マキャヴェリズム・3


 言葉の意味を理解したと同時に、音が聞こえるのではないかという勢いで、ユーリが顔を赤く染める。返す言葉が見つからず、あまりの恥ずかしさに涙まで浮かべてぱくぱくと口を開閉させる親友を見下ろし、「可愛いね」とフレンは笑みを浮かべた。

「なまじ知識があったのが拙かったね。何も知らなければまだユーリの隣にいられたかもしれないのに」

 けれどきっとこうなるのは時間の問題だった、とフレンは小さく呟いた。
 下町という少々治安のよろしくない場所で生活しているせいで、身を守るための知識は貪欲に取り入れてきた。体を売って生活をしている者も多くはないが少なくもなく、親のいない二人にそういう商売をさせようと近づいてくるものも過去にいた。幼いころから知識をつけるのはよくないが、無知なままで危険を察知できぬのもよくない。そんな考えから、それとなく二人を見守ってくれる優しい大人たちに知識を与えられ続け、体もある程度成長した今、遠い未来のことのように思えていた性的な事柄が、ずいぶんと身近にまで迫ってきていたのだ。
 女に誘われた時も、ユーリはどこか他人事のように思っていた。まだ自分には早い、と無意識に思いこんでいたのかもしれない。
 しかしどうしてだか、本来そういった対象として見るべき女性ではない、親友であるはずのフレンに言われ、急にそれらが現実味を帯びてきたように感じる。何もかもがずっと一緒だと思ってきていた彼が、生々しいことを言葉にしたから、かもしれない。
 だからね、とそう言って、再びフレンが体を起こそうとしたとき。

「ッ?」
「逃げ、んな」

 両腕を伸ばし、フレンの首筋へと抱きついた。友達、家族としてのスキンシップがないわけではなかったが、こうして正面切って抱きつくというのもずいぶんと久しぶりだ。まともに視線を合わせることもできず、「頼むから、ちょっと待て」とフレンの肩へ額を押しつける。

「お前のせいでオレの頭んなか、今、めちゃくちゃだ」
「うん、ごめん」
「確かに、オレはお前が好きだけど、お前と同じ意味かって言われたら、ぶっちゃけ分かんねぇ」
「たぶん、違う意味だとは思うよ」

 優しくそう返してくるフレンの肩へ、「いいから聞け」と頭突きをかました。

「オレは、お前みたいに頭良くねぇし、知識より経験重視なんだよ」
「知ってる」
「だから、さ、その、」

 ぎゅ、とフレンの肩を握る手に力をこめ、ユーリは言葉を探す。ふう、と一度大きく息を吐き出して呼吸を整えたあと、ユーリは、意を決して先を続けた。

「ヤれば、いいじゃん」

 ただこれだけのことを言うのに、今まで生きた中で一番緊張している。

「……ユーリ?」

 言葉の意味が取れなかったのか、怪訝そうに眉をひそめ、顔を見せようとしないユーリの名をフレンが呼んだ。

「お前がしてぇってんなら、オレは別に、いいって」
「ユーリ」

 ユーリの言葉を遮ったフレンは、「駄目だよ、そういうことを言っちゃ」と首を振る。

「僕が本気にしたらどうするつもり?」
「だから!」

 がばり、と顔をあげ、フレンを正面から見据えて、言った。

「いい、って……言ってんだろ」
「君は、僕が君をどうしたいのか、ほんとに理解、してる?」
「してる、から、震えてんだろうが」

 ユーリの両手は小さく震え続けており、その手を取ったフレンはそっと握りしめて唇を寄せる。

「たぶん、途中で止めてはあげられない、よ?」
「……いいから」

 せっかくの据膳なんだから、食っとけ。

 ユーリが強がれたのもそこまでのことだった。





**  **





 体のあちこちが痛い。普段とらないような体勢で動いたせいだろう、妙な部分が筋肉痛になりそうだ。そして欲望を捻じ込まれていた個所には、未だに何かが挟まっているかのような感触が残っている。

「オレ、明日動けっかな……」

 もう今更恥じる気もなくて、汚れた体をフレンに拭われるままユーリはぼそりと呟いた。それは決して彼を責める言葉であったわけではないが、そう捉えられても仕方はないだろう。

「ごめん」

 今日一日で、何度その言葉を聞いただろうか。そうじゃない、とユーリは緩く首を横に振った。動かすのも億劫な両腕を持ち上げ、フレンの首筋へと絡める。背中を支え、起き上がるのを助けてくれたフレンへ、そのまま抱きついて、「明日動けねぇかも、ってオレは言ってんだよ」と掠れた声で続ける。

「あ、うん、だから」

 もう一度続けられそうになった謝罪を遮るため、「そうじゃなくて」と素早くその唇を奪った。
 驚いて目を見張るフレンの顔を可愛い、とそう思う。

「動けねぇオレを置いて、お前はどっか行くのか、って話」

 冗談じゃない。フレンのせいでこうなっているのだ。それなのに一人で置いて行かれるなど、絶対に許さない。
 一緒にはいられない、と自分を置いて出て行こうとしたその背中にどれだけ衝撃を受けたのか。
 きっとフレンには分からないだろう。

「……僕は君に、君の言葉に甘えても、いいの?」

 フレンの抱く愛情とユーリのものとは、彼の言うとおり質が違うのかもしれない。体を繋げはしたがその答えは出ないままで、ただそれでも嫌、ではなかった。まだすべてに快楽を得るまでではなかったがそれでも、その体温に嫌悪は抱かなかった。
 当たり前だ、自分がフレンを嫌がるはずがない。

「フレンはそんなにオレと一緒にいるのが嫌なのか?」
「違うっ! そんなわけ……ッ!」

 思いのほか強く否定され、思い切り抱きしめられた。強く拘束してくるその腕がかすかに震えているのを感じ取り、ユーリはぽん、とフレンの背中を優しく撫でる。どうやら失言だったらしい。

「悪ぃ」

 ぽんぽん、と何度も、子供をあやすように背中を叩くと、フレンはユーリの肩に額を擦りつけるように首を横に振る。

「好き、だよ。ユーリ。他の誰よりも、他に誰もいらないくらい、君だけが」

 くぐもったその告白に、同じ言葉を返せる日もそう遠くはないかもしれない。




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2009.11.10
















15とかそれくらいをイメージ。
すっとばした部分は裏にありますがぬるいです。