双子の悪魔、悪魔の双子。(9)」の続き。


   悪魔の兄弟


 会議という名の報告会から戻ったら、双子の弟たちが執務室のソファを占拠していやがりました。

「…………」

 室内の状況を把握すると同時に無言のままぱたむ、と扉を閉める。はぁ、とため息をついて首を横に振った後ろから、「どうしたんだよ」と訝しげな声がかかった。豊満なバストを惜しげもなく晒した霧隠シュラ上級監察官である。今は双子の監視役もかねて、日本支部に属する祓魔師だ。確認事項を含めた所用のために呼びつけた相手であり、今更日を改めて、とは言いづらい。どうするか迷ったのはほんの一瞬のこと。どうせ彼女も双子の兄弟とは親しいのだ、さほど気にする必要もあるまい、と思い直す。いえ、と答えたメフィストは、振り返ることなく「愚弟たちの間抜けな姿が見えたため思わず閉めてしまいました」と言葉を続けた。本気とも嘘とも取れる言い方に、シュラが盛大に顔をしかめた気配を覚える。

「愚弟たちって……あのバカツインズか」

 メフィストに続いて執務室へ足を踏み入れた彼女は、「何しにきてんだよあいつら」とそう尋ねてきた。それに「さあ」と部屋の主は答える。

「昼寝じゃないですか」

 かつかつ、とブーツを鳴らして横を通り過ぎた大きなソファ。そこには携帯ゲーム機を手にしたまま寄り添って目をつぶっている、双子の悪魔の姿があった。兄弟揃って遊んでいる途中に眠たくなってしまったのだろう、と想像はつくけれども。

「……こいつらほんとに何しにきてんの」
「だから、昼寝でしょう」

 すいよすいよと眠る顔は、普段よりずいぶんと幼く見える。常日頃から言動が子どもっぽい双子の兄はまだしも、落ち着いて大人びた印象の強い双子の弟もこうしてみれば年相応に見えてくるから不思議なものだ。

「……黙って寝てりゃ、その辺のガキと変わんねぇんだけどな、こいつらも」

 しみじみとそう呟いたシュラへ、「そうかもしれませんね」と答えたメフィストがぱちん、と指を弾いた。同時にぽふん、と煙がわきおこり、お互いの身体で体重を支えていた双子の間に距離が生まれる。それぞれがソファに倒れ込む前に、同じ煙で呼び出されていた柔らかな羊を模したクッションがふたりの頭を受け止めていた。どうせ革張りとはいえソファなのだから、多少倒れ込んだところでダメージはないだろうに、とシュラなどは思う。わざわざクッションまで呼び出すだなんて、いつの間にこんなに過保護になったのだろうか、と。
 突然襲ってきた柔らかな衝撃に、さすがにふたりとも目を覚ましたようだ。「んぁ?」「あれ?」と間延びした声があがり、身体を起こした双子が同じタイミングでメフィストとシュラの方へ視線を向けた。

「リン、ユキ。客人の前ですよ、いい加減にしゃんとなさい」
「ああ、帰ってらしたんですね。お帰りなさい」
「お帰りー。俺ら、寝てた?」

 ふわぁあ、と大きなあくびをしながら問いかけてくる燐へ、「全力で間抜けな顔晒してな」とシュラが答える。

「うっせーな。寝てる時の顔なんて自分じゃ見えねーし。つかなんでシュラいんの?」
「なんだかお久しぶりですね。落ち着けないかもしれませんが、ゆっくりしていってください」

 首を傾げて言った燐のあとに、にっこりと笑って雪男がそう続けた。それはあなたが言うセリフじゃあありませんよね、と部屋の主は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「あまり細かいことを気にすると大きくなれませんよ」
「そういうことは私の背丈を抜いてから言いなさい」

 執務の邪魔になるのなら席をはずすが、と一応の気遣いをみせる末の弟へ、必要ない、とメフィストは首を振る。雪男が覚醒して以降、双子の悪魔はこの部屋にほとんど自由に出入りしているのだ。ふたりに聞かれて困るようなことがあるとすれば、執務室に持ち帰りはしないだろう。もちろん雪男もその点を理解した上で、社交辞令的に口にしたにすぎない。

「シュラは何飲む? あ、酒はねぇぞ。紅茶かコーヒー」

 メフィストたちのやりとりを聞き流しながらなにやら部屋の隅へ歩を進めていた燐は、三時のおやつとばかりに飲み物とお菓子を用意していたらしい。慣れた動作でメフィストの元へ皿とカップを運び、同じように自分たちの分を雪男に手渡している。今日のおやつはどうやらプリンらしい。皿の上で震えているそれは濃い黄色をしており、カラメルは好みでかけられるよう小瓶で添えられている。おそらくは手作りだ。

「ああ、バニラのいい香りがしますね」
「なんか前言ってたからビーンズ入れてみた。ちょっとくどくね?」
「私はこれくらいが好みです」
「雪男はカラメル少な目にしとけな」
「これ、かけなくても十分美味しいよ」

