三人の英雄・4 「今までは本気じゃなかったって? いるよなぁ、そういうの。結局本気出さないまま終わりました、とかさ。カッコ悪ぃったらねぇよな」 セツナの戯言を聞き流し、今度はレッシンのみが床を蹴る。左右の刀から繰り出される斬撃を時には避け、時には棍で受け止め、その間もコクウから意識をそらすことはない。本当に、敵わない相手だ、とそう思うが。 足元を払うように薙いだ木刀を飛び上がって避け、着地すると同時にセツナは再びとん、と床を蹴った。宙で後転したあとレッシンから距離を取る。その着地点には当然のようにコクウがいるが、セツナはそれを読んでおり、またコクウも読まれているだろうことを察していた。 繰り出した右トンファーの打撃をやはりあっさりと棍で受け止められ、正攻法ではどうしようもできなさそうだ、と判断。追いついてきたレッシンが逆側から刀を繰り出し、セツナがそれを避けたところで左のトンファーを繰り出し、ついでに右のトンファーを投げつけてみた。 「いっ!?」 さすがに飛び道具は予想外だったのだろう、慌てた様子のセツナの顔など早々拝めるものではない。驚いて叩き落としたはいいものの、当然姿勢は崩れ、レッシン側の防御はガラ空き。 「ッ、ぐ……ッ」 左右そろえた木刀を同時に横腹に受け、呻いたところでコクウの拳が右頬に炸裂した。 「が、っ……」 それでも武器を手放さないあたり、やはり只者ではない。よろめいた身体の動きさえも利用して棍を回し、レッシンとコクウから距離を取る。とんとん、と幾分俊敏さを欠いた動作でバックステップをして壁際まで引いたセツナは、顔を上げると二人へ向かって怒鳴り声を上げる。 「顔面って、ひどくねっ!?」 俺は加減して腹殴ったのに、と文句を言ってくる彼を前に、「コクウ、グッジョブ」「レッシンもね」と親指を立て合う。一番殴りやすそうな位置に顔があった、というのももちろんだが、とりあえず殴りたかっただけだというのは否定しない。 ああちくしょう、口の端切れた、と嘆きながらも滲んだ血を指で拭い、セツナはそれをぺろりと舐めた。そして顔を上げた次の瞬間には、彼からは怒りの感情が消え去っている。 「いい度胸だ、くそガキども。俺を本気にさせたことを後悔させてやろう」 「……セツナさん、どう聞いてもそれ、悪役の台詞」 「つか、お前さっき自分でカッコ悪ぃって言ってなかったか、その手の台詞」 怒気と殺気は違う。そして戦闘において不必要なものは前者だ。強すぎる感情は時に己の目をくらまし、その判断を誤らせる。だからたとえ一時的に腹が立ったとしても、それをすぐさま消し、なおかつここまで敵にプレッシャーを与える気を放つことができるのはやはり彼が英雄と呼ばれた過去を持つからだろう。 こつん、とセツナの棍の先端が静かに床を叩いた。 「首と背中、どっちをへし折ってやろうか?」 左右の木刀をそれぞれ構えてレッシンが言う。 「墓石は豪華なものを選んであげますね」 にっこりと笑って穏やかな声で、コクウが口にする。 「魂ごと喰らい尽くしてやる」 そんな二人を前に口元を歪めて、セツナは右手を掲げた。 その手に宿っているものは、生と死を司る世界の根源。禍々しいというレベルではない。右腕ごと切るか折るか、千切ってしまえばあるいは勝機はあるかもしれない。その紋章を知らないレッシンでさえ思わずそう考えてしまったところで。 ごっ、 と鈍い音があたりに響いた。 「――――――ッ!」 「何やってるの、君」 空間を裂いて現れたのは図書館にいるはずの風の魔術師。どうやら術者に触れていればともに移動できるらしく、ルックの腕にしがみ付いて現れたリウが小さく悲鳴を上げて床へと足を下ろした。 「……ルっくん、超痛い」 ルックが握るロッドが綺麗にセツナの後頭部へ直撃しており、そこを抑えてしゃがみこんだ過去の英雄が恨みがましげな視線を魔術師へ向ける。 「僕の力だからそんなにダメージはないだろ。それより何やってたのか、って聞いてんだけど」 しかし彼との付き合いの長いルックは、あっさりとセツナの言葉を流して再度問いを口にした。 