「どうしてこうなった!」の続き。 どうしてもこうしても とりあえず情報を整理しよう、と困惑した表情で雪男がそう切り出す。弟がここまで戸惑った顔をするのは珍しいかもしれない。 話がある、と切り出したのはふたり同じタイミングであった。先にどうぞ、お前こそ先に言えよ、としばらく譲り合い、らちがあかないから、と燐から先に話すことにした。 聞いている途中から雪男の表情がどんどんと複雑なものに変化していき、燐の言葉が終わると同時に弾丸のようにしゃべりだしたのだ。その勢いに驚きながらも耳を傾けていた燐は、おそらく雪男と同じような表情をしていたと思う。 「兄さんの言い分はつまりこういうことだよね。 最初はそんなつもりはまったくなかったけど売り言葉に買い言葉で僕とつきあうことになっちゃって、そのままずるずるいろいろしちゃったのもあとに引けなかっただけで気持ちはなかった、ごめんなさいって? でもこのまま続けたいし僕に恋人を作ってもらいたくはないって思ってる」 そういうことでいいのかな、と紡がれた言葉を脳内で反芻し、まあだいたいそんな感じ、と重々しく頷いた。大きく訂正が必要な箇所も見あたらない。一方雪男が言ったことはといえば。 「始めはただの喧嘩でしかなくて、俺に負けたくなくて恋人の振りとかしてたけど、やってるうちに振りしてんのが悪くなってきて、ちゃんと謝りたかった? で、これからはちゃんとするから、このまま続けようっていうことだよな?」 一つ一つ噛んで含めるような言葉に耳を傾けていた雪男は、ややあって、まあそうだね、と先ほどの燐と同じような反応を返してきた。とりあえず今それぞれが抱いていた気持ちを吐露しあい、正確に把握したという点ではなんの問題もないのだけれど。 しん、と落ちる沈黙。 唇を引き結んだまま顔を見合わせたあと、双子の兄弟は同じタイミングで盛大なため息をついた。 バカなの僕ら、と呟いた弟の言葉が耳に痛い。 「いや、バカだろどう考えても」 そもそも始まりからして馬鹿げていた。もはやきっかけすら思い出したくないけれど、何をどうしたら兄弟喧嘩のすえ恋人としてつきあうという結果に至るのか。百人が聞けば百人ともが首を振って「ないない」と否定するだろう。おそらく燐だって聞かれた側にいれば、「ないない、絶対ありえない」と言っていたに違いない。 その「絶対にありえない」状況に立ってもなおその関係を続け、あまつさえ進展させてしまっているのだから、大馬鹿者としか言いようがないではないか。 マジ意味分からん、と頭を押さえて呻く燐へ、「そもそも兄さんが、」と雪男は眉間にしわを寄せて口を開いた。 「変なこと言い出すのが悪いんだろ」 「何だよそれ。お前だって怒って言い返してきたじゃん!」 雪男が返す言葉を考えていれば、あんな言い合いには発展しなかったはずなのだ。もちろん燐だって妙なことを言っている事実は認めるが、こちらにばかり非があるような言い方はやめてもらいたい。だいたいお前があんな顔するから! と燐は声を荒げて弟を非難した。 「僕はもともとこういう顔だよ」 「嘘つけ。俺、お前とずっと兄弟やってっけど、あんな顔初めて見たぞ!? すっげー優しい顔して、甘ったるく笑いやがって!」 思わず可愛い、って思っちまったんだからな!? 弟は守るべき対象で可愛がる対象でもあると思っている。けれど「ああこいつかわいいなぁ」と心底思って悶える対象ではない、はずだったのだ。 燐の言葉に「か、可愛いって……」と雪男は顔を赤くして狼狽えていた。それもそうだろう、身長百八十の男(しかも双子の弟)相手に「可愛い」と思うほうがどうかしていると、燐自身も思うのだ。それも一度だけではなく、結構頻繁に思うのだから、自分の頭はおかしくなってしまっているのかもしれない。 「ていうかむしろ、可愛いのは兄さんの方だろ!」 燐の頭がおかしいのなら、たぶん雪男の頭もおかしくなっている。あるいは目のほうかもしれない。メガネの度が合っていないとか。今度ちゃんと買い直すように言っておくべきだろうか。 「ちょっと時間ができて、一緒に帰れるからってにこにこしちゃってさ! 