どうしてこうなった!・4


〈side Y〉

 初体験ってのは苦い思い出になっているひとが多いのだそうだ。知識はあっても実践となるとうまくいかないもので、とにかく最後までやりきることに一生懸命だった気がする。
 手を繋いでキスをしてセックスをして。
 恋人同士にならないといけないからそうしてるのか、兄さんとくっつきたいから恋人って言葉を掲げているのかもう僕には分からない。ニワトリと卵とどっちが先ですかって言われても分からないのと同じこと。(僕は卵が先だと思っているけれど。)
 兄さんが女性役をやってくれるとは思っていなくて、僕が入れられる側なんだろうなって勝手に思ってた。僕も男だから本当は入れたいんだけど、体格的にそのほうがスムーズかもって諦めてもいたんだ。兄さんのものが小さいわけじゃ決してないんだけど、僕のに比べるとやっぱり小振りだから、小さな器に大きなモノを入れるより、大きな器に小さなモノを入れたほうが被害は少なくてすむだろ?
 セックスをしない、っていう選択肢ももちろんあったわけだけど、その方法があるって聞いたら兄さんはしたがるだろうなってのも分かってた。あのひと本当に単純だから、恋人ならエッチするのが当然だとか、そんな風に考える。方法を教えたらやりたがると分かってて、それでも口にしたのは自分。だからたぶん、僕もしたいと思っていたのだろう。

 予想に反して(いやある意味兄さんの性格を考えたら予想どおりなのかもしれない)僕が入れる役をさせてもらえたけど、うまくできたとは言い切れない。怪我はさせてない、でも苦しい思いはさせただろうし、繋がることで気持ちよくなれたかといわれたら首を傾げる。僕は兄さんに気持ちよくしてもらえたけど、結局兄さんのは手で擦ってイかせてあげた。
 二度目はないなって思ってた。
 思っていたけど、ベッドの上、キスをして、可愛い顔に我慢できなくて思わず舌を入れて、可愛い声に理性が飛んで思わず押し倒して身体中を撫で回して、ああまずい、と思って離れようとしたら「しねぇの?」って。しようぜ、って恥ずかしそうに、それでもまっすぐに求められて応えないやつがいたらそいつは男じゃない。股間にぶら下がってるものはただの振り子だ、顔面が文字盤の振り子時計だ。そんな輩は振り子をぶらぶらさせながら、六時や十二時に時刻を告げていればよろしい。
 僕だって健全な男なわけで、僕の股間は振り子じゃないわけで、顔面に張り付いてるのは忌々しいホクロで数字じゃない。
 実践を伴うことだからか、あるいは本能で行動しているからか。回数を重ねれば重ねるほど兄さんはこういうことがうまくなってる。最初はただ僕からのキスを待っているだけだったのに、最近は辿々しいけど兄さんからも舌を伸ばしてくれるようになった。しかも僕がしたことをそのまんま真似してくれているみたいだって気づいたときは、あまりの可愛さに頭がおかしくなるかと思ったくらいだ。鼻にかかった息を零してゆきお、って僕の名前を呼ぶ。その声がどれだけやらしく可愛く響くか、きっと僕以外に知らないに違いない。自分が気持ちよくなりたいっていうのももちろんあるけど、この唇からゆきお、ゆきお、って泣きそうな声でたくさん名前を呼んでもらいたくて、くしゃって切なそうに歪んだ顔が見たくてしょうがなくなってくる。

 ちょっと前の僕は、自分が兄の泣き顔を切望するようになるだとか、それを見てペニスを勃起させてしまうだとか、あまつさえアナルセックスまでしてしまうだとか、考えてもいなかった。何でこんなことになってるんだろう。僕自身、心境に変化があったとか、そういうつもりはまるでない。以前と変わらず、兄さんのことは大切だし好きだと思ってる。けど、それが「恋人」に対するものかと聞かれたら、やっぱり首を傾げるんだ。
 ん、だとか、あ、だとか、シーツを握りしめて小さく呻いてる兄さんに、大丈夫、と問いかける。横を向いたままちらっとこっちを見て、大丈夫って笑う顔がすごく健気で、申し訳ない気分が沸き起こってきた。けど、半分ほど入れた状態で身体が止まるはずもなくて、ごめん、と謝りながら腰を動かすしかない。どうしたら兄さんも気持ちよくなってくれるだろう、せめて苦しませないでいられるだろう。回数をこなすしかないのだろうか。