「えーっと、ちょっとした手合わせを……」 「手合わせでその紋章を使うつもりだったの?」 「や、脅し、というか、なんか、ちょっとカッコつけてみようかなー、みたいな?」 「……バッカじゃないの」 ストレートすぎるルックの罵り言葉にセツナはしゅんと俯いてしまう。その隣では「お前も何やってんだよ」と腰に手を当てたリウがレッシンを怒っていた。 「確かに遊んでいいっつったけどさ、なんでそんな殺気放ってんの! 誰殺す気?」 「や、別に殺す気はなかったぞ?」 「あったらヤだよ! そうじゃなくて! オレら今、ここに厄介になってる身なの。なのにメーワクかけるとか、ひととして駄目じゃん」 「でもだって、あいつが」 「でももだってもねーよ!」 二人にこんこんと説教されているセツナとレッシンを前に、状況についていけていなかったコクウは、とりあえずこちらにとばっちりが来る前に逃げてしまおう、と訓練所を後にしようとしたが。 「コクウ殿」 「げ」 その入り口に仁王立ちしていたのは、同盟軍の鬼軍師。 「な、んでシュウさんがここに……」 「一般兵から苦情が来ました。訓練所が怖くて使えない、と」 一体あなた方は何をやってたんですか。 腕を組み、明らかに怒りの色を湛えた彼を前に余計な言い訳を口にする気力も湧かず、「ごめんなさい」と謝るしかない。 訓練所に仲良く正座をし、説教される天魁星の少年たち。三人とも、先ほどまで間に入ったものさえ殺してしまいそうなほど殺気を放っていたとは思えない。わき目も振らずに逃げ出したり部屋の隅で小さくなったり軍師へ助けを求めたりする必要がなくなったことはありがたいが、リーダであるべき少年のそんな姿を見る羽目になった一般兵たちは、情けないと肩を落とすべきなのか、年相応の姿だとほほえましく思えばいいのか。 「あなたはここの軍主であるということを、どうにも理解してない節がある」 「理解してるつもり、なんですけど……」 「だったらなおさら悪い」 「君の場合は冗談が冗談にならないんだから、もっと可愛げのある脅しにしなよ」 「えー、俺の存在自体に可愛げがあるからいいじゃん、別に」 「……フリックあたりが聞いたら卒倒しそうな言葉だね」 「レッシンが戦うの好きなのは知ってっけどさ、限度ってもんがあるだろーが」 「や、楽しくてつい。あいつ、すっげぇ強ぇんだって」 「そりゃ分かるけど、時と場合を考えてくれって言ってんだってば」 そろそろ足の痺れも限界に達し、いつ終わんのかなー、とレッシンがリウを見上げたところで、不意に軍師の言葉が途切れた。口を噤み、目を細めて感覚を研ぎ澄ませているのが分かる。 「……リウ?」 名を呼べば答えの代わりに「何かが来る」と小さな呟き。 「……敵か?」 「いや、違う、トビラ、だ。たぶん……」 開いたトビラの感覚はないが、この世界へ道を繋げようと働きかけている力が感じ取れる。リウに分かるということは、つまりこの力は書によるものである可能性が高い。 「じゃあディアドラだろ」 「かもしれない。あの人の持つ書だったら可能だろうし」 自在にトビラを開くことのできる書を有している彼女に、百万世界の狭間へ飛ばされたこともある。こうして、どこぞとも分からない場所へトビラを繋げようとするなど、おそらく彼女以外にはありえないだろう。 小さく息を吐き出してリウは目を伏せた。纏う線刻は彼女が持つ杖と同じ種類の力を持っている。ディアドラはこの線刻の書の力を辿ってきているはずだ。それならば、分かりやすいように力を発動させた方がいい。何か術を使うわけではなく、純粋に自身の魔力と書の力を高める。あまりに強いその波動が空気さえも動かし、ふわり、とリウの上着の裾や髪の毛を浮かせているが、リウ自身はその様子を認識できていなかった。 「……やっぱすげぇな、こいつの魔力」 「魔力だけじゃないよ、これ」 「紋章に近いですよね」 うっすらと光る線刻を纏って目を伏せているリウを前に、説教どころではなくなった三人はこそこそとそんな話をしている。聞きとめたレッシンが、「すげぇだろ、うちの軍師は」と胸を張った。 