきも言った通り、」と竜騎士は口を開いた。

「私は攻撃するタイミングを、」
「そのタイミングがずっと見つけられなかったって? それこそ前線から退くべきね、邪魔だわ」

 きっぱりと言い切られた言葉に「貴様っ!」と竜騎士が声を荒げ腕を伸ばしたところで、「まあまあ」と坊主の男が割って入る。

「神木さんもそないな風に言わんでもええんやないですかね」
「……お前は、」
「ああ、実際にお話をするんは初めてになりますか。どうも、僕は中一級祓魔師三輪子猫丸と言います。こちらは神木出雲さん。別の任務から戻る途中、偶然通りかかりまして」
 上一級の方が指揮を取られているとのお話でしたので、後学のために見学させてもろてたんですが。

 人当たりの良さそうな笑みを崩さぬままそう言った三輪は、「見たところ、」と言葉を続けた。

「隊長殿はお疲れのようですね。せやから、作戦もうまく回すことができへんかったとちゃいますか?」

 そう尋ねられ、いや、と突っぱねかけて、男は思い直す。確かに通常の作戦行動であれば、仲間ひとりに応戦させるなどありえないことだ。今チームを組んでいるものたちだけならばいくらでも言いくるめることができるだろうが、先ほどの様子を彼らに見られていたのは頂けない。自分や、負傷した女性騎士のように私的に嫌悪を向けるものは数多くいたが、それでも双子の悪魔を含め彼ら若き祓魔師たちは任務において結果を出せるほどの実力者揃いで彼ら側につくものもいないわけではないのだ。今は三輪の口車に乗っておいた方が、まだ言い訳が利くのではないだろうか。
 男はそんな考えを巡らせていたが、問いかけた三輪の方はそもそも答え自体を求めてはいなかった。

「僕は祓魔塾で講師もしとりますさかい、塾長とはお会いする機会も多いんです。お疲れの方に無理をさせるわけにはいきまへんから、隊長殿へは休暇をあげるよう、進言させていただきますね」
 できるだけ長い休暇を。

 祓魔塾の塾長とはつまり、日本支部のトップに位置する道化のこと。柔らかな言葉と笑顔に彩られてはいるが、要するにその内容は神木が口にしたものと大差ない。

「あんたの方がえげつないわよ」

 三輪の隣で神木が呆れたようにそう呟いた。
 私的な感情で友人を苦しめられた。その憤りを元凶へぶつけている三輪と神木に、「叩いてごめんね」「俺こそ変なことゆってごめん」と大泣きをしている杜山に燐。

「ああもう、何でふたりで泣いてんねん。小学生か、お前らは!」

 そうつっこみを入れながらも、伸ばした両手でふたりの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜ慰めようと努めている勝呂。そんな彼の後ろに、燐の一太刀のおかげで力が半減された悪魔をそれぞれ無事に消滅させた志摩と雪男が戻ってきた。視線を合わせ軽く笑みを浮かべたふたりは、お疲れさま、という意味を込めたハイタッチを交わす。これにて悪魔討伐は完了、のはずなのだが、なぜかふたりとも武器を納めることをせず手にしたままだ。勝呂を中心にそれぞれ左右の脇を固めるように立ち、真っ直ぐに視線を向ける先。志摩と雪男につられるよう、勝呂もまた此度のチームリーダへ目を向ける。
 泣いて赤くなった目でしえみも竜騎士の方を見やり、燐も同じようにその姿を正面に捕えた。

「――――ッ」

 その男のことは詳しくは知らない。一度も任務を共にしたことがなく、誰ぞより階級や称号を聞いていたとしても燐はすぐに忘れてしまうからだ。しかし、こちらに対し良い感情を抱いていないことは分かる。殺意こそないようだが、悪意、敵意はひしひしと伝わってくるのだ。
 その場にいるものから向けられた視線の強さに、彼が息を呑んでたじろいだのが分かった。
 仲間たちが今回のような理不尽な目にあうのは、おそらく初めてのことではないのだろう。ぐずぐずと鼻をすすり上げながら燐は思う。悪魔の血の流れた自分たち兄弟が、他人から悪意を向けられるのはある意味仕方がないことだと諦めもつく。その中でいかに弟の心を守るか、が燐の永遠の課題だ。
 けれどここにいる優しい仲間たちは、その境遇から抜け出そうと思えばいつでもそうすることができるはず。それなのに彼らは皆揃って「冗談じゃない!!」と怒るのだ。
 自分たちの立つこの位置は、それぞれが己で考えて決めたこと。ほかの誰の指図も受けず、後悔をするつもりもない、と。
 大好きなひとたちが傷つく姿を見たくない、そうなるくらいならば自分が代わりに傷を負う。燐にとってはごく自然な思考であったのだが、それがただの心の弱さでしかないと教えてくれたのは燐の為に泣いてくれる仲間たちのおかげだ。どれほど叱られても、どれほど泣かれても、昔から培ってきた性格は簡単には直らないし、やはり怖いものは怖い。だから同じようなことを繰り返しては、そのたびに怒られる。怒ってくれるのだ、彼らは。
 一緒に戦いたい、隣の女性はそう言って泣いてくれた。けれどそれはむしろ燐の方が言いたいこと。
 たとえ傷ついてもいい、傷つく姿を目にすることになってもいい、共に苦しさに耐え、共に戦いたい。だからこそ燐は、同じ呪われた血を持つ弟と並んで、青い炎を纏わせた刀を振るっている。



 皆さんお怪我ありませんか、と言いながら仲間の元へ寄っていく三輪の背を、黒髪を風に舞わせながら神木が追いかけた。
 十五の春、祓魔塾という特殊な空間でたまたま顔を合わせただけの顔ぶれ。けれど、そのつきあいがここまで長く続いているのも、自分たちの中心に、強くて優しい悪魔がいるからだろう。
 たとえその彼が世界中から忌み嫌われ、憎まれる存在であろうが、自分たちにはまるで関係のない話。
 お前ら、とどこか悔しそうに呟かれた竜騎士の言葉が耳に入り、足を止めた神木が振り返る。
 彼の言わんとすることはなんとなく分かる。どうしてそんな悪魔と共にいるのか、どうしてわざわざ「人間」と敵対しようとしているのか。恐くはないのか、嫌悪はないのか、辛くはないのか、痛くはないのか。
 的外れも甚だしい疑問の込められた視線を、神木はふん、と鼻で笑う。そのような感情への答えなど、一言で済む。

 彼女の背後には、錫杖を肩に担ぎ飄々とした雰囲気を作りながらも鋭く相手を睨みつけている志摩廉造、愛用の銃の引き金から指を外すことなく眼鏡の奥で冷ややかな瞳を細めた奥村雪男、先ほどまでの戦闘でぼろぼろの姿ではあったがまるで覇気を損なうことなく前を向く勝呂竜士。ぎゅう、と大好きな友達の手を握って決して折れることのない柔らかな強さを見せる杜山しえみに、彼女の手を握り返して真っ赤な目のまま不敵な笑みを浮かべる奥村燐、皆の無事を確認しほっとしながら振り返った三輪子猫丸は穏やかな表情ではあったが目元はまるで笑っていない。
 そんな彼らを、「大事な仲間だ」と胸を張れる彼らをバックに、神木は肩に流れる黒髪をばさり、と手で払って言い切った。

「これがあたしたちよ」
 何か文句でも?






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2012.09.02
















塾生を活躍させたいなぁ、という思いばかり先走って、
肝心の雪燐がまるでいちゃいちゃしていないという。
Pixivより。