「っ、は、ぁ、ゆき、はい、った……?」
「ぅん、ちょっと、動かないでおくね?」

 僕の大きさに慣れるまで待ったほうがいいだろう、と思いそう言えば、兄さんはちょっとだけ笑って「ごめんな」と謝った。たぶん、すぐに動けないことで僕に我慢をさせているとか、気を遣わせているだとか、そんなことを気にしているのだと思うけど。本当に兄さんはバカだ。バカだバカだってずっと言ってきてそう思ってきていたけど、やっぱりバカだった。
 ほんとバカ、と呟けば、何でだよ、って兄さんが睨みあげてくる。体内を僕ので押し広げられているからちょっと苦しそうで、でも潤んだ瞳だったから正直睨んだ効果はまるでなかったけど。
 この場合、謝るとしたら無体を強いている僕のほう。兄さんは僕を罵っていいし拒絶してもいいくらいなのに。
 そう言った僕に、「お前のほうこそ、バカじゃん」と兄さんが唇を尖らせた。

「だ、って、俺ら『恋人』だろ? なんで恋人とエッチすんの、嫌がるんだよ」

 恋人ならセックスをして当たり前。それくらい好きあっている、だから「恋人」になっているのだ。手を繋いでキスをして、セックスをして。そうやって「恋人」らしいことをするのに嫌がる理由などどこにもない。
 きっぱり言い切る兄さんの気持ちは僕には分からない。だって兄さんも僕と同じで、僕のことを恋人と好きなわけじゃないはずだ。すごく下らない喧嘩が原因で、互いに引っ込みがつかなくなって、恋人って振りをしてるだけで、いつ相手がぼろを出すか、意地の張り合いをしてるだけ、のはずなのに。
 何でここまで頑張れるんだろう。
 恥ずかしい思いをして、痛い思いをして、苦しい思いをして、それでも「恋人」だから、好きなんだからって僕を受け入れて。

 全部終わったあと、「大丈夫?」って聞いたら兄さんはやっぱり「大丈夫」って笑った。笑ったあと、ちょっと言いづらそうに、「お前は?」って聞いてくる。セックスで僕の身体に負担がかかることなんて全然なくて、それくらいは兄さんも分かってるはずで、どうしてわざわざ聞いてくるんだろう、と思っていれば、とんでもない言葉を続けるんだ、このひとは。
 気持ち良かった? って。
 エッチして、気持ちよくなれたのかって。
 自分の身体のことより僕のこと。がん、と頭を殴られたような気分で、動揺したまま素直に良かったよって、答えた。嘘もつけなかったし誤魔化すこともできなかった。だって本当に気持ちよかったから。僕だって、セックスは兄さんとしかしたことないけど、自慰を知らないわけじゃない。それとは比べ物にならない感覚なのだ。セックスというものがこういうものなのか、相手が兄さんだからなのかは分からないけれど。
 ただ僕の答えを聞いて安心したように「良かった」って笑う兄さんを見て、やっぱりあれ? と僕は思うのだ。
 これって本当に、「兄弟」にすることなのかなって。
 いや兄さんは恋人のつもりで(僕だって一応はそのつもりで)いるんだけれど、それにしたっていきすぎてないか? 兄さんのその態度が「振り」なんかじゃ全然なくて、本当に心の底から恋人であるかのような、そんな様子に思えてきて仕方ない。

 振り返れば、このバカらしい関係が始まった最初から、兄さんはどこか楽しそうだった、ような気がする。双子の弟と恋人の振りをしなきゃいけないだとか、どう考えても罰ゲームでしかないことなのに、手を繋ぐのも一緒にお昼を食べるのも帰りがけに買い物デートをするのも、どれも恥ずかしがってはいたけど嫌がってはいなかった。キスだって、ディープなものまでそんなに抵抗を見せなかったし、その先だって。(行為の仕方を説明したときには驚いた顔をしていたけれど。)
 それって、本当に「兄弟」に対しての気持ち、で済ませていいものだろうか。その枠に収めるには少しばかり、いやだいぶ、大きいのでは?
 僕のそんな疑問にトドメをさしたのは、しえみさんの一言だった。