「へぇ、リウって軍師だったんだ」 「こいつならできそうだね。さっき軽く話して思ったけど、知識も多いし頭の回転も速いよ」 「えー、いいなぁ、同じ年くらいの軍師って。うちの軍師、可愛くないもん」 「コクウ殿?」 こほん、と咳払いをしたシュウに気付き、コクウは小さく舌を出した。 そんな周囲の雑談を意に介さず集中し続けていたリウは、ふ、と目を開けて「来る」と口を開いた。同時に訓練所の床に光の輪が現れる。 「ああ、やっぱり。ようやく見つけたわ」 「兄さんがた、無事ですかい?」 姿を現したのは予想通り書を持つディアドラと、トビラの移動に長けているホツバの二人。 「無事だよー。どうやって帰ろうか悩んでたところ」 「悪ぃな二人とも」 そう言ったレッシンとリウを前に、迎えに来た二人はほ、と安堵の息を吐いた。とりあえずこれで帰りの道は出来上がった。顔を見合わせて笑みを浮かべ、レッシンとリウは世話になった面々へ視線を向ける。 「ごめんな、ルック。資料探し、手伝ってくれたのに」 「いや。帰れるならそれでいいじゃない」 「まあねー。いろいろサンキュ」 正面から謝辞を口にしたところで、どうやら照れ屋であるらしい彼にはなかなか受け取ってもらえない。今も「別に」と一言口にしただけで顔を背けられてしまった。 「なんか、ルックのツンデレっぷりって、あれだな、うちの城にいるロベルトに似てんなぁ」 「誰だよ、それ」 「ん? 『別にお前のために戦ってるんじゃないんだからな』って素で言えちゃうヒト」 「……僕は言わないよ、そんなこと」 「ちょっと聞いてみたい気もするけどねー」 けたけたと笑いながらリウがそう返している隣で、レッシンが「で、」とセツナの方を見る。 「オレらへの警戒は解いてもらえんのか?」 その言葉に「あれ、気づかれてた?」とセツナは肩をすくめ、小さく首を傾げたコクウは、「あ、もしかして」と呟きを落とした。 「リウも魔力が高いってのは分かってたけど、ルックならなんとかしてくれるだろうし、さすがに軍主一人に得体のしれないのを押し付けるわけにはいかないだろ」 現在この城にいる軍のトップは他の誰でもないコクウだ。そんな彼にもしものことがあってはならない、そう判断したが故での愛しの魔術師との別行動であったらしい。 「ああ、だからあんなにあっさりルックから離れたんですね」 おかしい、とは思っていたのだ。彼の常ならざる行動だ、とは。それがまさか自分のためだったとは。 もしかしたらこの過去の英雄に自分が思っている以上に想われているのかもしれない、とコクウが考えていれば、「二対一っつー無茶ぶりもそのせいだろ」とレッシンが口にした。 セツナとレッシンとの一対一であればコクウに害が及ぶことはないかもしれないが、ただ立って見ているよりも動いていた方が咄嗟に対応ができる。しかし個別の乱戦だと、レッシンがコクウに攻撃する機会が多くなってしまう。それならば、レッシンの意識を必ずこちらに向け、なおかつ二人を共闘させてしまえばいい。それが故の二対一だろう、とレッシンは言う。 「や。それは実力差を鑑みた結果」 あっさりとそう返され、「っのやろ」とレッシンは拳を震わせた。 そんな素直な反応にくすくすと笑いながら、「可能ならまた来ればいい」とセツナは口にする。 「次は一対一で相手するよ」 「その言葉、忘れんなよ。コクウも、次来たら一戦やろうぜ」 「えー、僕はそういうの苦手だなぁ」 「よく言うよ、嬉々として俺殴ったの、どこの誰だ」 「それは、あれですよ、相手がセツナさんだから」 前から思ってたけどほんとにいい度胸だなお前、と睨んでくるセツナの視線を無視して、「またね、レッシン」とコクウは笑った。 ←3へ ↑トップへ 2010.8.15
普通の幻水世界、ということで、とりあえず2で。 これを書いている途中、自分の車のドアで右頬を強打しました。 ボコられた坊さまが怒ってらっしゃるのだ、と思いました。 これだけ中二全開で最強にしたのに、まだ不服らしいです。 リクエスト、ありがとうございました! |