僕がどれだけそれに振り回されたと思ってるの!?」 「はぁっ!? 知らねぇし、そんなことっ! つか、嬉しかったら笑うの、当然だろ!? 雪男と帰れて、嬉しかったんだよ!」 今まではあまり一緒にいることのできなかった双子の弟と、時間を共有する機会が増えたのだ。別に何を話したいだとかやりたいだとかいうことはなかったけれど、ただ一緒にいることができて嬉しかった。嬉しいときに笑顔になるのは自然なことのはずである。そう力説する燐へ、「何それ」と雪男は大きく顔を歪めて吐き捨てた。 「何でそういうこと平気で言うの? バカなのっ!?」 「バカバカ言うなよバカッ! 平気なわけねぇだろ、くそはずいっつーのっ!」 弟と帰れるから嬉しいです、だなんて小学生みたいな感想を口に出すことがどれほど恥ずかしいか、雪男には分からないのだろうか。 「だったら言わないでよ、うっかり喜んじゃうじゃん!」 「何でうっかりなんだよ、喜べよ素直に!」 本当に、この弟は燐の言動をひねくれて捕らえすぎる。どうしてそんな思考に至ってしまうのか、兄にはさっぱり分からなかった。 そう思いながらやけになって、「俺はっ!」と燐は叫ぶ。 「嬉しかったんだからな、雪男といっぱい話ができて、一緒にいられて、すげぇ嬉しかったんだ! 笑うだろそりゃ!」 たとえ悪魔の身体で悪魔の力を持っているとはいえ、心は人間なのだ。嬉しかったら笑顔になるし、悲しかったら涙が零れる。弟のように複雑怪奇な脳の作りをしていない燐は、単純にそのときの感情が顔に現れているのだと雪男だって知っているだろうに。 「兄さんさ、僕のこと好きすぎるだろ」 くしゃんと顔を歪めて(ひどく複雑そうな顔をしているためどんな気持ちなのかはまるで分からなかった)放たれた言葉にカチンときた。そんなことも知らなかったのか、と吐き捨てる。 「好きだよ、バカ! 悪いかっ」 「悪いなんて言ってないじゃない、僕だって兄さんのこと好きだし!」 お互いにそう怒鳴りあったあと、響いた言葉の意味に双子の口がぴたり、と閉じた。 落ちる沈黙、再び。 そのまま顔を見合わせる。 今双子の弟はなんと言っただろうか。 そして燐が口にした言葉はなんだったろうか。 ええと、と視線を泳がせたあと、伺うようにそろり、と燐が尋ねた。 「俺今、『好き』って、言った、よな……?」 兄からの質問に弟は、「ああ、うん、まあ……」となんとも曖昧な返事を寄越す。そしてややあって、「僕も、」と言葉を続けた。 「……『好き』って言ったよね……」 その言葉自体に問題はない。兄弟なのだから互いに好きだと思っていてもおかしくはない、むしろ平和な家庭だと思う。前の喧嘩のときにも言い合っていた、ような気もするけれど。 「そういう意味で……だよ、な……?」 燐がどこか呆然としたまま呟いた。 「……少なくとも僕は、ね……」 「や、たぶん、俺もだわ……」 『そういう』が『どういう』ものなのか、もはや詳しい説明は不用であろう。 兄弟喧嘩から発展した恋人関係。 ただただ負けたくない一心で、馬鹿にされたくないという意地だけで続けていたつもりだったのだけれど、それは頭のなかだけの話で心はまた別問題、だったのかもしれない。そもそもキスやセックスまでしておいて、それでもまだ兄弟としての好意しか持っていないだなんて誰が信じてくれるだろう。そんな言葉に騙されるのは、大馬鹿者であるところの双子の兄弟くらいかもしれない。 その大馬鹿者たちは再びくだらない喧嘩をした上で、やっと気がついたようである。 お互いがお互いを、そういう意味で、好きになってしまっているのだ、ということに。 百人が聞けば百人ともが「気づくの遅ぇよバカ!」と罵ることは必至であろう。 まじかー、と途方に暮れたように呟き、額を押さえて天井を仰ぐ兄。 嘘だろ、と呻くように呟き、頭を抱えてしゃがみ込む弟。 双子の兄弟の脳内には、同じ言葉がくるくるくるくると舞い踊っていた。 本当に、一体全体、 どうしてこうなった。 ブラウザバックでお戻りください。 2015.02.25
(´・ω・`)知らんがな。 |