「最近燐がいつも楽しそうなの。何か良いことでもあったのかな」

 友だちが幸せそうだと自分も幸せになってくる、とほわほわした笑顔を浮かべて素敵なことを言ってくれていたけれど。
 どうして兄さんがいつも楽しそうなのか。どんな良いことがあったというのか。
 考えて、原因を探っても一つしか思い当たらない。
 僕は始めからごく当たり前のように、兄さんも僕と同じ気持ちなのだと決めつけていた。だって普通はそうだろ? 男同士でしかも兄弟であんなことを言い合うだなんて、状況も考えたらただ勢いで口にしただけだって。そう思うじゃないか。
 でももしかすると、ひょっとして。
 兄さんの言う「好き」は僕が思う「好き」とは、違う意味だったんじゃないだろうか。
 いくら「好き」だからって、弟から唇にキスをされて平気でいられるものか? 舌まで入れられて、気持ち悪いと思わないものか? ペニスを扱かれて恥ずかしそうに喘ぐか? 男にバックバージンを奪われて、それでもお前は気持ちよかったかって相手のことを思いやっていられるか?
 考えるまでもない。
 ひょっとするともしかして。
 キスをされても良いくらいに、舌を吸われてもいいくらいに、手でイかされてもいいくらいに、尻を犯されてもいいくらいに。
 兄さんは僕のことを「好き」なのではないだろうか。
 そんな兄さんの「好き」が僕の言う「好き」と同じとは到底思えない。それはおそらく、もっと深くて強くて温かくて優しい気持ちなのだ。始めから兄さんが言っているように、家族としてではなく、恋人としての、「好き」。

「……でも、もし本当にそうなら……」

 兄さんは恋愛的な意味において僕のことを好きだ、と仮定する。そうすると、僕にそんなつもりがまるでなくても、兄さんにとってあの喧嘩はただの喧嘩ではなくて熱烈な告白でもあるわけで、それに対し僕はなんと答えたのか。その後、どんな態度をとり続けてきているのか。
 思い返し、僕はようやくことの大きさと、取り返しのつかなさに気がついた。
 もしかして、もしかしなくても。
 僕は、兄さんに――



***     ***



〈side R〉

 俺は雪男に、ものすごく悪いことをしてる、んじゃないだろうか。

 だって、考えてもみろよ、俺、男だぞ? そんであいつの兄貴だぞ、しかも双子の。その上悪魔だし。そんなやつ相手に普通手を握ってやろうとか思うか? キスしようとか思うか? べろまで入れてくるか? エッチまでしようとか思うか?
 ちょっと前、いくらヤりたい盛りでも穴だったらなんでもいいってわけじゃないって、言ってた奴がいたのを思い出す。確か雪男とこんなことになる前、学校でひとりで飯食ってるときに、周りにひとがいないって思ってたバカどもがエロ話題で盛り上がってたんだ。まあ俺も嫌いじゃないし、正直興味もあったからこっそりとそいつらの話を聞いてたわけだけど。
 オナホとコンニャクだったら、オナホを選ぶだろ? ってバカ1が言ってて、いやいやそのたとえはどうなんだ、って俺でも思った。思わずふきだしかけた。爆笑してるバカ2〜4(人数ははっきり分からなかった)を置いてバカ5が「でもまあ、入れる穴があっても角刈りマッチョには入れたくねぇな」って言う。確かに、とまたバカ2〜4が爆笑。

「いくら穴あっても棒が使い物になんねぇだろ、その状況じゃ」

 繊細な棒だからなぁ、とバカたちが笑ってるのを聞いてる俺もたぶんバカその6くらいだったんだと思う。
 ただまあ奴らの話は分からなくもなくて、要するにエッチできたらなんでもいいわけじゃねぇってこと。エッチできるからって、奴ら曰く繊細な棒がすぐに使い物になるかといわれたらそうじゃないってこと。どうでもいいときに元気になったりするけれど、でもやっぱり、その相手とヤりてぇって思わないと勃たないし、勃たないとできない。
 でも俺と雪男はエッチした。できた。よく考えたらエッチって、入れられる俺はまだしも、入れる雪男はチンコ勃たさなきゃいけないじゃん。雪男のユキオ見てでっけぇなーとか思ってる場合じゃねぇよ、俺。雪男も興奮してんだなーとか嬉しがってる場合でもなかったよ、俺! 勃ってるってことは、あいつ、俺見てむらむらしてるってことじゃん! ヤりてぇって思ってるってことじゃん! そんなの、兄弟としての好きだけじゃ説明できねぇって!