 かちゃかちゃと食器の鳴る音に、それぞれが口にする穏やかな会話、紅茶と甘いバニラの香り。優雅なティータイムといった様子を前に、カップの紅茶をずずず、と啜ったあとシュラははぁ、と大きくため息をついた。

「ずいぶん仲良くなってんじゃねぇか」

 もとは人間であった双子の弟のほうが悪魔として目覚めてしまったという報告は受けていた。それ以降つきあいがなかったわけでもないのだが、まさかここまで支部長と親しくしていたとは知らなかった。
 何なのお前ら、というシュラの言葉に、大きく眉を顰めたのメフィストだ。冗談ではありませんよ、と彼は言う。

「悪魔がなれ合うなど、笑い話もいいところです」

 とはいうけれども、彼はしっかり燐の入れた紅茶を味わっているし、手作りのプリンに舌鼓を打って誉めている。かけるカラメルの量や、プリンに合う飲み物について雪男と談笑をしているではないか。

「人間の感覚でいえば十分仲良しこよしだっつの」

 小さく吐き捨てて、今この部屋に人間はひとりしかいないのだ、という事実からシュラは目を背けておいた。
 最近のヴァチカンの様子や、双子の兄弟の立ち位置、燐の剣の修行の成果や双子の能力についての報告を交わす大人ふたりを横目に、話題の張本人たちは呑気におやつタイムを満喫しつつゲームに興じている。あの双子はいつもあんな感じなのか、と問えば、この部屋にいるときは大体ああだ、と返ってきた。燐はともかく、雪男のほうとはシュラもそれなりに長いつきあいではあるが、初めて見る雰囲気を覚えている。肩肘を張らず自然体、とでもいえばいいのだろうか。年相応な、「素」の奥村雪男がそこにいるようだった。

「……やっぱずいぶん懐かれてんじゃねぇか」

 苦笑してそう言えば、メフィストはおもしろくなさそうに鼻を鳴らしただけだった。

「メフィストー、ジバニャンSってどこに行ったら会えるんだっけ?」
「魚屋の通りですよ。倒す前にチョコボーを渡しなさい」
「おー、さんきゅー」
「兄さん、友達にしたらメダルちょうだいよ。コマさんSと交換しよう」
「コマじろうSも俺は欲しい」
「コマじろうSなら私、友達にしましたよ」
「マジか! くれ!」
「コマじろうSなら兄さんの方にも出てきてるはずだけど。ていうかフェレス卿、仕事が終わってるなら一戦つきあってくださいよ。そのために待ってたんですから」

 そう言いながら携帯ゲーム機を置いた雪男が手にするものは、コントローラである。リモコンを手に巨大な液晶モニタの電源をオンにすると、続けてセットされたままのゲーム機を起動させた。明るくなる画面を見やりながら、支部長室にあるべきものではないな、とシュラはぼんやりと考える。そして悪魔が揃って興じるものでもないだろうな、とも。

「あなたもなかなか諦めませんね」
「雪男負けず嫌いだからなー。勝つまでやるぞ、そいつ」
「兄というものに負け続けてるって事実に腹が立つ」
「いいでしょう、年季の違いを思い知りなさい」
「齢数百歳の悪魔が大人げないですよ、メフィストお兄ちゃん?」
「……その呼び方は止めなさいと言いませんでしたかね」

 げんなりとしつつも元々がサブカル好きの悪魔は、嬉々としてコントローラを握ってモニタへ視線を向けていた。どうやら格闘ゲームらしい。シュラ自身ゲームをしないわけでもないし、好きなほうだけれど、青焔魔に連なる悪魔を三匹虜にしているのだから、とりあえずクールジャパンすげぇ、と思っていればいいのだろうか。(『クールジャパン』という単語の使いどころがいまいち違う気もする。)

「あーくっそ、チョコボーやったのに友達になんねーとか意味分からん!」
「兄さん、そこでリセマラだよ。がんばれ」
「リセットマラソン? やってられっか」
「リンと話をしながらやって勝てるほど私は甘くないですよ?」
「あっ!? あー……くそ、今日はいけると思ったのに……」

 『YOU WIN』という文字を前に悔しそうに雪男は舌打ちをする。はぁあ、と大きくため息をついたあと、シュラはカップに残っていた紅茶を一息で飲み干した。

「よっしゃ、雪男、あたしにもやらせろ!」
「えー、シュラさん、格ゲーとかできるんです?」
「いいから任せろって。そこの悪魔、ぼこぼこにしてやんよ」
「ほう、言いましたね。ユキ共々返り討ちにしてあげましょう!」
「飲み物お代わりいるひとー」





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2015.01.14
















双子が遊んでいる妖怪ウォッチ、雪男は本家データ引き継ぎの真打、
燐兄さんは元祖データ引き継ぎの真打というものすごくどうでもいい設定。