「……やっぱ雪男、俺のこと、本気で……」

 呟いて、いやいやないない、って思おうとするけど、頭んなかに、今日志摩に言われた言葉がふっと湧いて出てくる。

「なんや、最近若せんせ、ちょっとまるうなった気、せぇへん?」

 ええことでもあったんかな、とにやにや笑いながら俺から何か聞き出そうとしてた。でも俺にはそうは見えなかったから、「そっかぁ?」って返したけど、俺はずっと雪男といるから気づいてないだけで、志摩の言葉が本当だったとしたら。
 その原因は一つくらいしか、思いつかない。
 頑固で融通が利かなくて堅物なあの雪男がまさか、と思う。けど、真面目な雪男だからきっとひとを好きになったら一生懸命優しくしてると思うんだ。
 雪男がそういう意味で俺のことを好きで、でも俺はそれを知らなくて、ただの喧嘩だと思ってて、だからこうやって恋人の振りとか続けてたんだけど。でもあいつが本気だっていうなら話は別だ。
 だって、俺はあいつのこと、そういう意味で好きじゃない。
 そりゃ弟だから可愛いし大切だし好きだとも思ってるけど、女子を好きな意味で好きかって言われたら違うだろって思う。女子と雪男は全然違うし。恋人の振りとかそりゃできるくらいには好きだけど、やっぱり違う気持ちだなって思うのだ。

 もし、雪男が俺のことを恋愛的に好きだっていうなら、今俺がこうやって恋人をしているのはきっとあいつを傷つけることになる。俺がただの喧嘩の延長のつもりで恋人をしてるだって知ったら、きっと雪男、滅茶苦茶ショックを受ける。だって、今まで俺が言ってたこととかしてたこととか、全部偽物なんだ。俺としては家族の好きって意味をこめてのことだから偽物だったつもりはないんだけど、雪男は恋人の好きだと思ってたんだから、あいつにとっては偽物だったって言われても言い返せない。
 でもだってまさか、と呟こうとしたけど、気がついた事実がでかすぎて、もう声も出てこなかった。
 そんなつもりはなかったんだ。だって、いくらなんでも血を分けた双子の弟が、兄貴にガチで惚れてるとか、普通思わないだろ? しかもあの雪男が。いつも俺の顔を見ると小言しか言わなくて、でこにしわ寄せて、「兄さん、課題はやったの!?」とか「なんで昨日教えたこと覚えてないの!」とかそんなことばっかり言ってるやつが。頭も悪いしすぐキレるし、意地っ張りで素直じゃねぇし、ひとに迷惑ばっかりかけて、親父にも、ひでぇことばっかり言ってた、悪魔の、俺を。
 何でなんだよ、雪男。お前ならもっとさ、ほかにも選びたい放題だと思うぞ? お前、怒りっぽいしひとの話聞かねぇけど、頭いいしイケメンだし優しいから、絶対可愛い女の子と付き合えるって。俺選ぶ必要とか全然ねぇんだって。そう言ってやりたいけど、そのためには最初から全部嘘だったって説明しなきゃいけなくなる。ほんと、何がどうしてこうなってんだよ。

 たぶんだけど、雪男は俺が正直にいえば怒ったり傷ついたりしても、しょうがないって、やっぱりそうだよね、って許してくれる気がする。あいつ、変なところで諦めがいいから。自分が自分が、ってほうじゃなくて、一歩引いてすぐに相手に譲ろうとするんだ。そういう優しいところ、好きだけど、それであいつが悲しい思いとかするのはすごく嫌だ。そんな優しい雪男が悲しくならないように、兄ちゃんである俺が守ってやらなきゃいけないんだなってずっと思ってた。こんな俺が雪男と一緒に生まれてきた意味とか、それくらいしかねぇじゃん。
 だからもし傷つけてしまったことをあいつが許してくれても、俺はきっと自分が許せない。弟を傷つけるとか、悲しませるとか、兄ちゃんとして一番やっちゃいけないことだ。

 やだなって、思う。雪男を傷つけるのはすごく嫌だ。悲しませるのも嫌だ。だって、最近折角たくさん話ができてる。手繋いだりキス、とかはちょっと置いとくけど(嫌なわけじゃない、ただ恥ずかしいんだよあれ)、普通に話して、普通に笑って。俺、雪男の笑った顔とかすげぇ好きだと思う。安心するんだ雪男が笑ってると。ああ笑ってんなって、それだけでいいなって思える。だからそれが見られなくなるのは嫌だと思うし俺も悲しい。
 こんな変なことになる切っ掛け、一番最初の喧嘩のときに言ったことだって、全部が全部勢いで言ったことじゃねぇんだって雪男は信じてくれるかな。俺の本気もだいぶ混ざってたって。恋人に対する好きとは違うんだけど、俺は雪男が好きだし大切だ。恋人になってくれるかもしれないひとはたくさん(じゃないかもしれないけど……)いるけど、でも俺の弟は雪男ひとりなんだ。だから誰に対する「好き」とも違うのは当然だって俺は思うんだけど、きっと雪男が欲しい「好き」ってのはこういうものじゃないんだろうなぁ。
 傷つけたくないし、悲しませたくもない。どうしたらいいんだろ、って悩むけど、一番いいのは全部正直に話すことって分かってる。そもそも俺、嘘とか苦手だし、特に雪男に隠し事とか、できる気はしない。悪いな、って思ったら全部顔に出てくるから、雪男に言われる前に自分から言ったほうがいいって分かってる。
 分かってるけど、でも……。



***     ***



〈side Y〉

 優しくしたい、って兄さんは言っていた。恋人だから優しくするんだって。
 でも僕は恋人じゃなくても優しくしたい。自分が素直な性格じゃないことも、意地っ張りで強がりで捻くれていることも知ってるから、兄さんに対して馬鹿正直に優しくなんてとてもじゃないけどできなかった。けどそこに「恋人」って言葉が加わるだけで、今までより全然優しくできて、恋人ってすごいなって思っていたのに。
 もし本当に兄さんが僕のことを好きだとしたら、このままというわけにはいかない。ちゃんと全部最初から、僕がどういう気持ちだったのか、話して謝らないと。そしたらきっと僕たちの恋人ごっこは終わりを告げて、兄さんはすごく傷つくだろうけど、でも僕とは違ってちゃんと兄さんのことを恋愛対象として好きだっていうひともきっといるだろうから、そういうひとと付き合ったほうがいいに決まってる。

 兄さんのことは家族として好きだ。そこに偽りはないつもりなんだけれど、嘘をつくことに慣れ過ぎてしまった僕の言葉は、自分で聞いても白々しい。ひとの言葉を聞いても疑ってしまう、好意を目にしても勘繰ってしまう、そんな臆病で弱い僕の気持ちにどれほどの価値があるだろう。この喧嘩がなければ、家族としての好きって気持ちもきっと僕は兄さんに伝えることはなかったに違いない。知ってもらわなくても良かったんだ、気づいてもらえなくても、僕が勝手にひとりでこっそり、兄さんを好きでいたし、心配して頑張っているだけで良かった。兄さんが笑っててくれるなら、傷つかないでいられるなら、それだけで良かったんだ。
 そう思ってる当人が兄さんを傷つけることをしているのだから、まったくもって笑えない冗談でしかない。本当に、何がどうしてこうなったんだろう、僕たちは。

 人間とは違う存在になってしまってはいるけど、誰かのために一生懸命になれるような兄さんだから、きっと誰かを好きになったら真っ直ぐに愛するんだと思う。そんな真っ直ぐな気持ちをちゃんと受け止めて、同じだけ返してくれるようなひと。兄さんが欲しがってる「好き」を返してくれるひと。あのひとは単純で短絡的で直情的で向こう見ずで考えなしでとてつもないバカだけど、とてつもなく優しくて温かいひとだってことも知ってる。兄さんのそういうところに気づいてくれるひとだって絶対にいるから、だから僕が偽物の気持ちのまま兄さんと手を繋いだり、キスをしたりしなくても、本物の気持ちを持ってる他の誰かがしてあげるほうがいいに決まっていると思うのだけど。
 たぶん、こんなことにさえならなければ兄さんは普通に女のひとと恋愛をしてたと思う。だからきっと相手は女性なのだろうけど、手を繋いだとききゅって握り返してくれる強さだとか、キスをしたあとで恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑う顔とか、そういうのをそのひとも見ることになるのだろうか。さすがにセックスのときには僕としているみたいに声を出したりとかはしないだろうけど、兄さんの身体を僕じゃない誰かが見ることになるのだろうか。見て、触って、舐めて、味わって。女性だったらそこまで積極的なひとはいないかな。でも兄さんの相手が肉食系女子とかだったらどうしよう。恥ずかしがり屋な兄さんを押し倒して攻めまくって、ひんひんいわせてたらどうしよう。もっといえば、相手が男で、兄さんのなかに入れてたりしたらどうしよう。あんなにあったかくてきつくて気持ちの良い場所を、他の誰かも堪能することになったりしたら……!

「他の誰かって……」

 誰だよそれ。
 どこにいるんだよ、そんなやつ。
 いるんなら出てこいよ。
 のこのこ現れたら殴りかかってしまうかもだけど。



***     ***



〈side R〉

「だって、そんなのぜってー許せねぇしっ!」

 許せるわけがない!
 他の誰かって俺じゃねぇ誰かってことだろ? 雪男が、俺以外の誰かと手を繋いだり一緒に飯食ったり、キ、キスとか、エッチとか。そんなの駄目だ、絶対許せない。
 好きなもん食ってほわんって笑う子供みたいな顔とか、ちょっとしたときに手を繋いでくる強引さとか、そういうのを何で俺じゃない誰かに見せるんだよ。キスしようとするときにふっと変わる空気とか、唇が柔らかくて温かいこととか、エッチのときすっごい大事なものを撫でてるみたいに触ってくることとか、イきそうなときの滅茶苦茶エロい顔とか声とか、何で俺以外の誰かに見せるんだよ! 駄目だろそれ、見せたら駄目だ。だって雪男は俺の弟じゃん。だから俺のなんだよ。俺のものを勝手にひとに見せるの禁止!
 でもだからって、雪男に嘘ついたまま恋人の振りを続けるとか、俺にできるとは思えないし、したくもない。

 やっぱり、雪男にちゃんと言おう。全部最初から、頭の悪い俺の言葉だから上手く伝わるか分からないけど、このままじゃ駄目だし、雪男を騙したままでいたくない。そんなのは駄目だ、間違ってる。
 俺は雪男のことが好きだけど、それは恋人って意味で好きなわけじゃない。でも、他の誰かを恋人にしてもらいたくはないんだ。俺より先に彼女作るなとかそういうんじゃなくて、雪男のいろんな顔を知ってんのは俺だけでいい。他の誰にも見せたくない。
 雪男の「好き」と俺の「好き」は今はまだちょっと違うのかもしれない。でも、俺もいつかちゃんと同じ気持ちを返せるように頑張る。
 だから、できれば今までどおり一緒に飯を食いたいし、手を繋いで学校に行きたい。優しくしたいし、優しくされたい。買い物も行きたいし、キスも、エッチも、したい。
 雪男に他の恋人とか作ってもらいたくない。
 作らないでくれって。



***     ***



〈side Y〉

 言葉にして兄さんにちゃんと伝わるか、自信はない。
 いつもいつも怒ってばかりの僕の言葉だ、そのまま聞いてもらえるだろうか。
 信じられない、と突っぱねられるんじゃないだろうか。
 そんなことばかり頭を過って怖くて仕方がない。
 ただ、薄っぺらい僕でもその気持ちだけは本物で、真っ直ぐで温かい兄さんにはとても敵わないし釣り合わないだろうけど、最近になって初めて知ることができた兄さんの姿は、今のまま僕だけのものにしておきたい。
 あのひとを独り占めしたいんだ。

 兄さんにちゃんと、謝って、お願いしよう。
 それで兄さんが許してくれるかどうかは分からないけど。
 でも言わなきゃ何も変わらないんだから。





***     ***





〈side Y & R〉

「なあ雪男」
「ねぇ兄さん」

「「ちょっと話があるんだけど……」」




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2014.06.03
















どうしてこうなった。

Pixivより。